「畢法賦」百条解説


はじめに

 六壬の非常に重要な詩賦である「畢法賦」をアップする運びとなりました。(パチパチ)
 「畢法賦」は簡潔に書かれており、四柱推命とはまた違った特殊な用語があって、抄訳だけでなく、ある程度の解説をつけないと全然わからないと思います。もちろん私も解説書がなければわかりませんでした。
 「畢法賦」は原文および直訳を紹介し、さらに解説を付け加えました。
 「畢法賦」は大六壬において非常に重要なテキストですし、(通信講座等は別にして)日本では出版されたことはないと思いますので。ただしフォントの関係や中国と日本では字体に差があることなどから、音や意味が似ている字に変えている部分があります。
 後についている訳はとりあえずの訳で意味は全くわからないと思いますので、実際には解説を参考にしてください。




「畢法賦」原文および訳 (言葉の意味等は、あとで解説します)

1. 前後引従升遷吉   前後引従は、昇進、転居、改築に吉である。
2. 首尾相見始終宜   首尾相見は、事は成就し、ずっとよい。
3. 簾幕貴人高甲第   簾幕貴人は、試験には上位で合格する。
4. 催官使者赴官期   催官使者は、官に赴任するのが期待できる。
5. 六陽数足須公用   四課三伝とも陽であれば、公用のことである。
6. 六陰相継尽昏迷   四課三伝とも陰であれば、私事でありはっきりしない。
7. 旺禄臨身従妄作   旺禄が身に臨めば、みだりに事をなそうとする。
8. 権摂不正禄臨支   権摂が不正なのは、禄が支に臨むときである。
9. 避難逃生須棄旧   避難逃生は、古いことを棄てることになる。
10.朽木難雕別作為   朽木難雕では、事を起こしてはいけない。
11.衆鬼雖彰全不畏   官鬼が多く強くても、全く恐れない場合がある。
12.雖憂狐借虎威儀   憂いがあっても、虎の威を借りる狐になる手がある。
13.鬼賊当時無恐忌   鬼賊があっても時に当たれば、忌み恐れることはない。
14.伝財太旺返財欠   三伝の財が強すぎるのはかえって財を欠く。
15.脱上逢脱防虚詐   脱上が脱に逢うのは、虚詐を防ぐ。
16.空上乗空事莫追   空上が空に乗るのは、事を追求してはいけない。
17.進茹空亡宜退歩   進茹空亡は退歩するのがよい。
18.踏脚空亡進用宜   踏脚空亡はかえって事を進めるのがよい。
19.胎財生気妻懐孕   胎が財であり生気なのは、妻が妊娠している。
20.胎財死気損胎推   胎が財であり死気なのは、妊娠しても育たない。
21.交車相合交関利   交車相合は交渉ごとによい。
22.上下皆合両心斉   上下皆合は相手との心が通じ合っている。
23.彼求我事支伝干   支伝干は相手が自分に何かしようとしている。
24.我求彼事干伝支   干伝支は自分が相手に何かを求めている。
25.金日逢丁凶禍動   金日が丁に逢うのは災いが発生する。
26.水日逢丁財動之   水日が丁に逢うのは妻財のことで何かがある。
27.伝財化鬼財休覓   伝財化鬼は財を求めてはいけない。
28.伝鬼化財銭険危   伝鬼化財もまた財は安泰ではない。
29.眷属豊盈居狭宅   眷属豊盈は居宅は狭いものである。
30.屋宅寛広致人哀   屋宅が広いばかりで人が少ないのは哀れである。
31.三伝逓生人挙荐   三伝逓生は任官昇進する。
32.三伝互剋衆人欺   三伝互剋は衆人を欺く。
33.有始無終難変易   始無終と難変易というのがある。
             (私訳:始めがあって終わりがないのは変化に乏しい)
34.苦去甘来楽里悲   苦去甘来と楽里悲というのがある。
             (私訳:苦去甘来は楽しみの中に悲しみあり)
35.人宅受脱倶招盗   人宅脱を受けるは、盗難を招く。
36.干支皆敗勢傾頽   干支皆敗は、日に日に衰退していく。
37.末助初兮三等論   末助初兮には三つあり、どれも同じように考える。
38.閉口卦体両般推   閉口封体は両般を推す。
39.太陽照武宜擒賊   太陽が玄武を照らせば、賊を捕まえるのによい。
40.后合占婚豈用媒   天后六合があれば、婚姻には仲人は必要ない。
41.富貴干支逢禄馬   富貴は干支が禄馬に逢う場合である。
42.尊崇伝内遇三奇   尊崇は三伝に三奇があるときである。
43.害貴訟直作屈断   貴人を害するときは訴訟ごとは理が通らない。
44.課伝倶貴転無依   課伝ともに貴人があるのはかえって依るところなし。
45.昼夜貴加求両貴   昼夜貴人に加えて両貴を求める。
46.貴人差迭事参差   貴人差迭は、事はいろいろである。
47.貴雖在獄宜臨干   貴人が辰戌にあっても干に臨むのはよい。
48.鬼乗天乙乃神祇   日鬼が貴人であるのは神仏に関することである。
49.両貴受剋難干貴   両貴が剋を受けるのは干貴は難しい。
50.二貴皆空虚喜期   二貴が皆空であるのは、虚喜が期待される。
51.魁度天門関隔定   魁度天門は関隔が定まる。
52.罡塞鬼戸任謀為   罡塞鬼戸は謀をなすを任ずる。
53.両蛇夾墓凶難免   両蛇夾墓は凶は免れない。
54.虎視逢虎力難施   虎視逢虎は手の施しようがない。
55.所謀多拙逢羅網   策略がまずいのは、天羅地網に逢うときである。
56.天網自裏己招非   天網自裏は、自分に災いを招く。
57.費有余而得不足   費余りあって、得るのに足りない。
58.用破身心無所帰   用が身心を破るのは、帰するところなし。
59.華蓋覆日人昏晦   華蓋が日を覆うのは、占う人がわかっていない。
60.太陽射宅屋光輝   太陽が家を照らすのは、家屋は光輝く。
61.干乗墓虎無占病   干に墓、白虎に乗る課は、病の占ではよくない。
62.支乗墓虎有伏屍   支に墓、白虎に乗る課は、家に死体が隠れている。
63.彼此全傷防両損   干上、支上から日干支が傷つくのは、自分も相手も損をする。
64.夫婦蕪淫各有私   夫婦蕪淫は、それぞれに秘密のことがある。
65.干墓開関人宅廃   干墓開関は、人宅ともにすたれる。
66.支墳財並旅程稽   支墳財並は、先行きが不調である。
67.受虎剋神為病証   白虎が剋する神を病証とする。
68.制鬼之位乃良医   鬼を制する位の神を良医とする。
69.虎乗遁鬼殃非浅   虎乗遁鬼は災いが浅くない。
70.鬼臨三四訟災随   三四課が日鬼なら、訴訟、災いがつきものである。
71.病符剋宅全家患   病符が宅を剋すなら、家中が患う。
72.喪吊全逢掛縞衣   喪吊全逢ならば親戚に不幸がある。
73.前後逼迫難進退   前後逼迫は何もできない状態である。
74.空空如也事休迨   三伝に空が連なるのは、事は消滅してしまう。
75.賓主不投刑在上   客と主の仲が悪いのは刑が上にあるときである。
76.彼此猜忌害相随   相手と自分が疑心暗鬼になるのは六害であるときである。
77.互生倶生凡事益   互生倶生は大体においてよい。
78.互旺皆旺坐謀宜   互旺皆旺は坐して謀をするのによい。
79.干支値絶凡謀決   干支上神が絶であるのは謀に結論が出る。
80.人宅皆死各衰羸   干支上神が死であるのは衰退していく。
81.伝墓入墓分憎愛   伝墓入墓はいい場合と悪い場合がある。
82.不行伝者考初時   中末伝が空亡のときは、初伝で判断する。
83.万事喜欣三六合   三六合は大体においてよい。
84.合中犯殺蜜中砒   合中殺を犯すは蜜の中に毒があるようなものである。
85.初遭夾克不由己   初伝が夾克にあうのは、自分のよるところではない。
86.将逢内戦所謀危   将が内戦にあうのは謀が危ういところとなる。
87.人宅坐墓甘招晦   人宅坐墓は甘んじて曖昧を招く。
88.干支乗墓各昏迷   干支墓に乗るはそれぞれ不透明である。
89.任信丁馬須言動   任信丁馬は言動があきらかになる。
90.来去倶空豈動宜   来去倶空はどうして動いてよいであろうか。
91.虎臨干鬼凶速速   白虎が干鬼に臨むは凶がすぐに来る。
92.龍加生気吉遅遅   青龍が生気を受けるのは吉が遅い。
93.妄用三伝災福異   みだりに三伝を用いれば、災いと福は異なる。
94.喜懼空亡乃妙機   空亡がよい場合と悪い場合は微妙な判断が必要。
95.六爻現卦防其剋   六神とその剋を見極めて防がなければならない。
96.旬内空亡逐類推   旬内の空亡は類推を追え。
97.専筮不入仍憑類   専ら筮に入らなければ、およそ類に頼る。
98.分占現類勿言之   分占現類は、これを言うなかれ。
99.常流不応逢吉象   吉象であったとしても必ずしも当てはまらないこともある。
100.已災凶逃反無疑  既に災凶であれば反って逃れられること疑いなし。




「畢法賦」百条解説

1.前後引従升遷吉
 前後というのは、前の十二支と後ろの十二支のことです。引とは初伝にくること、従とは末伝にくることをいいます。ではここでいう前後とは何の前後かといえば、干上神または支上神の前後です。ここで注意しておくと、前というのは次ということ、後ろというのはいわゆる直前のことです。例えば、子丑寅の場合、寅が丑の前、子が丑の後ということになります。
 例でいえば、庚辰日で干上神(一課)が丑の場合、三伝は寅未子となります。初伝は寅、末伝は子です。すると、初伝寅は干上神丑の前で、末伝子は丑の後の十二支です。このような場合を、前後引従といいます。
 賦には、干上神の前後引従の場合(例のような場合)は就職や昇進によく、支上神の前後引従は転居によいとされています。
 ではなぜそうなるかというのは、全部の課式を検討せねばなりませんので、ここでは省略します。

2.首尾相見始終宜
 首尾というのは、旬首と旬尾のことです。旬首、旬尾については、中国占術の基礎知識を参照してください。
 相見というのは、干上神と支上神、すなわち一課と三課にあることをいいます。
 この句では「始終宜」となっていますが、必ずしもそうでもないようです。単純にこの句をあてはめるのではなく、課式をよくみて吉凶を分析することが不可欠です。
 例えば、乙丑日で干上神が子の場合、支上神は酉です。乙丑日は甲子旬に属しますから、旬首は子、旬尾は酉であり、この句に当てはまります。

3.簾幕貴人高甲第
 簾幕貴人というのは、昼に占った場合の夜貴人、夜に占った場合の昼貴人のことです。この簾幕貴人が干上神や年命などに来ると、試験に上位で合格するとされます。
 ちなみに簾幕というのは、すだれ、垂れ幕という意味ですが、ここでは科挙の試験場の意味だと思われます。
 韋千里の占卜講義の就職試験占いの例で、己未日で干上神が子である課式があります。この場合夜占いですので、貴人は申ですが、簾幕貴人すなわち昼貴人は子であり、まさに干上神にあたります。ただし、この例では必ずしも上位で合格というわけではなかったようです。結果的には就職できたようですが。

4.催官使者赴官期
 催官使者というのは、六親が官鬼で十二天将が白虎である支をいいます。この催官使者が干上神や年命に来ると就職や転職、昇進など職をうつることになるという意味です。
 例えば、癸卯日で干上神が戌で昼占いの場合は、干上神戌が官鬼で白虎となります。
 官鬼というのは官職を意味し、白虎というのは果断とか交通とかの象意がありますから、まさに急な転職を意味します。ただ、象意のとりようによっては、犯罪における傷害や殺人の意味にもなりますが、、、

5.六陽数足須公用
 日干支四課三伝とも陽支である場合をいいます。この場合、公のことを占うのには吉、私事を占うのは凶とされています。
 この場合も単純にみるのではなく、日干支四課三伝年命などの関係をよくみきわめて判断すべきです。

6.六陰相継尽昏迷
 日干支四課三伝とも陰支である場合をいいます。この場合は、秘密、陰謀などによく、公事のことはよくないとされます。また、物事が表面化せず、はっきりしない課式です。
 5.と同様、日干支四課三伝年命などの関係をよく見なければなりません。

7.旺禄臨身従妄作
 旺禄とは十二運でいう建禄、帝旺のことで、臨身とは干上神に来るということですから、一見してよさそうな課式に思えます。しかしながら、この句はみだりに動くなと警告しているわけです。
 この条件に当てはまる課式を一つひとつ分析していくと、必ずしもいい課式ばかりとはいえないようです。旺禄が干上神にあるからといって、単純には喜べないよ、とこの句は言っているように思います。

8.権摂不正禄臨支
 権とは権力、摂とは代行すること、という意味があります。日干の建禄が支上神にあるのが、どうして権摂が正しくないといえるのでしょうか?
 注釈書をみると、日支というのは相手、他人であり、禄というのはまあ職業、権限、あるいは自分の生活の糧を表していると考えます。つまり自分の権限が他人のところにあるというわけで、自分が権限をふるえないという解釈ができ、権摂不正ということになるわけです。
 この句を言葉どおり単純にあてはめるのは危険で、よくよく課式を見極めるべきでしょう。

9.避難逃生須棄旧
 避難逃生とは、三伝がみな空亡、子孫、官鬼、墓、凶神であって、四課にひとつだけ長生あるいは父母(四柱推命でいう印ですな)があるときのことをいいます。つまり、悪いことばかりだけど少しだけ救いがある、そんな課式です。このような場合には古いことは棄ててしまえ、とこの句では言っています。まあ、古いことを棄てた方がいいかはよく見極めなければなりませんが、この後に付いている兵占断語には、「四面受敵、亦有無敵之処」とあります。悪いことばかりと思っても、救いの目はまだある、ぐらいの意味でしょうか。完全に絶望する必要はないというのが、避難逃生です。
 例えば、甲子日で干上神が子の場合、三伝は戌申午ですが、戌は空亡、申は官鬼、午は子孫(脱気)であり、いずれも凶です。二課は戌、三課も戌、四課は申で同じですが、一課は子でこれは父母で、日干を生じます。日干としては、一課に頼るしかない状態ですね。このような状態を避難逃生といいます。

10.朽木難雕別作為
 庚辛または申の上に卯が来るのを斫輪課(シャクリンカと読めばいいのかな?)といいますが、その課のうち卯が空亡であるのを朽木難雕といいます。まあイメージとしては、使い物にならない木材という感じでしょうか。そのときは事を起こしてはならないということです。
 例えば、丁丑日で干上神が寅の場合、三課が申、四課が卯で、卯が申の上に来ますから斫輪課となります。さらに卯が空亡ですから、このような課式を朽木難雕というわけです。

11.衆鬼雖彰全不畏
 三伝がすべて日鬼(日干の官鬼)があったり、干上神や支上神などに日鬼があったりなど、日鬼が四課三伝に多い場合でも、日干を生じたり、官鬼を制する神があれば、恐れる必要はないということです。
 例えば、己丑日で干上神が申の場合、三伝は寅卯辰で方局をなし、木剋土で日干を剋しますが、末伝の辰は土で比和となりますし、干上神の申は夜貴人で木を制しますので、一方的に日干がやられっぱなしというわけでもありません。もちろん、凶意はないわけではないですが、救いもあるわけです。

12.雖憂狐借虎威儀
 「虎の威を借る狐」というわけですが、狐は日干、虎は日支を指します。つまり、日干が干上神や三伝などから剋されたり洩らされたりした場合、その剋したり洩らしたりする神を日支が制するような課式をいいます。
 例えば、丁未日で干上神が子である場合、子は官鬼ですが、未土が子を制する働きをします。この場合未は丁を洩らす働きよりは、夏の土用ですから、むしろ丁を支える作用があります。

13.鬼賊当時無恐忌
 鬼賊というのは、日干の官鬼にあたる五行をさします。また当時とは季節に旺じることをいいます。ですから、この文意は、季節に旺じた五行は忌み恐れる必要はないということです。しかし、この句の解説によると、この場合の鬼賊は、三伝が三合または方局を成している必要があります。すなわち春に占って三伝が寅卯辰とか亥卯未とかになっている場合です。さらに注があり、春の場合はいいが、時間がたち秋冬になると気が弱くなり、かえって災いを招くとあります。すなわち、この課式が出たら、その占的は早く解決するのがよく、長引くのはよくありません。
 例えば、戊子日で干上が午の場合、三伝は寅卯辰となり、木局となりますが、季節が春であれば、木局によって悪いということはありません。

14.伝財太旺返財欠
 13と似ていますが、今度は三伝が官鬼ではなく財のときです。このときは、財が強すぎで日干が弱すぎるのでかえって財に不足するということです。これは財がないというよりも、散財という意味が大きいように私は思います。四柱推命でいう「財多身弱」のようなものです。
 例えば、戊申日で干上神が丑の場合、三伝は子申辰で水局をなします。占って季節が秋冬であれば、財が強すぎます。占った季節が土用であれば、日干が強く財が強いのですから、財気があるといえます。

15.脱上逢脱防虚詐
 脱上とは日干上神が日干を洩らすことをいいます。脱に逢うとは、二通りあって、その干上神の十二天将が干上神を洩らす場合と、日干がさらに四課三伝に洩らされる場合があります。いずれにしても日干が弱くなりますので、気力がなく、また自分を見失いがちで、人にだまされやすくなります。日干を洩らす五行を盗気といいますが、まさに盗みなどにも注意が必要です。
 例えば、庚子日で干上神が子の場合、夜貴人は青龍となります。青龍は木神ですから、金生水、水生木の脱上逢脱という関係になります。

16.空上乗空事莫追
 空上乗空とは、干上神が空亡で十二天将が天空の場合をいいます。これは占う事象が全くの虚構であるということです。虚構ですから吉事には悪く凶事にはいいことになります。事を追うなかれというのは全くそのとおりです。
 例えば、戊子日で干上神が未で昼占いのときには、未は天空となります。

17.進茹空亡宜退歩
 進茹空亡とは、三伝の支が続いて順に並んでおり、初伝と中伝が空亡である場合をいいます。
 例えば、甲午日においては、辰巳が空亡となりますが、干上神が卯の場合、三伝は辰巳午と順に続きます。この場合初伝と中伝は空亡ですから、このような場合を進茹空亡というわけです。
 このような場合は物事を進めても無駄になります。

18.踏脚空亡進用宜
 踏脚空亡(脚踏空亡)とは、三伝の支が逆に並んでおり、初伝と中伝が空亡である場合をいいます。
 例えば丙午日で干上神が辰の場合は、三伝が卯寅丑で寅卯空亡ですから、これにあたります。
 このような場合には物事を進めて、新しいことにチャレンジするのがよい、保守的になってはいけないとあります。

19.胎財生気妻懐孕
 胎とはいわゆる十二運の胎のことです。これが財である場合は戊己日の子、庚辛日の卯、壬癸日の午しかありません。それが生気である場合とは、月内生気のことで、戊己日の場合は寅月、庚辛日の場合巳月、壬癸日の場合申月です。この場合には、妻が妊娠しているし、妊娠占いでは吉となります。
 以上は陽生陰死を考えない場合です。陽生陰死の十二運をとれば異なります。

20.胎財死気損胎推
 19と同様です。月内死気とは、戊己日の場合は申月、庚辛日の場合は亥月、壬癸日の場合は寅月となります。この場合には妊娠占いにおいては凶と判断されます。

21.交車相合交関利
 交車とは、一課と三課の関係をいいます。一課と三課が合の関係であれば、交渉はスムーズに運びます。一課は自己の表象、三課は相手の表象ですから、一課と三課が合であるというのは、(少なくとも表向きは)うまくいくことになります。
 ただし、この句の注には、合だけでなく、一課と三課の一般的な関係について説明されています。生や合はいいのですが、刑、冲、害といった関係ではうまくいきません。

22.上下皆合両心斉
 上下皆合とは干、支および干上神、支上神のお互いが合であることをいいます。このような課式は伏吟課しかないのですが、干と支、干と干上神、支と支上神、干上神と支上神(すなわち一課と三課)のうち3つでも合の関係にあれば、この句にあてはまるとします。この条件であれば必ずしも伏吟課だけでなくても成立します。
 この課の場合、自分自身とそれが表に出たもの、および相手自身と相手の表に出たものの関係がよいのですから、裏表のないいい関係ということになります。

23.彼求我事支伝干
 支伝干というのは、初伝が支上神で末伝が干上神のことをいいます。三伝とは事の経緯を示します。初伝が支上神ということは、きっかけ相手に起きたことを意味し、末伝は干上神、すなわち自分のことです。類推すると、相手が自分に対して何かをしようとしている、転じて相手が必要であれば自分を求めるということになるかと思います。

24.我求彼事干伝支
 ちょうど23.の逆になります。

25.金日逢丁凶禍動
 庚辛日に占って三伝の遁干に丁がある場合をいいます。丁はかまどの火であり、金を溶かしたり玉を割ったりします。丙は太陽ですから、同じ火剋金の関係ですが、丙が金を剋す作用はそれほど激しくありません。
 例えば、庚辰日で干上神が未の場合、末伝は丁丑となり、「金日丁に逢う」ということになります。

26.水日逢丁財動之
 壬癸日に占って三伝の遁干に丁がある場合をいいます。25.と同じ考え方です。訳ではあえて妻財と書きましたが、結婚のことを占えば財の意味よりは妻の意味にとる場合が多くなるでしょう。
 例えば、癸亥日で干上神が亥の場合、中伝が丁巳になりますから、「水日丁に逢う」ということです。

27.伝財化鬼財休覓
 伝財化鬼というのは、三伝が三合で財の局となっており、しかも干上神に官鬼が乗じていることをいいます。財は官鬼を生じ、官鬼は日干すなわち自分を弱めますから、財が巡りめぐって自分を弱めるということで、追い求めてはいけないということになります。
 例えば、辛卯日で干上神が午の場合は、三伝は未卯亥で木局となります。木は財であり、干上神の午を生じます。干上神の午は官鬼であるため、日干辛をさらに弱めます。
 また、私見ですが、干上神ではなく、支上神が官鬼の場合も当てはまると考えていいと思います。

28.伝鬼化財銭険危
 伝鬼化財というのは、27.と逆ですが、注によると、三伝が三合で官鬼の局となっており、その中に財があるものをいうとあります。注の中の例でいうと、例えば丙子日で干上神が丑の場合、三伝は申辰子となり水局しますから、官鬼の局となっています。その中で初伝は申金でこれは単独では財となります。このような場合は財が「不安穏」ということなのですが、いまひとつ理解に苦しみます。あっさりと27.と同じ考え方でよいのではと思うのですが、、、。
 「畢法補談」には「生鬼化財は仔細を推せ」とあり、単純に考えてはいけないと言っているようではあります。ただし、この句の注に伝鬼化財格があり、畢法賦と同じような注があるのですが。
 この句に関してはまだまだいろいろと書きたいのですが、先へ進みましょう。

29.眷属豊盈居狭宅
 眷属豊盈とは家族が多いという意味ですが、ここでは三伝が三合で父母の局となっており、日支が官鬼の場合をいいます。官鬼は父母を生じますから、すなわち日支が三伝を生じ、さらに三伝が日干を生じるという関係になります。日干は人、日支は宅というのが六壬の常識(?)ですから、日支が洩らされるということは日支が弱くなる、すなわち家が狭いということになろうかと思います。日干が間接的に強められるので、家が狭いということは決して悪いことではありません。
 例えば、甲申日で干上神が午の場合、三伝は辰申子で水局です。日支は申金で、金生水、水生木と日干を強めることになります。

30.屋宅寛広致人哀
 屋宅寛広とは家が広いという意味ですが、わかるとおり29.の逆になります。すなわち三伝が三合で子孫の局となり、日支が財となります。このような課式では日干は洩らされ分けられで当然弱くなります。逆に日支は日干に剋されますが、三伝に生じられるため強くなります。つまり宅が広い、相手が強い、自分が弱いということになり、あまりよくない課です。
 例えば甲辰日で干上神が戌の場合、三伝が戌午寅で火局となります。

31.三伝逓生人挙荐
 三伝逓生というのは、注によると二通りあります。初伝が中伝を生じ、中伝が末伝を生じ、さらに末伝が日干を生じる場合と、末伝が中伝を生じ、中伝が初伝を生じ、さらに初伝が日干を生じる場合です。いずれにせよ、日干が生じられるところがみそで、昇進あるいはそれに類する喜びがあるとします。
 例えば、辛酉日で干上神が寅の場合、三伝は寅午戌ですから、寅木が午火を生じ、午火が戌土を生じ、戌土が辛金を生ずるという構図です。

32.三伝互剋衆人欺
 31.の生が剋に変わった場合をいいます。自らが剋されるのですから、あまりいいことはありません。訳文は衆人を欺くとしましたが、衆人欺くとしたほうがいいかもしれません。(つまりだまされるということ)  例えば、丙子日で干上神が子の場合、三伝は子未寅ですから、末伝から日干へ剋の関係が連なっています。

33.有始無終難変易
 注釈によると、有始無終というのは、初伝が長生で末伝が墓のことであり、難変易というのは、初伝が墓で末伝が長生のことだとあります。初伝が長生で末伝が墓の場合は、始めはよいが終わりは悪く、初伝が墓で末伝が長生というのは、始めがわるいが終わりはよい、と書かれています。この解釈からすると、「有に始まり無に終わる。難は易に変わる。」と読むのでしょう。確かに三伝が長生の場合はよく墓の場合は悪いというのは六壬で普通の考え方なので、この句がそういう意味かは別として、注の内容自体は理解できます。
 しかし、私はこの句の解釈にちょっと違う考え方を持っています。「有始無終、難変易」は「始めありて終わりなきは、変易し難し」と読むのではないかと思っています。これまでの句は始めの4文字で課式を表し、後の3文字でその象意を示していますから、その伝にならえば、「有始無終、難変易」は2つの課式の並列とは思えないのですが、、、。では「有始無終」とはどういう課式か?私見ですが、長生で始まって長生で終わる場合や、長生で始まって沐浴で終わるとかが考えられますが、まだこれという解釈は思いつきません。ただ、初伝と末伝の十二支に変化が見られない場合は、事態の変化がないという考え方は普通です。
 ここでは、はずかしながら自説を述べてみました。

34.苦去甘来楽里悲
 注釈によると、苦去甘来というのは、末伝が中伝を生じ、中伝が初伝を生じ、初伝が日干を剋す場合をいい、また楽里悲というのは、初伝が中伝を剋し、中伝が末伝を剋し、末伝が日干を剋す場合をいうように書いています。この場合は、前者は始めは悪く後でよくなり、後者は始めはいいが後でわるい、という解釈になります。
 この句についても、私はこれも前の句と同様で、「苦去甘来」が課式、「楽里悲」がその象意だと思っています。ただ「苦去甘来」がどういう課式なのかは研究不足で今のところわかりません。ちなみに「楽里悲」の里とは裏、裡と同じ意味で、場所という意味です。ちょっとした中国語の解説をしてみました。

35.人宅受脱倶招盗
 六壬で人といえば日干、宅といえば日支です。脱は洩らすことで、ここでは干上神や支上神が日干、日支を洩らす課式をいいます。人と家から気を洩らされるということは、まさに盗まれるということですが、占的によっては応用が必要です。注釈には、病気占いのときは、費用がかかったり、衰弱したりすると解釈しなさいとあります。
 例えば辛丑日で申が干上神の場合は、支上神は亥となり、支上神が日干を洩らし、干上神が日支を洩らす関係になっています。

36.干支皆敗勢傾頽
 敗というのは、四柱推命でいう沐浴にあたります。すなわち、木行の敗は子、火行の敗は卯、金行の敗は午、水行の敗は酉であり、土行の場合は卯と酉になります。その他の考え方は35.と同様です。
 例えば、丙申日で卯が干上神の場合、午が支上神になります。卯は丙火の敗で午は申金の敗ということになります。

37.末助初兮三等論
 注によると助というのはここでは生のことです。「末助初兮」とは末伝が初伝を生じることで、三つというのは初伝と日干の関係によって分けられています。①初伝が日干を生じる場合と、②初伝が日干を剋する場合、③初伝が日干に剋される場合(つまり初伝が財)の3つです。
 ①の場合は初伝は日干を生じますが、末伝は日干を剋することになります。②の場合は末伝は日干の財になります。③の場合は日干は末伝に洩らされます。いずれの場合も日干は末伝に弱められることになり、末伝の強さがキーポイントとなります。すなわちこのことが「等論」だというわけです。この場合は年命や季節などと末伝との関係をみる必要があります。
 例えば、癸亥日で干上神が卯の場合は、三伝は丑卯巳ですが、巳が丑を生じ丑は日干を剋しますから、巳に着目する必要があります。ただし、この例では丑は空亡ですから、日干を弱める作用は若干弱くなります。

38.閉口卦体両般推
 閉口課というのは、3つのパターンがあります。①旬尾が旬首の上にあって初伝となっている場合、②旬首の上の神が玄武で初伝となっている場合、③旬首が玄武になっている場合、です。課経にはなぜ閉口というか説明がされてますが、いまいち理解できてません。「両般推」というのも、課経にはごちゃごちゃ説明していますが、これまたいまいちわかりません。課経の解説の折に解明したいと思います。  ちなみに閉口課というのは「上下朦朧」の象といわれ、ものごとがよくわからない、行き詰まるという課です。
 例えば、丁巳日で干上神が辰の場合、三伝は亥申巳です。丁巳日の旬首は寅で旬尾は亥です。亥は寅の上神で初伝となってますから、閉口課ということになります。
 また、丁酉日で干上神が辰で夜占の場合、午が玄武で旬首でしかも初伝になりますから、閉口課となります。

39.太陽照武宜擒賊
 太陽とは月将のことです。太陽が玄武を照らすとは、月将の上神に玄武が乗ずることをいいます。玄武には盗賊の象意があり、それを太陽が照らすということですから、賊を捕らえるによろしいという意味そのままです。さらに注釈には、この占いは昼占いがよく、また月将に空亡や天空があってもそれは雲のないことなので、ますますよろしいと書いてあります。
 例えば、辛丑日で干上神が申であって1月の昼占いであれば、月将は丑、月将上神は亥で玄武がつきます。
 しかし、盗賊を占うことはごくまれでしょうから、この句の使い道は少ないでしょう。

40.后合占婚豈用媒
 結婚占いで天后と六合が干上神と支上神にある場合は、すでに結婚前から情を通じているという意味です。ただし、空亡がついている場合は、結婚しない可能性が高くなります。結婚占いにおいて、天后、六合、あるいは三合支合は非常に重要です。さらに行年や年命も重視します。

41.富貴干支逢禄馬
 注釈に従うと、干上に駅馬があり支上に干禄(建禄、臨官のこと)があるのを富貴卦といい、君子が占ってそれに官が加わればすばらしく、小人が占うと病気や訴訟は凶で、転居したりするとあります。駅馬というのは動きが激しいという象意がありますから、転居したりするというのはまあわかります。
 課経でいう富貴課というのは貴人が旺相して初伝にあり、さらに行年に気がある場合をいいますので、ここでいう富貴卦とちがいます。「畢法賦精注評解」によると、この句は課経でいう栄華課にあたるということですが、栄華課の条件としては、年命に貴人がついて、さらに駅馬か干禄か貴人が発用でなければなりません。
 また、ついでですが、四柱推命でいう禄馬とはたいてい財官(喜神)のことをいいます。
 注釈にしたがって例を挙げると、丙寅日で干上神が申の場合支上神は巳ですから、ここでいう富貴卦にあたります。また初伝は申で、もし占う人の年命が貴人であれば、栄華課ということができます。

42.尊崇伝内遇三奇
 普通三奇といえば、乙丙丁または甲戊庚です。これが三伝にあるときをいいます。この場合の遁干法には二つあり、遁旬中の干と遁五子元建之法を使うということです。遁旬中の干というのは、いわゆる六旬の干を使う方法で通常使う遁干法です。遁五子元建之法というのは、五鼠遁日のことで日干から時支に干を割り当てるのと同じようなやりかたをとります。例えば、辛巳日の場合、辛巳は甲戌旬ですから遁旬中の干を使えば、戌の遁干が甲で申酉は空亡となります。五鼠遁日の場合は、辛日の子時は戊で、戌時も戊となりますから、戌の遁干は戊となります。この場合は空亡はありません。
 尊崇というのは、尊敬崇拝されることで、君子が占えば吉ですが、小人が占っても吉とまではいかないが、災いを小さくするとされます。
 例えば、辛巳日で干上神が午の場合、三伝は午寅戌となり、遁干は壬戊甲となりますが、五鼠遁日による遁干は甲庚戊となり、三奇になってます。

43.害貴訟直作屈断
 訳の通りです。以下しばらく貴人関係の句が続きます。ここでいう貴人というのは、昼占でも夜貴人、夜占でも昼貴人、すなわち簾幕貴人をみるということです。それらが、剋されたり墓になったり、刑冲破害を受けたりしたら訴訟ごとはよくありません。もちろん、訴訟ごととなると、官鬼や朱雀(文書を示す)など、総合的に判断する必要があります。

44.課伝倶貴転無依
 ここが「畢法賦」の面白いところですが、四課三伝に貴人(簾幕貴人も含めて)が多いのはかえって貴でもないし、事は結論が出ないということです。まあいってみれば訴訟ならば役人、裁判官が多くてなかなかいい判断がでないようなものです。
 普通、貴人というと吉神の最たるもので、たいていの六壬の本にはそう書いてありますが、多すぎると役に立たないと書いてある六壬の本は少ないと思います。
 例ですが、丁酉日で干上神が酉の場合、支上神は亥、三伝は酉亥丑となります。この課では昼貴人が亥で夜貴人が酉ですから、干上神、支上神、初伝、中伝、および二課に貴人がついています。

45.昼夜貴加求両貴
 「昼夜貴加」とは天盤と地盤に昼貴人と夜貴人がくることです。「求両貴」というのは、二人の貴人がやってきて物事を解決する、と注釈にあります。また、貴人に会おうとしてもその貴人には会えない象であります。こちらから求めるといないが、待っていると干渉してくるということでしょうか。
 例えば丁亥日で干上神が巳の場合、支上神は酉です。丁の昼貴人は亥で夜貴人は酉ですから、天盤酉、地盤亥はちょうどどちらも貴人となっています。

46.貴人差迭事参差
 「貴人差迭」とは、昼貴人の地盤支が夜で、夜貴人の地盤支が昼であることですが、この場合は事が一つに収まらないということです。実はこのような課式は非常に多く、これだけで判断するのは危険で、他の条件もよくみなければなりません。
 例えば、戊子日で干上神が酉の場合、戊の昼貴人は丑、夜貴人は未です。丑の地盤支は酉で夜、未の地盤支は卯で夜となります。

47.貴雖在獄宜臨干
 訳にもあるように、獄とは辰戌のことです。ただし日支が辰戌の場合は除きます。「在獄」とは地盤支が辰戌ということです。「臨干」とは、干の寄宮が辰戌ということで、これは乙辛にあたります。すなわち、乙日の辰と辛日の戌の場合は貴人が一課につくことになりますから、貴人が身に添うということでいいわけです。
 逆にその場合以外は、貴人の地盤支が辰戌であることはよくありません。もちろん辰戌は貴人にはなりません。

48.鬼乗天乙乃神祇
 訳のとおりで、注釈には、例えば病気占いでは、必ず神仏が害をなす、もし支上神にあれば家で祀っている神像の障りで、お祭りをすれば咎はない、とあります。
 貴人は神仏の象意もありますから、そこからこういう結論が出てくるわけです。私はまあ割と信心深い方で、神仏の祟りなどもあると思っているので、別に違和感はないのですが、こういう句は信じられないという人もいるでしょうね。
 ただ、この課が出たからお祭りすればよいというのはあまりにナイーブで、現実的かつ合理的な対応を講じるのが先決だと思います。つまり病気占いであれば、まずは医者にいって適切な治療を受けた上で、先祖供養などすればよいと思いますが、世の中には医者に行かず、ただ先祖供養をすればいいなどという人もいるので困ったものですが。

49.両貴受剋難干貴
 両貴というのは、昼貴人と夜貴人で、剋を受けるというのは、地盤から剋されることを意味します。注釈によると、いわゆる甲戊庚の三奇の日にはこのような場合がありません。貴人が剋されるのですから、貴人による助力は得られないという解釈なわけです。
 例えば、辛亥日で干上神が辰の場合は、昼貴人は寅で申地にあり、夜貴人は午で子が地盤支ですから、いずれも地盤支から剋されることになります。

50.二貴皆空虚喜期
 二貴というのも、昼貴人と夜貴人で、空というのは貴人自身が空亡である場合と、貴人の地盤支が空亡であることも含むと考えます。(いわゆる落陥)
 注釈によれば、何かいい知らせがあっても実現しない、旬が変われば初めて望みが出てくる、とあります。
 虚喜とそのまま訳しましたが、まあぬか喜びとでも訳すべきかと思います。
 ここまででようやく半分が終わりました。

51.魁度天門関隔定
 魁とは天魁で戌のこと、天門とは亥のことで、度は渡るで、亥の上神が戌で発用となることです。関は閉じる、隔とは隔てることで、阻害される意味になります。戌土が亥水を剋すわけで、天門を制することになりますから、このような解釈となったのでしょう。
 私見ですが、このような課式でもその他の条件をよく見る必要があると思います。(だいたいにおいて悪いとは思いますが)
 例をあげると、己亥日で干上神が午の場合は、支上神が戌で初伝となります。

52.罡塞鬼戸任謀為
 罡とは天罡で辰のこと、鬼戸とは寅のことで、塞とは塞ぐで上にくることです。つまり辰の地盤が寅である場合で、月将が占時の2つ先である場合です。注釈には必ずしも辰や寅が三伝に出てくる必要はないとあります。このような場合は謀を為すのによく、また祈祷、弔問、お見舞いなどによいと注釈にあります。これも他の条件をよくみて判断する必要があります。

53.両蛇夾墓凶難免
 丙日で干上神が戌の場合を両蛇夾墓といいます。なぜなら、丙日の墓は戌であり、戌は昼占でも夜占でも[トウ]蛇が付きます。しかも丙の寄宮は巳ですからこれも蛇です。で、この課式は悪いと断じています。
 もとより[トウ]蛇は凶神ですし、日墓というのも大六壬では悪い神殺で、日干を洩らしていますから、基本的にいいことはありません。

54.虎視逢虎力難施
 これはちょっと注釈がないとわかりません。ここでいう虎とは寅ではなく、白虎のことです。さらにややこしいのは、虎視というのが、昴星課で陰日の場合をいいます。昴というのは西方すなわち酉の方位であり、五行は金で、白虎は金に属しますから、酉がすなわち虎なのです。ややこしいですね。で昴星課においては陰日は酉の下、地盤支を初伝にしますから、酉が初伝を見下ろす形です。これを虎視といいます。
 しかし、課経において虎視(転蓬)格というのは、昴星課の陽日のことをいいますから、ちょっと混乱しますね。
 で、さらに虎に逢うというのは、白虎が三伝にあることをいいます。このような場合は、事を進めるのは難しいということです。ただし、隠密裏にやるとか、他日を期すのはいいかもしれません。虎視眈々というべきでしょうか。
 例えば、丁亥日で干上神が戌の場合は、昴星法で酉の地盤支午が初伝となります。夜占ですと、寅が白虎になり、末伝に来ますから、この句に当てはまります。

55.所謀多拙逢羅網
 注釈によると、ここでいう天羅地網に逢うとは、干上神や支上神の次の支が干上神や支上神に来ることをいいます。辰、戌を天羅地網ということが多いのですが、ここでは違います。
 例えば、癸未日の場合、癸の寄宮は丑でその次の支は寅です。未の次の支は申ですから、癸未日の干上神が寅か申の場合をいいます。
 ただ、このような場合も、天羅地網が空亡にあったり、制せられたりすれば、凶意は少なくなります。

56.天網自裏己招非
 これまた注釈によると、天網自裏というのは、干上神が墓であって、占われる人の本命もまた墓であることをいうそうです。このような課の場合は、命運は衰え災いを招くといわれます。六壬において墓は凶神で、一課と本命についているわけですから、自分に凶災がふりかかるというのはわかります。
 例えば、甲日で干上神が未で本命も未の場合がそれにあたります。このような課式は多いですから、この条件に当てはまったら慎重に判断すべきでしょう。

57.費有余而得不足
 これは課式の状態を示している句だと思います。費というのは、日干を洩らすことであり、得というのは日干を生じることだと会すればよいでしょう。つまりこの句の示している状態とは、洩らすものが多く生じるものが少ないため、日干の気が弱くなる状態を示しているということになります。  注釈によれば、このような場合は銭財を失うことになるとあります。

58.用破身心無所帰
 用破身心を字句どおりに読めば、初伝が日干を破ることとなります。しかし、注釈によると、初伝が財であってその地盤支から剋される場合をいうとありますが、これだと干上神が財のときはほとんどこの句に当てはまってしまいます。
 私は、この句は前の句と同じように、この句は課式の状態を示していると考えています。すなわち、用破身心とは発用(初伝)が日干を冲破したり、壊されたりすることであり、無所帰とは中伝、末伝が空亡だったり落陥だったり天空だったりすることではないかと。
 ただ、無所帰は無所依と書いてあるテキストもありますので、もしそうであれば字面どおり頼りになるものがないという意味か、日干を助けたり生じたりするものがないという意味かと思います。

59.華蓋覆日人昏晦
 華蓋というのは、神殺の一種で、日支の三合会局の五行(四行だが)の墓にあたります。例えば、申子辰の場合は辰、亥卯未の場合は未です。この華蓋が干上神であるとき、さらにそれが初伝であれば、占われる人ははっきりしない、事情がよくわかっていない、という意味です。私見では、これもよく課式の他の条件を見なければならないと思います。ただ、この句に当てはまる場合は干上神が日干の墓であることが多く、これは基本的にはよくありません。

60.太陽射宅屋光輝
 太陽というのは月将のことです。課式の構造に書いたように、月将とは天球における太陽の方向だからです。宅とは日支のことですから、太陽が家を照らすというのは、支上神に月将がつくということです。これは、家宅占いでは吉とされます。さらに貴人や太歳がつくとさらによいと注釈にはあります。ただし、注釈にはさらに、我に不利で他人に利があるとあります。なぜなら、日支は占う対象であり、相手だからです。
 例えば、乙卯日で支上神が子で月将が子のときは、この句に当てはまりますが、占時が卯になりますから、昼占いとなり十二天将は勾陳ですから、よさは少し劣ります。これが夜占いだと貴人になって、さらにいいのですが。

61.干乗墓虎無占病
 干上神に墓、白虎がついている場合はとくに病気占いでは悪いという句です。私思うに、さらに三伝(とくに末伝)にあったりするのはとくに悪いと考えます。白虎は金の神であり、流血の象意もありますので、悪いといえます。注釈には白虎だけでなく、{トウ}蛇も悪いとありますが、{トウ}蛇も代表的な凶神ですから、やはり悪いといえるでしょう。

62.支乗墓虎有伏屍
 支上神に墓、白虎がついている場合は、家が墓であるというのですから、死体が隠れているというわけです。もちろん文字どおりにとってはいけません。家宅占いではよくないという意味です。
 注釈によると、この場合の墓は日干の墓と日支の墓があるようです。さらに、61と同様、{トウ}蛇も悪いとあります。
 例えば、乙日で支上神が未であって夜占いならば、未は日墓で白虎になり、この句にあてはまります。

63.彼此全傷防両損
 日干支がそれぞれの上神から剋されるのは、占いの当事者もその占的も傷つき損をするという、文字通りの意味でいいと思います。しかし、剋されるということは官鬼ということですから、一概に悪いと断ずるのはこれだけでは言えないと思います。十二天将や三伝をあわせて考える必要があります。

64.夫婦蕪淫各有私
 蕪淫課というのは、課経には二つの場合があります。一つは、干上神が日支を剋し支上神が日干を剋す場合。もう一つは四課が3つの支で構成されている、つまり二課と三課または一課と四課が同じ場合です。注釈によると、この句の場合は前者です。結婚、恋愛占いの場合は、それぞれが秘密をもち、またうまくいっていないことを表します。その以外の場合でもそれに準じて判断すればいいでしょう。

65.干墓開関人宅廃
 原文ではわかりにくいのですが、関とは四季の関神のことで、春は丑、夏は辰、秋は未、冬は戌で、前の季節の土用にあたります。これが日墓で発用であるときのことをいいます。干上神にあれば占われる人がすたれるし、支上神にあれば家がすたれると判断します。
 例えば丁卯日で干上神が寅の場合、戌が支上神になります。そして初伝は戌となります。もしこれが冬の占いであれば、戌は関神で日墓ですから、この句にあてはまります。

66.支墳財並旅程稽
 日支の墓が財である場合は、物事が不調であるということです。その支が発用にある場合はとくに悪いとされています。 墓というのは必ず土支ですから、この場合は日干は必ず木行、すなわち甲乙ということになります。
 例えば、甲午日で干上神が戌の場合は、戌が支墓で財となり、初伝となります。

67.受虎剋神為病証
 訳のとおりです。注釈をそのまま訳すと、
 金神に白虎が乗じるのは、肝経の病で、肺は治るが肝は治らない。
 木神に白虎が乗じるのは、脾経の病で、肝は治るが脾は治らない。
 水神に白虎が乗じるのは、心経の病で、腎は治るが心は治らない。
 火神に白虎が乗じるのは、肺経の病で、心は治るが肺は治らない。
 土神に白虎が乗じるのは、腎経の病で、脾は治るが腎は治らない。
 とくに白虎が日干を剋す場合にその病証である場合が多いと注にありますが、理論的には白虎が日支または三課を剋す場合の方がより当てはまると考えます。
 ただ、病証はこの方法だけでなく、三伝とくに初伝、中伝によっても判断する方法があります。
 病占に関しては、六壬ではよく研究されていて、その見方にはいろいろな方法があります。

68.制鬼之位乃良医
 制鬼というのは、日干の官鬼を剋す支ですから、子孫ということになります。注釈にはそれに貴人が乗ずればなおよいとあります。しかし、子孫というのは日干を洩らすものですから、病人は消耗する意味もありますから、単純によいとはいえません。日干が強い場合で、また病気を剋す形になっていれば、その支が良医といえるのではないかと思います。このあたりは、他の条件をよく見ながら判断する必要があります。
 医神を定める方法は他にもありますが、ここでは省略します。

69.虎乗遁鬼殃非浅
 虎乗遁鬼というのは、白虎の支の遁干が官鬼である場合をいいます。この句の注はかなり厳しく、この場合は、その凶災は取り除くことができず、たとえ空亡であっても救うことができない、とありますが、遁干が官鬼ということは空亡でないということですから、何か矛盾しているような。しかしながら、このような場合は凶であるのは確かで、三伝とくに末伝にあるのはよくないといえます。
 例えば、甲子日で干上神が戌の場合、中伝は午で夜占いの場合は白虎がつきます。ところで、午の遁干は庚で官鬼にあたりますから、これだけみれば事態の推移は非常に良くないと判断できます。この場合、午は日干を洩らすのでやはりよくありません。

70.鬼臨三四訟災随
 鬼臨三四とは、三課と四課が官鬼であることをいいます。つまり日干が三課と四課から剋されるわけですから、占的あるいは相手から自分がやられるわけで、一般的にはよくないと判断します。注釈によると、この場合は、徳を修め、正道を行くならば凶は軽い、空亡であれば傷つくのを免れるとあります。
 例えば、甲戌日で干上神が丑の場合、三課は申、四課は酉となるので、この課にあてはまります。ただし、申酉は空亡ですから、凶意はあまりありませんし、昼占いの場合は、太陰と天后ですから、凶とはいえません。(空亡ですから吉意もあまりないといえます)

71.病符剋宅全家患
 病符というのは、一般に日支のひとつ前の支をいいます。例えば日支が子であれば病符は亥、日支が丑であれば病符は子です。しかし、病符にはもうひとつあり、この句の注釈のように、病符というのは毎年の旧太歳であるとあり、つまり年支から出すものがあります。よく考えてみると日支のひとつ前が宅すなわち日支を剋すというのは、日支が亥の場合しかありえませんから、この場合は、注釈のとおり、年支からの病符と考えた方がいいでしょう。
 ただ、この句のように前年の支が影響するとは、私には少し疑問です。白虎や{トウ}蛇のついた支が宅すなわち日支を剋した方がこの句の結論、つまり家人がみな患う、というのに合うように思います。

72.喪吊全逢掛縞衣
 喪というのは、喪門で太歳の二つ先の支をいい、吊というのは、吊客(吊陰)で太歳の二つ前の支をいいます。つまり子年ならば、喪門は寅、吊客は戌となります。この二つの支が干上と支上にあるのを全逢といっています。縞衣は葬式のときに着る服のことですので、訳としては親戚に不幸があるとしました。
 例えば、丁卯日で干上神が卯の場合、支上神は亥で、太歳が丑年の場合は、この句にあてはまります。
 注釈にはその他に、占う人の行年の上に本命上神が乗れば、この年は必ず親戚と死別するとあります。こう解釈する理由はよくわかりません。

73.前後逼迫難進退
 前後逼迫とは、三伝が皆空亡だったり官鬼だったり子孫だったりする場合で、このような場合は進むに進めず、退くに退けずという状態であるということです。一般的には連珠課(三伝が子丑寅というような続きになっている場合)の場合をいうようです。このような場合は日干の強弱をよくみて判断する必要がありますが、注釈には軽挙妄動は慎むようにとあります。
 例えば、壬寅日で干上神が子の場合、三伝は辰巳午で辰巳は空亡でありますし、午は落陥(地盤が空亡)です。さらに三伝の前の支である寅は子孫で、先の支である未は官鬼ですから、なおさら前後に進めない状況です。

74.空空如也事休迨
 これも前の句と同じような場合で、空空とは三伝に空亡や天空が連なるということです。この場合は事は無に帰すため、病占では病気が治るか、あるいは本人が死ぬか、いずれにしても病気が消滅してしまう、願望占では事が成就しない、というような判断となります。一概に凶ともいえず、占的や他の条件を総合的に判断しなければなりません。

75.賓主不投刑在上
 注釈によると、刑が上にあるときとは、四課が刑で構成されている課式のことです。
 刑には自刑、互刑、朋刑の三種類がありますから、次の3つの場合があります。
 一字刑といい四課が自刑すなわち辰酉午亥の4つの支の2つで構成されている場合、二字刑といい干上神と支上神が互刑すなわち子卯の場合、三字刑といい三伝が朋刑すなわち寅申巳か丑未戌の場合をいいます。
 これらの場合は自分と相手は意気投合せず、お互いに違った考えをもっていることを示唆します。さらに、それぞれの刑の象意、すなわち互刑は礼儀に欠ける、寅申巳は恩義に欠ける、丑未戌は勢いに頼む、自刑は傷つけあう、という意味が表れてくるとされます。

76.彼此猜忌害相随
 注釈によると干支、干上神、支上神、干支の天地盤支、三伝の相互に(必ずしも全部でなくてよい)六害があるのは、自分と相手との間に猜疑心が生じ、凶将がつけば悪く、吉将がつけば始め悪く後によくなるということです。十二支関係の吉凶にも書きましたが、物事の障害を意味し、凶意は刑や剋に劣りますので、そこまで悪くなるわけではありません。この句のいうように一課と三課が害であれば、コミュニケーションの悪さ等が考えられます。

77.互生倶生凡事益
 互生とは干上神が日支を、支上神が日干を生じる場合で、倶生とは干上神が日干を、支上神が日支を生じる場合です。前者の場合は自分と相手が相互に助け合うわけだし、後者の場合はそれぞれが有益であるため、大体においてよいわけです。

78.互旺皆旺坐謀宜
 77.は生の場合でしたが、この句で旺というのは助、すなわち兄弟であることです。このような場合はすわってよく策略をめぐらすのによいとされます。何か新規に活動をはじめるのはよくないと注釈にあります。旺なのになぜ活動してはいけないのでしょうか。六壬粋言には「旺神主客並詳推」とあり、これは課式をよく見ろということですが、この方が妥当でしょう。活動してだめかどうかは、他の条件を勘案する必要があります。
 ただ、以下は漠然と私思うに、兄弟が多いということは、財を剋すことで、だいたいにおいて人の活動には金がかかりますから、活動することで財を失うということになるのかもしれません。

79.干支値絶凡謀決
 干上神と支上神が絶であるのは、物事に結論が出て終わる、という全く文字通りの意味です。絶というのは十二運において人生の最後の最後であり、またそれが過ぎれば次の人生の芽が出るというときですから、このような解釈となるわけです。物事に結論がでる、あるいは終わるというのは吉事なら凶ですし、凶事なら吉ということになります。病気占いでは多くは治るとされますが、本人が死ぬ場合もあるわけで、このへんは他の条件もよく考えなければなりません。
 例えば、甲寅日で干上神が申の場合は、返吟課であり、干上神支上神とも申であり絶となります。

80.人宅皆死各衰羸
 羸という字は難しい字で、意味は負けるとか弱るとかいう意味です。(亡日月羊凡の五文字を組み合わせた字、中国語に詳しい人ならすぐにわかるはずです)
 79.が絶であったのに対し、80.は死である場合です。死には文字通り死ぬという意味もありますし、物事が静穏で動かない状態を示す場合もあります。病気占の場合は死ぬことになりますし、その他の占いでも発展が阻害され物事が停滞することになります。死の次は墓ですから、停滞するばかりでなく衰退していくのは時間の問題です。
 例えば、庚申日で干上神が子の場合は、支上神も子となり、この句に当てはまります。

81.伝墓入墓分憎愛
 伝墓入墓とは初伝の支の墓が中伝になり、さらに末伝が中伝の天盤にあたる(別責や八専などの特殊な課を除けば普通はそうなる)場合をいいます。さらに注釈には、初伝が財、禄、長生、官星などの場合は悪く、日鬼や盗気の場合はよいとあります。私なりに解釈すると、墓に入るということは、79.の絶と同じように吉事凶事ともに収まるということなのでしょう。しかし、剋とか冲とかならいざ知らず、初伝の墓まで気にする必要があるのかな、という気はしています。
 例えば、辛未日で干上神が卯の場合は、三伝は巳戌卯となります。初伝巳は火行で、火行の墓は戌、中伝ですから、伝墓入墓にあたります。

82.不行伝者考初時
 不行伝者とは、訳のとおり中伝末伝が空亡の場合をいいます。このような場合は、近々のことなら初伝で判断し、先々のことは成就しない、人を捜すなら近くを捜せとあります。いずれにしても空亡の場合は、吉意凶意ともに減じられるので、初伝がかぎというのはうなずけます。
 一般の課式においては、中伝が空亡の場合は末伝は落陥になりますから、このような場合も含めてもいいかもしれません。

83.万事喜欣三六合
 三六合というのは、注釈によると、三伝が三合会局であって、そのうちの旺の十二支が干上神あるいは支上神と六合である場合をいいます。このような場合は仮に三合が官鬼の局になっても(例えば三伝が木局で日干が戊己の場合とか)とがめられることはない、とあります。しかし、「畢法賦精註詳解」には憂疑事、占病は凶とあります。合というのはしばり合うことで、三合というのは事態の進展が遅いので、このような解釈となるのだと思います。
 例えば壬寅日で干上神が未の場合は、三伝は戌午寅で三合となり、干上神の未と午は合しますから、この課にあてはまります。

84.合中犯殺蜜中砒
 83.は六合でしたが、この句の場合は旺の十二支が干上神や支上神と冲、刑、害の場合を指します。このような場合は、よさそうに見えて騙される、恩を仇で返す、などのことがあるとされます。注釈には「笑裏有刀」とあります。笑顔で寄って来て突然ばっさり斬られる、という感じでしょうか。

85.初遭夾克不由己
 初遇夾克とは、初伝が日干や干上神から剋を受け、さらに乗じる十二天将からも剋を受けることをいいます。日干から剋されるとそれは財ですが、このような場合は財が自分のために使えないとか、財を自分が使わなくてよいとか、そういうことになるということです。
 例えば、甲申日で干上神が辰の場合は、初伝は辰で十二天将は六合です。辰は日干から剋されます。さらに、六合は吉神ですが木神ですから初伝を剋します。このような場合を初遭夾克といいます。

86.将逢内戦所謀危
 将逢内戦とは、十二天将がついている支に剋され、その支が地盤支にさらに剋されていることをいいます。とくに発用の十二天将に着目します。戦というのは下が上を剋すことをいいます。このような場合は、その十二天将の象意をよくみて判断しなければなりませんが、謀には不利、内に憂いあり、とされます。一般に支がその乗ずる十二天将を剋すのはよくありません。
 例えば、癸巳日で干上神が辰の場合、初伝は申で六合がつきます。六合は木神で申金に剋されます。申の地盤支は巳ですから、申も剋されます。これを「方剋神、神剋将」といいます。

87.人宅坐墓甘招晦
 人宅坐墓とは、日干支の地盤支がそれぞれの墓である場合をいいます。甘招晦とは、注釈をみてもはっきりしませんが、どうも自分のせいで災いを招いてもそれを曖昧にしておきたい、という意味のようです。人宅坐墓ですから、自分だけでなく相手もそうしたいということです。  例えば、壬申日で干上神が午の場合、壬の寄宮亥の地盤は辰で壬の墓で、申の地盤は丑で金行の墓にあたります。

88.干支乗墓各昏迷
 干支乗墓とは、干上神と支上神がそれぞれ日干支の墓にあたる場合をいいます。この場合は、自分も相手も不透明というかよくわかってないということです。
 ところで、気がついた人も多いと思いますが、87にしろ、88にしろ、日支が日干を生ずる関係になるのが普通です。(わずかの例外あり)つまり、このような場合は多くは日干の方が相手から利益を受ける場合が多く、全く悪いというわけではありません。
 例えば、壬申日で干上神が辰の場合、支上神は丑です。辰は水行の墓ですし、丑は申金の墓になります。

89.任信丁馬須言動
 任信とは伏吟課のことです。任とは伏吟課で陽日の場合、信とは陰日の場合のことをいいます。伏吟課というのは天盤地盤が同じですから、動きがないと判断するのが普通ですが、三伝に丁や駅馬、天馬がつくと動きがあるということです。須言動とは、意味がはっきりしませんが、「必静而求動」とありますので、謀を隠して行動を起こすということでしょうか。
 とにかく、丁、駅馬、天馬があれば、伏吟課だから物事を隠しておく、動きがないという判断を下してはいけないということでしょう。
 丁が付く場合というのは結構あります。伏吟課の場合、三伝は刑や冲で構成されますから、基本的にはあまりいいことはありません。

90.来去倶空豈動宜
 来去というのは返吟課のことです。倶空とは三伝が空亡であることをいいます。返吟課の場合、賊剋法の場合、初伝が空亡なら中伝は落陥末伝は空亡です。返吟課は上下相冲ですから、当然動きが激しいことを示すのが普通ですが、空亡の場合は動いてはいけないし、仮に動きがあってもその実はなく無駄な動きということになります。また吉凶ともに空虚という判断ができます。

91.虎臨干鬼凶速速
 官鬼に白虎がついて三伝にあるのは凶で、しかもすぐに凶事が起きるということです。ただし、空亡であったり、天盤地盤から剋されていたりすれば、凶意は減じられます。
 例えば、甲子日で干上神が子の場合、夜占いであれば中伝が申で白虎となります。しかし、この申は落陥(つまり初伝は空亡)であり、さらに陰神(末伝)の午から剋されるので、凶意はかなり減じられると考えていいでしょう。

92.龍加生気吉遅遅
 生気とは、月内生気のことです。寅月は子、卯月は丑、辰月は寅、と順に布していきます。青龍のついた支が生気の場合は、徐々に発福するということです。
 例えば、丙午日で干上神が寅の場合、寅に青龍が乗じますが、これが辰月の占いであれば、青龍に生気がつくということで、この句にあてはまります。

93.妄用三伝災福異
 注釈によると、どうやら、三伝の取り方を間違えると結果は合わないよ、という意味のようです。注釈の例では、辛酉日で干上神が亥の場合、辛の寄宮が戌なので、戌土が亥水を剋すから亥を初伝にとる、というような取り方をしてはいけないとあります。三伝をとる場合は辛はあくまで金ですから、剋関係ではありません。この課の場合は、四課が亥であり、結果的には亥が初伝となりますが、一課からではなく四課が発用ということになります。
 三伝の取り方はきちんと覚えなさいということでしょう。

94.喜懼空亡乃妙機
 空亡というのは大六壬で非常に重要であるし、またその判断も微妙です。
 一般的に吉神に空亡は悪く、凶神に空亡はよいです。
 地盤支が空亡の場合を落陥といったり落空(落底空亡)といったりします。また天盤支が空亡の場合を遊行空亡といいます。これらの場合も吉凶が減じられますし、その支との相互関係を十分に検討する必要があります。
 ただし、注釈には落底空亡の場合は、その吉凶は「有十分」とありますが、やはりいくらかその効果は減殺されるように思います。

95.六爻現卦防其剋
 注釈をそのまま訳した方がわかると思いますので、そのまま訳します。
 財が課伝にあらわれた場合は、父母の心配がある。
 父母が課伝にあらわれた場合は、子息の心配がある。
 子孫が課伝にあらわれた場合は、官事の心配がある。
 官鬼が課伝にあらわれた場合は、自分や兄弟の心配がある。
 兄弟が課伝にあらわれた場合は、財産や妻の心配がある。

96.旬内空亡逐類推
 空亡の六親が何かをみて、その六親の象意に関することは実現しないということです。
 例えば甲子日の場合は、戌亥が空亡ですが、戌は財、亥は父母ですから、これらが課伝に表れた場合、財や父母は期待できないということになります。

97.専筮不入仍憑類
 注釈を読んでも意味がわからないのですが、「畢法賦精註詳解」によればこれは類神三才法のことだということです。類神三才法とは、類神を頼って三伝を出し判断する方法です。秦瑞生著の「大六壬預測学」にその方法が載っています。そこにある例を挙げると、丁巳日で干上神は寅の場合、婦女の事を判断したくても天后である戌は課伝に出てきません。その場合、戌の陰神巳、およびさらにその陰神子をもって、戌巳子を三伝と同じように扱い、判断するという方法です。
 この方法は、結構使いますし、便利です。

98.分占現類勿言之
 端的にいえば、同じ課式をみても、占う人や占う目的を考えて物を言え、ということでしょう。
 畢法賦にある結論をそのまま使ってはだめで、必ず占的、本人、環境など総合的に判断する必要があります。そこが術者の力量の問われるところでもあります。

99.常流不応逢吉象
 この句の注釈では、吉神があってもそれは君子であってこそ成り立つのであって、一般庶民(常)にはあてはまらず、かえって悪い場合もある、と書かれています。
 これに対して、「畢法賦精註詳解」の著者、秦瑞生は、すでに厳格な身分制度はなくなり、社会的地位は求めれば得られるようになってきている、この句のいう「常」はすでに意味がないのではないか、と言っています。この意見に私も賛成で、大六壬に限らず、古書をうのみにするのではなく、そこから現代的な解釈が必要だと思います。
 この句の場合も、「常」ではなく「小人」(つまらない人物)であれば、現代でも当てはまるでしょう。

100.已災凶逃反無疑
 この言い方も極端ですが、すでに災い、凶事の真っ最中にいるときに、課式に凶神(注釈にある例としては、喪魂、魄化、天禍、天寇、伏殃、天獄、天網など)がついたとしても、場合によってはその災凶が消えてしまうということがあるということです。これ以上悪くなりようがないという災いや凶事の真っ最中であれば、凶神があればかえってその災凶の底を脱するということもあります。
 99.と100.は、課式が良くても必ずしも喜ぶことばかりではないし、課式が悪くても必ずしも悲観的になることもない、と言っているように、私には思えます。




あとがき

 このページにとりかかってすでに半年以上たちますが、ようやく終わりました。
 実を言うと、これを機に、再度「畢法賦」をじっくり読み直そうと思い立って、このページを作成したわけで、このページを作りながら、私自身復習というか、かなり勉強しました。そして、勉強を進めていくうちに、私の訳文や理解に誤りがあったことに気がつきましたし、逆に、どうも納得がいかないと思うこともずいぶん見つかりました。そういう意味で、このページの作成は、皆さんに公開すること以上に、自分のためになったと思います。(だから、このページは誰にも読まれなくても私自身は非常に満足しています)先日読んだ『伸ばす社長つぶす社長』(安田佳生著)という本の中に、「アウトプットすることが最もいい勉強になる」と書かれていましたが、まさにそれを実感しているところです。
 読み返して、またつくづく思ったのは、これら百条を直接あてはめるのではなく、この百条の言っていること、あるいは着眼点を学ぶべきであるということです。そもそも百条ぐらいでは、六壬の課式の全てを網羅することはできないでしょう。
 このページの作成にあたっては、「畢法賦精註詳解」にずいぶんお世話になりましたし、また「六壬粋言」やその他の六壬の本も、疑問のたびに引っ張り出しては確認するということで、多くの本を読むことになりました。古典をひもとくという作業は実際のところ簡単ではないのです。ですから、なかなか増えませんが、なにとぞご容赦のほどを。
 


   作成   2008年 5月19日
   改訂   2017年10月15日  HTML5への対応

このページのトップに戻る