Silvan Note 14 銀の海
うろこ雲の間から柔らかい日差しが差すと、
ススキの穂が一斉にキラキラと輝きだした。
穂は秋風に揺れて、銀色の海の波間を歩いているかのようだ。
インドヒマラヤのザンスカールで出会ったのは、金色の海だった。
ほとんど雨が降らないザンスカール地方は、
氷河の白さをのぞけば、砂漠と同じ褐色の世界だ。
そんな中を標高五千M近い峠をいくつか越えて歩いたことがある。
峠から谷に向かって下っている時、その金色の海は現れた。
谷間に一面に波打つ黄金の海。
その間に、数軒の白い家がひっそりと建っていた。
この厳しい自然環境の中でも、人は住んでいる。
その証が輝く海だった。
大麦の穂が、太陽の日差しをいっぱいに浴びて金色に輝いていたのだ。
光の渦のひとつひとつが、人びとの汗の結晶のきらめきだった。
ちょうど、収穫の時期であった。
村人は、一家総出で、穂を刈り取っていた。
金色の海が褐色の大地に輝くのは、一年のうちでほんの一瞬なのだ。
突然日が翳った。
すると今まで繊細な銀細工のようにみえたススキの穂が
みるみるうちに色を失った。
銀色の海もまた、一瞬のうちに消えていった。
「星の王子さま」の中で、キツネが王子さまの髪の毛のことを麦の金色のようだというくだりがあります。その金色の麦をみているだけて、王子さまのことを思い出す・・・それが、だんだんと仲よくなる証なんだと。大学の時、フランス語の授業で原文で読むことになったのだけれど、このワンシーンが心のどこかにいつも残っているようです。サン=テグジュペリはこのだんだん仲よくなっていく過程のことを「apprivoiser 」(アプリボワゼ)という動詞を使って表現しているのですが、このアプリボワゼという行為は、私が旅をする時に、現地の人びとと接する行為に似ているような気がします。大麦の穂は、まさに王子さまの髪の毛をほうふつさせました。