'96年 ネットワーク社会の到来と音楽ビジネスの展望

(その2)



5.音楽流通チャネルとしてのネットワーク
ネットワークを利用した音楽流通といえば、すでに通信カラオケが実用化されている。ホストに大量の曲データを蓄積できるため、今までのカラオケでは収録できなかった、マイナーアーチストの曲、ヒットしなかった曲、外国アーチストの曲など、他にない曲の充実が人気を呼んでいる。昨年末からは、通信カラオケの家庭への浸透も始まっている。
通信カラオケは、曲の演奏データだけの伝送だが、将来的には、CDなどと同じ、ディジタル化した原盤の音源や、アーティストのライブの映像をネットワーク経由でやり取りする、あらたなソフト流通経路としてのネットワークが注目されている。このカギになるのが、コンピュータネットワークをキーワードとする、放送と通信の融合だ。
将来的には、家庭まで大容量回線が引かれるファイバートゥーホームの時代が来るといわれている。こうなると、現在の電話の基本料金程度の固定費で、家庭でも大容量の回線を利用できるようになる。このプロセスとしては二つの可能性が考えられる。一つは、電話などの通信系のサービスが大容量化して、放送系サービスも扱うようになるもの。もう一つは、CATVなどの放送系サービスが、通信系サービスも扱うようになるもの。
すでに、技術的にはこの両者を分け隔てるものはない。壁は所轄官庁の規制だけといってもよいだろう。だから規制緩和されれば、マス系の、現状では「放送」に分類されるサービスも、通信ネットワークを通じて、デリバリできるようになる。課金管理などは、電波よりネットワークのほうが格段に手間もコストもかからない。限られた会員を対象としたり、対価を支払った視聴者を対象する、クローズドな放送も可能になる。ソフトの権利を持つものから見ると、広告収入によりリクープ(回収)する放送でだけはなく、ユーザからの課金によりリクープする放送も可能になる。このように取り扱えるお金の幅が広がる以上、エンターテイメントソフトの流通経路として、ネットワークが注目されるのも当然だ。

6.ネットワークとパッケージ
CDの中身はディジタルデータであり、簡単にネットワーク上で伝送することができる。したがってネットワークが音楽自体の流通経路になる可能性があり、パッケージと競合する可能性も否定できない。しかし結論からいってしまうと、ネットワークメディアとパッケージは完全に食い合いになって、どちらかがどちらかを代替するということはない。
ネットワークとパッケージには、それぞれ強み弱みがある。それは実際にユーザがソフトを楽しむ場面を想定すれば明確になる。パッケージの持つ魅力は「多様さ」にある。いかに多チャンネル化が進み、伝送コストが低下したとしても、多くのユーザのワガママなニーズに応えつつ、ローコストで提供するには、これからもパッケージはかかせない。
たとえば、ユーザの個別のリクエストに応じて映像ソフトを届ける、ヴィデオ・オン・ディマンド(以下VOD)というサービスが考えられている。しかし、アメリカで実験した結果、VODはマスメディアとしては成り立たないことがわかった。ユーザは、ユーザ毎にソフト送り出すVODより、10分とか15分ずらして、次々別のチャンネルに同じソフトを流す疑似VODを好む。圧倒的にコストが安いからだ。VODだとユーザの数だけ回線が必要だが、疑似VODなら10回線程度で充分。ユーザが増えるほどコストの差は大きくなる。もっともメディアコストが0になれば別だが。そして、現状ではそれより強いのがレンタルビデオだった。見たいソフトをまとめ借りすれば、見たいときに、見たいように見ることができる。これがもっともローコストで提供できるのは、現状ではパッケージ以外にない。パッケージには、時間やシークエンスに拘束されず、自由に見られる強みがある。
好きなシーンをまき戻して何度も見たり、ダルいシーンを早送りで飛ばしたり、という操作を一切せずに見るビデオ映画ファンは少ない。同じように、最初から最後まで、画面の前につきっきりでビデオを見る人も少ないだろう。さらにCDが、カーオーディオ、ヘッドホンステレオ、屋外でのラジカセと、いつでもどこでも聞けるように、パッケージには使う場所や状況を選ばず自分の好きなように楽しめるという、ネットワークにない特徴がある。
ソフトビジネスとして見た場合、パッケージには在庫や流通のリスクがあるものの、時間と空間に拘束されずに不特定多数のユーザをターゲットとできる弾力性がある。その分、端末の前にある時間ユーザを拘束する必要があるネットワークのほうが、提供するソフトを厳しく選別し、ネットワークならではの魅力で差別化する視点が求められる。

7.流通にとってのチャンスとリスク
このように、音楽ソフトの流通において考える限り、ネットワークがパッケージにとって替わることはありえない。しかしネットワークの影響で、パッケージ流通の競争が激化することは充分考えられる。プロモーションツールとしてのネットワークの可能性は大きいため、今までのマスと店頭を組み合わせたプロモーションにない、非常に強力な効果を期待できる。
このパワーを活かすためには、メーカーから小売りまで、流通が一体となってネットワークを使いこなし、パッケージソフトのマーケティング戦略、プロモーション戦略を打ち立てることが求められる。これは既存のショップにとって、確かに大きいリスクとなるが、それ以上に大きいチャンスももたらしてくれる。
ネットワークを使えば、従来の商圏という考えかたがなくなる。ターゲットをきちんと見据えて、ターゲットにアピールするオリジナリティーある品揃えをしてゆけば、顧客はそれこそ世界中にある。このためには、ネットワークの持つ「仮想コミュニティー」としての機能を活用し、単なる情報発信・情報提供ではなく、アーティストとユーザが一体になった情報交換の場を創る必要がある。このような仮想サロンとしてのツーウェイ化は、これからの時代のショップロイヤリティーの創出につながる。ネットワーク化で生まれる新たな競争を、市場の活性化につなげ、ミュージックマーケットの繁盛のための得難いツールとするかどうかは、この変化をチャンスと見て、音楽ソフト流通に関わる一人一人が、知恵を絞ったユニークなビジネスアイディアを、どれだけ生み出せるかにかかっているといえるだろう。


オリジナルコンフィデンス 96年1月1日号



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