■◇■僕が食べた旨いもの Vol.9     もやしそば

 西武新宿線上井草駅南口のバス停前に「いぐさ」という中華料理屋があった。中華

料理屋と言っても高級な中華料理店ではなく、ラーメンやチャーハンが中心のきわめ

て大衆的な中華料理屋であった。

 僕は都立井草高校に通っていた。そこで吹奏学部に入り、毎日のようにトロンボー

ンを鳴らしていた。吹奏学部に入るとまず練習の初日に先輩にその「いぐさ」に連れ

ていってもらった。そこで吹奏学部全員でもやしそばを食べるのが伝統となっていた。

「いぐさ」のもやしそばは豚骨のスープにモヤシとキャベツが入っていた。見ると旨

そうなので食べようとすると先輩から阻止される。もやしそばはただでは食べられな

いのだった。なぜか全員のドンブリにラー油が信じられないほど入れられる。白いは

ずのスープが真っ赤になるのだ。それをフーフーと言うよりは、ヒーヒー言いながら

食べた。辛いなんてものじゃない。辛゛いもやしそばだった。

 しかし、慣れると不思議なもので、ラー油なしでは物足りなくなる。一年もすると

真っ赤なもやしそばが美味しく感じられるようになった。

 ブラバンの練習後には必ずと言っていいほど「いぐさ」に行った。音楽についての

話とか、恋の話とか、尽きぬ話をしながら食べたもやしそばが懐かしい。文化祭や卒

業式のあとには、みんなで半ば泣きながら食べていた。あの頃の仲間ともう一度もや

しそばを食べててみたい。しかし「いぐさ」は閉店し、みんなの生活も変化し、あの

もやしそばを食べることはもうない。

僕が食べた旨いもの

tsunabuchi.com