Snowman Trekking 6

小さな指
福音館書店刊風の足跡」より抜粋)

7日目。ジャリ峠(4,580m)をこえ、3,800mまでくだったあと、
シンチャ峠(4,820m)にさしかかる。
4,400mまでのぼったところで、1日の行程を終えることにした。

キャンプ地に決めた沢沿いの谷には、先客がいた。父親と母親、
そして3人の娘と男の子が石小屋で生活していた。
女たちは皆、竹で編んだ三角帽をかぶり、
ヤクの毛で編んだ黒っぽい布をはおっている。

「あの人たちは、山の民ラヤ族だよ」と、ガイドのサンゲが私に耳うちした。
サンゲは、父親と何やら話しだした。
話す言葉はブータンの言葉とほとんど同じだという。

しばらく話すと、その内容をサンゲは説明してくれた。

「つい一週間ほど前に、ラヤ族の村からやってきたばかりみたいだよ。
5月の下旬から10月までの間、ヤクによい草を食べさせるために、
こんな高所に移動するらしい。ヤクは暑さが苦手なため、
夏の間はラヤの村がある3,700mぐらいの高さでは、へばってしまうから」

Please wait for a moment.

雪が散らついていたかと思うと、突然、吹雪になった。
あわててヤッケのフードをかぶろうとしていると、
3人の娘のうちのいちばん背の低い少女と目があった。
じっと私の顔を見つめている。
10歳くらいか。私がほほえむと、彼女は下を向いてしまった。
しかし、次の瞬間、思い切ったようにかけよってきたかと思うと、
私の手をひっぱって歩きだした。
私は少しおどろいたが、彼女のあとについていった。
吹雪のなか、小さい手のぬくもりを感じながら、ひっぱられるままに、
沢を渡り、大きな石のうしろにまわりこむと、彼女は止まった。

そこには黒い物体が横たわっていた。
さっきまで生きていたような、幼いヤクの屍だった。
寒さには強いヤクとは聞いていたが、幼いヤクには、
寒さに耐えることができなかったのだろう。
高地はまだ真冬と同じ寒さなのだから・・・。
見開いた目は、深いコバルトブルーをしていた。

<彼女はなぜ屍を見せたかったのだろう>

少女はその場所でしばらく立ちつくして、幼いヤクを見すえていた。
彼女の小さな指が、私の手をぎゅっとにぎるのを感じた。


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