広告会社とメディアのデジタル化





メディアのデジタル化が広告業界に及ぼす影響としては、次のようなモノが考えられる。

1. デジタル化のインパクトは「プロモーション」の領域で効く

安定成長期に入ってからの広告キャンペーンの特徴として、
・マス媒体によるワンウェイの「告知」
・商品や売り場に直結したインタラクティブな「プロモーション」
の二つが有機的に組み合わさって構成されている点をあげることができる。

このうち告知は、既存のマス媒体型の、多くの視聴者を引きつけるコンテンツ・パワーにより効果的な訴求を行うメディアが圧倒的に効果的だ。これは、インターネットの普及とともに常識化した「WEBサイトのアクセスを確保するにはマス展開が不可欠」という事実からも理解できる。したがって、デジタル化が起こっても、「告知」領域ではさほど大きなビジネス構造の変化はおきないと考えられる。
しかし「プロモーション」領域では、デジタルメディアのインタラクティブ性が活用され、今までにできなかったような展開が可能となり、大きな変化が起こる可能性が大きい。
欧米の広告会社は伝統的に「プロモーション」を扱ってこなかった(専門のSP会社がやっていた)ところが多いが、デジタル化により「おいしい商売」となったプロモーションに取り組むべく、"IMC"と称して、広告キャンペーンと一体化したプロモーション提案を売り物にしはじめているのはこのいい例だろう。インターネット広告の重視もこの文脈の中ではじめて理解すべきだ。

2. マス媒体のデジタル化は、インフラとコンテンツの分離をもたらすが、広告のビジネス構造には影響しない

地上波のデジタル化に代表されるマス媒体のデジタル化は、その前提として
・インフラにおける通信と放送の融合
・放送のコンテンツビジネスとしての再定義
を含んでいるのは、アメリカ(96電気通信法)、イギリス(90年放送法)の例を見ても明確だ。

しかし、広告ビジネスにとってマス展開というのは「スポットが露出され、ターゲットにアクセスする」ことさえできればよい。広告主にとって重要なのは「効果」であって、露出はその手段に過ぎないからだ。従ってどの伝送系路を使ったにしろ、効果さえ上がれば、それに見合った広告費は出てくる。したがって、伝送路がどうなろうと、多くの視聴者を確実につかまえるコンテンツにCMを露出できれば、ビジネスの構造は変化しない。
事実、広告会社の媒体局の人間は、放送局でも営業、編成、制作のヒトとは付き合いが多いですが、技術や送出のヒトとはまったく付き合いがあないのが一般的だ。それでもビジネスになっていたことが、なによりマス展開にとって伝送路は意識外という事実を示しているだろう。

3. デジタル化によるデータの蓄積が企業のマーケティングを大きく変える

すでにトランザクションデータのデジタル化/蓄積は、80年代からPOSやクレジットカードをさきがけとして進んできた。だがこの段階では、単なる「結果の蓄積」でしかなく、戦略的データ利用にもおのずと限界があった。しかし、「1.」のように、プロモーションがデジタルメディアを利用して行われるようになると、結果だけでなくその前段階の反応も、インタラクティブなデータとして蓄積可能になる。
インタラクティブなリアクションに関するデータは、旧来のプロモーションでは、セールスマン一人一人の個人レベルでしか利用できなかったデータだった。これを大量に、しかもリアルタイムでキャッチできることで、マーケティングに使えるデータは飛躍的に増大し、同時にモデル化の精度も飛躍的に高まることが期待できる。
一方で、個人視聴率に代表されるように、マス告知の効果測定も精度が飛躍的に高まった。これらを総合することにより、デジタル時代、ネットワーク時代にふさわしい、今までの経験則とは異なる、新たなマーケティングプランニングの方法論が構築される礎地が固まったということができる。

4. 「放送コンテンツ」は大きく二分される

今までのメディア論では、先進的な視点を持つものでも、放送コンテンツの分類は、
1. 広告無料放送によるリクープを行う「マス型コンテンツ」
(ネットワーク、シンジケーション等の一般向けメディア)
2. 広告+一部視聴者負担によるリクープを行う「準マス型コンテンツ」
(BASICケーブルやPay/channel等のクラスメディア)
3. 基本的に視聴者負担によりリクープを行う「ニッチ型コンテンツ」
(Pay/view、Pay/programの専門メディア)
という三分法が多かった。しかし、BS、CSのデジタル化で伝送コストが飛躍的に低下する一方、思ったより広告費の上方弾力性は高く、これまでのBSやアナログCS放送時代とはことなり、広告無料放送でカバーできる範囲は今まで予想されたより大きいとする考えかたがここに至って目立ってきた。このため「2.」は結局は二層に分化して、「1.」と「3.」に吸収される方向に向かうのではないか、という見方が、こと日本市場については強まっている。
その一方で、伝送コスト、制作コストの低下から、「3.」のサービスも今までのような「ペイ」ではなく、会員がみんなでお金を持ち寄ってコンテンツを作り、オンエアする、「同人型」の放送さえ現れてくるとの見方も強まっている。

5. 広告業界のデジタル化は、業務のデジタル化による影響が大きい

広告業界はその周辺も含め、過去の経緯もあり、極めて労働集約的な対応で作業を行ってきた。すでに広告周辺業界では、デジタル化によりフィニッシュワークをはじめとする現場をはじめとして、デザイン業界の構造が大きく変化した。このように、業務そのものがデジタル化され、ネットワーク化されることにより、効率化が図れる部分が数多く存在している。
このためには、相当の資金を投資し、インフラや環境を整備する必要がある。しかし、ご存じのように広告及び周辺業界には零細な企業も多く、この投資に耐える体力を持たないところも多い。
たとえば個人視聴率データは、それをスポット作案に利用するためには、相当大規模なデータベースとシミュレーションシステムが必要になる。これは中堅以下の代理店には投資不可能な金額になる。このため中期的には、こと媒体の買い付けに関しては、広告代理店の大手への系列化、もしくは合併による再編が不可避との見方も強まっている。このように、デジタル化は業務構造の変化という形で、広告業界に対し最も強烈なインパクトを与えると考えられる。


以上に加え、もっと大きな部分での変化を押し進める効果として、
・メディアのデジタル化により、放送と通信はグローバルスタンダード基準になる
・広告においては、媒体を買うのでなく、効果を買う認識が一般化する
・広告会社のビジネスも、新たなグローバルスタンダードが生まれる
という部分での影響も考えることができる。

このように、デジタル化の広告業界への影響は、インターネットがどうこう、BSデジタルがどうこうという各論レベルではなく、もっと大きい部分での構造変化をもたらすインパクトととらえるべきだろう。

(98/04)



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