Snowman Trekking 19

16歳のキンレイ
(福音館書店刊「風の足跡」より抜粋)

快晴だ。テーブル・マウンテン(7,094m)が全貌をあらわす。
眺めのよい道で、ひとりの少女に追いついた。
われわれの食糧が入った篭を背負っていた。
私に気づくと、にこっとほほえんだ。

「名前は?」と英語で聞くと、
「キンレイ」という答えがかえってきた。
「歳はいくつ?」
「16」

会話はそこで途切れた。彼女がはずかしそうに、うつむいたのだ。

Please wait for a moment.

しばらくいっしょに歩調を合わせて歩いてみる。
彼女は一歩一歩地面を踏みしめ、ゆっくり、
でも着実に前に進んでいく。
彼女の額には汗が粒になって浮きあがっている。
自分がハイキング気分で眺めを楽しんでいたことを思いだし、
居心地が悪くなって歩みを早めた。

テーブル・マウンテンに雲がかかった。

18日目は、ジェシェ峠(5,020m)と越えたあと、
さらに峠を三つも越えなければならなかった。
青みがかった氷河が、目の前に迫っている。
クレバスがぱっくりと口をあけている。積雪も多い。
しかもアップダウンのはげしい道のりだ。
最初は一団となってのぼっていたわれわれも、
道が険しくなるごとに、はなればなれになっていった。
私は危険な場所を通るたびに、
遅れてのぼってくるキンレイの顔がよぎった。
こんなところを通れるのだろうかと。

晴天が続いてはいたが、
2時を過ぎた頃から雲行きがあやしくなった。
空が黒い雲でおおわれ、今にも雪が降ってきそうだった。
先頭集団にいる私でさえ、
あと峠をふたつ越えなければならない。

<だいぶ遅れているキンレイたちは、大丈夫だろうか>

やっとの思いでキャンプ地に着いたときには、4時をまわっていた。
少し前から強風が吹きつけ、吹雪になっていた。
つぎつぎと雪まみれになったポーターたちが、キャンプ地につく。
2時間ほどおくれて少年もついた。
しかし、キンレイと彼女の年老いた父親だけが、
まだ到着しない。風はますますひどくなる。
雪は容赦なく、横なぐりに肌にたたきつける。

<クレバスに落ちたのではないか、雪崩に巻き込まれたのではないか。
彼女に何かあったら・・・・>

サンゲは私にテントを張ってくれたが、
中で腰をおろして待ってはいられなかった。
外にでて、横なぐりの雪の先の、
キンレイがくるだろう方角を見つめていた。

吹雪は私の脳裏にも、横なぐりにたたきつけていた。

闇がおとずれる直前、
7時前にふたつの黒い影が吹雪の中からあらわれた。
キンレイと父親だった。

<よかった・・・・>

張りつめていた緊張の糸が急にとけて、
積もった雪の上にへたりこみそうになった。

ふたりとも全身ぐっしょりとぬれていたが、
疲れたようすなど感じさせない。
吹雪がひどいので、最後の峠の手前の岩の下で
回復を待っていたという。

幼い頃から鍛えあげられているからなのか、
平気な顔をしているような気がした。
いや、そう自分で納得させたかったのかもしれない。

私の気持ちはひどく沈んでいた。

 


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