『トルメキア戦記(上)』



今から一五〇〇年ほど後のお話でございま

す。                  

「火の七日間」と呼ばれる世界大戦のために

文明は衰退し、中世に逆戻りをしたようにな

ってしまいました。時代は後に「使徒王の十

七年」と呼ばれる事になる頃。世界は、東の

「トルメキア王国」と西の「土鬼諸公連合帝

国」に分かれ激しい戦を繰り返しておりまし

た。こう申しますと源氏と平家のように華や

かな戦いを思われるかも知れませんが、どち

らかと言えば応仁の乱のように、どこもかし

こも戦に疲れきった世の中と思ってもらえば

よいでしょう。             

しかも戦争による汚染のため、「腐海」と

呼ばれる毒の森が生まれ、大地は汚れ、作物

は育たず、食料は不足し、増えるものは病気

ばかり。人々は飢えに苦しみ続け世界は「う

す暗いたそがれの時代」を迎えることとなり

ました。                

トルメキアも土鬼も、それぞれにお家騒動

を抱え、互いに支配下の民のことなど少しも

考えぬありさま。殊に、土鬼帝国の神聖皇帝

・ミラレパは、超常の力を持ちながらトルメ

キアよりも勢力が劣っていることの焦りから

禁を破って地上を汚染した毒の兵器を再び使

い始め、乱戦火に油を注ぎ阿鼻叫喚の地獄を

もたらしました。            

ここに「トルメキア王国」と「土鬼帝国」

の丁度中程、シル川とナウリム川に挟まれた

海辺から少し入った所に、今は土鬼側の領地

となっております『マニペジテ』という、人

口五百に満たない小さな国がございました。

村人たちは畑を作り、猟を営んでおりました

が、森の毒に大地の汚染、しかも激戦地です

から、作物はほとんど取れず、飢えに苦しむ

毎日を送っております。         

その小国へ、腐海一の剣士と嘔われました

ユパ・ミラルダという男が足を踏み入れたと

ころからお話は始まります。       

赤い土、暗い空、村の景色はこの時代を生

きる人々の心のように、どんよりとした沈み

こんでおりました。           

足元の土を手にとりましてユパ・ミラル 

ダ。                  

「この村の土もまた、悲鳴を上げておる…。

そこな御仁にお尋ね申す。ここは、土鬼帝国

・マニペジテの村と存じあげるが?」   

渇ききった土地に力なく鍬を入れていた農

夫が答えます。             

「ああ、たしかに、ここは土鬼の領地ちゅう

ことになっとるが…いつまでそうだかわから

ねえよ」                

「ふむ、してその訳は?」        

「あの山が見えなさるか? ありゃタナール

の山だが、もうその向こうまで、トルメキア

のサムレエどもが来てるんだと。二、三日も

すりゃ攻め込んでくるで、その後はどうなる

か…。他にやる事がねえから畑をしとるが…

どうせ、秋までにゃ跡形もなく踏み荒らされ

ちまうだ」               

「なぜこの土地を離れぬ? 食べ物はどうし

ておる」                

「いっぺんにふたつも聞くな。ここにさえい

りゃ皇帝陛下のおめぐみの干し肉がもらえる

それも今度はいつ来るやらわからねえが。来

なくなりゃそれまでのことだ」      

「村長(むらおさ)はどこにおられる?」 

「ハア、僧正さまかね? 僧正さまはこの畦

をまーっ直ぐ行った先のお堂に籠もってられ

るだ。僧正様ぁエライお人じゃと思うけんど

何かっちゃうと畑のことばかり言う。わしら

ただ極楽に連れてって欲しいだけだによ」 

あたりを見渡せば同じような活気のない景色

が続く、ユパは礼を言って歩みを続けました。

この、ユパ・ミラルダという剣士…、この

時代は鉄砲がほとんど無くなっておりますの

で、戦は刀が中心なのですが、武芸百般に抜

群の腕前を持ちながら、なぜかどの国にも属

さず、諸国を浪々としながら、戦のない世を

作る道を求めているのでございます。   

空を時折巨大な虫が飛びかいます。虫とい

っても、汚染の影響で人の体よりも大きなの

が飛んでおります。『ナウシカ』のお話では

この虫が話の中心となりましたが、今日は人

の方に重きを置いてお話いたします。   

畦道を抜け、村はずれの鬱蒼とした林の中

に静かに立っておりますのは村長のお堂。こ

の時代は、宗教上の理由により村長の地位に

は必ず僧がつくことになっております(まあ

戦国時代の一向衆みたいなものですか)。 

お堂…石づくりではございますが、形は日

本古いもののような…ヨーロッパが3にアジ

アが7といったところでしょうか。何しろ千

五百年も後のことですから、私にもよくわか

りません。               

ユパは扉の外から声をかけます     

「村長どののお館とお見受けいたす。拙者諸

国浪人、ユパ・ミラルダと申す。お招きによ

り尋ね参った。お伝えしたき事あり、ここを

開けられよ」              

「お入りなされ。鍵などかかっておらぬ」と

答えましたのは、穏やかながら長の威厳のあ

る声でございます。           

中はとても一国の長(ちょう)の住処とは

思われません、天井は高いがあとはとにかく

質素で、祈りを捧げる祭壇と神さまというか

仏さまの像の他には何も見当たらない。その

下に控えておりますのは、いつの世も似たよ

うなものです、粗末な黒っぽい袈裟のような

かなり年嵩の僧侶でございました。    

ユパは礼儀として腰に刺した二本の剣を差

し出して床に置き、           

「火と水の調和を(拳と平手)」     

「世界に繁栄と平和の感謝を……ホホ、この

文句、いったいいつの時代に考えられたのか

のォ。繁栄なんぞ世界のどこを見てもありゃ

せんのに…」              

「仰せの通り…。村はいかがでござるか」 

「いかがも何も…ここに来るまでに見てこら

れたであろう。世界はたそがれに向かってお

る。日照りと豪雨に大地は毒の塩を吹き、作

物は植えても立ったまま腐れゆく。家畜は奇

形の仔を生み、赤子は育たず人の数は減るば

かり。もはや荘園に鋤を打つ者の姿も絶え、

城郭には勇壮な武人(もののふ)のざわめき

も消え…」               

「これはおたわむれを…それはトルメキアの

王宮詩の一節ではござらぬか」      

「どこも、同じじゃ。このマニペジテの地で

も森の毒からは逃がれられん。年寄りは足か

ら石になる病で動けなくなり、生まれてくる

赤子もますます少ない」         

「拙者、遙か西の国から何百リーグの旅を続

けてまいりましたが、いずれの国も同じでご

ざった」                

「だが何より悲しいのは、人に生きる望みの

無いことじゃ。畑を作っても何をしても、毒

にやられまた戦でダメにされてしまう。村人

は是非もなく皇帝から下しおかれる干し肉で

命を繋いでおるだけじゃ。ワシのようにそれ

も口にせんものは、飢えて死ぬのを待つばか

り…」                 

「時に僧正さま」と、この時ユパ・ミラルダ

辺りをうかがい             

「それについてお耳に入れたき事が…」  

「マア、そう急かずに、茶でも飲まぬか」 

「なんと、食べ物もないこの時に茶がござる

のか?」                

「もちろん、本物の茶ではない。古代の遺跡

から掘り出された、エエト…『お水でオッケ

ー、カンタン便利…』と書かれておる…古代

文字は苦手でな」            

イヤ、それが『ミネラル麦茶』だったかど

うかは分かりません…なにしろ千五百年も後

のことでして…。            

昼下がりは毒の風が吹く心配のない唯一の

時間、ユパ・ミラルダと僧正は向かいあって

ゆっくりと茶を味わっておりました。   

と、突然けたたましく扉を叩く音    

「僧正さま、僧正さま」と声をかけ、ドタド

タと駆け込んでまいりましたのは、僧正の世

話係を勤めている十七、八の村娘でございま

す。この娘はケチャといいまして、両親を戦

で亡くし僧正に引き取られた、いわば娘みた

いなもの                

「これこれ、客人の前じゃ。もちっと女の子

らしくせんか」             

「そんなこと言ってる時じゃないんです。神

聖皇弟の使いが来たの。大勢引き連れて、村

の真ん中に」              

「ついに来たか…。どれ客人もついておいで

なされ。ただし、世に名高いユパ・ミラルダ

の名は伏せての」            

村の中程までまいりますと、村人の大半が

一堂に集められ、その前には黒い戦装束を着

て手に手にナギナタに似た武器を持った神聖

皇帝の僧兵たちが、ニラミをきかせておりま

す。                  

僧正がケチャに手をひかれて現れますと、

サッと道が開き、皆が手を合わせて迎えます。

すると、いささか派手な衣装をつけました皇

帝の軍使がズイと進み出て、       

「マニペジテの村長・マニ僧正とはその方 

か」                  

僧正はそれを無視して、         

「おやおや、皆、畑仕事はどうしたね?」 

「コラッ、恐れ多くも神聖皇帝の使者である

ぞ」                  

「はいはい、そう急かせなさんな、坊や」 

「ぼ、坊やとはなんだ」         

「ほほほ、わしゃ、もう百年近くも生きとる

でな」                 

「今日は貴様らに良い報せを持って来たのだ。

仇敵、トルメキアの軍勢は、今やタナールの

山まで迫りその数およそ八千余。三日後払暁

を期してこの村に攻め入るとの伝令あり。恐

れながら神聖皇帝は、このマニペジテの村に

対して大恩を下しおかれる。皇帝陛下よりお

預かりした毒兵器によって、敵殲滅をはかる

のだ。明日には皇帝軍本隊も着到する。ひい

ては、その毒兵器運搬のため、村人全員の徴

用を命ずる」              

その場にいた者がザワザワッといたします。

「村人全員だって」           

「わしら、腹が減って動けんぞ」     

「静まれッ。かしこくも皇帝陛下からのお言

葉だ『これ聖戦也。戦に倒れし者現世の苦し

みを離れ、皇帝の神聖力により極楽浄土と来

世の幸福を得ること疑うべからず』村長、明

日正午までに、峠の軍本陣まで村人を連れて

来い。作業はいくらもある、女子供もだ、よ

いなッ」                

「はいはい、仰せの通り」        

「わかりが早いではないか。では、皇帝陛下

より特配の干し肉が下しおかれる」    

僧兵たちがキタナイ籠から干からびた肉の

切り身をふるまいますと、村人たちが我先に

とむらがります             

「コラッ、順番だ、今日はたっぷりある、並

べ、並べと申すに」           

制止も聞かず、人を踏みつけて先を争う村

人たち。それを悲しそうに見つめるマニ僧正

「では、皆の者、明朝早く、夜明けとともに

ここに集まるのじゃぞ。ユパ殿、ケチャ、行

きますぞ」と言いおきますと、三人が立ち去

ってゆきますその背中には、干し肉を争う人

々の声だけが響いておりました。     

やがて夜が来て、朝となりました。夜明け

前、薄暗い中に集まりましたりました村人一

同。                  

「皆の衆、夜に知らせ通り、女子供だけでな

く、乳飲み子まで連れてきましたか? あと

畑の道具も持ちましたな? では、参ります

ぞ」                  

ユパと僧正の先導で村を出発いたしました。

村の外れまで来た時に村人の一人が    

「僧正さま、山の方へ向かうんでねえですか

こっちは海に向かう道だが」       

「ああ、皇帝軍の作戦が変わったのだそうじ

ゃ。…足弱のものは皆で庇うのじゃぞ。遅れ

を取らぬようにな」           

昼近くになっても村人があらわれません。 

「軍使様、様子を見に行った兵から伝令です。

村には犬の子一匹いないそうであります」 

「ナニッ。オノレ、マニ僧正め、たばかった

なッ」                 

次の日、マニペジテに着いた土鬼軍の本隊

は仕方なく無人の村に侵攻をいたしました。

そして、三日目、トルメキアの軍勢がマニ

ペジテの村に攻め入ってきました。    

<シラバが入る            >

トルメキアは土地勘のある住民にに案内を

させましたので、勢力は逆転、最後には数に

おいて劣る土鬼皇帝軍が敗北を喫したのでご

ざいます。               

その頃、マニペジテの人々は、村から三十

リーグも離れた浜辺の村まで来ておりました。

そこは、まるで村中で夜逃げをしたような、

人っ子一人いない不気味な村でした。   

「ユパ殿、この村もやはり」       

「左様、皇帝の毒兵器にやられたのでござろ

う」                  

「わしらも、いつこうなるやら…」    

僧正は無人の家々に向かって手をあわせ、

経文を唱えたあと、           

「皆の衆、よう歩かれた。大層なところをス

マンが、こちらの浜辺の方を見ておくれ。古

い船の残骸がたくさん残っておる。皆、これ

を使って筏を組むのじゃ。穴を塞げば乗れる

船もあろう」              

「僧正さま、これも神聖皇帝の命令なのかね」

「そうじゃ。今夜までに準備せよとの厳命じ

ゃ」                  

「干し肉は来ねえんか。わしら腹が減って倒

れそうじゃ」              

「なに、筏さえ作ればたんと褒美をくれるじ

ゃろう。頑張りなされ。作り方はこのユパ殿

に教わるのじゃ」            

人々は口々に不平を言いつつ、筏を組みは

じめたのでございます。         

やがて夜となりました。村人たちは小舟の

修理や筏作りにつかれ切って浜辺に散らばり

座りこんでいます。この時代、空気が汚れ夜

の闇はさらに深く、殊に今宵は月もなく、海

辺とはいえ鼻を摘まれてもわからない程の深

い闇がたちこめております。       

ユパと僧正は浜辺を見下ろす、小高い岬の

突端に立ち、一心に沖を眺めておりました。

「あとどの位かの」           

「半時ほどでござろう。この沖を神聖皇帝の

暴虐を逃れ遙か東、トルメキアよりもさらに

東の果てのエフタルの地へ向かう難民の船団

が通る。村人全員を乗せてもらえるようが話

をつけてあり申す」           

「ユパ殿、恩に着ますぞ」        

「なんの、拙者はその為に赴いたのです」 

実はユパは、土鬼諸国の難民たちを東の国

へ逃がす組織の一員なのでした。     

そこへ手探りでやってまいりましたケチャ

「僧正さま。村の人たちが騒ぎはじめてます。

いくらなんでも皇帝軍が遅すぎるって。それ

に何故松明を灯してはいけないのかって」 

「トルメキアの密偵がウロついているからだ

と言っておくれ。それよりも、みな、いつで

も船出できるようにと」         

「わかった、言ってみる」とケチャは浜辺に

戻ってゆきました。           

再び、岬の突端に残りました僧正とユパが

息をのみ、沖を見つめ、船団の来るのを、今

か今かと待ち受けていたその時でございまし

た。                  

ザザッ、ザザッ、ザザザザーっと、突如、

砂浜が切れて、入江になった切り立った崖の

陰から音をたて波を切って大きな船が近づい

てまいりました。            

「しまったッ、土鬼軍の元船だッ」    

闇の中、元船から何十本もの綱が浜に下ろ

され、背中にナギナタを背負いました僧兵た

ちが、マシラの如く手慣れた手つきでツツツ

ツッと縄を伝って下りてまいります、一〇人

三〇人、五〇人…たちまちに浜辺に待ち受け

た村人たちは僧兵に取り囲まれてしまいまし。

「なんだ、何するだ」          

「俺たちが何をしただ」         

あたりは騒然となりましたが、武器もない

村人たちは抵抗のしようもありません。  

「静まれ、静まれッ。恐れ多くも神聖皇帝陛

下のご降臨であるぞっ」         

船の上で、僧兵たちが道を開ける。ゆっく

りと重々しい足取りで進みいで、元船の甲板

高くからユパと僧正を、そして村人たちを見

下ろしますのは、分厚いカーテンのような僧

衣を身につけ、本物の他に四つの目を書き足

した異様な面布(めんぬの)をつけました土

鬼諸公連合帝国神聖皇帝・ミラレパでござい

ました。                

カラクリがあるのか超常の力なのか、松明

一つない高い甲板から、人々を見下ろす神聖

皇帝の体はボーッと狐火のようにおぼろげに

青く輝いております。          

『はるばる聖都より辺境に赴いたとたんこの

騒ぎ…さて、マニペジテの僧正、よくこそ裏

切ってくれたものよ。おかげでわが方にも相

当の被害が出た。何故神聖皇帝の恩を忘れ、

村を捨て逃散いたせしか、答えよ』    

「ほ、知れたこと。民百姓を使い捨ての戦の

道具となす皇帝の邪知暴虐に別れを告げるた

めじゃ」                

『ダマレ。土の恵みに見放されたそちらに聖

なる肉をほどこし、命永らえさせたは我なる

ぞ。また戦に討ち死にすれば苦しみ多い現世

から、極楽浄土へ導く者は皇帝なるぞ』  

『マニペジテの村の者、聞け。お前たちの村

長は皇帝に背き、村を捨てさせ、そなたらを

苦しみの中に落とす張本人也。お前たちの手

で僧正を打ち殺さば、反逆の罪を許してつか

わす』                 

闇の中でざわめく村人たち。       

『聞け。世界は今や毒に満ち、生きることそ

のものが苦である。神聖皇帝を信じ、その命

に従うものだけが来世の幸福を約束されるで

あろう。サア、みなの手で村長を打ち殺すの

だ…』                 

神聖皇帝の声はまるで催眠術のように村人

の心に入ってまいります。        

「僧正さまは俺たちをだましたんだ」   

「極楽へ行けなくなるぞ」村人たちが浜辺か

ら僧正のいる岬へ登ろうといたします。  

ケチャが、              

「みんなやめて、僧正さまは私たちのためを

思って…」               

「そんなの勝手だ。俺たちはどこへも行きた

くない」                

「余所へ行ったら干し肉が食えないぞ。飢え

死にだ」                

「極楽に行けない。来世が怖いぞ」    

立ちはだかったユパが声を荒らげて   

「皆、聞け、僧正の話を聞くのだ」    

「余所者は引っ込んでいろっ」      

みなが石の礫を雨あられと投げ始めます、

この時僧正、渾身の力を込めた声で、  

「皇帝からのめぐみの肉は人の食すものにあ

らず」                 

「皆、聞いてくれ。あの干し肉は、そして、

皇帝の毒兵器の正体とは…」       

『あの男の口をふさげ』皇帝の命令一喝、僧

兵たちがワラワラと切りかかって参りますの

を巧みに避けながら、虚と見せては実と変わ

り実と見せては虚と変わり、さすがユパ・ミ

ラルダ腐海一の剣士でございます。闇の中、

何が起こったかわからず、村人たちも僧兵と

揉み合いになりました。         

「聞け、みなが村で食べたあの肉はッ、この

浜辺の村人達の人肉なのだッ!」     

一瞬、みなの動きが止まります。ユパはそ

れでも切りつけてくる僧兵を相手にしつつ、

「皇帝の毒兵器とは、人間の体を干からびさ

せ、食料に変えるものだ。村でふるまわれた

肉はすべて、生きた人間の肉なのだっ!」 

ユパは叫びながら僧兵たちをすべて海に突

き落とし、あたりは再び静けさを取り戻しま

した。                 

「聞け、聞け、わがマニペジテの一族よ。わ

れらの村は毒に侵され、作物は育たず、今や

死を待つのみ。だが、人が人を食う世に生き

ても、そは人ならず。来世というたな。我等

は今生において人の命を食うたのだ。現世の

ことは現世で償わねばならぬ。聞けわが兄弟

たちよ。これよりそなたたちはさらなる困苦

を生きるであろう。すでに帰るべき故郷を失

い辛苦の中を旅するであろう。だが、どこへ

行こうと子を生め。地に種をまけ。あきらめ

てはならぬ。望みを失ってはならぬ。それが

人の命を食うて残されたものの定めと知れ」

ユパ、ケチャ、そして村人たちが耳をすま

せる中、皇帝の声が           

『どこへも行けぬぞ。貴様らの頼みの船団は

貴様らの合図無きにより今、遙か沖を通り過

ぎて行くわ。反逆者たるお前たちの、命数は

ここに尽きたのだ』           

「いや、船は止める。合図は送る」    

『そうはさせぬ。僧兵ども、僧正を捕まえ 

よ』                  

「ふ、さしも神聖皇帝の天眼力もこの闇では

効かぬな。見えぬのか。我が袈裟衣が、油で

青く濡れておるのを」          

その時、マニ僧正、何事か経文を唱えたか

と思いますと、胸の辺りから、カーーッとば

かりに炎が燃えあがり僧衣に燃え移り、それ

が金色の火柱となって、サーッと中天高く立

ち上りました。             

アッと驚き声を上げる一同。「そ、僧正さ

まーっ」ケチャが悲鳴を上げます。    

その時、ガガガカガーンと、沖ゆく船から

合図の鐘が鳴り響く。その刹那、ユパが海に

飛び下り                

「皆、僧正さまの心を見よ。沖に向かって船

を出すのだーーっ」           

「オオーッ」と答える村人たち。     

僧兵たちと競り合いながら、あるものは切

りつけられ血に染まり力つき倒れながら、小

舟を、筏を、次々に押し出し、波間に乗り出

してゆく人、人、人。          

燃え上がる僧上の体の金色の炎が、海上を

照らし一本の道となって村人たちを導きます

「僧正さまーっ」叫び続けるケチャを小脇に

かかえて、小舟に乗り込むユパ・ミラルダ。

『オノレっ、追っ手をかけよ』      

皇帝の元船からもつぎつぎにハシケが下り

てまいりますが、不思議なことに、僧上の光

がつくる海上の一本道の外は、逆潮となって

どうしても沖へ進むことができません。  

小舟に揺られてユパ・ミラルダ、腰から取

り出し皇帝に向かってキリキリと引き絞る弓

はさながら空行く満月のよう、ショウと放て

ば矢はあやまたずプスーリと皇帝の右眼を射

抜きます。               

「アーーッ」と声を上げる神聖皇帝、側近が

駆け寄りますが自らの手で矢を目玉ごと引き

抜き、                 

「オノレ、このままには置かぬぞ」    

暗い海の中に、光でできた一本の道。沖べ

はるかに待ち受ける船へ、ひとつ、またひと

つ、村人たちがをのせたイカダが吸い込まれ

てゆく。振り返り見れば、僧正の体は闇にま

たたく光となり、そして、静かに、消えてい

ったのでございます。          

やがて、マニペジテの一族はトルメキアの

遙か東、新天地エフタルの地に辿りつき、さ

まざまな困難と苦しみの中から新しい国を起

こしてゆきますが、それはまたの機会といた

しまして、本日は「使徒王ナウシカの物語 

り」の長い長い長いお話のうち、『土鬼戦記

・マニ僧正の最期』の一席、これをもって読

み終わりといたします。         

<シラバ>

さてもトルメキアの軍勢如何にと見てあれば

/ヴ王直属の三王子の一軍二軍を旗頭に/エ

フタルの砂漠の民たるパガセ、エポ、セモ、

クワンの錚々たる面々を始めとして/王都ト

ラスをい出て総勢合わせて三十万余/うち一

万八千余騎がマニペジテへと攻め寄せたり/

軍勢の落とせし国の紋章如何にと見てあれば

/ノミトス・ミトス・ゴビダ・ミリ/テエ、

クユ、トトメ、ナレの諸部族を始めとして/

タリア川の部族の旗印合わせて一万とんで三

千余騎/虫使いの部族八百足と、手に銃剣を

握り、背中にはテキダン袋を身につけ今や遅

しと攻め寄せたり…。          

<没イントロ>

今から一五〇〇年ほど後のお話でございます。

我々の子や孫、そのまた子や孫の代のずっと

後にやっぱり世界大戦が起こってしまいまして

ヨーロッパの西から始まり世界を覆った巨大機

械文明はやがて終焉を迎えることとなりました。

しかし、文明の形が変わろうと人間という生き

物はそう簡単に滅びたわけではなく、世界中が

核やその他の毒に侵され、今の百分の一、千分

の一しか住める場所がなくなったとしても、相

変わらずそのわずかな土地を奪い合って戦を繰

り返すことでございましょ。

このお話は、その長い戦いに終止符を打ち、こ

の世に何度めかの幸福な一時代をもたらしまし

た平和の使徒「風の谷のナウシカ」の時代のお

物語りでございます。




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