『大阪弁の王子』
時は定かならず、所もまた定かならず、あ
ったかなかったかそれすらも定かではない、
講釈師泣かせのお物語を申し上げます。
ある町の広場のまん中の、高い高い円柱の
上に、ひとりの王子の像が立っておりました。
体全体が薄い純金でおおわれ、腰にさした
剣のツカには夕日のように真っ赤なルビーが
そして微笑みをたたえた優しそうな両の目に
は南の海のように青いサファイアがぴかぴか
と輝いておりました。
町の人たちは誰も彼もこの像のことを「幸
せの王子」と呼んで誉めたたえておりました。
「金でできた風見の鳥よりも美しい」とある
人は言いました。またある人は「この王子の
顔をを見るといつも幸せな気持ちになれる」
と広場にやって来ました。
「王子様は天使にそっくりだね」と叫ぶのは
町の子供たちでした。すると「なぜそんなこ
とが分かるんだ、天使を見たこともないの
に?」と大人が聞きました。「夢の中で見た
んです」と答えると、顔をしかめました。何
故なら大人たちは子供たちが夢を見るは不良
の始まりだと思っていたからでございます。
とにかく、いつでも幸福の王子は人々の称
賛の的でございました。
ある一日のことでございます。一羽の小さ
なツバメがこの町の空へ飛んでまいりました。
南の国へ向かった仲間たちからずいぶんと遅
れてしまったのは、水辺に生えた美しい葦を
好きになったからでした。何を言っても答え
てくれない彼女に見切りをつけて旅に出たの
はもう、秋もずいぶんと深まった頃のことで
ございます。
夜になって町に着いたツバメは、一日中飛
び続けて疲れきっておりました。そうして、
あの高い高い円柱の上で、満月の光を全身に
浴びて輝いている王子の像を見つけたのでご
ざいます。
ああ、今夜はあそこに泊まろう、とツバメ
は王子の両足の間へ舞い降りてきました。そ
れから念入りに手入れをした羽の間へ頭を入
れて、眠りにつこうとした、その時のこと、
大きな水の雫がポツリッと落ちて参りました。
ツバメは不思議に思いました。空には星も出
ているし、雲ひとつないのに、おかしいな?
その時にまたポツリッ。
雨よけにもならない像なんて何の役に立つ
んだろう、仕方がない、煙突でも探そすこと
にするか、と飛び立とうとしてフト顔を上げ
た時、ツバメは見たのです。
幸せの王子の目で一杯に溢れた涙が、金色
の頬を伝わって、自分の上に落ちて来るのを!
「あなたは、どなたですか?」ツバメは尋ね
ました。
「わしか? わしは、わしや。ワシゆうても
空飛ぶワシとちゃうで」
……ツバメは、この時、自分が心温まる童
話の主人公から、吉本新喜劇の脇役にまで突
き落とされたような気持ちになりました。お
客さまも驚かれたかも知れませんが、話し手
としては開き直って、続けさせて頂きます。
「わしか? わしは幸せの王子や」
「幸せの…王子さまでやすか。早速のお名乗
りありかとうございやす。アッシは旅から旅
への旅ツバメでござんす。それにしてもどう
して、カラスの奴は旅もしないのに「旅ガラ
ス」なんて言われるんでやしょうね? アタ
シは常々それが不思議でなんねえんで……そ
れにしても、幸せの王子…さまが、どうして
また、泣いてなさるんで? 今夜はああして
盆のようなお月さまが出てるてえのに」
「長いことここに立っとったが、涙のワケを
聞いてくれたのは、君が始めてや。ほんなら
ひとつ聞いてくれるか? チト長なるかも知
れんで」
「…これも渡世の義理でございやす」
「わしはな、生きて人間でおるうちは、涙な
んぞ流したことはなかったんや。わしはこの
国で一番大きなお城に生まれて、いつも花の
咲き乱れる広い広い庭のある宮殿に住んどっ
た。そこは高い塀で囲まれてて、どんな悲し
みも苦しみもそこからは入ってこんかった。
わしは塀の外に何があるかも知らんとくる日
もくる日も遊んで暮らしとったんや」
「結構なご身分でいらしたんですねえ」
「いつも百人からの召使、千人からの女中に
かしずかれて、やる事言うたらパーティと舞
踏会。キレイなねえちゃんに囲まれて、歌と
て踊って酒飲んで、何の不自由も感じたこと
はなかった」
「アッシもそんな目に一度会ってみたいです
ねえ」
「ああ、ところが、そのうちわしはそんな毎
日が退屈になった。満足できんようになった。
それでわしはある日旅に出ようと思い立った
んや。わしはお供に戦士と僧侶と魔法使いを
連れて、自らはラルス17世と名乗って、悪
い竜を退治するための旅に出た。その旅の記
録が、かの有名なドラゴンクエストや」
「本当でやすか?」
「うそや」
「…あっしは先を急ぎますんで」
「あ、待て待て待て。話をするのも久しぶり
やから、ついワル乗りしたんや…。わしは若
かった、アホやったんやな。わしはそんな贅
沢な暮らしが幸せやと思うたまま、そのまま
ある日突然死んだんや。死因は当然生活習慣病
や。ところが死んでから、皆がわしをこんな
高いところに立てよったもんやから、いまま
で見たことないもんが見えてしもたんや。わ
しの目には今、町の醜さと惨めさがすみから
すみまで嫌という程見えとる。自分がいかに
世間知らずやったか、いかに脳天気なボンボ
ンやったか、その間に町の人はどんなに暮ら
しをしててたか…。いまやわしの心臓は鉛に
なってしもた言うのに、それでも泣かずには
おれんのや。わしはただここに立っとるだけ
で、何かしたくても何もできん。ああ生きて
る時にもっと何かしておけばよかったと思う
てなあ。そこで燕くん」
「何でごさいやす」
「ちょっとズーッと向こうの、川を越えた通
りの小さい家を見てくれるか。あのすすけた
レンガの窓や。あそこに、テーブルに向かっ
て縫い物をしてる女の姿が見えるやろ? 地
味な服の、あかぎれた手エした、面差しもや
つれ果てた貧乏そうな女や。あの女は女王の
召使のそのまた召使が着るためのドレスを縫
うお針子や。本人は一生着ることのできんよ
うな綺麗なドレスを、ああやって手を傷だら
けにして縫うてるんや」
「王子さまはずいぶんと目がいいんでやすね」
「よう見える目エは苦労の元や。部屋の隅に
寝とるいとけない男の子が見えるか? 悪い
風ひいて高い熱が出とる。オレンジが食べた
いゆうてずーっと泣いとる。そやけど、縫い
物の代金が入るのはずーと先やし、母親は川
の水しか飲ましてやるものがない。どう思う」
「はあ、可哀相でやすね。でも、あっしはオ
レンジを運べるほど力持ちじゃありませんよ」
「そやけど、小さい石ころ一個ぐらいやった
ら運ぶ力があるやろ?」
「そりゃ、運べなくはありやせんが…」
「わしの腰にある剣のツカに、赤い石ころが
入ってるやろ? これはルビーちゅうて、こ
れがあったらオレンジ百個でも買えるんや。
すまんが、これをあの女のとこへ持っていっ
てやってはくれんか?」
「あの、アッしはこれでも忙しいんです。南
の国へ仲間を追っていかなくちゃいけないん
で、疲れてるんで」
「あの男の子は喉がからからや、悪うしたら
肺炎になるかしれん。あないに一生懸命働い
てる母親をを可哀相とは思わへんのか? お
前には血も涙もないんか」
「鉛の心臓のああたにそう言われると、なん
だか体が重くなった気がしやす。…仕方ない
一晩だけですやよ、明日は南の国へ行っちま
いますからね」
「おおきに、燕くん。やっぱりすずめと違っ
て役に立つやっちゃな」
「誰に向かって言ってるんですか」
それから燕は長い時間をかけて剣のツカの
ルビーをつつき出しますと、川向こうの通り
の貧しい家にそれを運んで行きました。母親
は針仕事に疲れてぐっすり寝込んでおりまし
たので、燕は窓の隙間からぴょいと部屋へ飛
び込み、テーブルの上にある、針山の上にポ
トリとルビー落としました。帰りざまに羽で
男の子に涼しいを風を送ってやることも忘れ
ませんでした。
やがて夜は更けて、朝となりました。ツバ
メはは川の所まで行って水浴びをしました。
すると、たまたまそこを通りかかった学者が
「なんと、冬に燕とは、天変地異の前触れで
はないか」と驚いて、学会に発表したという
ことでございます。
しばらく体を休めた燕は、昼間、一日中か
かって腹ごしらえをして、昨日より痩せた月
の出るころに王子さまの元へ挨拶にやって参
りました。
「昨日のルビーはちゃんと届けましたよ」
「ああ、ちゃんと見とったで。朝起きてルビ
ーを見つけた母親が、最初はびっくりしてた
けど、そのうち窓に向かってお祈りをして、
さっそくオレンジを買いにいったわ。男の子
もずいぶん元気になったみたいや」
「じゃあ、アッシはもう用済だ。南の国に行
ってよろしゅうござんすね」
「まあ、そないに急がんでもええやないか。
ちょっとあそこを見てみい。その、下の広場
の先の路地の方や。人の姿が見えるやろ?
あ、ちゃうちゃう、それは二日酔いの講釈師
や、あんなんほっとけ。ほれ、そのずっと奥
の方の、赤い頭巾を被ったマッチ売りの女の
子がしゃがみこんでるやろ? あの子は売り
もののマッチをドブに落として全部ダメにし
てしもたんや。可哀相に、十にもならんやろ
うに、あのまま家に帰ったら酔っぱらいの親
父にさんざんにぶたれるんや。そやから、あ
てもなく町中を彷徨って疲れてしもたんや。
靴もボロボロで靴下も履いてない、今日はよ
う冷える、あのまま家に帰らんかったら凍え
死んでまうかもしれん。なあ、燕くんよ」
「あのね、アッシは渡り鳥なんですよ。かか
わりあいのない事にかまけてるイトマはない
んでござんす」
「この町を通る渡りツバメは、人情にも厚い
と聞いとったが、あれはウソやったんかな」
「…ツバメに向かって人情とはどういうこっ
た…わかりやしたよ。もう一晩だけお手伝い
しやしょう。ルビーをもう一個届けりゃいい
んですね」
「ところが、ルビーはもうないんや」
「じゃあどうするんでやす」
「そやな…。そや、わしの目ェのサファイア
を持っていったらええ。これは千年も昔に遠
い南の国から渡ってきた極上モンや、これを
持っていってくれ」
「冗談はよしにしましょう。そんなことでき
やせんよ」
「いや、ええんや、目玉なんかひとつあった
ら用が足りる、たのむ、燕くん、ワシの言う
通りにしたってくれ」
燕は気がすすまない様子で王子の右のの耳
の上に止まると、
「いいですか? 本当にやりますよ」
「ああ、ええで。ホンマに、都会ちゅうとこ
は生き馬の目を抜くというけど、王子の目ェ
まで……あ、痛い、痛い、もっとそーっとせ
んかいな」
燕は答えませんでした。鉛の心臓の王子が
本当に痛がっているとは思いませんでしたが
つついている燕が自身、我が目を抜かれるよ
うな痛みを感じていたからでございます。
やがて燕はそれをくわえてサッと飛び立ち、
ボロボロの靴を引きずってしゃくりあげなが
ら泣き続けている女の子のそばをかすめて舞
い降り、掌の中へサファイアをすべりこませ
ました。
「まあ、なんて綺麗なガラス玉かしら」女の
子には宝石の値打ちは判りませんでしたが、
なんとなく元気が出て、家の方へ帰っていき
ました。
疲れ切った燕は今日も旅立ちをあきらめて
王子の両足の下で眠りました。王子は残った
左目で一日中女の子の行った方を嬉しそうに
見つめていました。
やがて夜は更けて、朝となりました。
早く目を覚ました燕が港の方へ飛んで行くと
「ソーレ引け」「ヨーイと引け」海の男たち
の声が聞こえてきました。南の国へ出てゆく
船が忙しげに出港の準備をしているのござい
ます。
「そうだ、あの船のマストに止まって行けば
随分と楽な旅ができるんじゃねえかな」
自分の思いつきに満足した燕は、また、昼
間は腹ごしらえをして、昨日よりまた一段と
痩せた月の昇るころ王子の元へ戻ってまいり
ました。
「王子さま、今夜こそお別れでござんす」
声をかけましたが、王子は答えませんでした。
何やら切羽詰まった様子で一心に町の方を見
つめておりました。
「…こりゃ長居は無用だな…じゃ、アッシは
これで…」
「待ってくれ、燕くん。もう一日だけ手伝っ
て欲しいんや」
「あのね、もう冬でございやす。まもなくこ
こらにも雪がふるでしょう。アッシの事情っ
てのも考えてくださいよ」
「聞いてくれ。昨日のマッチ売りの女の子の
ことや。わしはあの子が帰る方をずーっと見
てたんや。そしたら、女の子が家にはいって
わしの目ェのサファイアを親父に渡すところ
が見えた。親父のヤツつ目の色変えて喜んで
女の子に温かいスープを作ってやった。女の
子もそらあ嬉しそうやった。/ところが、親
父の奴、今日になったら早速ルビーを金に替
えて博打場へ直行や。なまじ金もっとるもん
やから大きく賭けて、有り金全部スッて、気
が大きなっとるから、借金までして…今、ガ
ラの悪い連中が、親父連れて女の子の家まで
どなり込んどるんや。親父ドツいて、家の中
家捜ししとる。あのままやったら親父は殺さ
れて、女の子も売り飛ばされるかも知れんの
や」
「…そんな…そんな話聞きたくなかったです
ねえ。で、一体アッシにどうしろと?」
「たのむ、もういっぺんだけ、サファイアを
持っていってやってくれ」
「もういっぺんって…まさかアンタ…」
「これはワシにも責任のあることなんや、ワ
シの見込みが甘かったんや。そやから、な、
たのむ、ツバメ君」
「でも、そんなことしたら、王子さま目が」
「ええんや、もっぺん宝石持ったところで、
あの親父が立ち直るかどうか保証はないんや。
わしにはもう、その顛末を見る度胸もないん
や。ああ、親父が殴られとる、女の子が泣き
叫んどる。ワシはもう見てられん」
燕は全身の力をふりしぼって王子の右の目
のサファイアを抜き取りました。そうして、
窓の隙間からしのび込むと、泣いている女の
子のポケットにサファイアを落とし込みまし
た。しばらくして女の子がそれに気付き、父
親にそれを渡しました、が、その先のことは
確かめもせず、燕は部屋から飛びだして王子
の所へ戻ってきました。
「…王子さま、うまくいきましたよ。すべて
丸くおさまったようでございやす」
「そうか、ご苦労やったな…。すまなんだな
ワシの独り善がりのワガママにつき合わせて
カンニンやで。わしはもう、なーんもよけい
なことはせん。ここでジーッとしとる。さ、
君も、もう南の国へ行っておくれ。道中、気
いつけてな」
「…王子さま、にわか盲ってえのは何かと不
便なもんでござんす。よござんす、もうしば
らく、ここにいることにしましょう」
次の日からツバメは、日がな一日王子の肩
にとまって、旅でみたいろいろな国の話をし
ました。砂漠をラクダに乗って旅する南の国
の商人のこと、とびきり不思議な色と形をし
たおいしい果物のこと、夕暮れに何万という
数が一斉にとびたつピンク色の鳥たちのこと
……。
「なあ、燕、おまえの話は面白いが、それよ
りも、ひとつこの町の空高く飛び上がって、
そこから見えるもんの話をしてくれんか?」
「え、だって王子さま、もう何も見たくなく
って目を捨てたんでしょ?」
「見えすぎる目ェは苦労の元や。けど何も見
えヘン目ェは心を不安で一杯にする。頼む」
燕は何も言わずに一直線に町の空高く、高
く舞い上がりました。それはもう国中の様子
が全部見えるほどに空高く飛びました。
町の東はもっと大きな町でしたが、綺麗な
たてものや幸せそうな人々も多い代わりに、
汚い路地や崩れた塀のかげに、着るものも満
足にない暗い目をした人々が大勢いました。
町の西は畑の多い村でしたが、この前来た嵐
で多くの家が壊れ、橋が流され、寒くなって
もテントを張って暮らしている人たちがたく
さん見えました。町の北は山になっていまし
た。山の上には、王子が住んでいた所でしょ
うか? 大きなお城や貴族たちの立派なお屋
敷が立ち並び、多くの人夫たちが食べ物や黒
檀の箱に入った宝物などを、坂道を汗だくに
なって運び上げていました。町の南は広い海
になっていました。ただ遙かな水平線の彼方
だけが雲が切れて明るく、希望に満ちている
ように感じられました。
燕は王子に見てきたそのままを話しました。
「…わしの体は、びっしりと金で覆われとる。
これを、一枚一枚剥がして、お前があげたい
と思う人らに持っていってくれ。生きてる人
間は誰でもみな、金があれば幸せになれると
思とるはずやから」
一枚、また一枚と燕は金箔を、恵まれない
人々のところへ運んで行きました。橋桁の下
で震えながら抱き合っている幼い兄弟や、町
の門のところにうずくまって動かない物乞い
や、ありとあらゆる不幸な人々のところへ燕
は金を運びました。
やがて雪が降り、雪が降った後は霜が下り、
通りには銀でできているかと思うような鋭い
つららがびっしりとぶら下がりました。
可哀相に小さな燕は次第に凍えてゆきまし
たが、どうしても王子を置いて旅立つことは
できませんでした。餌になる虫もすっかりい
なくなり、パン屋の前でパン屑をついばみ、
羽を動かし続けることで体を温めようとしま
した。
しかしとうとう燕は、自分の命が終わりに
近づいたのを感じました。その頃には王子の
金箔もほとんど剥がされてすっかり見すぼら
しくなっておりました。
最後の力をふりしぼって燕は王子の肩へ飛
び上がりました。
「王子さま、さようなら。いよいよお別れで
ございます」
「そうか、やっとお前も南の国へ行くんか」
「はい、王子さま。今度来る時には、きっと
王子さまの新しい目になるような綺麗な宝石
を持ってきやすからね、それじゃ、お達者で」
これだけ言いおわると燕は力尽き、王子の
足元へポトリ、と落ちてゆきました。
「燕、燕、もう行ってしもたんか…愛想なし
やな…なんや、わしも眠たなってきた、ちょ
っと眠るとするか…」
この時、王子の胸の中で鉛の心臓がピシリ
という音を立てて二つに割れました。その年
の寒さはそれほど厳しかったのです。
もう、年の瀬もおしつまった、町に賛美歌
が流れる寒い夜に、王子と燕は、にぎやかな
町の片隅で、人知れずひっそりと息を引き取
ったのでございます。
翌朝、下の広場を、市長と市会議員たちが
連れ立って歩いてきました。円柱の上の王子
を見上げて、市長が、
「なんだ、すっかり見すぼらしくなっている
じゃないか」市長が言うと、
「まったく見すぼらしいですな」議員たちも
声を揃えました。
「ルビーもサファイアも取れているし、おま
けにこんな所に鳥の死骸まで落ちている。こ
こで鳥は死ぬべからずという法律を作らねば
いかんな」市長が言うと
「法律をつくらねばいけませんな」議員たち
も声をそろえました。
「もう美しくないものは役に立たない、像を
溶かして別の像を立てねばならんな。もちろ
んそれは私の銅像だ」市長が言うと
「もちろんそれは私の銅像ですな」と議員た
ちも声をそろえたので、一同は喧嘩になりま
した。
噂では、その喧嘩は今も続いているという
ことでございます。
「町中で一番美しいものをふたつ持ってきな
さい」と神様が天使のひとりに言いつけまし
た。そこで天使は鉛の心臓と燕の死体を神様
の所に持ってゆきました。
「よく間違えませんでしたね」と神様は天使
を大層お誉めになりました。
こうして、燕は今も天国で楽しくくらして
いるそうでございます。
え? 王子はどうしたか? 王子は天使に
してやるという神さまの申し出を丁重にお断
りして、もういちど人間の世界に戻ることを
希望しました。
地上に戻ってきた王子はやがてボクサーに
なり、引退して俳優になって赤井秀和になっ
たということです。
<陽司注・このラストは、今までで一番評判
の悪いラストでした。当人は、赤意英和みた
いなイメージで王子をやってたんですが…。
それで、その日の観客数を数えて「王子の魂
は○人の人間に分かれて、今日の客席にいる
はずです」みたいに変えました。トホホ >