AI着色は昭和時代の夢を見るか(その32)
PhotoshopのAIカラー化のニューロフィルターのプラグインの鉄道写真への利用を実験するこのシリーズ。今回もまた前回からの続きで、最初の北海道撮影旅行で1972年7月17日に行った苗穂機関区でのカットのカラー化の第六回となります。苗穂機関区では頻繁に機関車が入区・出区していたので、効率良くかなりのカットを撮影しています。長時間いて形式写真にも飽きてきたので、今回もいろいろ遊んでいるカットが多いです。AI君はこれらをどのように料理してくれるのでしょうか。最近はその方が興味の対象になってきていますが、

出区線でも、機関車の揃い踏みです。このカットの中に6輌の蒸気機関車がいます。流石にまだ幹線の主役が蒸気機関車だった時代。札幌貨物ターミナルという北海道最大の貨物駅を抱える機関区としては、蒸気機関車に溢れていました。最前列には左から小樽築港機関区のD51465号機、岩見沢第一機関区のD51737号機、小樽築港機関区のD5170号機と、ここは前々回のカットと同じです。後ろの並びがちょっと変わっていて、465号機と737号機の間にちょっと顔を出しているC58形式は、前回に登場した苗穂機関区のC58421号機。D5170号機の後ろには苗穂機関区のC58415号機と岩見沢第一機関区のD51394号機が繋がり三重連になっています。北海道でもすでに無煙化が進み始めていましたが、まだ蒸機王国健在です。

ちょっと趣を変えて、給炭台の上からの撮影です。苗穂機関区は流石に出入りの多い機関区だったので、給炭台とホッパーの両方を備えていました。積載する石炭の量で使い分けていたのでしょう。給炭台と言えども、終端駅にあるようなものとは違い相当な大きさです。石炭の山の間から顔を見せるD5170号機を狙いました。当時の北海道はまだ相当に大らかさが残っていて、許可さえ取って入構すれば、あとは直前直後の横断のような危険行為さえしなければ、どこで撮影するのも自由でした。これも現役時代ならではの面白いカットですが、撮ったことすら忘れていて、今回初めて気付いたような感じです。意図せずに撮ったからなんでしょうね。

給炭台のところの線に、ギースルエジェクタを装備した鷲別機関区のD51742号機が停まっています。流石鷲別、副灯のLP405はレンズまで煤けて真っ黒。ナンバープレートも全く磨かずに番号が読みにくいです。全体の汚れ感も強く、AI君もその怪しさに気付いたのか、タップリとウェザリングをかけてくれました。「石炭節約目標10% 節約t数120t 節約金額55万円」という表示や「未(末になっているのがご愛敬)燃炭の落下防止に努めよう」というスローガンが、なかなかリアリティーを感じさせますが、まあ北海道式に石炭をあれだけ高く山盛にすれば、そりゃ振動でこぼれ落ちますわなぁ。ちらっと写っている職員も含め、機関区の日常を感じさせるカットとなっていますね。

そのD51742号機のギースルエジェクターに焦点を当てたカット。こちらはやり過ぎではなく、なかなかリアルな汚れ具合を表現してくれました。確かに鷲別のカマは、スス、土埃、錆が混じってこびりつき、こんな感じでした。副灯はもう「ステルス化」してますね。でも煙はちょっと紫がかりすぎでしょうか。とはいうものの、結果的に煙が濃くなり、停車時のギースルエジェクターからの煙の出方がよくわかるカットとなっています。これはこれで貴重かも。北海道の中でもハレとケ両極端と言えるキレイな小樽築港とキタナイ鷲別のD51を同時に両方見れるというのは、苗穂機関区ならではです。

今度は給炭ホッパーのところでの撮影です。ホッパーから石炭を積み込み中なのは、これまた鷲別機関区のD51629号機。鷲別のカマのワリには、副灯LP405のレンズはおろか縁取りのリングまで磨いてありますね。中間検査の直後とかで、点灯検査を行った時に拭いたのでしょうか。まあ、その他はヤレていて、やはり鷲別のカマではありますが。苗穂機関区の給炭ホッパーは1輛用のこじんまりしたもので、石炭の投入もガントリークレーンではなく、パワーショベルのようなものを使っていますね。これだと模型でも作りやすそう。給水塔も一緒になっているし、機関区セクションみたいになのにも似合いそうななかなかこのましいプロトタイプです。

これが今回の問題作。苗穂機関区所属だったキハ09。苗穂工場側の側線に2輌繋がって留置されています。運用に就いていたのは前年の1971年までだったので、この時は第二種休車なのでしょうか、もう廃車されて留置されていたのでしょうか。キハ08はその後北海道鉄道学園に教材として残されていたので見たことのある人もいるかもしれませんが、キハ09はこれがギリギリですから、見た人は70代でしょうね。またAI君の色が何とも。窓廻りは確かにクリーム色で気動車の標準色が変色したような感じにも見えますが、濃い色の方はぶどう色2号が褪せた色にも見えます。AI君もこれが何者かわからず、なかなか悩んだ感じが伝わってきて憎めません。

給炭台の線のところに佇むのは、小樽築港機関区のD51713号機と鷲別機関区のD51894号機。894号機のテンダはクセが強いですね。同機は折り曲げのない変形デフで知られていたように1944年製の準戦時型でしたので、テンダも上部を木製にした標準テンダを装備して製造されたものと思われます。その分、装備改造されても一般の標準形とはちょっと違う妙に角ばったスタイルになっているのでしょう。しかし本当にいろいろな機関車が入れ代わり立ち代わり出入りしていて、最後の幹線蒸機の機関区という活気が感じられます。この日は走行写真はお昼に宗谷本線のC55を撮っただけで、旭川機関区と苗穂機関区の二か所の構内撮影に終始しましたが、おびただしい数の蒸気機関車と出会った一日でした。
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