「坂本龍馬と新選組」

      (1) プロロゴス


       本日は江戸時代も明治に近くなった幕末維新の頃のお話を申し上げることといたします。
       東山三十六峰、草木も眠る丑満時、たちまち起こる剣撃の響き……無声映画でよく聞いた一説でございます。これは黒船来航で弱腰の幕府が権威を失った頃、帝を抱き奉らんとする諸藩の勢力、そして天下をひっくり返さんとする不逞浪人、今でいうテロリストたちが京の都を舞台に繰り広げる騒乱の様子を表したものでございます。
       そんな中で活躍をいたしましたのが、京都守護職・会津藩主松平容保支配の「新選組」でございました。もともとは江戸から清河八郎に連れてこられた浪人の集団でしたが、本隊が江戸へ帰った後も京に残り、京都守護職預かりとなって京の治安に当たった。しかしそのあまりに厳しい取り締まりに、洛中の人々は恐れおののいていたのでございます。
       さて、その新選組の名前がまだ下されず、壬生村に本拠を置きます「壬生浪士隊」とよばれておりました文久三年の夏のこと。風雲急を告げる京の都大路を歩いて参りましたのは一代の英傑・坂本龍馬。土佐藩を脱藩し、勝海舟の門下生となり、日本の海軍の元祖となります神戸海軍操練所の開設のために東奔西走して今は、京の都。隣を歩いておりますのは、龍馬と幼なじみ近藤長次郎でございました。

      (2)都大路


      「へ〜、これが京の都ですか? 都大路って、ほんとに碁盤の目みたいになってるんですね。あっ、キレイな女の人。あれが噂に高い京のマイコさんですね?」
      「おお、長次郎、おまんは、京の都ははじめてじゃったかのう?」
       一緒に歩いております、幼なじみの近藤長次郎。土佐から江戸へ出て、同じく勝海舟の弟子となった一人でございます。
      「それにしても、越前の松平春嶽さまはよく五千両もの大金を、我々の海軍塾のために出してくれましたねえ? あそこもいろいろ苦しいでしょうに、龍馬さん、なんて説得したんですか?」
      「そんなもん簡単じゃ。わしに預けてくれりゃあ、三年、たった三年の後には十倍にも二十倍にもしてお返しします、こりゃ金の無心じゃのうて、儲け話です、ちゅうたんじゃ」
      「ええっ! よくまあ、平気でそんな嘘がつけますねえ。まだ塾も出来てないのに」
      「嘘とはなんじゃ。海軍塾はやがて自分らで黒船を持つ、そうなったらその黒船は貿易にも使える。そしたら金はなんぼでも入ってくじゃにゃあか? ・・・まあ、それまでに五年かかるか、十年かかるか、そこがちくとまだわからんがのう・・・」
      「そんないいかげんな・・・武士に二言はないって言葉を知らないんですか?」
      「おまんこそ、嘘も方便ちゅう言葉を知らんがか?」
      「やっぱり嘘ですか?」
      「だから、それを嘘でのうするためにちゃちゃくちゃ頑張らないかんのぜよ・・・おおオネエさん、ひさしぶり!」
      「・・・は? どちらさんですやろ?」
      「いやいや、こないだの夜は楽しかったノウ。またいくきに、まっちょりや!」
      「・・・・坂本さん、あのマイコさん、変な顔してましたよ。ホントは知らない人でしょう?」
      「いやあ。京のオナゴはみな知り合いみたいなもんじゃ。ほな、一仕事終ったことじゃし、そこらの店で前祝いといこうかのう」


       文久三年の春、長州藩は攘夷決行として下関でアメリカ、フランスなどと戦をはじめ、いよいよ日本中が騒然として参ります中、ノン気といえばノン気なままの龍馬でございます。
       近藤長次郎と二人してあがりこみましたのは、京の都の千本通りと七条通りが交錯するところにございます、島原の乱の名前にゆかりと申しますから江戸の初めからの伝統を誇ります花街・島原にございます角屋(今も京都市下京区で保存されておりますのはスミヤ、講談の方ではカドヤと呼び習わします)でございました。海軍塾のために働きづめだった長次郎に身銭を切って労をねぎらってやろうという龍馬の心遣いでございました。
       ハメの外しかたというのは昔も今もおんなじです。キレイドコロをはべらせて、腹一杯食って胸一杯飲んでちりからたんぽの大陽気。
      「(酔って)いや〜。やっぱり京の街はいいですね〜。こんな楽しい所があるなんて」
      「おまんは故郷におる時から、勉強ばっかりしちょったからのう。まあ、せいぜい命の洗濯をするがええ・・・それにしても長次郎、わしらの海軍塾、せっかく金が手に入ったのに、肝心の許可がなかなか降りん。なんというてもわしらの味方になってくれた公卿の姉小路公知さんが殺されたのは痛かったのう」
      「ああ、暗殺ですってね。猿が辻の御門前で」
      「鼻の舌のところを五寸も切られて、口がふたつになっておっ死んだっちゅうことじゃ」
      「口がふたつやなんて・・・いややわあ、そんなコワイ話。毎日毎日そんな話ばっかりどすえ」と酌をしていた女がつぶやきます。
      「おお、すまんすまん。けどまだ犯人もしかとはわからん。ほんに毎日あっちでもこっちでも、不逞浪人のテロリズム・暗殺の嵐じゃ。京の町もぶっそうになったもんじゃ」
      「そうですね・・・やめましょう。坂本さん、今日は飲みましょう」
       同意をした龍馬でしたが、神戸では勝海舟が五千両の無心の報せを首を長くして待っている、今日のところは長次郎を残し自分ひとりは夜道を急いで帰ろうかと、勘定をしようと龍馬フトコロに手をつっこんで驚いた。
      「ありゃ? ありゃりゃ?」
      「(酔って)どうしたんです。坂本さん。どっか痒いんですか?」
      「いや・・・いや・・・あの。あのな長次郎。おまん、手元になんぼか金はあるかい?」
      「は? 何言ってるんですか。京の都は生き馬の目を抜く物騒じゃ剣呑じゃ、銭は全部わしに持たしちょけと、私の分まで預かったのは坂本さんでしょうに」
      「そうじゃったの・・・アレ? おかしいな。あああ! 袖のとこに穴が空いちゅう。ハハア、刀の鍔ですり切れたんじゃな。ここから銭入れが落っこちてしもうたんじゃ。だからら刀なんぞ邪魔なんじゃ」
       回りにいた女たちも二人の様子のおかしいことに気がつき初めました。
      「お客はん、どうしたんどす? あの、お客はん、近頃ぶっそうどすさかい、払いは前金でいただけまへんどすか?」
      「いや・・・あのな。いや、今払うつもりなんじゃが・・・ちくと不都合が起こってな」
      「ちょっと、小糸はん、ダンナはん呼んできとくれやす。このお客はんおかしおすえ」
       どこかに金がないかと、龍馬着ていた着物を脱ぎはじめ、とうとう下帯ひとつに残してハダカになってる所に、店の亭主がやって参りました。なにしろ不逞浪士が毎日のように強盗を働く京の町、ことに勤皇の浪人を多く出している土佐の訛りですから、龍馬たちにおびえきっております。
      「て・・手前が角屋善衛門でございますが・・・お客様、御勘定をお願いいたします」
      「いや・・・亭主。今ちくと金がの。その、落としてしもうての。わしら怪しいもんやない。土佐脱藩浪人・坂本龍馬ナオナリちゅうんじゃ。その、金はの、今度きた時に必ず払うき、今夜のところは、その、ツケといてもらえんかの?」
      「そ・・・そら困りましたな。近頃勤皇の志士と名乗って無銭徒食をする方が増えて・・・そういう方が出たらすぐに、お上に知らせんとこちらもきつう叱られますので・・・」「そりゃ困ったのう。あ、なんならの、この、腰のものを置いていってもええ。どうせめったに使わんき、邪魔なくらいじゃ」
       と、龍馬、佩刀を借金のカタにしようと手をかけましたが、なにしろ亭主おびえ切っておりますので、
      「な、何しはるんどす。狼藉はやめておくれやす」
      「いや、いや、違うんじゃ、の、この刀をカタにしての・・・ほれ、これはなかなかの名刀での・・・」
       龍馬もよせばいいのに、陸奥守吉行を刃半分まで抜いてしまった。ただでさえ怖がっていた亭主油に火を注いだようになりました。
      「ひえ〜。い、命ばかりは、お助けどす」
       女たちはも悲鳴を上げて逃げ出した。
      「おねえさん、どうしましょ。ダンナはんが切られてしまいますえ」
      「そや、今日は、奥の座敷に、ミブロのダンナが来たはりますえ」
      「そやそや、誰かミブロのダンナ呼んどいで〜」         ダダダっと廊下を急ぐ足音がいたしますと共に、
      「ど、どうしたんじゃ、エラい騒ぎになった」
      「坂本さんがこんな所で刀抜くからですよ」と、部屋に残った二人が二人おろおろしておりますと。「不逞浪人はどこだ。どこにおる!」という叫び声。
      「さ、坂本さん、まずいですよ。ミブロって、今京で評判の連中ですよ。京都守護職の会津さまの下にできた、なんでも不逞浪人をかたっぱしから切る、特高警察ですよ」
       特高警察、という言い方がこの時期にあったどうかはわかりませんが、たぶん、この言い方が私どもにも一番わかりよいかと存じまして、
      「わしら不逞浪人じゃないぞ。幕臣の勝先生の弟子じゃにゃあか。怪しいもんじゃないぞ」
      「そんなこと言って、下帯一丁で抜き身を振り回してる怪しくない浪人がどこにいるんですか、ここは素直に逃げましょう」
      「ほ、ほうじゃな」

      (3)朋友


       着物をくるくるっと小脇に抱えて、座敷から逃げ出そうとする矢先、
       ガラッと唐紙が開きますと飛び込んで参りました一人の侍。六尺豊なその侍は龍馬と似たりの三十かっこう、筋目正しき仙台平の馬乗り袴に、夜闇の濃い群青の絽の紋付き、その上からは薄い麻で織ったる浅黄の羽織、袖口を山形の白に染め抜いたるその姿はまるで色目は違うが赤穂の義士の風体。これぞ当時京の町で恐れ戦かれておりました壬生の浪人士隊の決まりの身支度でございました。 


       「無銭徒食にて主人を脅したるは、お前たちか!」
      「いや、違います、勘違いです。我々は怪しい者ではありません」
      「黙れ! あやしく無いものが何故下帯ひとつで抜き身を下げている!」
      「いや、こりゃ、チト刀の値打ちを見てもらうつもりでの」
      「手向かうか! 手向かうならば京都守護職会津容保さまご支配、壬生浪士隊副隊長が相手をいたす! まいれっ!」
      「困ったノウ、話せばわかるぜよ」
       相手は殺気だって下段正眼の構え、その切っ先がピリピリと鶺鴒の尾の如く震えるように動いているのは、これぞ相手に出先を悟らせないための奥義、北辰一刀流の構えでございました。
      「さ、坂本さん、逃げましょう」
      「何? 坂本? 坂本とな」
      「はあ、わしゃ、土佐脱藩の、坂本龍馬と申します」
      「ん〜? その土佐訛りとちぢれっ毛! おお、坂本君か! 私だ、神田お玉が池の! ほら、覚えていないか?」
      「おお! おまんは! ・・・え〜と、誰やったかなう?」 
      「さ、坂本さん。こういう時は嘘でも覚えてるって言うんですよ! 嘘も方便っていうことばを知らないんですか!」       「おまんさっき、何というたんじゃ」
      「う〜ん。おぬしは昔からぼ〜っとした所があるからな。私が。山南敬介だ!」
      「おお! おお! 三男坊じゃからちゅて、みなからサンナン、サンナンよばれちょった。石部金吉金カブト、たたけばカンカン音がすると囃されとった、バカがつくほど真面目な山南さんか」
      「坂本さん! よけいな事言わないで」
      「あいかわらず口から先だな。懐かしいぞ」

       この、山南敬介と龍馬は今は遠い江戸の剣術修行時代、千葉周作の大千葉・お玉が池の道場と、その弟貞吉の小千葉・京橋桶町道場のまさに同門、今でいえば同級生の間柄でございます。
       徳川末期、江戸には三大道場というのがございまして、それが千葉周作の北辰一刀流・玄武館、斉藤弥久郎の神道無念流、練兵館、そして桃井(もものい)春蔵の鏡新明智流・士学館。それぞれに坂本龍馬、桂小五郎、武市半平太いった偉人を生み出しております。もちろん、他にも多くの道場がありました。旅の自由すらない江戸の世で、故郷を離れて江戸へ出れるのは武士でもほんの一握り。その名目はほとんどが「剣術修行」でございました。
       そして、各道場ごとに、剣術だけでなく学問や思想も互いに影響を受けていく、まさに今でいう大学に行くようなもので、この三大道場が簡単にいえば現代の東大、早稲田、慶応といったところで、いわばそこの同窓生でございます。
       ニギヤカで話好きな龍馬と、一本気で真面目そのものの山南とは、寄ると議論になりましたが、互いにいつか世の中を動かそうという夢を語り合った間柄でございました。
       山南は、自分の座敷に二人を呼び、龍馬も着物を着直しての飲み直しでございます。
      「いや〜。それにしても驚いたノウ。まさかあの、石部金吉金カブト、真面目一筋の山南さんがミブロの隊に入ってるとはノウ」
      「相変わらず口が悪いな。それにそのミブロってのはよしてくれ。壬生村に居を構えている浪人ってことだが、我々は浪人などではない。今は京都守護職お抱えの正式な浪士隊なのだ」
      「それにしても・・・北辰一刀流ちゅうは水戸の斉昭公のおおぼえめでたく、尊皇攘夷の志士を多く出しとる。それじゃに、何でまた、志士を敵に回す側に入ったンじゃ」
      「敵とは何だ。味方も、・・・我々は、今でも尊皇攘夷の志を持っている、局長の芹沢さん、近藤さんだって同じだ・・・まあ、私と同じ副長の土方くんはそういった事に興味がなさそうだが・・・。帝のため、尽忠報国のためにも、今は公武合体、朝廷と幕府との間に揉め事があってはならん時だ。勝手に帝に近づき、大御心を乱す不逞浪人どもを取り締まり、京の治安を守るのが我々の役目! 京都治安を命がけで守る正義武士の集まり、それが壬生浪士隊だ」

      <ここで幕末の解説>


      (4)対立

      「けど、山南さん、なんでまた、天下の千葉道場から試衛館なんてイモ道場に移ったんじゃ?」
      「試衛館は実践的なんだよ。軽い竹刀で稽古をしても実践の役に立たない。重い木刀を使えば真剣を持って戦う訓練になる。千葉は免許皆伝で卒業と思って実践訓練積みたくなったんだ」
      「は〜。そうじゃったか。しかしノウ、あの、今年の初めに回ってきた浪士隊募集の報せは、確かに千葉道場には回ってきたけど、試衛館なんてちっぽけな道場には回らんかったはずじゃがのう」
      「何を言ってるんだ。たまたま私が試衛館の連中が力を持て余して困ってるという話をしたら、血の気の多いやつを野に置いとくとロクなことにならん、将軍警護の仕事でもさせたらと紹介してくれたのは君だったじゃないか!」
      「え? ほなら、近藤勇や土方歳三を浪士隊に入れたんはワシか? はっはっは、こりゃ面白い、その時歴史は動いた……そうそう、そういやあ、こないだ、わしらの海軍塾を応援してくれてた姉小路公知さんが切られた。その下手人はもう捕まったんかな?」
      「いや・・・・いちおう人切り新兵衛ということにはなっているが・・・わが浪士隊でも必死に捜索をしたが、いまだ真相は闇の中だ。今も毎日のように暗殺事件が続いている。我々がもっと厳しく取り締まれば、不逞浪人を一層できる、京の治安を守れるはずなんだ」「・・・しかしのう、山南さん。正直なところ浪士隊の評判はようないぞ。そら確かに、毎日のように火付け、盗賊、偽綸旨。志士の名を借りて押し込み強盗、狼藉を働く連中も多い。けんど、ホンモノの志士はそんなことはせん。この日の本の行く末のために命がけで走り回っちゅう。それをちと怪しいから、ちゅうて大根かゴボウでも切るみたいにスパスパスパスパ斬りゆうおまんらは、武士というよりヘタクソな板前みたいじゃ」
       過激な言葉に杯を口に運ぶ手が止まりました山南敬介。
      「坂本さん酔いましたね。よしましょうよ」
      「いやあ、わしゃこの山南さんのためにゆうとるんじゃ。そらあ、勤皇の志士もムチャはしゆう。そういう連中を押さえる役はそりゃ必要かも知れん。けんど、今の山南さんらみたいに、疑わしきは切る、怪しきは切る、わからんもんは切る、とりあえず切る切る切る・・・これじゃあ狂犬も同じやないか?」
      「何! 狂犬とはなんだ!」と立ち上がる山南。
      「あ、すいません、すみません。私から謝ります」
      「天下の治安を乱すものを取り締まる、それのどこが狂犬なのだ。今、巷では過激な行動が横行している。尊皇攘夷の志士といいながら、特にあの高杉晋作なぞ不逞のヤカラのやっていることはナンダ。品川の英国の公使館に火を放ち、それを肴に宴を催したというではないか。いくら夷狄を憎むから言って、人の家に火をつけて喜ぶなど、火付け盗賊と同じではないか。そのほか巷に溢れる不逞浪人ども・・・君の好きなえげれす語では<てろりすと>というそうじゃないかね。坂本くんは、そんな連中の肩を持つのかね」
      「あれは・・・わしゃ桂さんを通じて止めたんじゃがのう・・・。なあ、山南さん。あんたは学問もある、腕も立つ。浪士隊なんぞやめて、わしらと来んか? これからの時代は幕府じゃ侍じゃいうとる時じゃない、海の向こうのでっかい世界を見ようじゃにゃいか?こんなこんまい京の都で人殺しの片棒担ぎなんかやめちょきい」           「坂本! 浪士隊を人殺しと呼ぶか! 同門のよしみで見逃してやろうと思ったが、やはり貴様らは不逞浪人だ。一応取り調べなくてはならん。表へ出ろ」
      「やっぱりやるんか・・・。山南さん。気が短うなったなあ。浪士隊の悪いクセがうつったんじゃな」
      「おい、手伝ってくれ!」
      「はーい!」突如、襖を蹴り倒して飛び込んで参りました若者。山南と同じ浅葱色に山形を白く抜いた羽織を着ております。   「沖田総司、ただいま参上!。お待たせしました。っていうか、僕が待たされちゃった」「どうも君くらい出さないと新撰組モノにならないんだ。只でさえ山南敬介なんてあまり誰も知らんらしいから・・・」
      「ねえ、山南さん、こいつら、敵ですか? 敵でしょう? 切っていいの?」
      「沖田くん。あまり軽くならないでくれ。ただでさえ沖田ファンの反発がコワイんだ。いや、切らないで捕らえなさい」
      「じゃ、腕一本、足一本くらいはいいですね?」
      「だから、女性ファンの夢をこわさないように、少し苦悩して斬りなさい」
      「はい・・・・。そこのお二人。これも京の治安を守るためなのです。大人しくご同道ください。でなければ、悲しいことですが、僕はあなた方を切らなくてはならないのです・・・これでいいですか?」
      「君は剣だけでなく役者の才能もあるな」
       仕方なく龍馬も陸奥守吉行をすらっと抜く「もう使うことになったか。さっき支払いのカタにせんでよかった」
      「坂本くん。君の腕前ならわかるだろうが、この沖田君の剣には天賦の才がある。抵抗すれば怪我が増えるだけだ、おとなしく屯所までご堂々願いたい」
      「困ったのう。流石にわしも二人相手はむりじゃ・・・・。長次郎、おまんも手伝え」
      「無理ですよ。私は英語の辞書より重いものを持ったことがないんですから」
       沖田はニコニコしながら相手が動くのを待っている。動いた瞬間が天才剣士・沖田総司の三段突きの餌食となる時でございます。  山南はカッなって抜いたものの、やはりできることなら同門の龍馬は見逃がしてやりたいと、逡巡していたその時でございました。
       バタバタバタッという足音とともに飛び込んで来たもう一人の浅黄の羽織
      「山南さん、沖田くん、そんな小物相手にしてる時じゃないぞ、すぐ来てくれ」
      「おお、藤堂平助、どうした」
      「芹沢局長が、大捕り物だ、全員招集だと」「仕方ない。坂本くん。君も京であまりウロウロしない方がいい。沖田くん、ここは局長命令だ。すぐに向かおう」
      「え〜っ、じゃあ、中を取って一人だけ切り捨てていっていいですか?」
      「何だ、中を取って、とは。いいから来たまえ」
      「ちえっ!」と刀を収める沖田総司。
      「あなた」
      「ワシかね?」
      「今まで会った中で一番手応えありそうですね。またの機会を楽しみにしてます。じゃ、バイビー」
       その場に風を残してさってゆく三枚の浅黄の羽織。
      「あの沖田という奴・・・すごい腕じゃ・・・震えが止まらん・・・」
      「日ハムの新庄みたいなキャラでしたね」
      「・・・山南さん・・・惜しい人じゃ・・」

      (5)大和屋

       銘皓々たる月の下の京の町。浅黄色の羽織が夜風になびく。やって参りましたのは葭屋町(よしやまち)一条下るにございます生糸商・大和屋庄兵衛の店の土蔵でございます。が、そこに着くより前に大勢のヤジ馬に阻まれましたのは、一同の行く手に赤々と火事の炎が燃え上がっているからでございます。京の空を真っ赤に染めまして上がる紅蓮の炎。京という町は千年の都。何よりも火事には気をつけている。その炎を眺めながら、三十人以上の浪士隊員を引き連れ、真ん中で酒をあおっておりますのは浪士隊の局長でございます芹沢鴨。    浅黄の羽織を肩だけで着て、右手には自慢の三百匁・一キログラムはあろうかという大鉄扇。
      「ははは。赤い赤い。京の空が燃えておりますぞ」と徳利から酒を煽る芹沢の顔も真っ赤っか。
       ところへ駆けつけて参りました山南、沖田たち。
      「局長、何事です!」
      「おお、山南君。かねてより不逞浪人と通じておる疑いのありし奸商・大和屋庄兵衛。家捜しを拒んだ罪により、あぶり出しの刑に処しておるところです」
      「すっげ。燃えてる燃えてる」と、沖田は生粋の江戸の産ですから火事を見ると血が騒ぐ。
      「では、この火は局長たちが!」     「いやこれは焚き火ですよ。焚き火。それにしても不逞浪人が出て来ないようですな。おい、あれを!」
       脇にいた隊士の一人に命じますと、ガラガラと音をたてて引かれてまいりましたのは、なんと大砲でございます。
      「まさか、局長!」
      「(酒を飲む)あ〜。京都守護職・松平容保公より拝領いたせし大筒。今こそ役立てる時が来ましたぞ。目標、不逞浪人かくまう大和屋土蔵、かまえ〜」
      「局長、お待ちを。何も大砲など撃たなくても」
      「撃ッーーー」
       ドカーンと大筒が大音声を響かせました。火薬はそれほど入れていない、焼き玉の大砲ですから鉄の玉が飛んでいくだけ。それでも破壊力はバツグンで、見事に土蔵の壁をブチ抜きました。
       騒ぎを聞きつけて京都の町火消たちが飛んでくる。店に近づき火を消そうとするのを制して芹沢が、
      「壬生浪士隊局長、芹沢鴨! ただいまご公儀のお役目により取り調べの真っ最中なり。火消し無用! 近づくものは切り捨てなさい」というので近づくことができない。
      「局長、ムチャはおやめ下さい。命じてくだされば我々が土蔵に切り込んで捜索いたします」
      「あ〜。そんな危険を犯すことはありません。すぐに出てきますよ」
      「しかし、このままでは、他の店に飛び火してしまいます」
      「そしたらこの、火消し連中の出番ですな。あ〜、諸君、隣の店が燃えたら消してよろしい。カッカッカッ・・・まだ出んか。では第二発目、用意〜」
      「局長」
      「撃ッーーーー!」
       ドカーン。とうとう中に隠れておりました十四、五人の浪人たちが煙の中から姿をみせ
      「参った。大人しくするから、撃たないでくれーっ」
      「ほーれ。出ました出ました。それっ! 切れ! 切れ切れ切れ!」
       局長命令でございます。回りに控えていた隊士たちが三人一組となって一斉に踊りかかる。情け容赦なく切り捨ててゆく。一人や二人店のものが混じっていてもわからないでしょう。
      「では、私も!」と踊りこもうとする沖田の二の腕を掴んだ山南
      「お前が行くまでもない。相手は全滅だ・・・局長、これはやりすぎではありませんか。京都守護職様の方でも問題になりますぞ」
      「何だ・・・? 局長に向かって、副長の分際でその口の聞き方はナンダ! どうも山南君は以前から私の方針に会わないようですねえ。何だったら、脱退してもいいのですよ。まあ、隊の規則により、脱退するものは切腹ですけどねえ・・・カッカッカ」

      (6)共同謀議

       それから数日の後のことでございます。  京都の政治の世界に大変化が起こりました。長州が一番の力を持っていた御所政治、会津と薩摩が手を組んで軍事力にモノを言わせて巻き返しを計り、武力をもって御所から長州派を追い出してしまった。これを「七卿落ち」とか「八・一八の政変」とか申します。 の時の長州追い出しには浪士隊も一役かって、大いに働き、褒美をもらったのでございます。
       しかしその日の夜、ひそかに角屋の一室に集まる四人の姿がございました。江戸・試衛館時代からの古株の同志である近藤勇、土方歳三、沖田総司たち、その真ん中で山南敬介が
      「もう我慢できません。芹沢局長のやり方にはついて行けません。あれではならず者と同じ、不逞浪人のやり口と同じではありませんか。我々は正規の浪士隊です。乱暴が過ぎます」
      「しかしな、山南君。あのやり方で、ちゃんと敵を炙り出して始末した訳だし」と、人の二倍くらいのデカイ口を開きましたのは近藤勇。
      「証拠もなし、取り調べもなし、後先のことも考えず、疑わしきは罰する。あれでは京の町人たちに嫌われる一方です」
      「そうかなあ・・・けっきょく燃えたのは大和屋だけだったし、てっとり早くていいと思ったけどなあ。だって相手はいつ襲ってくるか知れないし、甘いこと言ってたらこっちがやられちゃいますよ」
      「沖田くん!」
      「おこられちゃった」
       口角泡を飛ばして芹沢の罪をあげつらう山南。その議論も尽きたころに、やっと口を開いた土方歳三が
      「・・・実はな。会津中将さまからも、芹沢を密かに始末しろと命が下っている」
      「なんだって! 土方君。なぜ先にそれを言ってくれない。私がどれだけ・・・」
      「いや、お前さんが喋りたいだろうと思ってな。この事は近藤さんも承知だ・・・」
      「そうなのですか! 近藤さん」
      「・・・ん・・・。諸君。試衛館道場をたたみ江戸を出てから半年。水戸脱藩組の芹沢たちに頭を押さえられてきた屈辱の日々は終わりだ。決行は九月十八日。秘密は漏らすな。以上」
       自分の知らないところで全てが決まっていく。山南は面白くありませんでしたが、芹沢を除くということには賛成ですから否やはない。この事は誰にももらさず、あくまで不逞浪人の仕業に見せるということで衆議一決いたしました。

      (7)正義

       そしてその夜。文久三年の秋・九月十八日。 世間に自分たちが公式に認められた祝いにと例によって角屋で大宴会を開いた後、宿舎にしております八木源之丞の邸に戻って参りました芹沢鴨ととりまきの平間重助、平山五郎、野口健二。近藤ら試衛館の一団の宿舎はその向かいにありますが、わざわざ遠回りをして裏口から入り、黒づくめに顔を黒布をおおった四人組。沖田が先駆けとなって山南、土方、近藤と続く、
       隣同志の部屋で寝入っている芹沢たち四人に対し「尊皇の志を妨げる幕府のイヌ! 浪士隊! 覚悟!」と、土方の作戦通り、まるで不逞浪人のような掛け声を上げます。
       まず播州姫路の出で副長助勤、神道無念流の使い手・平山五郎が目を覚ます。  
       「何奴!」っと起き上がってくるのを受けた沖田、切り上げ/受け太刀連斬から/捻り刀で、得意の三段突きを使う間もなく切り伏せる。ところが、四人だけだと思っていたのが、相手は以外と多く、芹沢が勝手に入隊させようとしていた浪人ものがムクムクと起き上がって向かってくる。群がる敵を近藤勇、石灯籠を斬るというアニメの刀みたいな名刀・虎撤でついつい大声で「ドリャー」っと気合もろとも真っ二つにしていくが、多勢に無勢、きりがない。
       とは言うもののとにかくこちらは新撰組の主力四人、繰り出す技は滝割/木枯らし/大波突き、ありとあらゆる大技小技。沖田が数を敵しているうち、一人先んじて奥の部屋に躍り込んだのが山南でございました。
      「芹沢! 覚悟!」と叫んで斬りつけ、暗闇の中芹沢に刀を持たせない。やっと枕元の自慢の大鉄扇をつかむとさらなる奥の台所へと逃れゆく。                いつか昨夜来の篠つくような雨が止んで窓より漏れる月明かり、寝間着のままに鉄扇を前に身構えてジッと曲者をにらみつける
      「・・・貴様。不逞浪人ではないな?」
       顔に巻き付けた黒布をとればその下からは浪士隊副長の顔
      「山南、貴様か・・・」
      「局長。切られる理由はわかっているでしょう。あなたは浪士隊局長の立場を利用して好き放題やり過ぎた。押し借りは働く、花代は踏み倒す、女を攫って妾にする。果てはあの大和屋の焼き討ちです。京都守護職の命において、処分いたします」
       険しい顔つきの芹沢でしたが、京都守護職の名において、と言った途端に目を見開いて。「何? 京都守護職の名において、だ? では、俺を斬るのは、京都守護の命だというのか」
      「そうだ、京の治安を守るべき浪士隊が、治安を乱すなど言語道断。尽忠報国・正義の名のもとに成敗する」
      「・・・・ふ、フフ、フフフフ。ハハハは」
      「何がおかしい?」
      「山南・・・もう少し大人になりなさい。京都守護が俺の焼き討ちをとがめて、だと? バカを言うな。それではまるで、自分の右手で左手を捕まえるようなものだ」
      「何?」
      「あの数日後、御所で長州の追い出しがあったのは覚えておろう。あのために、どうしても会津の兵を京に入れる必要があった。だが、理由もなしに会津兵を京に入れれば長州だって気がつく。そこで、会津支配の浪士隊にワザと騒ぎを起こさせ、それを押さえるために正式兵を京に呼ぶということにしたのだ。つまり、ウチワモメだと見せかけたのだ」
      「では・・・では・・」
      「そうよ、あの大和屋焼き討ちは、京都守護職がワシに命じての騒ぎだったのよ。ハハハ、これはまんまと一杯食わされたわ」
      「嘘をつけ。貴様、この後に及んで命ごいを」
      「青い。青いぞ、山南。何が正義だ、何が京の治安だ。すべては会津と薩摩が長州を追い出すための画策。教えてやろう。公卿の姉小路公知の暗殺も、この俺の仕業だ」
      「しかし、現場には、薩摩の田中新兵衛の刀の鞘が」
      「それもあらかじめ用意したもの。あれのおかげで、会津・薩摩同盟が有利に運んだのよ。正義とはつまり、大藩の利益のことなんだよ」「そんなバカな・・・・」
       一瞬のスキを見せた山南を、三百匁の鉄扇が襲う。サッとよけたつもりが耳が残った。鉄の固まりで三半規管を打たれたものですから体の安定を失い、倒れかかるところを、
      「油断!」ととどめを刺そうととした芹沢、が、鉄扇が山南の顔面に届く寸前に
      「ガッ!」と喉から二枚目の舌が出た、いや、赤い血を吹いた。山南の肩ごしに沖田の三段突きが決まったのでございます
       芹沢の首を貫いて後ろの柱にまで達した菊一文字。両手に力をこめて抜き取りますと血ぶるいをして鞘に収める沖田総司。
      「局長しとめたり〜。山南さん、大丈夫?」
      「ああ・・・沖田くん・・・近藤さんは?」
       と、後ろから
      「おお、やったか! 沖田」
      「近藤さん、声がデカイ!」
      「さ、この場はすぐに立ち去るんだ。あと、これを芹沢の死体の側に転がしておけ」
      「何だね? 土方くん」
      「長州藩士の刀の鞘だ。これで下手人は八月の御所追放に恨みを抱いた長州ってことになるんだ。行くぞ!」
       この日を境に、浪士隊は試衛館の一団が幅を効かせることになり、局長は近藤勇、副長は土方歳三、そして、山南敬介は総長、という地位に昇ることとなったのでございます。

      (8)永訣

       秋・十月、ついに勝海舟と龍馬の念願がかない、神戸海軍操練所開校。その生徒集めのために再び京に上りました坂本龍馬、三条下がるの橋の上で、大勢の隊士を連れた山南とバッタリ出会います。
      「おっと。山南さん、久しぶりじゃのう。今日はちゃんと、幕府海軍奉行・勝先生の親書をもっとるから捕まえられんぞ」
      「ああ・・・・。行きたまえ」
       静かにその場を通りすぎる浅黄の羽織からは秋の風が吹いているようでございました。「山南さん。浪士隊がいやになったら、いつでも神戸に来いや。待っちょりますき」
       歩みを遅めたので山南がポツンと一人残った。振り向いて龍馬に向かい、
      「いや・・・君と話すことももうあるまい。私は必ず、自分のやり方でこの王城の地を、日の本を守って見せる。それに我々はもう浪士隊にあらず。京都の治安の維持のため、京都守護職、そしてご公儀からも正式なる拝命をくだしおかれた。不逞浪人どもの狼藉より菊と葵の栄えを守るため新しく選ばれし誠の侍<新撰組>総長・山南敬介である。御免」

       一枚の浅黄の羽織が多くの浅黄の羽織にまぎれてゆく。その背中を見送る龍馬の胸に、江戸の千葉道場で山南たちと語り合った夢と希望が思いだされては消えていったのでございました。
       それから二年立たぬうちに、土方歳三と対立をした山南は新撰組を脱走し、大津まで逃げ伸びたところを沖田総司に捕らえられ、江戸試衛館以来の仲間たちの前で切腹をさせられることとなる。その最後の言葉は
      「武士らしく切腹を賜り、ありがたい幸せでござる」というものでございました。
     時代が新しく明けそめる払暁の薄暗さのなか、正義のために尽くした尽忠報告の集団・新撰組の良心といわれました。山南敬介の一席。