トルニューの教会にて

「オータンも、ベズレイもいいと思いましたが、ここの方が、また一段と落ち着いておりますわ」マルセラン夫人は低い声でささやいた。

「そうですね」一鬼もまた低い声で、相づちを打った。
石の建物の内部は少しも陰気なところはなくひんやりとしていて、ただ静かであった。

一鬼はトウルニューの教会へはいってから、説明のできない感動に襲われていた。

こここそ自分のおるべき場所であるような思いが、突き上げてくるのを感じたーーー
古い石で囲まれた空間だが、少しも暗くはなかった。建物のあちこちに設けられてある小さい長方形の窓から、ほどよい量の光線が落ちてくるーーーー

「---ああ、ここに居たいな」一鬼は思わず低い声で言った。

すると「ほんと、わたくしも、ここに居とうごさいますわ」
その声で、一鬼は、振り返った。マルセラン夫人が立っていた。ーーー

ー一鬼は同じように居たいと言っても、自分とマルセラン夫人とでは、その居たいという意味が違うと思った。       (6章)

一鬼はこの古い石で囲まれた静かな空間を歩いている限り、死というものが、それほど怖ろしくは感じられなかった。

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