「吉良上野介になった仮面ライダー2号」  







( 著者注・普段から著作権をムシして新作を 

書いている私ではございますが、このハナシ 

は、現在活動中の実在の人物についての物語 

であり、ご迷惑のかかることもあろうかと存 

じます。事実に基づいてはおりますが、フィ 

クション部分を含むことを特に明記しておき 

ます) 。    





             

英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要 

とする時代はさらに不幸だ、というコトバが 

ございます。現代はまさに英雄不在の時代、 

子供たちが憧れるヒーローすらいないさみし 

い時代でございます。では、我々が子供の頃 

はどうであったか。今から30年も前といえ 

ば、1,970年台。日本万国博覧会が行わ 

れ、高度経済成長が完成し沖縄返還が実現さ 

れ、日本もやっと先進国の仲間入りを遂げま 

したそんな時代。子供たちには新たな敵が現 

れておりました。             

「受験戦争」。かつて子供たちは家に帰る 

と「お手伝いをしなさい」と言われたのに、 

「勉強しなさい」といわれるようになったそ 

の時代。父親を目標にするのではなく、学歴 

では父親を追い抜かなくてはならないと、限 

りない重荷が子供たちの背中にのしかかった 

時代、そんな日々の息もつまるような重圧を 

たった一撃のキックでケリ飛ばす、心のヒー 

ローが現れたのはそんな頃でございました。 







その英雄の名は「仮面ライダー」。彼が現 

れたのはまさにそんな、昭和47年、手前が 

まだ九つの頃の事でございます。      

ウルトラマンに追いつけ追い越せを合言葉 

に撮影が始まりました仮面ライダー。主人公 

を演じましたのは、まず、あの、「せがた三 

四郎」でおなじみの藤岡弘こと、本郷猛。本 

郷剛はは知能指数が500、天才科学者にし 

て、レーサーという完璧な青年でしたが、そ 

れゆえ世界征服を企む悪の組織である「ショ 

ッカー」に目をつけられ捕まえられ、改造人 

間、つまり、体中に機械を埋め込まれた化け 

物(バッタ)にされてしまうのでございます。

しかし、脳を、すなわち心を悪に染められ 

る前にショッカーを脱走し、改造人間の力を、

ショッカーを倒すために使うのでございます。

それはさながら、受験勉強で自分を改造され 

てゆく子供たちが、自分を守ろうとする姿の 

ようでもありました。撮影は快調に進みます。

ところが、あの、せがた三四郎・藤岡弘は、 

仮面ライダー、第10話の撮影中さっそうと 

バイクに載っていて、カーブを曲がり切れず 

に、大怪我をおってしまうのでございます。 

この時、撮影の責任者は東映生田スタジオ 

の内田有作所長。あの、日本映画の巨匠・内 

田吐夢を父に持つ内田所長らスタッフは呆然 

といたしました。その頃日本社会は曲がり角、

東映は労働争議の真っ最中、そのスト破りを 

して始めましたこの「仮面ライダー」でした。

ここで失敗したら、スタッフには帰る場所は 

ございません。しかも、特撮を使い、膨大な 

予算をかけたこの「仮面ライダー」。まだ、 

第一話すら放送されていないというのに、主 

役は大腿部複雑骨折、全治6ケ月…。    

撮影所は暗く重い雰囲気につつまれました。 

その時、内田所長が、           

「そうだ、彼に来てもらおう」と思い出した 

のが、柔道一直線で、風祭右京を演じていた、

役者・佐々木剛だったのでございます。   




「いやあ、佐々木くん、本当に助かった。君 

ならば、藤岡君の代役にピッタリだ。柔道一 

直線で見せた『地獄車』は見事なものだった。

君は新国劇で殺陣の修行を積んでいるんだから

見栄えのあるアクションができるだろう。何 

よりも、柔道、空手、ボクシングの経験がも 

のを言う、どうか、我々を助けると思って頑 

張ってくれたまえ」            

佐々木剛、昭和22年新潟に生まれ、赤木 

圭一郎に憧れて単身上京してきたたこの役者 

は、スカッとした二枚目で、背は余り高くあ 

りませんが、キレのいい動きで人目を集め、 

新国劇所属のテレビ俳優ということで注目を 

集め、柔道一直線で人気を呼び、当時は「お 

荷物小荷物」なんて深夜のドラマにも出てお 

りました。そして、「オレのライバルは、新 

国劇の辰巳柳太郎、新劇なら民芸の滝沢修  

だ!」と言ってはばからない、はなっパシラ 

の強い男でございました。         

さていよいよライダー2号最初の撮影日、 

内田所長も現場に出かけて、期待がふくら 

みます、                 

「佐々木君の2号ライダーは、1号と違って 

おもいきり明るくハデにしよう。1号は改造 

人間という宿命を負ったクラさがあったが、 

佐々木君はカラッといこうじゃないか…」  

…実際、佐々木剛登場のシーンは、口に真っ 

赤なバラを加えて出てくるという、とてつも 

なくクサイものでしたが…         

さて、いよいよ仮面ライダー14話、魔人 

サボテグロンの来襲の撮影当日、ロケ現場、 

「じゃ、佐々木君、頼むよ、期待しているよ 

あのガケの方からダーーッと走ってきて、バ 

イクに飛び乗り、怪人の間を走り抜けて…」 

「え、バイクに載っていいんですか」    

「もちろんだよ、仮面ライダーというのは、 

腰に付けたベルトに風を受けて変身するとい 

う設定なんだ、いわば風力発電だ、だから、 

バイクに載って変身するから、『ライダー』 

なんだよ」                

「あの、本当に、バイク載っていいんです  

か」                   

「何を気にしてるんだね? ああ、藤岡君の 

ケガのことか? 大丈夫、もうあんな危険な 

撮影はしないから、ここから、こう、バイク 

に載って走って…」            

「いや、でも、マズイくないかな…」    

「? 何だね。何か気に入らないのかね?」 

「あの、オレ、免許持ってないんですが」  

撮影に来ていたスタッフ全員の目が点にな 

りました。なんと、仮面ライダー2号、一文 

字隼人こと佐々木剛は、バイクに載れなかっ 

たのでございます。            

「佐々木くん…困るヨー…。仮面ライダーが 

バイクに載れないんじゃ、どうしようもない 

じゃないか。なんでそんなこと隠してたんだ 

ね、ヒドイじゃないか」          

「いえ、別に隠してたワケじゃ…。誰にもそ 

んなこと聞かれなかったんで…。じゃ、あっ 

ちからダーッと走ってきましょう。これでも 

足には自信があるんです」         

「あのね、タイトルは『仮面ライダー』なん 

だよ、『仮面ランナー』じゃないの…。ああ、

どうしたらいいんだ…」          

東映生田スタジオチームは、またもや暗礁 

に乗り上げてしまいました。すでに宣伝も打 

っている、最早代役の代役を捜すワケにはい 

きません。                

「仕方がない…。もう、どうでもいいや…と 

りあえず、新国劇の役者サンだ、ミエでも切 

って変身するか?」            

「それ、いいですね」と、いうわけで、出来 

上がったのが、あの、まさに一世を風靡した 

「ヘンシン」だったのでございます。    







<ヘンシンポーズの解説>         




人生全て塞翁が馬とはこのこと、佐々木剛 

がバイクに乗れないという事情から、急場凌 

ぎで生まれましたこの「ヘンシン」が、まさ 

に大ブームとなりました。予算も大して取れ 

なかった東映の特撮を時代の寵児にまでのし 

上げたのでございます。実際、この後から、 

どんどんタイアップの話が持ち込まれ、ライ 

ダーたちはやたらと日本中を飛び回り、用も 

ないのに温泉に入ったりいたします。視聴率 

も鰻登りに上がり、当時30パーセントを超 

えるという、オバケ番組に成長したのでござ 

います。やがて、せがた三四郎こと藤岡弘が 

ケガから復帰し、ヒーロー物としては珍しい、

「二人主役・ダブルライダー」の時代が続い 

たのでございます。            

「いやあ、佐々木くん、スゴイよ。まさにオ 

バケ番組だ。今や全国どこへ行っても子供た 

ちはライダーのマネをしている。仮面ライダ 

ーショーも日々満員御礼だ。どうか、このま 

ま、ダブルライダーを続けてくれたまえ」  

「いえ、内田所長、私はもともと、藤岡君の 

代役だったんですから、彼が戻った以上、番 

組を下ります。1号ライダーは話の中で、シ 

ョッカーを追ってヨーロッパへ旅立った。今 

度は僕が、世界の悪を討つ旅に出る番です」 

それでも2号ライダー・一文字隼人は、続 

くV3、仮面ライダーX、ストロンガーと、 

ゲスト出演を続け、役者・佐々木剛もまた、 

NHKの「繭子ひとり」や、「どっこい大  

作」などに出演を続け、人気俳優としての地 

位を固めていったのでございます。     

さきほど、人生万事塞翁が馬と申しました 

が、またこうも言います。禍福はあざなえる 

縄のごとし…。結婚にも恵まれ、人生の絶頂 

を迎えていた役者・佐々木剛でございました 

が、運命は突然、次の幕を開くのでございま 

す。                   







昭和52年、2月15日、夜明け前。酔っ 

て帰ったアパートで、ストーブから出火、顔 

を含む全身に大火傷を追って東京女子医大に 

かつぎこまれ、気がついた時はICU、集中 

治療室の中でございました。喋ることも、動 

くこともできず、全身を包帯でまかれ、身体 

中に皮膚の移植手術を受けて…一月の間はベ 

ットにも寝られず中吊りの生活。やっとフラ 

フラと歩けるようになった時、医者の許可も 

ないままにトイレへ立ち、薄暗い女子医大の 

トイレで明かりをつけてその鏡の中に見たも 

のは…。鏡に映ったその顔は、二枚目俳優・ 

佐々木剛の顔ではない、継ぎ接ぎだらけの、 

醜く歪んだ、文字通り、改造人間の顔だった 

のでございます。             

まったく人ごとではございません。この仕 

事は体が資本、働けなくなれば保証すらない 

稼業。役者仲間の林隆三さんや渡辺篤志さん 

たちが中心になってお金を集め、なんとか入 

院生活だけは続けられたもののなにしろ火事 

の火元でございましたので、莫大な借金をか 

かえることになり、しかも、顔はキズだらけ。

新国劇の恩師からも「役者はあきらめろ」と 

宣告されてしまいました。         

それでも、芝居を続けたいの思いから、顔 

を見せられないのなら声優をと考えましたが、

なにしろ相手は「仮面ライダー2号」です。 

使う方も気軽には使えません、とうとう、役 

者・佐々木剛は、俳優として生きる術を断た 

れてしまったのでございます。       

ホントに人ごとではございません。ツブシ 

が効かないこの稼業。のしかかる借金を払う 

ためについた仕事は警備員でございました。 

柔道・空手の有段者ですから腕には自信がご 

ざいます。そして、俳優の仕事ができない苦 

しさから逃れるため、働いて働いて、働き続 

け、なんと2年で一万二千時間の勤務…これ 

は一日にすると16時間に当たります。あと 

は酒に溺れ、ケンカをして暴れる、人生が壊 

れる標本のような姿でございました。    




そんなムリな仕事が続くはずもございませ 

ん。やがて警備会社も辞めた仮面ライダー2 

号は、当時隆盛であった「チリ紙交換」を初 

め職を転々とし、やっと安定したのはなんと 

「焼き芋屋」でございました。役者への未練 

から、あの「ホッカーホッカーのおいもだよ 

ー」というテープは自分で吹き込み、芋も自 

分で仕入れ、ナカナカの売れ行きが出て参り 

ました。                 

売れ残ったお芋があると子供たちにわけて 

やり、だんだん顔も知られるようになってき 

ました。                 

「あっ、こないだのお芋屋さんだ」     

「まあ、どうもすいませんね、この子がすっ 

かりお世話になっちゃって…」       

「いえ、大したことじゃないですよ」    

「アラ? あなた、どこかで見たようなお顔 

ね…。えーっと、どっかで…、あ、もしかし 

て、あなたテレビに出てませんでした? あ、

そうだわ、確か…仮面ライダーやってません 

でした? そうよ、そうそう。最近テレビで 

見ませんけど…」             

「い、いや、人違いですよ。あの人は、確か 

火事で死んじゃったはずですよ…」     

それでも、商売は軌道に乗ってきておりま 

した。このまま焼き芋やもいいかな、と思い 

始めていたある一日、           

焼き芋の車を止めていた街角、7、8人の 

男が近づいてまいりました。あまり焼き芋と 

は縁のないようないかつい連中で、中でもエ 

ラそうな男は、佐々木同様、顔に大きなキズ 

跡を何本も何本も残しておりました。    

「よう、焼き芋屋さん」          

「へい、いらっしゃいまし。いかほど差し上 

げましょうか」              

「いや、オレたちゃ客じゃねえんだ」    

「じゃ、ごめんくださいまし」       

「まあ待ちなよ。焼芋屋さんよ。お前さん最 

近評判いいようじゃねえか。何でも、子供に 

ゃ芋をタダで配ってるんだってな、人気取り 

かい? 子供相手によ」          

「いえ、ただ、余った芋を捨てちまうのもも 

ったいないんで…」            

「困るんだよなあ。子供の教育に悪いんだよ。

え? お金出して買うものをタダでやっちゃ 

あさあ」他の男たちはただニヤニヤしながら 

佐々木を取り囲み始めました。       

「おめえんトコは、おれたちにも、その、入 

れてもらってねえしな…」         

「何のことでしょう」           

「だから、商売するんなら、それなりにスジ 

を通せってんだよ」            

「ここは天下の公道でしょう。店を出すのに 

何であんたらにスジ通さなきゃいけねえん  

だ」                   

「日本てのは、横ならびなんだよ。他の店の 

連中は、みんなスジ通してもらってるんだ  

よ」                   

「スジならおでん屋行きな、ウチは芋専門だ」

「野郎、なめたことを」          

いきなり、顔中キズだらけの男が胸ぐらを 

つかんで参りましたが、グルッと、男の腕を 

逆にねじ上げます、            

「いたたたた、おいっ、やっちまえ」    

今でこそ焼き芋屋ですが、佐々木剛、柔道 

一直線の地獄車はダテじゃない、腕に年は取 

らせません。ことに柔道、空手、ボクシング 

ならお手のものです。かかってくるチンピラ 

を、千切っては投げ、じゃない、ヒラリ、ヒ 

ラリと体をかわして、チョップやキックでウ 

チ伏せて参ります。その姿は往年の2号ライ 

ダーさながら、アッと言う間に全員叩き伏せ 

てしまいました。             

「野郎、こんなことしてタダで済むと思って 

んのか、シノギを払うのはこのへんの決まり 

だ、スジだ、てめえんとこで芋買う客が、ケ 

ガすることんなったらテメエのせいだぞ」  

この時佐々木剛、車に積んであった鉄のバ 

ールを持ち出して参ります         

「そ、そんなもんで、どうする気だ」    

「そうかい。タダじゃすまねえか。オレのス 

ジが通ってねえか。そいつは悪かったな、だ 

がな、てめえらみたいなチンピラの戦闘員に 

払うカネは、ビタ一文もっちゃいねえんだ」 

バールを、焼き芋を作るためには命の釜に 

向かってフリ下ろし、しゃにむに叩き壊しま 

した。                  

「たとえ腐っても、オレは、正義の味方なん 

でえ」                  

ミエを切ってはみたものの、世界征服の秘 

密結社どころか、地域の悪にもかなわないこ 

とは判っていました。どうしてもシノギを払 

う気になれず、焼き芋屋も廃業した佐々木は 

荒れ、酒を飲み、パチンコをして酒を飲む、 

暴れる、妻とも別居をする、まさに転落の一 

途をたどることとなりました。住む家ものな 

く、竿竹売りの車の中で生活するようになり、

仮面ライダー2号はとうとうホームレスとな 

ったのでございます。           







そんな生活が何年か続き、仕事も何もイヤ 

になり、もうこの世ともオサラバしようかと 

アテもなく、北へ、北へと車を飛ばしやって 

きたのが秋の十和田湖畔でございました。美 

しい紅葉、満点の星をその目にした佐々木は 

「ああ、ここはいつかライダーの撮影で来た 

所だなあ。あの頃はすべてが自分の思い通り 

になると思っていた…ああ、星が綺麗だ、花 

形の役者をスターとはよく言ったものだな  

あ」満点の星に涙を流した佐々木。     

人間、落ちるところまで落ち、捨てるもの 

を全て捨ててしまった時、それでも捨てられ 

ないものが残る人は幸いでございます。佐々 

木に取ってはそれが、役者稼業でございまし 

た。もう一度、芝居がしたい、役者をやりた 

い、演技をしてみたい!          

求めよさらば与えられん、叩けよさらば開 

かれん。死中に活を求めて戻った東京で、声 

をかけてくれたのは、親友・石橋正次でござ 

いました。小さな役でしたが、舞台に上がる 

ことになり、一気に役者魂が再燃をして、カ 

ネになるかどうかは別に、次から次へと舞台 

を重ね、生活は上向きになってゆきました。 

そして、2年前、平成8年、日光江戸村に  

「演技の師範代」ということで迎えられ、や 

っと芝居で食える生活がを立てることができ 

ました。そして、江戸村では、後進の指導と、

「忠臣蔵」のステージが待っていたのでござ 

います。顔中キズだらけの佐々木の顔は、憎 

々しい吉良上野にはピッタリとはまり、通算 

千ステージ以上も吉良を演じつづけたのでご 

ざいます。                

「アサノ殿、そんなことも知らぬとは…田舎 

侍はこれだから…。あっちへフラフラ、こっ 

ちへフラフラ…鮒じゃ、鮒じゃ、鮒侍じゃ」 

仮面ライダー2号は、20年の時を経て、 

吉良上野之介に新しい人生を見いだしていた 

のでございます。             

やがてだんだん人気も出、ステージに声も 

かかるようになりました          

「よー、吉良、ヘンシンしろー」といわれれ 

ば、吉良の扮装のまま、おちゃらけてポーズ 

を取ることもありました。すべて栄光は過去 

のものとなったのでございました。     







しかし、ある日、いつものように「吉良ー 

ヘンシーン」と声がかかりましても、佐々木 

は答えず、そのまま袖に引っ込んでしまうの 

でございます。お客たちはそれに不満を感じ、

ブーイングを始めます。          

「なんだ、吉良、ヘンシンしろー」     

「すかしてんじゃねえぞー」        

と、突然、狂言半ばでチョン、チョンと二 

丁が入り、浅黄の幕が下りたかとと思います 

と、再び幕が引かれ、舞台中央には佐々木剛、

上下を着て控えております。見物は、何だろ 

う、こんなトコロで口上があるわけがないが 

…といっているトコロへ、         

「とざーい、とーざーい」と聞こえて参りま 

す。口を開きますは佐々木剛、       

「さて、ご見物の皆様方、初日よりエイトウ 

エイトウ、かようご入来くださいまして、日 

々大入り繁盛、座元は申すに及ばず、この、 

吉良上野こと佐々木剛、身に余る幸せ何とも 

お礼の申し上げようもございません」    

客席もシーンと静まり返ります。     

「この佐々木、二年の長きに渡り当日光江戸 

村にて皆様方にご支援いただきまして、舞台 

の程合い勤めて参りましたが、先日9月9日 

九州におきまして『再開、仮面ライダー1号 

2号、という舞台をあい勤めて参りました。 

その際、何千というお客様が、20年の時を 

超えて涙を流して手前の『ヘンシン』に涙し 

てくれるを見、胸が詰まる思いでございまし 

た。…今日まで、皆々様のお心に支えられ、 

求められるままに『ヘンシン』をご覧いただ 

いて参りましたが、未だ私に仮面ライダーの 

夢を見てくださる方々の為にも、この、吉良 

の装束にての『ヘンシン』は今後ご寛恕くだ 

さいますお願い申しあげます。それと…二年 

に渡り慣れ親しんで参りましたこの江戸村で 

ございますが、近々にここを離れ、再び、役 

者・佐々木剛のさらなる夢を捜し旅立つ所存 

でございます。皆々様方とのお別れは名残惜 

しくはございますが、どうか、この五〇を超 

えた男の、人生最後の我がままを、お許しい 

ただけますよう、伏してオン願いたす次第に 

ござります」               

会場のそこかしこから、「佐々木」「ライ 

ダー」と声がかかります。こうして、佐々木 

剛は、安住の地、日光江戸村を後にして、今 

一度の夢を求めて旅立ったのでございます。 

あの、高度成長の中、経済発展の代償に夢 

が失われつつあった時代、日本中の子供たち 

に夢を与えてくれた、一文字隼人に、佐々木 

剛に、二十年の時を経て今一度夢を教えられ 

た思いがいたします。本日は、「吉良上野之 

介になった仮面ライダー2号」の一席。   

(了)