『古代ロマン・七夕の国』         




<マクラ>                

今日は、古い古い時代のお物語でございま 

す。しかし、平安時代より昔となると、あま 

りイメージが沸きませんね、たとえば万葉集 

なんていったらどうでしょう?       

「春すぎて、夏来たるらし、白妙の、衣ほし 

たり、天の香具山」なんてノドカーな古代日 

本の風景が少しは浮かぶかと存じます。   

ま、だからといって、のどかなばかりの時 

代というものはございません。       

ご年配の方は戦時中によく耳にされたかと 

存じますが、万葉の歌の、防人の歌にこんな 

のがございます              

「今日よりは かへりみなくて 大君の   

醜の御楯と 出でたつ我は」       

勇ましいですねえ。やはり大昔は、だれも 

彼も死を恐れず国のために戦っていたのでし 

ょうかねえ。さて、もう一首。       

「霰(あられ)降り 鹿島の神を祈りつつ  

皇御軍に 我は来にしを」これまた、スゴ  

イ! 鹿島の神を祈りつつ・・・鹿島アント 

ラーズの応援歌みたいに勇ましいですね。  

ところが、この勇ましい歌を歌ったまった 

く同じ人がこんな歌も歌っております。   

「筑波嶺の さ百合の花の 夜(ゆ)床にも 

愛しき妹そ 昼も愛しき」        

夜床(ゆとこ)っていうのは、夜の寝る床 

のことです、わかりますね。筑波嶺の、さ百 

合の花の 夜床にも 愛しき妹そ 昼も愛し 

き・・・イモってのは妹じゃなく、妻か恋人 

のことです。そう考えるとなかなか艶かしい 

歌でございます。             

故郷を遠く離れた防人の歌はほとんどがこ 

ういう、人を恋うる歌だったそうで、勇まし 

い歌はホンの十コくらいしかなかった。故郷 

を遠く離れて一人きりで戦に駆り出されて・ 

・・醜の御楯と・・・なんいうのは、だから、

ただのカラ元気というか、自分に言い聞かせ 

ている悲しい歌だった、のでございます。結 

局、1000年も1500年も前の祖先も、 

今の我々と心の中はあまり変わらなかったの 

でございましょう。            

さて、これからのお話は、この万葉の時代 

よりもさらに昔、まだ、日本の中心が奈良の 

都のさらに南、さっきの、天の香具山、そし 

て三輪山の麓にあたりにあった頃のお話。  

大和朝廷はすでにできていたハズですが、 

まだまだ全国を平定したというわけではなく、

せいぜい戦国時代の有力大名、というカンジ 

でした。それでもだんだんと強い力をつけて、

あと一歩か二歩で日本の国を統一できるかな、

といった段階でした。           

普通、日本の最初の天皇というと、神武天 

皇でございますね。最初だからというので  

「ハツクニシラススメラミコト」という呼び 

名がございます。ところが、この「ハツクニ 

シラス」という名前がついた帝がもう一人い 

らっしゃるんですね。神武、スイゼイ、安寧、

イトク、孝昭、考安、孝霊、孝元、開化・・ 

・ときて、10代目、崇神天皇、ミマキの大王。

まだその頃は天皇という呼び名はありません 

ので、諡号でなく、本名では、ミマキの大王 

です。その、ミマキの大王も実は「ハツクニ 

シラススメラミコト」と呼ばれておられまし 

た。つまり、神武天皇はいらっしゃたけれど、

具体的に香具山、三輪山の麓に朝廷をお定め 

になったのは、この10代目の「ミマキの大 

王」であろうと・・・・いうのが歴史学者の 

意見でございます。            

<本編>                 

今から千六百年ほど昔のお話でございます。

ここは、三輪山の麓にある、ヤマト・玉垣 

の宮・宮廷でございます。まだ人々が粗末な 

小屋に住んでいる時代でしたが、流石に国一 

番の都、立派なヒノキ作りの館が立ち並び、 

庶民はまだ腰ひもでとめただけの白い着物を 

きている中、宮中には、海の向こうの大国・ 

シンを真似た絹の衣、金糸銀糸をまとった、 

三国志の宮廷のような美しい出で立ちの人々 

も見かけられました。           

ある一日のこと、その宮中の一番大きな庭 

に、甲冑に身を固めた多くの戦人たちが集ま 

り、出陣の準備をしておりました。     

当時、大王、つまり帝の下には四道将軍と 

いうのがおりました。四道とはよっつの道、 

すなわち、北陸、東海、丹波、西海の四つの 

地方を平らげる将軍という意味、ですが、今 

一段高い所に立って戦人に指示をしているの 

は西海将軍の、吉備津彦将軍でございました。

「ものども、よいか! いよいよ明日を期し 

てわが大王にまつろわぬ西国の敵を平らげに 

出陣することとなった。此度の敵は、海の向 

こうの大陸よりの渡来人どもである。きゃつ 

らは我が名をいただいた吉備の国に城を築き 

宝を貯えているという。よいか、渡来人ども 

の頭には一本の太いツノが生えておる。だか 

ら人間ではない、鬼である。鬼であるから情 

け容赦なく攻め滅ぼすがよかろうぞ」    

そのとき、兵卒の中でもう一人、手を上げ 

たものがございました。          

「あの〜、将軍さま!」          

他の兵よりも頭二つほども大きいその男、 

ヤマトの都でも豪勇無双をもって知られてい 

る男、名前をスクネと申しまして、     

宿禰というのはちょっと字が難しすぎます。

カラダが大きくてすぐ腹が空くので、腹が空 

くね、スクネと覚えておいてください。   

「なんじゃ? スクネ。もう腹が空いたの  

か?」皆がドッと笑いました。       

「いえ、此度の西国の戦は、どのくらいで帰 

って来れるでしょうか?」         

「そうだな、まあ、三月、長くても半年はか 

かるまい。生きて帰れればだが」      

「ああ、そんなら大丈夫だ。おらあ、いまま 

でひい、ふう、みい・・・七度半戦に出てる 

だけんど、いっぺんも怪我もせんで帰ってこ 

れたからな」               

「なんだ? 七度<半>というのは」    

「ああ、出雲にいる時、オラが来る、ちゅう 

だけで隣村が降参したことがあった。戦わね 

えで勝ったから、半分だ。こういうのう抑止 

力ちゅうんかな? やっぱ戦術核兵器は大切 

だな」                  

「難しい単語を使うな。そんな田舎のケンカ 

を入れるヤツがあるか」          

「田舎ちゅうけど、出雲は大したとこだぞ。 

出雲フルネちゅう人が戦に負けるまでは、海 

の向こうの大陸から渡来人が沢山きて、都よ 

りも栄えてたちゅうこったぞ。そこへな、都 

から強い将軍が来てさんざんに負けてな、そ 

れからさびれてしまったんだと」      

「ああ、・・・そうであったな。出雲には斐 

井川という砂鉄の採れる川があるからな・・ 

鉄の武器を持っている国は強くて苦労する。 

あのな、スクネ、もう何十年も前のことじゃ、

恨むではないぞ・・・その強い将軍というの 

は、な、この吉備津彦のことじゃ。国を平ら 

げるのに犠牲はつきものじゃ」       

「えっ? じゃ、出雲フルネを滅ぼしたのは 

将軍さまだったかね・・・ああ、そんな強い 

将軍ならこりゃ安心だ」          

スクネは決して阿呆ではない、どちらかと 

いうと頭の回転はいいくらいなのですが、こ 

うして、いつもアッケラカンとして人に好か 

れておりました。             

そのスクネがわざわざ戦の終わりなどを気 

にしたのにはある事情がございました。   

出陣式が終わって、出発の前の夜、三輪山 

に春の月がおぼろにかかって中天にのぼる頃 

都の真ん中、玉垣の宮の奥深くに忍んで参り 

ましたスクネ。手にはもちきれない程の橘・ 

つまりミカンをかかえております。     

女たちの寝泊まりしている館のひとつの窓 

越しに・・・               

「姫さま・・・姫さま・・・いるかね?」  

サラサラッと軽い衣擦れの音、が近づくと 

館の窓がソッと開き、高い欄干越しに姿を見 

せましたのは、身分の高い女性しか着れ薄い 

白絹の衣をまとい、結い上げた髪に柘植の櫛 

をさし、玉をつらねた飾りをつけた大陸渡り 

の金糸銀糸をぬいとった薄衣からそっと顔を 

覗かせた見目麗しい姫君でした。これが四道 

将軍の一人、丹波道主が故郷丹波から伴って 

きた娘のヒバス姫でございました。     

「スクネ・・・スクネですね。誰にも見られ 

ずに来ましたか?」            

「はい、ヒバス姫さま。姫様のお好きな橘を 

持ってまいりました。一緒に西国に行く防人 

仲間と、力比べをやって、こんなに巻き上げ 

ました」                 

「そんなに食べきれませんわ。そういえば、 

おまえに初めて会った時も、手の届かない木 

の上の橘を取ってもらったのでしたね」   

「姫様もわりにスラッとしとるけんど、わっ 

しはもっと大きいですからなあ。ところで・ 

・あの、姫さま。あの話は・・・丹波道主さ 

まに」                  

「ええ、話ました。父君も、初めは驚きまし 

たが、只の防人でなく、ここ七度の戦で常に 

一番の戦功を上げてきた、勇者・スクネであ 

ればきっと将軍まで出世をするだろう、そう 

なれば考えてもよいと」          

「じゃ、あれかね。お父上の許しが出れば、 

ほんとに、姫さまを頂けるのかね? 姫さま、

わしのこと、夫として認めてくれるかね?」 

「もちろんですよ。でもそれは、おまえが将 

軍になるからではありまさんよ」      

「はい。おらあ、お父上から姫さまの警護を 

いいつかって五年にもなるからよく知ってま 

す。姫さまは戦は大嫌いだ。人が死ぬのも大 

嫌いです。だからわしゃ、それを聞いてから、

戦では剣も弓矢も使わねえで、相手を投げ飛 

ばすことにしました。わしは手も長いですか 

ら、相手の剣が届く前にこっちの手が届いて 

しまいます。そんでバーッと投げ飛ばします 

と、たいていの奴は気を失って戦が終わるま 

で立ち上がりません。剣も歯がこぼれないし、

弓矢も無駄遣いしないんで、いつも褒められ 

ております」               

「そうです。敵であれ味方であれ、人の命は 

尊いものです。              

・・おまえのその優しい心に私は引かれたの 

です。でも、それは嬉しいのだけれど。相手 

は剣で向かってくるのでしょう。どうか怪我 

だけはしないでおくれ」          

「はい、姫さまがそうおっしゃるのなら、決 

して怪我をせずに帰って参ります」     

「私も毎日、あの月を見て、あなたが無事で 

いられるように、アマテラスの命、オオクニ 

ヌシの命にお祈りしております。貴方もあの 

月を見て私を思っていてください」     

「は? あの、わしゃこれから、吉備の国ま 

でいくんですが、吉備の月もあの月と同じな 

んですかな」               

「もちろんですよ。月も日も、この世にひと 

つ。どんなに離れていても、二人は同じ月を 

見ているのですよ」            

「はーーー。わしゃ、月てのはイッパイある 

と思うとった。月は一つなんかね? 形が変 

わっていってるだけかね? やっぱり姫様と 

いると、いろんなことが分かって、楽しいで 

す・・・姫さま、ほんとにこんなわしでよろ 

しいんですか」              

「何度も同じことを聞かないで。この世に夫 

はあなたひとりです。さ、ここへおいで一緒 

に月をごらんなさい」           

天の原、ふりさけ見れば、春日なる、三笠 

の山に出し月かも・・・時代は違いますが、 

その夜、二人は夜の白むまで月を見ていたと 

申します。                

やがて、吉備津彦将軍とスクネらの軍勢は 

長い旅の後、吉備の国につき、鬼と呼ばれた 

新羅軍と戦うことになりました。      

中でもやはりスクネの働きは凄まじく、大 

陸の最新装備で完全武装の新羅軍を、当たる 

を幸い千切っては投げ、千切っては投げ、刀 

も使わずに一騎当千、百人の敵を投げ飛ばし 

て本陣を突破し、見事な戦果を上げて新羅軍 

を撃退したのでございます。        

戦が終わっての論功行賞。        

「皆の勇猛果敢な働きによって、見事悪鬼の 

軍を打ち破ることができた。此度の手柄は、 

まず、八綱田の犬養(犬、サルトリの方角) 

をもって第一とし、奴10人と、大王からの太 

刀を与えるものとする」          

「ハハ・・・ありがたきしあわせ」     

「あ〜、将軍さま!」           

「またスクネか? イヤ、何もお前の手柄を 

忘れたワケではない。お前の戦場での働きは 

大したものであった。だがそれは、ワシの軍 

略と八綱田の指揮がよかったのであって…わ 

かるな?」                

「いや、そんなことはどうでもええ。戦が終 

わったんなら、もう、都へ帰ってもええ   

な?」                  

「もちろん凱旋いたす。そうそう皆の者。昨 

日着いた伝令によると、都では今、大王の妻 

問い、つまり婚礼の儀式で賑わっておる。急 

いで帰ればまだ祝いの酒肴も残っていること 

じゃろう。みなも早々に支度をいたせよ」  

「へえ? けど、大王にはサオ姫さまという 

お妃さまがいたでねえか? そんなに何べん 

も婚礼の祝いをやるのかね?」       

「ああ・・・実はな、戦の間にサオ姫さまの 

兄・サホ彦が謀叛を起してな。サオ姫さまも 

兄ともに焼け死んだのじゃ。だから、大王は 

新しいお妃をもらわれたのじゃ」      

「はー。そうですかね。大王は一杯相手がお 

っていいのう。そりゃだれですか?」    

「うむ、四つ道将軍の一人の娘である」   

「ははあ。では、大彦の命さまか、竹中分の 

命さまの姫様ですな?」          

「ブー、外れじゃ。お前は戦以外はニブイ  

な」                   

「ほんなら、あとは、吉備津彦さまか、丹波 

道主さまの娘しか・・・」         

「ピンポン! 丹波道主の娘じゃ」     

「またまた・・・・・ちょっと。将軍さま、 

そらホンマか? こら、ホンマか?」    

「く・・・苦しい。離せ、離さんか。ワシは 

伝令の話を伝えたまでじゃ」        

まあ、スクネでなくたって頭に血が登るだ 

ろうとは思いますが・・・甲冑を脱ぎ捨て、 

刀を放り出したスクネは、千里一時虎の子走 

り、恋は盲目、ラブイズブラインド、吉備の 

国・岡山県から奈良の都まで三日三晩で走り 

きったと申します・・・って、まあ、神話の 

ことですから。              

1600年前の道なき道の山陽道を一睡も 

せずに走り続け、着衣もボロボロ、ほとんど 

裸で都にたどり着き、ヤマトの都・玉垣の宮、

大王の后(きさき)のまします後宮めがけて 

一直線。しかし、もちろんのこと、後宮に一 

兵卒が近づけるわけがございません。檜皮葺 

きの立派な屋根に細かな細工を施した檜の神 

木に囲まれ、ガッチリとまもられた後宮には、

大勢の護衛兵がついております。      

スクネは護衛兵に後ろから近づき、一人一 

人、声も立てぬ内に首を締め上げ気絶させて、

後宮の一番奥の、大妃(おおきさき)の館へ 

近づきました。              

この頃は通い婚ですから、大王が毎日ここ 

で寝ているわけではございません。月は皓々 

として中天に高く冴え渡り、高倉の窓からそ 

れを物憂げに眺めておりましたヒバス姫の耳 

に、                   

「姫さま、姫様」という聞き慣れた声が飛び 

込んで参りました。            

姫はあわてて、横でウツラウツラとしてい 

た端女を使いに出し、           

様子を下でうかがっていたスクネは、前の 

館よりもずっとずっと高い柱をよじ登って、 

欄干を超えて侵入いたします。垂れ布を上げ 

て中へ入り、姫の所へ走り寄ろうとするのを。

「いけません!」ヒバス姫は窓の方を向いた 

まま、顔も見せずに叫ぶ、         

足がピタッと止まるスクネの巨体。    

「ひ、姫さま! 大王の妃になるって本当か 

ね」                   

「なる・・・いえ、もうなったのです。おま 

えが西国に立ってすぐの事でした」     

「そんな・・・わしとの約束はどうなりまし 

たかね? 姫さま、誓いを破るような人でな 

いはずです。姫さま、とにかくこっちを向い 

てくださいませんかね」          

「私は今は大后の身。大王以外の男性に顔を 

見せることはできないのです。……おまえと 

の約束を忘れたわけではありません。仕方が 

なかったのです。私は丹波の国を収める丹波 

道主の娘。丹波の国はまだこのヤマトの都と 

同じくらいの力を持っています。いつまた戦 

になるかわからないのです。私が大后になれ 

ば、ながらく争いをしなくて済む、と父君に 

頼まれて仕方なく・・・・あなたには、悪い 

ことをしたと思っています……スクネ、どう 

したのです」               

ヒバス姫は振り向くこともできず、背中で 

様子をうかがっておりますと、スクネは座り 

込んで床板を嘗めるように身をかがめており 

ます。                  

「スクネ、おやめなさい。男がそんなところ 

で泣くのではありません」         

「えーん。えーん。わしゃ、今度の戦でも、 

姫さま言う通り、ケガもせんかった、敵も一 

人も殺さんかった。全部投げ飛ばして、そん 

で勝ってきた。わしゃ八綱田の犬養タケルみ 

たいに褒美もいらん、団子もいらん、将軍に 

もなりとうない。ただ姫さまだけが欲しかっ 

たんじゃ。けんど、大王が相手では、投げ飛 

ばすこともできん。えーん、えーん」    

「・・・。スクネ。わかっておくれ。世の中 

にはどうしても避けられないことがあるので 

す。あなたの優しさにほだされて、あなたの 

妻になろうとした。その誓いは真でした。け 

れど、あなたは戦に行き、その後大妃さまが 

謀叛に巻き込まれた。そして亡くなられる前 

に、この秋津島が穏やかに治まるためには、 

丹波道主の娘をと言い残されたの。私にはど 

うしても断ることができなかったの」    

「そんなのしらんよう。今からでも断ってく 

れよう」                 

「聞き分けのない・・・。スクネ、窓から月 

が見える?」               

「月なんぞ見とうない。月の形が変わるよう 

に、姫様の心も変わったんじゃ。どうせなら 

星に誓っとけばよかった・・・」      

「月の横に……、ふたつの星があるわ」   

「は?」                 

「今はああして別別に光っているけれど、今 

から千年も前には、あの星はふたつ重なるよ 

うに並んでいたそうよ。ひとつは機織りの姫 

の星、ひとつは力強い牛飼いの星・・・時の 

流れには星も逆らえないの。それが定めなの 

よ・・・」                

「姫様、むりやり今日のテーマに持っていこ 

うとしとりゃせんか? わしゃごまかされん 

ぞ。月の形が変わろうと、星の並びが変わろ 

うと、わしの気持ちは変わらんぞ!」    

「お願い、聞き分けて・・・。どうしてもと 

いうなら、もしできれば、年に一度だけ会う 

機会を作りましょう。それでなんとかこらえ 

てください。どうかお願い」        

「そんなこと、出来るワケがねえ・・・姫さ 

ま、せめて、最後にお顔を見せてくれません 

かな」                  

「いけません・・・それではお互いに辛い思 

いをします・・・ただ、私はこれから大王の 

ための化粧をいたします。その鏡を貴方が覗 

くのは勝手です」             

ヒバス姫は窓近くに置かれた篝火をたぐり 

寄せると、銅の鏡を顔近くに寄せて指で紅を 

塗りはじめました。スクネは鏡越しにじっと 

それを見ておりました。二人は鏡越しに、長 

い間じっとお互いを見ておりました。しかし 

やがて、宝の宮へ向かった端女が戻ってくる 

気配を感じて、スクネは泣きながら高い柱を 

にじり下りていったのでございます。    

イクメイの大王。すなわち垂仁天皇の即位 

15年、兄サホ彦が謀叛を起したサオ姫の遺 

言により、丹波道主の娘を大后・すなわち皇 

后とする、と日本書紀には書かれております。

運命の皮肉というのでしょうか。西国の新 

羅鎮圧での功績を買われたスクネは、大王の 

特別の計らいをもって、後宮の警備隊長に任 

じられました。つまり、大王とヒバス姫の閨 

をお守りする役目ということでございます。 

一兵卒からとしては異例の出世でもあり、断 

る理由もなく・・・いや、むしろスクネはこ 

の話を、                 

「光栄至極に存じます。このスクネ、命に代 

えても後宮をお守り申し上げます」と拝命し 

たのでございます。            

スクネが悲しい恋に泣いていた時代、現在 

の朝鮮半島にある百済と組んで、高句麗、新 

羅を侵略しようという計画が虎視眈々と進ん 

でおりました。              

その中心となったのは、四つ道将軍のうち、

東海の大彦の命、北陸の竹中分の命、そして 

西海の吉備津彦の命の三人、反対派は、丹波 

道主が一人だけでした。          

大王は皆の意見に従うというし、本来なら 

三人の将軍の意見が通るところですが、それ 

を拒んだのが大后となった丹波道主の娘、ヒ 

バス姫でございました。          

そうこうする内、早くも17年の月日が経過 

をいたします。毎度申し上げますが、張り扇 

ほど便利なものはございません。パン、の一 

叩きで17年が過ぎてしまうのですから。   

その間に、ヒバス姫は三男二女をもうけま 

した。スクネの方は妻もめとらず、あれから 

将軍への出世の努力もせず、丹波道主の推挙 

があっても戦にも出ず、ただひたすらに後宮 

の警備隊長の任に励んでおりました。妻も娶 

らず、はた目には「頭の固い職務一徹の軍  

人」くらいにしか見えなかったでしょうが・ 

・・。                  

そんなある日のこと。          

ヒバス姫が長年努力してきた結果、百済の 

国と友好条約が結ばれ、そのお礼に七支刀、 

という七股に別れた剣が石上神宮に送られる 

ことになりました。たぶん、戦には使えない 

刀、という意味なのでしょう。       

その警備のために石上神社に出向いたのが、

この十七年、一日も後宮を離れたことのなか 

ったスクネでした。吉備津彦が、      

「ぜひこの大役に勇者・スクネを!」と言上 

したのでございます。スクネは断りたかった 

のですが、ヒバス姫の長年の努力の祝いであ 

ると言われて、任について始めて後宮を離れ 

ました。                 

ところが! スクネが七支刀を受け取りに 

行っている間に、なんとヒバス姫は毒殺され 

てしまったのでございます。もちろん、これ 

は、ヒバス姫を目の上のタンコブと睨む反対 

派の謀略だったのでしょう。スクネが警備に 

ついている限り、猫の子一匹後宮には近づけ 

ない、その隙を狙ったのでございます。   

なにしろ科学的操作なんてない1600年 

前ですから犯人は見つかりません。大王は四 

つ道将軍を絶対的に信頼しているし、丹波道 

主としても証拠がない以上何も言えない。結 

局、新羅か高句麗のスパイが毒を盛ったのだ 

ろうということでウヤムヤに終わってしまい 

ました。                 

急の知らせを聞いて急ぎ石上から玉垣の宮 

に戻ったスクネは、ヒバス姫のモガリを行っ 

ている高倉の下で泥まみれで声を上げて泣い 

ておりました。そこへ大王が通りかかります。

「スクネよ、この度は役目ご苦労であった。 

そのように、泥まみれになって・・・后のた 

めに泣いてくれるのか。十七年の間、よく使 

えてくれたからな・・・」         

知らぬは亭主ばかりなり、って・・・ここ 

で適当な慣用句ではございませんが。    

その大王の後ろから付き従って四つ道将軍、

中にも権勢を取り戻しましたのは、憎まれっ 

子世に憚る。まだまだ現役の吉備津彦将軍で 

ございました。              

「このものは忠義ものでございますからな。 

これ、スクネ、役目大儀であった、下がって 

休むがよい」               

「いいえ。いいえ、吉備津彦さま。わしゃ役 

目を違えました。なんとしても姫さまのお身 

を守るべきでした、わしゃ、後宮の衛士の役 

を果たせませんでした。お詫び申し上げま  

す」・・・自害をしようと思い、剣を抜き放 

ったスクネが、今、まさに喉頸に刃を突きた 

てようとしたその瞬間、          

「おやめなさい。敵であれ味方であれ、人の 

命は尊いものです」と、ヒバス姫の声が聞こ 

えたのでございます。思い出したのではなく、

確かに聞こえたのでございます。      

高見倉の上から成り行きを見守っていた大 

王、そして吉備津彦将軍は、        

「(チイ、サッサト刺せばよいのに!)コレ 

コレ、スクネ、ハヤマルデハナイゾ・・・。 

何もな、お前が死なずとも大后さまに使える 

端女ら数十人が殉え死の役として選ばれてお 

るでな…」                

「殉(とな)え死・・・」         

「そう殉死じゃ。みな、大后さまにお仕えし 

た者どもじゃ。常世の国までお仕えするのじ 

ゃ。お前が行かずともよい」        

「そ、その端女らはどうなるのでございます 

か?」                  

「どうなるって? 知らぬのか? 大后さま 

とともに、生きたまま陵に埋められるのじゃ 

よ・・・。古来カムサリのハブリというもの 

はそうした者じゃ。大王、そうですな」   

「ウム・・・確かに、海の彼方シンの国でも 

行われている。死者を慰める大事な儀式であ 

るぞ」                  

「そうそう。そうです! 大王! 大陸のこ 

とを常に心がけておられた大后のために、こ 

こはひとつ、ミマナ進出をお決めなされませ。

こたび、百済よりの七支刀受け取りの最中に 

お無くなりになられたのも神意と言うもの。 

百済と同盟して、新羅・高句麗をお撃ちくだ 

され」                  

わが意を得たりと、吉備津彦が進言すると、

竹中分の命や大彦の命も          

「さよう、さよう。それこそが百済との友好 

を進められた大后さまの御霊を慰めるという 

もの……」                

「うむ・・・なるほど・・・さようであるな 

・・・」と、大王も最愛の妻を失ったことで 

動揺しているところへ、その妻の御霊のため 

といわれては、心が動きました。      

丹波道主が口をはさもうとしても、すでに 

勢力は逆転しています、ヒバス姫を失っては 

他の三人の将軍を説得する力はありません。 

その時、もう一度、確かにスクネの耳に、 

ヒバス姫の声が響いたのです。       

スクネはそれを聞くが早いか、大王の足元 

にかけより、欄干に手をかけて!      

「いけません! 姫さまは、姫さまはそんな 

こと臨んでおられません」         

大王と将軍だけではない、その場にいたも 

のすべてが息を飲みました。いかに後宮の警 

備隊長といえ、一兵卒が大王に意見を述べる 

など前代未聞でございます。        

みなが息を飲むなか、まず吉備津彦が、  

「スクネ! 身の程知らずめが。大王に対し 

て口を聞くとは!」また、大彦たちも、   

「さよう、こは万死に値する天津罪ぞ!」  

しばし、宮廷内はシーンと静まり帰りまし 

た。しかし、クスネは、大王の目を見つめ、 

「大王! お聞きください。今、姫さまの、 

姫さまの声が聞こえたのでございます。わし 

ゃ嘘は申しません。生れていっぺんたりとも 

嘘などついたことはございません。殉え死に 

の戦なぞお止めください。そんなこと姫さま 

は決して、決して望んでおられません。どう 

か、どうか、大王」            

「ダマレ! イイカゲンなことを申すな!  

防人ども、こやつを牢に入れるのだ! 舌を 

抜いてしまえ!」             

兵卒たちがグルッと回りを取り囲みました。

後宮ですから、当然、みなスクネの部下でご 

ざいます。スクネはゆっくりと腰の剣を外し、

「やめとけ・・・お前らみんなかかっても、 

わしには勝てん、わかっとるだろ」     

吉備の国の百人投げから17年、さすがに 

年を取りましたが、腕に年は取らせないつも 

り、何よりみな、スクネの人柄を知っており 

ましたので、かかっていく者もございません。

「こりゃ、何をしておる。早く捕らえろ!」 

吉備津彦が促しても誰も動かない。    

この時、・・・満を持して丹波道主が…。 

「大王。娘は……大后様は、大王には恐れ多 

くて言霊、残されなかったのかも知れませぬ。

あのスクネはもともと某が出雲より連れて参 

った者。嘘など一度もついてことはございま 

せん。もしや真に言霊を残されたのかも・・ 

・」                   

「なにを言われるか丹波殿。大后さまがあの 

ようないやしき者に言霊残されるとは!」  

「まて・・・皆待つがよい。・・・丹波道主、

真にあのスクネのコトバ、大后が言霊と思う 

か?」                  

「は、はあ……ただ、確かに娘は、自らの死 

に生贄を望むような者ではなかったかと…」 

「何と、丹波殿。大后さまをお一人で常世の 

国におつかわしになられるか? お哀しみに 

なりますぞ」               

「されば・・吉備は真の言霊にあらずと言う 

か。フム・・・これはもう、大国主の神に真 

意を問うより仕方あるまいな」       

大王は政治家というより、司祭としての権 

威をあらわし、              

「よいか、只今防人・スクネのコトバ真に大 

后の言霊で在るや否や。タケミカヅチ神とタ 

ケミナカタ神の故事にのっとり「力組」にて 

神意を問わんとする。・・・スクネよ、よい 

な?」                  

「恐れ入りまする」            

「吉備、その方も力組の相手を出すのじゃ。 

よいな?」                

「はは、御心のままに……」        

こうして、ヒバス姫の言霊の神意を問うた 

めに占いとして「力組」・・すなわち相撲の 

勝負が行われる事となったのでございます。 

イクメイの大王・垂仁天皇の大后・丹波道 

主が娘・ヒバス姫のご命日は垂仁紀32年、七 

月六日、そして力組の日は翌る七月七日のこ 

とでございました。            

当日、ヤマト玉垣の宮の中庭に、神を祭る 

巫女や神人が集まり、土俵・・・といっても 

現在の綱で仕切られたものではなく、四本の 

柱、今は国技館の天井に浮いております資本 

柱にかこまれたリングといったところ。   

今風にいえば、東にスクネ、向こう正面に 

は行事となる立会人、正面には大王の席があ 

る・・・そして西には、          

「八綱田の犬養タケル・・・よくもこんな奴 

を探してきたな?」            

「はは、吉備津彦さま。こんなこともあろう 

かと、普段から目をつけていたのでございま 

す。これであのスクネの奴は、再起不能に… 

…そして後見人の丹波道主も・・・」    

「そしてその後の政はわれらの思う通りに  

…」                   

西に控えておりましたのは、ただでさえ巨 

体のスクネよりも、さらに頭フタツ分大きい、

ほとんどバケモノといったカンジの、当麻村 

の蹴速という力人でございました。     

この男、鉄をも曲げる怪力の持ち主で、ヤ 

マト近辺では一度も力勝負に負けた事のない 

力人でした。               

相対する力人の二人は、それこそ現在の相 

撲取りと変わらない、清められた廻しをつけ 

てあとは裸でございます。         

向こう正面の・・・行事役の神官が、   

「されば、これよりヒバスの大后の言霊の神 

意を問うべく、アマツおおひの神、大物ヌシ 

の神、クニタマの神、クニノミヤツコの神、 

詳覧の御前にて力組を執り行うものなり〜」 

両者、土俵の左右にわかれて、構えは、今 

のように尊虚ではなく、手のひらを上にして、

一方を相手に延ばし、一方を脇で構える、腰 

をグッと腰を落して、相手に向かって膝を出 

す。これは、両国国技館の土俵開きで、北の 

湖と千代の富士が披露したという、上段は自 

然体、中段は攻撃体、そして下段は防御体と 

いう、伝説の相撲構え、三段構えでございま 

す。                   

両者、しばらくの間はニラミ合い、宮中一 

同の者が固唾を飲む。           

「ハーハー。貴様が名高い出雲のスクネか  

い」                   

「タギマ村のケハヤじゃな。噂は聞いとる。 

なんで八綱田なんかの力人になった?」   

「そら、勝ったらたんまり褒美をもらえるか 

らや。おまけにな。もしお前をうっ殺したら、

端女の女奴隷を五人もつけてくれるそうや、 

こらタマランがな」            

「やれるもんなら、やってみろ」      

ダーッと飛び込んで参りました。パーンと 

肉と肉が当たる音がしてガップリ四つ。互い 

に渾身の力を込めますが、根が生えたように 

動かない。やがて二人の白い背中が夕日のよ 

うに赤らんで汗が滝のように流れ始めます。 

「ケハヤ! わかってるな。褒美は思いのま 

まだぞ」                 

「ケハヤ、タギマ力人の意地を見せろ!」  

あくまで神事ですから、貴族を初め限られ 

た見物しかおりませんが、やはり大王の前と 

はいえ、格闘技には血が騒いでしまいます。 

ふたり組み合っておりましたが、なにしろ 

体の大きいケハヤが、ジリッジリッと押して 

くる。この頃は手や足をついても構いません 

が土俵から出せば勝ちというのは今と変わり 

ません。                 

かつて吉備の国で百人の敵を投げ飛ばした 

スクネでしたが、寄る年波には勝てない。対 

するケハヤはまだ二十歳そこそこ。若い力に 

溢れております。             

「そらそら。勝てば褒美は思いのまま、うっ 

殺せば端女五人じゃ。そらそらそら」    

「欲につられて力組をすると、ろくなことに 

ならねえぞ」               

「やかましい。勝てばいいんじゃ勝てば」  

両者組んだまま、ケハヤは巨体を曲げると 

アタマをスクネの肩に押しつけて、足を後ろ 

に踏ん張って、              

「どうじゃ、どうじゃ、どじゃどじゃ」   

山のようなスクネの巨体がグーッと下がっ 

てまいりましたが、土俵際、スクネ股を割っ 

てグーッと腰を落としますと大盤石、ピクリ 

とも動かなくなった。           

「うーん、この野郎。往生際が悪いぞ」   

「やかましい。この力組には負けられんのじ 

ゃ」                   

スクネ、自分の方も体をぐーッと曲げます 

と、アタマを相手の胸へ押しつけて、足を後 

ろに踏ん張って、             

「そりゃ、そりゃ、そりゃそりゃそりゃ」と 

押し返す。たちまち土俵の真ん中へ逆戻り。 

回りの者も手に汗を握る、土俵の真ん中へ 

くると行事が二人を分けてふたたび三段構え。

ここでケハヤ、作戦を変えまして今度は名 

前の通り、蹴り技にでます。もちろん、体を 

蹴ってはいけませんが、足をかけるように、 

足の甲でクルブシを蹴る、後世のモハメド・ 

アリがアントニオ猪木にやられたというロー 

キック。この位は古代相撲では許されており 

ました。                 

なにしろ巨体に蹴られるもんですから、一 

蹴り一蹴りが体中に響く、それでもスクネ、 

踏ん張って相手に組み付く機会を狙っており 

ました。                 

この時、空が暗くなってきたかと思うが早 

いか中空の一点俄にかき曇り、天の底が抜け 

たが如き雨がザーッと降り始めた。野外の相 

撲ですからたまりません、しかし、力組は続 

きます。                 

この時、八綱田、ケハヤに聞こえるように 

「ウホン、ウホン」と咳払い。途端にケハヤ、

クルブシを蹴っていた足で、スクネの膝の皿 

の上から思い切り、「蹴り下げた」これは映 

画「ベスト・キッド」の中で悪の空手家が使 

った反則中の反則、こんなことをすれば相手 

は一生立てなくなってしまいます。     

しかし、あまり素早く蹴りましたから、行事 

にも何があったかわかりません。      

「アーーーッ」とスクネ、がっくりと膝をつ 

く、途端に組にゆくフリをしてケハヤ、もう 

一方膝の皿せ蹴り下げた。         

スクネ、両膝をガックリとついた。途端に 

ケハヤは前からスクネの首を腕に抱える、は 

たからは投げを撃とうとしているように見え 

ますが、肉の下にかくして、首の骨を折ろう 

という魂胆でございます。         

「ひ、きょう、モノめ」          

「やかましい。力組は勝てばええんや。ワシ 

のケハヤの名前はダテやない。この技を身を 

もって受けたもんは、死んでもらうより仕方 

がない」。                

スクネ、腕を離そうとするが、なにしろ鉄 

をも曲げるケハヤの剛腕、ピクリとも動きま 

せん。                  

だんだん気が遠くなってゆく、向こうには 

吉備津彦や八綱田が口々に「殺せ、殺せ」と 

騒いでいるのが見える。          

「ああ、こんな奴らが勝ったら・・・」   

「ヒツコイな、はよ、くたばれや」     

「姫さま・・・姫さま・・」        

「ふん、お前もアホよな。大王の大后に横恋 

慕とわな」                

「な・・・に」              

「みな知っとるわ。大王が怖くて誰も口にせ 

んがな。お前も大后の閨に通っとったんやろ。

この不忠もんが。はよあの世行けや、姫さん 

が待っとるで……スキ者の姫さんがな」   

「な、何を言うか。許せん…」       

アーッと一声、ケハヤの丸太のような腕を 

閂に絞りますと、膝をついたままんま、ケハ 

ヤの腕を上に持ち上げます         

「アーッ、アーッ」            

皆がどよめきます。激しく打ち降る雨の中、

膝をついたままのすくねが、何百キロという 

ケハヤの巨体を上に持ち上げはじめた、   

「え、ウソやろ。そんなアホな?」     

ピシャーーーッと雷鳴が轟く中、ケハヤの体 

が完全に浮き上がって、スクネのアタマの上 

まで高々と捧げられました。        

「た、助けてくれーッ」          

「エーーーーーッ!」           

なんと、スクネ、ケハヤの巨体を自分の背 

中の方へダーーーーッと投げ飛ばした。   

四本柱の一本にブツかったスクネ、    

「ウーン」と骨をバラバラに砕かれて気を失 

ってしまう。               

まわりのものは皆、アッケにとられ、オー 

ッ、オーッと、歓声をもらす。       

ハッと気付いた吉備津彦と八綱田たちが、 

「お、大王、今のはおかしいですぞ。ケハヤ 

が投げられるなんて、こ、これはなにか禁じ 

手を、反則をしたのです」         

「そうです、フィファに提訴しましょう」  

「ちょっとネタが古いぞ」         

「黙れ! 神意は下ったのじゃ!」     

大王が一喝いたします。それ以上は何も言 

えません。                

雨の降る中、御座をすべって大王が足元を 

泥に濡らして土俵にまで下りられ、全身の力 

を使い果たしたスクネの肩に手を置かれ、  

「スクネよ・・・痛みに耐えてよく頑張っ  

た! 感動した!」            

「・・・。・・・。されば大王。姫様のトナ 

エ死には・・・・」            

「うむ、大后の言霊聞き届けた。殉え死には 

世一台をもって廃止といたす。百済とのこと 

も、慎重にいたそう」           

(大王・それとこれとは!         

(ダマレ竹中分、お前は早く景気をよくし  

ろ)                   

「大王・・・姫さまは言われただ・・・人の 

命は尊いものだと」            

「あいわかった。これより後は、たとえ戦を 

するときにも、なによりオオミタカラの命を 

大事にすると約束しよう」         

「・・・・大王。大王は今日、はじめて真の 

大王となられましただ・・・・」      

そのままゆっくりと泥の中に倒れこむ出雲 

のスクネ。                

こうしてヤマトにおける殉死の習慣は廃止 

され、死者の陵には、イケニエの代わりに土 

で焼いた人形、ハニワが埋められることとな 

りました。「日本書紀」の垂仁三十二年七月 

の記述にはっきりと書かれております。   

この後「力組の神事」に破れた三将軍は失 

脚して自分の国も失いました。スクネは両膝 

を痛め、軍人としては使い物にならなくなり 

ましたが、ハニワを司るハニワ部の長官とし 

て、また、諸国の和平の使者として、馬にの 

って出雲、吉備、丹波を何度も行き来いたし 

ましたが、やがて病に倒れ、播磨の国、龍野 

の地で最後を迎えました。         

その時、今際の際でスクネは、      

「死んだら、柩には必ず橘を、橘を入れて  

くれ」と遺言したと申します。       

なお、ヒバス姫との年に一度の逢瀬があっ 

たかどうかは、皆さまのご想像に任せること 

といたしまして、ただ、ヒバス姫の孫のあの 

ヤマトタケルが、人並み外れた巨体の持ち主 

であったということだけを言い添えまして、 

古代ロマン・七夕の国、これを以て読み終わ 

りといたします。