猫の記(1991年) (猫の記事は、日記1991年、本欄あるものも、すべてここにまとめた。)

 

 野良猫出産 

(四、二三) 野良猫「ミケ」が仔猫を産んだのは、この二、三日の間である。何故ならば、彼らの居場所は一週間前には何もいなかったのを確認していたからである。場所は隣家との塀近く、アパート北斜面、珊瑚樹の下手、木蓮の前あたりの枯れ草の中である。仔猫は三匹ほどであろうか。

 「ミケ」は前にはニャーニャーと鳴き声を立てて、わが家の住人、アパートの学生を問わず、こびを売っていたが、この仔猫とともにいる場所に近ずくと、カーと声を立てて威嚇する。彼女はもはや哀願するのではなく、彼女らの領域を守っているのだ。

 野良猫に住みつかれて困ったことになった。明子(妻)に知らせてやる。が、なるようにしかならない。

 このまま仔猫が育てば、いよいよ野良猫がふえる。もっとも、現在の野良は「ミケ」だけで、近所にいる他の猫どもは飼い主がいるように思われるのだが。
 明子にしてみれば前に死んだ「みい」のこともあり、猫を飼う責任は持ちたくないというところだ。

  野良の仔は生まれたときから野良だ。

 (四、二三欄外 最早、親仔を追い立てる方法もない。さりとて飼う責任は持てない。よほどの事態が起きない限り、相互不可侵でいくよりほかない。

 本日は午後雨の天気予報であるが、彼らの居場所は雨のシェルターはない。もしひどく降るような時は三毛は仔をどこかへ運ぶだろうか。など考えていると、この洋間の窓下を三毛の奴、悠々と歩いて過ぎた。つい先頃ゴミの収集車が今朝のゴミを集めていった。本日は昼前の収集で早いが、三毛は食事にありついただろうか。(一一時三〇分) 

 夜になると、とうとう雨は音を立てて降り出した。いつものように床の中で本を読んでいるのだが、猫のことが気になって落ち着かない。仔猫達をくわえて雨のかからぬ処へ待避しただろうか。それとも雨の中に固まってうづくまっているか。親猫は野良の生活に慣れているから、この雨に対処する法を知っているはずだが、仔猫を持ってはどうするだろうか。今晩はかなり冷え込んでいる。

 仔猫は死ぬかもしれない。

(4、24)不吉な夢を見た。朝方も雨は音を立ていた。気になるけれども、昨日見た隠れ場所を見に行く気にはなれない。彼らに手を貸すわけにはいかない。何とも身勝手だが、相互不可侵をつづける以外ない。

  朝食の時、三毛がアパートからの石段を下りて通り過ぎてゆくのが見えた。どうも場所は移っていないらしい。表のゴミ集積場へゆくのだろう。

  一〇時、雨は止んでいるが、冷たい。天気予報では関東地方は夜まで雨模様が続くという。

 (四、二五) ようやく陽が出た。朝方、アパートで洗濯中の学生の足下でニャーニャーねだっていた三毛を見かけた。試みに、家の東側のヤツデの陰にパン片をおいてみる。気温は低い。(このパン、二日たっても小鳥がつついただけの模様)

(四、二七) 三毛は見掛けない。午前中晴天。パン片はそのままだ。

(四、二八) 洋間窓下にやってくる。啼く。あまりあわれで、ひそかに台所の煮魚の残りをなげあたえる。

(四、二九) 午前中雨、一日姿を見掛けず。

 

 

三毛ファミリーの楽園

 

(五、一五) とうとう明子に猫の餌を買わせ、与える。

(五、一六) 母猫三毛」、仔猫を連れてくる。トラ縞一匹だけの様子。

 その後、白黒と三毛の三匹であることが判明。母猫のもとを離れて三匹で遊び廻っている。

 「親猫三毛」は、白地に黒赤の斑点がある、人間で云えば少々険のある美形である。

 仔猫の「三毛」は三色(子細に見ると黒、白、渇、茶の四色)が不規則に入り混じって、迷彩服を着たようで、何処が頭やら尻尾やら区別がつかない。奇怪な三色の塊のようで、どう見ても美しいとか可愛いとか言い難い(牝)。

 「トラ」はトラ縞、鼻のまわりが田子作風に褐色で、とぼけたご面相、尻尾は極短(牡)。

 「白黒」は端正ノーマルな猫となる予想、貰い手を見つけるには一番の候補である(牡)。

(五、二〇) 仔猫らの行動、甚だ活発。母親を置き去りにして遠出している。聞くところによると彼女(ら?)はわが家以外にも寄りついていたらしい。

 仔猫の貰い手希望が、あけみ(娘)の友人にあるらしいが、このまま野良状態で成長すると人になつかなくなるだろう。なづけてやろうと思うが、このところ所在が不明。 

(五、二二) 仔猫ども、いっこう姿を見せぬ。親猫の方は、最近わが家で公認されたため、甚だ落ち着いて庭に寝そべったりしているが、それでも半分以上はどこかに出掛けている。

(五、二四) 仔猫、現れて庭中を大はしゃぎ。

(五、二八) 朝から仔猫ら姿見せず。 

(五、三一) 雨が強いと、居間の前に濡れ縁代わりに置いた台に、樋から溢れたしぶきが掛かる。洗濯場にあったトタンのかこいを持ってきて雨よけにしてやる。

 夜になると、その陰で皆かたまって寝ている。ところが翌朝八時頃みると、どの姿も見えない。雨がやんで出動中である。やはり、野良生活の猫家族だ。

 

(六、九) 親猫の乳をくれている姿を見掛けなくなる。くわえやすくした餌を与えると、必ずくわえて仔猫のいるところへ運ぶ。この時、独特の呼び声がある。ものをくわながら啼くためだ。

 一日中仔猫どもの姿の見えないことがしばしばある。母猫もともに見えなくなることもある。明子曰く「どこかで餌を与える家があるのではないか」と。

 ある時、母猫が二、三〇センチばかりの紐切れをくわえて来て仔猫の処にはこんできた。もしやと思ってよく見ると小さなだ。もう居なくなったと忘れかけた庭の蛇の子孫が、また現れたのか。それにしても仔猫の餌とは。

(六、一〇) 仔猫に、それぞれの特色が見られるようになってきた。

 「白黒」一番活発で、力もあるらしい。じゃれ合いでも、たいてい上になっている。人にじゃれつくのもこの仔猫だ。仔猫だけではものたりなくって、母猫にもじゃれつく。

 「三毛(仔猫)」は木登りが上手である。この猫、始めは人をおそれる風が強かったが、近頃は多少なれたようだ。

 「トラ」は、甚だおっとりしている。

 

(六、一二) 母猫は、くわえることができる餌を与えると、仔猫の不在中は必ずくわえて仔猫のいる場所へ運ぶ。そこで、何処へ行くか後を追ってみると、庭続きの私のアパートの南のフェンスをかいくぐり、隣の松田さんのアパートの入り口に向かう。そこから仔猫どもが走り出てきた。思いがけない処にいるものだ。松田さんのアパートは、私のアパートの東隣だけれども、高いコンクリートの万年塀に遮られているから、はるばる南に迂回しなけれならない。

 

(六、一九) 猫の一家は、わが家の軒下を住みかとするのに、すっかり落ち着いた様子。こちらも仔猫一匹々々の個性もわかり、愛情がわいてくる。彼らは家の中にしきりに入りたがる。親猫は以前どこかの飼い猫であったせいか。仔猫が室内に入りたがるのは、彼らは何でも新しいところヘ入り込むのがおもしろいらしい。

 仔猫がじゃれ合うのはレスリングのようで、見ていて飽きない。三匹が交互に取っ組み合いをする。「白黒」が一番力がある。近頃は母猫が時として取っ組み合いの相手になる。その母猫の尻尾にじゃれつく別の仔猫あり、わが庭は三毛ファミリーの楽園である。 

(七、二〇) 庭仕事をやっていると彼らは必ずやってくる。何かおもしろいらしい。さつきの刈り込みなど込みなどやっていると、刈っている株の下に入り込んでごそごそやっている。一緒になって遊ぶのがおもしろいらしい。仔猫の三毛は、始めからなつかぬ(人をおそれる)ところがあるが、この「人の動きについて遊ぶ」関心は、ひと一倍強いようだ。

 

子離れ

 

(七、三〇) 子離れという語がある。その時期がやってきたようだ。

 あれほど仔猫を可愛がり、なめ回していたのが、この二、三日、仔猫が近づこうとすると、ギャオーと声を上げ、前足でブローするようになった。もっとも、餌を食べているときは一緒である

 仔猫の「三毛」が近頃なつくようになった。

 

(八、五) 猫の子離れは、親の方だけに変化が起こる。親の方だけにホルモンの如きものが生まれるらしい。テリトリーを分けるための、遺伝因子の中に組み込まれたプログラムによると考えてみても、端から見ると、近寄る仔を、声あらわに追い払う様は心痛む。数ヶ月前までは探してきた餌を自分は食べずに仔猫に与えていた。その様がいじらしく、とうとう飼い猫並みのあつかいをしてやったのだが。

 さて、今の場合、仔猫は今まで通り親のそばへ寄るのだが、親の方が非情にもこれに飛びかかって追い払う。これはどうしてもホルモンの如きものができて、それによって親の行動が変わったとしか考えられない。

 分娩後半年足らずにおきた現象だ(分娩後三ヶ月で妊娠可能らしい)。このような変化が猫の遺伝子に組み込まれたプログラムによるとすれば、動物の愛情とか嫌悪も肝心なところではこのプログラムによって起こされているに過ぎまい。(否、基本的なものほど、このプログラムにがっちりと組み込まれていよう。)

 人間の歴史を見るに、倫理、道徳、法の如きは、たかだか数千年、固いところで二千くらいのもの。一代三〇年(世代交代)とすれば七〇世代、四〇年として五〇世代にすぎない。五〇ー六〇世代で遺伝因子の中のプログラムにどれほどの変化が起こりうるか。されば、これらのものこそはかなく咲いた(いつ消えるかもしれない)現象である可能性が強い。・・・

 いつかプログラムに組み込まれたものとプログラム外との境の構造・相互関係が解る日が来るだろう。

 

(八、六) 仔猫(トラ印)が夕方の餌を食べない。気になる。

 「親三毛」、夕方まで来たらず。(「親三毛」は、以前は殆ど居間の前付近を離れなかったのに、朝晩の餌の時以外は姿をあらわさなくなった。)

 

(九、一〇) 塩山獣医に猫たちの手術を相談。

(九、一一) 仔の三毛」を避妊手術のため塩山獣医にあずける。

 避妊手術に市から五千円補助金が出るのだそうだ。その申請に猫の名前がいる。名なんぞ用意していない。しようがないから「ミケ」とでもといったら、塩山氏は「ミケコ」と書いた。あとで明子に話したら、芸者のような名前だといった。 

(九、一二) 「ミケコ」を引き取る。三万円ほどの費用なり。「親ミケ」も手術の要あり。ここ四、五日姿が見えぬから出産したのかもしれない、仔の処置もある、いささか面倒だ。

 「ミケコ」は手術後のため室内におくことにする。「ノモ」と「トラ」にノミ除け首輪をつけ、除虫剤を飲ませる。「ミケコ」は手術後のため後日に廻す。

  注、「白黒」は肩のあたりの模様が近鉄のノモ投手の振り向きざまの投球ホームの印象によく似ていると命名。

(九、一三) 雨、砂用トイレを買うため多摩ニュータウンそごうへ。加工砂用のトイレしか売っていない。なかなか金が掛かることになったが、明子も仔猫の可愛さに負けている。

 トイレの紙砂(ヽヽ)というのを入れておいたが、使用しようとしない。あけみが昨夜小学校の庭から砂を失敬して入れてやって、ようやく用をたした。

 

(九、一四) 雨。台風一七号九州(福岡)通過、秋雨前線あり、関東も強雨。

 「ミケコ」洋間で三ヶ日目を迎える。肛門付近が腫れている。元気のないのはホウタイ着のせいか、仔猫らようやく市民権を得る。母親猫はついに姿を見せなくなる。どこかで出産しているのだろうか。

 

(九、二〇) 「ミイ(仔猫の三毛、ようやくこの名に落ち着く)」手術のあとが湿っているので塩山獣医院へ。問題はないと、ついでに抜糸してヨーチン、例のカッポー着で帰宅。

 

猫の小屋

 

(一〇、四) 町田東急ハンズで猫用小屋を物色、プラスッチクの屋根付きトイレを購入する。

 冬に備えて小屋を用意しなければと考えていたが、適当な材料がないし、近頃はちょとした作業もたいぎで、気掛がりばかりしていた。先頃、あまりあてにもせず、デパートのペットコーナーを見回っていたが、東急ハンズで手頃なものを見つけた。店頭では猫用トイレと札を付けていたが、猫がもぐり込むによさそうな、カプセル型のプラスチック製の箱である。

 屋外用としては少し寒そうだから、内部に段ボールとフォームラバーを補強して、洋間のベランダの鉄製テーブルの上に置くことにした。洋間は居間から一番離れているが、ベランダには屋根がついている。 早速猫達の気に入られ、三匹が折り重なって入って寝る。折から外は雨続きの天候であるからこの中が一そう具合良いのだろう。

 

(一〇、九) 雨にぬれると猫の首輪にしたノミ除けの薬が滲み出て害があるというので、三匹とも室内に入れた。

(一〇、一〇) 猫を三匹室内に入れると、じゃれ合ってセントポーリアの鉢がまず被害を受ける。だが、もっとも影響を受けたのは猫のトイレの始末である。尿で固まる砂は、においが少なく便利であるけれども、三匹分となると朝夕二回始末しても足りないくらいだ。

(一〇、一二) 三匹も屋内にいると騒ぎ廻って家のもの皆閉口。

(一〇、一三) 午後ようやく晴れ間、雄二匹外へ出す。

(一〇、一八) 町田東急ハンズにて猫小屋(litter pan )を追加購入。一個では窮屈過ぎるためなり。

 

(一〇、二一) 夕方小学生達の知らせあり。トラ吉、オートバイに跳ねられたとのこと。行ってみると向かいの小学校の運動場の隅でトラ吉がうずくまっている。その周りを大勢の小学生がとりかこんでガヤガヤしている。中に女教師あり、お宅の猫ですか、同じ首輪で親子かとも思いますがという。(ノモも一緒にいたのか。)トラ吉、ひどくおびえている様子。怪我らしい外見なし。引き取って家にもどり部屋に入れるが、とにかく気を落ち着かせるが大事。明子らの言、口に少々血が付いている・・・ 

 

(一一、一八) を交互に室内に入れてやることにしたが、いろいろの癖あり。共通していることは長くおくと、やはり、外で運動したいらしい。

 

(一一、二六) 猫の小屋に見知らぬ黒猫侵入、居着かれてはかなわぬから、上の一軒を閉鎖する。(一一、(一一、二八) 猫の小屋、よその黒猫に乗っ取られた気配。

 「ミイ」サナダムシ散布、塩山獣医院から薬を買って飲ませる。

(一一、?) 猫の小屋一つが、よその黒猫に入り込まれたのにこりて、居間の縁先に移動させた。しかるに、黒猫の入った小屋へは入りたがらぬ。臭いがついているのだろう。臭い消しなど試みたが効き目がない。とうとう内部の段ボール内装を取り替えてみた。

 

(一二、四) 「ノモ」「トラ吉」去勢のため塩山獣医師へ。

(一二、?) 十二月中頃、「ノモ」と「トラ」が小屋の双方に分かれて入るようになったが、「ミイ」は入らない。夜、そとに出しておくと何処のいるのか不明である。時に、トラとミイが手を出していることもある。

 

(一二、三〇) 先日、猫の絵を描いたハガキをK先生にお送りしたのに対して、分厚い封書の返事あり。『斬猫』という禅の話だが、難しくて分からない。分からなくてすむなら、あんな厚いものを書かれるわけがない。大変な宿題をもらったようだ。      (書簡・K先生一二、二八)

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