Silvan Note 15  冬の準備

 

カシミールの山間に住む遊牧民の家で

雨宿りしたことがある。

冷たい雨に濡れているのをみかねて、

石造りの小屋の主人が、招き入れてくれたのだ。

 

薄暗い部屋の中に入ると、そのおやじは、

ピャランと呼ばれるポンチョのような毛織りのマントを

肩にかけてくれた。

「ほら、カングリ」

そういって、おやじはひとかかえほどの大きさで、

蔓で編んだ取っ手のついた篭を私にさしだした。

中をのぞくとおきた炭が入っている。

カングリとは、携帯火鉢のようなものだった。

このあたりの人びとは、カングリを抱えてピャランを羽織る。

どちらも冬の必需品だ。

炭火のほのかな熱で、冷え切った身体に感覚が少しずつ戻ってきた。

 

部屋の隅には、薪が壁いっぱいに積み上げられていた。

長い冬の準備なのだろう。

いつしか雨は、霙まじりになっていた。

 

暮れゆく冷気の中で、ランタンの温もりが伝わってくる。

あの時のカングリの温かさに似ていた。

わずかな温もりが身体の芯に響く。

 

自然の中では、凍てつく寒さも心地よく感じるようになってくる。

 

身体の細胞もきっと冬の準備をしているにちがいない。


Silvan
's Monologue

旅をしていると、人のぬくもりに触れることが多いですね。普段の生活でも、きっとそういうぬくもりはたくさんあるはずなんだろうけど、旅をしている時は、感覚が敏感になっているのか、ちょっとした親切がジンと心に響いてきます。でも反対に、長く旅をしていると、そういう親切を期待するようになってくる自分もイヤになることもあるけれど。そのへんの折り合いが難しいかなぁ。カシミールは、かつては風光明媚で観光地だったのですが、現在紛争が続いていて、最近は全然行っていません。みんな、どうしているかなぁ。


    
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