武井氏宛礼状

 

 私は、武井氏の講演録「三五年を回顧して」をもらって、次の礼状を送った。

 

 拝啓 猛暑の候、お元気に活躍されておられることと拝察、お喜び申し上げます。

 さて、先日は貴講演録「35年を回顧して」を御恵送いただき有り難うございました。小生には少壮気鋭のイメージが強い貴下が、すでに北陸農業試験場長を退官、その退官講演で八郎潟を回顧されている、誠に感無量です。

 一読、日頃忘れていた八郎潟干拓時代を衝撃的に思い起こしました。その後の八郎潟の報道は、あまり愉快なものがなく、無意識に忘れようとしているのかもしれません。近ごろはエイヂングの症候もあり、自由半平などと称して日々をかこっているのですが、エキサイティングなできごとでありました。

 以来一貫して、農業稲作技術問題に取り組んでこられた貴下にたいして、こころから敬意を表します。

 ところで、わが国の稲作研究で今もって気になってることがあります。それは、小生の八郎潟干拓時代のすこし後だったと思いますが、当時「のびゆく農業」の姉妹のような冊子で、農業技術をあつかったのがありました。「のびゆく農業技術」(?)といったような名で、表紙が薄緑の他は「のびゆく農業」と同じ装丁のものです。多分御存知でしょう。今も発行されていましょうか。

 その一冊に、稲の湛水直播を扱ったアメリカの研究者の研究報告の翻訳がありました。湛水蒔きにおける苗の定着(ANCHORAGE)の問題です。ANCHORAGEとはうまい命名をするものと思いました。

 報告は三つあり、一つは発芽周辺の水中と土の中の酸素を丹念に調べたものでした。素人の小生にも極めて高度な試験方法であるように思えました。結論は、湛水でも(水中、土中?に)充分な酸素があり(酸素の賦存量が)定着を左右するものではないというものだったと覚えております。

 しかし、最も印象的であったのは、(アメリカで使われている)色々な品種のANCHORAGEの性能を調べた三つ目の研究報告です。品種により性能に差があること、そして、対象品種に含まれていたいくつかの日本(系)の品種は、ことごとく不良であったことでした。

 この翻訳は技術会議に影響力をもった戸刈某氏の監修でしたから、わが国の技術者がこの報告を無視しているはずはないとおもいますが、こういう研究報告にたいしてどういう反応をしているのかということです。

 貴下の講演録では、「或いは品種育成の面からみてどういう接近がありうるのか、グランドに充分根っこを張れるような稲とはどういうものか、・・・品種育成まで遡ってくる」と問題を指摘されておられます。その通りだと思います。

 稲作は 日本農業の根幹だといいながら、アメリカのコメを黒船到来のごとくおそれる今日の鎖国現象を招くようにしたのは、一体誰でしょうか。

      *        *         

 貴下の「回顧」に触発されて、老人性戯言でお眼を汚しました。実のところ、毎日無為安逸の時を過ごしておりまして、よそのことをいえた義理ではありません。

 岐阜は、かって大垣南農協の区画整理など見に行った記憶などありますが、いかがですか。もう新進気鋭などととは申しませんが、これからも試験場長OBとしても大いに腕をふるってください。

 暑さの砌、お体にはいよいよご注意のほどを。     敬具

 
     平成2年7月22日                                                                         櫻井重平  

         武井 昭様

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