2 官僚論と「八郎潟干拓大型機械化体系試験」農場

        

  S・E兄への手紙(つづき)ーーー(あります言葉はこの場合なじまないので、論文調に変えます)

  『エリート官僚論』について、ーーー著者は、第6章「日本の官僚の思考と行動様式」〈2実務に弱いこと〉の中で、例として八郎潟干拓営農計画をもちだした。著者が体験したということで、評者も「例えば,官僚の失敗によって犠牲を強いられた国民の話など、中には噴りさえ覚える事例もある」としている。
このままでは、世の誤解をまねこう。私の記憶の及ぶかぎりで、これを正していく。 

 始めに八郎潟干拓の例が、どういう位置づけで出されたかを知る意味で、『エリート官僚論』の目次を先に見ておく。

 批判の対象となった「八郎潟干拓の営農計画」は、『機械化実験農場』『八郎潟干拓再論』にのべているとおり、昭和36年、1戸当たり10へクタール案あるいはアメリカ型米作案を八郎潟干拓企画委員会営農部会に提出した以来のことである。
批判は私より年輩者(それも主として農業関係技術者)ばかりにあると、無意識に思いこみ、今の今まで、若いエリート官僚の中に、われわれ(八郎潟営農部会班)に反対意見のあったことには、気がつかなった。 

 同書の第6章2節〈実務に弱いこと〉で、『官僚論』の著者は云う。(注 実務に弱いとはエリート官僚のことを指す)