星命説証


はじめに

 七政四餘にもとづく占例集として、霍敏卿の『星命説証』をとりあげます。これは清代に書かれたものです。
 「星命」というのは、七政と四柱推命のことであり、七政と四柱推命(子平)を組み合わせて看命する、いわゆる「星平会海」であり、その見方の実例集というべき書です。
 命式と星図から生年月日を割り出していますが、その生年月日はいわゆる西暦であり、農暦ではありません。
 星図については、原図を尊重していますが、明らかな間違いについては私の計算に基づき修正しています。初度を0度と表記することにします。すなわち、度数は0度から29度ということになります。
 また、計都と羅[ゴウ]は現代の七政星術とは逆になっています。原文のまま修正はしていません。このことについては「番外編」にそのあたりの事情を書いています。
 そのあと、原文訳と解説とを並べていますが、原文そのものは省略し、さらに原文訳についてはかなりはしょって記載しています。その点、ご了承ください。
 また、解説の中で、私なりの四柱推命からの読み解きも時折添えていますので参考になれば幸いです。
 まずは、前段の「星首入首要訣」からとりあげます。前文についても、原文はあげず訳文のみを記します。




星命入首要訣

 一.看命は、まず『子評』、『三命通会』や『滴天髄』等の書を看る。ある場合は『子評』により財官印綬を取り、あるときは『三命通会』で風雲雨露を取り、あるときは『滴天髄』により気勢機権を取る。そして用神とする。
 まずは、七政よりも先に四柱推命で看命しろと言っています。『子評』というのはおそらく『淵海子平』のことだと思います。ここで面白いのは『淵海子平』は変通星、『三命通会』は調候、『滴天髄』は気の強弱の書と見ていることです。
 一.四柱八字は60年で一周し、また同じに戻る。ただ七政は諸星が、退、留、伏、逆、遅、速、盈、縮などもとより同じでなく、二十八宿との位置関係もさらに違う。必ず十一曜の吊照(位置関係)がどうなっているかを審察して、そのあと禍福の状態を判断する。紫微斗数や演禽数など算命については、七政を用いるには及ばない。
 演禽数は二十八宿などを使う占術の一つですが、私は全然勉強していませんので、他のHPを参照してください。
 一.七政を看るには、まず『果老星宗』『五星集腋』を見よ。ただそれは度主を論じており、改めて宮主を論じることですなわちその主旨を得る。さらに『乾元秘旨』は所論が簡単明快で、また参考にするとよい。
 一.『果老星宗』の末編に「鄭氏星案」「杜氏星案」が引用されているものがあるが、ともに採用しない。一つはそれが度主を重んじているためであり、二つにはその示すところが広すぎて、照拱絡(この言葉については後述)の妙が見られないからである。
 一.宮主を論ずるに、度主はどのくらい重要か?『果老星宗』『五星集腋』をひもとくと、ともに度主を重んじ宮主はこれに次ぐ。宮主とは即ち府州である。度主は即ち県である。県は民においてきわめて近いが、県は必ず府州の命令を受けて政治を行うものである。県は主ではなくまた主にもなりえない。どうしてそれを主とできようか。また生時を太陽に加えて卯に至ってあるのを命とし、そして財、兄、宅、男等の宮を配する。仮に命宮の度主をもってすれば、すなわち財、兄、宅、男等、、また太陽の度に絡を取るべきで、まさにこれは財、兄、宅、男等の主である。私が命理をやって三十余年、親戚や友人の命を多く看たが、宮主を用いて吉凶を断ずるに少しも誤りなく、度主を用いて吉凶を断ずるとともに当たらず、またその財、兄、宅、男等もまた宮主を用いて度主を用いず。それで、「宮主を重きとなし、度主はこれに次ぐ」とする。もし吉星と度主が属する場合は、ただ錦上添花(良いことを加える)となし、得られない場合は雪中送炭(悪いことを憐れむ)とする。
 一.『乾元秘旨』にいう、神殺は道理がなく、故に多くは録らず、ただ神殺はことごとく捨てられるものではない。玉堂、天乙、天厨諸吉神、大耗、小耗、的殺、三刑、陽刃、天狗、白虎、天雄、官符、浮沈諸凶神のようなものは採用する。
 一.八字を体となし、五星を用となす。運を体となし、限を用となす。八字と十一曜を得て両方とも美なる者は上格とし、運限もまたよければ、まさに凶災なし。例えば両干不雑、天元一気、会局一方、類聚一方、日禄帰時で無官殺、寒木寒金が丙丁を得れば用神とする、夏金が水を得れば用神とする、あるいは独財独殺、あるいは純殺無官、月令正官印綬双官等の格、これらは八字の美である。もし立命が玉堂天乙に坐す、命主が天乙玉堂の地に入る、天官が命宮命主を拱照する、太陽が命宮命主と対照する、拱照もまた可、あるいは正財、或いは天官が命宿に纏ずる、あるいは命主が日に近く太陽が命に纏ずる、或いは太陽の近くの吉星が、命宮主に串照拱絡となる、あるいは日月が命宮命主を拱夾する、禄福文官が命宮命主を拱夾する、或いは禄福、あるいは日月が命主を引従する、あるいは諸星が命宮命主を環夾し、命主がその中にいる などは、各曜の美である。八字の場合は、扶抑が適当な運ならば運がよい。行限に刃限なく、劫殺難なければ、これはよい行限である。八字は真の用神が得られれば美であり、星曜は総じて天乙玉堂が命宮命主にあって、さらに吉星が命宮命主を拱夾して作用があり、命主が太陽に従うを輔すれば美である。必ず星局を主宰とし、その吉凶を判断し、八字によって貴賎の苗を知ることができ、星局でその貴賎の実を知って決するのである。
 訳がうまくありませんが、だいたいはわかると思います。七政に関する専門用語が出てきますが、その説明は後で述べられますが、「纏ずる」は説明が出てきませんので、ここで説明します。
 「纏」の意味は元々は「まとわりつく」という意味で、星曜や神殺が宮や宿、星曜の場所に居ることを指すように使われています。しかし、おそらく「躔」と音が同じですので、「躔」の誤記とまでは言えないにしても、それに近いものでしょう。というのは、「躔」というのは天体の位置や星座のことで、他書では通常は「躔」を使っており、文意からして同じような使われ方をしているからです。「躔」は「足で踏む」という意味が元々の意味ですから、まあ似たような感じといえばいえるでしょう。
 一.十一曜は天に広がり行ったり来たり循環しその運行は止まらず、雲霧の気は万物を化生し、人はその間に生まれて、吉の気を得るものは吉となり、凶の気を得るものは凶となる。形局を看るには、ただ気が最も察するべきものである。もし五曜が太陽を環り、四餘が月を抱けば、それは吉局である。命主が吉星に化し日に近く、あるいは命主と日が最も近く関会すれば、あるいは吉星が日を得て纏ずれば、しかして命主とこの吉星が親しくその形気を拱串すればまさに吉である。またもし冬で寒ければ火羅が夾するのがよく、水孛が夾するのはよくない。夏で暑ければ水孛が夾するのがよく、火羅が夾するのは悪いというようなものである。これがすなわち気というものである。ただ吉凶は日に纏ずるとか日に近いとか、そして命を拱するものはその力がさらに倍になる。
 一.諸星が升殿するとき、餘奴が削ぐのはよくない。その流年の餘奴がさらに升殿の宿限を冲したり削いたり(原文の字は産にりっとう)してはならず、そうでなければ災咎が多い。例えば木星が奎宿に升殿している場合、流年で紫気が未井宿や、丑斗宿や辰角宿にいて冲削してはいけないということである。もし餘奴が升殿の吉星に係れば、その削を怕れることはなく、政度行をなすだけである。もし木星が升殿して、流気が天官で、井奎斗角宿に行き、辛年であれば、すなわち功名を得ることができる。その他もこれにならう。
 「削」という概念の説明が難しいのですが、まあ力(吉作用)を削ぐという感じでしょうか。基本的に五星と同一五行の四餘がともに同じ四宿にあるというのはよくありませんが、吉星さえあればいいので、あまり強い凶作用ということではないと言えるでしょう。
 一.同じ時の生まれでも、その吉凶に差があるのは、世徳が異なったり、生まれや生活の環境の差によるものである。
 一.妻と財は同一の局であり、子と官は同一の局である。ある場合は妻を傷つけると断じるが、破財にして妻を傷つけない場合は、必ず財宮に大耗や劫殺がある、あるいは計、羅、孛、水が財垣を守り、妻星が強宮に入ったり、月令に旺じていたりする場合である。ゆえに財は破れやすく、妻は傷つけがたい。官と子も同様に考えればよい。もし四柱の日支が年月時支に冲刑されていれば、その妻を傷つけるのを防ぐによろしい。時支が年月日に冲刑されていれば多くは子供がいないことを心配した方がよい。あるいは妻宮や男宮に三刑大耗が坐し、妻位が孤辰寡宿宮、男位に天狗があったり、あるいは妻男星が陥となる宮に入ったり、例えば火星が妻男星で、火星が水垣に入り水星が火垣に入るという水火互纏のような場合には、またその妻を剋し子を損なうことが心配である。四柱の劫旺で、また妻を傷つけたり、二つの官が強くまた子を損なうというように、諸星が互いに剋しあうのを最も恐れるのである。
 わかると思いますが、上の話は男性の場合で、女性はまた別の見方をしなければなりません。念のため、妻男宮とあるのは夫妻宮と男女宮(子女宮)のことです。
 一.月孛が男宮を守る場合には、月孛が天官財吉星に化する場合でもそうはみなさず、殺梟凶星を抑えるが、おそらくは子供がなく、子供ができても不肖の子となり、家系を辱める者があるとする。計都が男宮を守るのは、晩年子女が少ないものである。火星羅[ゴウ]が男宮を守るのは、多くは賢良の子が生まれる。ただ女命の場合、もし計都が男宮を守り、もし本命宮が貴地に坐する場合や命主が貴郷に起き入る場合には、一人の富貴の子を生み生涯を送る。
 一.子を得る年や財を得る年、名誉を得る年などは、もし運が男宮に入るなら多くは子を得る。運が財宮に入るなら多くは財を得る。運が官禄宮に入るなら、昇進する。例えば、立命巳宮なら、丑宮が男宮になるが、中年丑運に行く場合に適する。辰宮は財宮であるが、辰運に行けば適する。申は官禄宮で申運に行けば適するというようなものである。見方としては易しく、他の状況と併せて見ればよい。
 一.四柱に多く凶星があるのはよくない。例えば子年生まれの人は劫殺が巳にあるが、立命や四柱に多く巳があるのはよくない。吉星は多くあるのが最もよい。例えば癸壬年生まれの人は巳が玉堂天乙貴であるし、あるいは官魁文星が巳宮にあり、四柱にまた巳が多いのがよく、立命が巳宮であればもっとも吉である。凶星とは劫殺だけでなく、的殺や陽刃、三刑、白虎、官符、浮沈もまた凶星である。
 一.四餘星(孛、気、羅、計)は命主とはならない。立命寅なら木星が命主である。立命亥もまた木星が命主であり、寅の場合は木星が命主で、亥の場合は紫気が命主としてはならない。もし木星が秋令に生まれて金星と互いに纏じて、紫気が金の度に飛来すれば、すなわち餘奴が命主を救うと論ずる。木星が升殿し紫気が四木宿上にあれば、すなわち餘奴が主を犯すと論ずる。妻、男、官、福、財、田等の宮が寅にあれば、木が命主となる。亥の場合でも木星であり紫気が主星ではない。立命が申で、羅[ゴウ]紫気が未酉にあれば、また羅が福を掌し、気が禄を掌すると言え、福禄が命宮を夾すると称し、羅気が水を夾すれば、又福禄が命主を夾すると言える。この場合の吉凶はどうかといえば、なお命宮が凶吉の串照を得るかを見て、命星が地を得ているかどうか、さらに吉凶星が関会切照かどうかをみて、吉凶を論ずる。いささかも巳の用が孛で、亥の用が気で、戌の用が羅で、丑の用が計であるという理を考えてはいけない。各奴が主として、五政を主としないのは、推測しても当たらず、誤りは大きい。
 一.立命卯宮は、火を命主とし、戌宮は奴僕でまた火を奴僕の主とする。その吉凶の判断は、命宮が玉堂、天乙、禄元等の吉神に坐しているかどうか、戌宮が刃、虎、大小耗の凶神かどうか、これを見て分別する。土、木、水星等の命主の場合も同じである。
 一.立命が天乙、玉堂に坐すのを吉切となし、禄元、歳駕、殿天厨、文昌に坐すのは次に吉、命主と太陽が互いに纏ずる、あるいは官魁文正財と互いに纏ずる、あるいは諸吉が命主を串ずる、あるいは拱夾有情、吉を得るのは確かである。夾星と拱纏有情であるのは凶はさらに増す。田財男福禄が、命宮と拱夾吊照もまた吉。大小耗、劫殺、刃的が命宮、命主と拱夾照するのは多くは凶、命が天乙、玉堂の地に立ち、命主が日と起去して同宮、同度するのに適うのは、必ず科名富貴を発する。日月が命宮、命主を夾拱する、あるいは官文が夾する、あるいは命宮が貴に坐し、或いは命が貴地から起きる、すなわち貴の根本である。
 一.命主が土星で春冬に生まれ太陽の纏を得て、あるいは土星が日度に纏じて、度がいささか天官の串照、引従、有情を得れば、限が土度に行けば、多くは科甲を発する。もし命土が化殺しても、天官が土に纏ずれば、官が殺と混じるとはいえない。
 一.田、財、男がまた天乙、玉堂、および日月が拱夾すれば美となす。
 一.諸星がことごとく命宮や命主と夾照すれば、ほとんど貴を顕す。その意を留めよく観察するのがよい。例えば、甲申年丁未日、丁亥年丙申日、丁卯年癸丑日、己卯年戊辰日、丁酉年己酉日、丙子年戊辰日の六つの星図例がこれにあたる。
 この六つは後ほどの例で出てきます。
 一.命主が財官印に化するのは、多くは純粋で、命主が帰垣升殿し、あるいは玉堂、天乙の地に入る、あるいは官の郷に入るのは多くは貴、田財福の郷に入るのは多くは富、官文が命宮命主を夾するのは、多くは科名を発し、魁文が夾する、あるいは官魁が夾するのは、官文の妙に如かず。魁星が拱照するのは官文の吉に如かず。例えば甲年、魁星が命に纏ずれば甚だ吉だが、それは甲年は魁星が正財に化するからである。
 一.命主が傷官に化し、格が高ければかえって貴である。ただ生まれつきの性格は驕慢で、大いに咎を招き、多くは風波を免れない。
 一.命主が殺に化し、格が高ければ貴を顕す。ただ生まれつきの性格は豪強であり、もっぱら剛に過ぎてまた多くは風波を免れない。
 一.官禄宮は星の剋があるのはよくない。これは就職や昇進は難しく、仮に就職昇進しても、風波はとうてい免れない。例えば乙卯癸巳日の命は孛が官禄を剋しているが、その命は貴に坐して、貴地から起きて命主が太陽に纏じて日に近く、ゆえにこの命は風波がないのである。
 一.命星が吉で、富貴に当たらない者がいるのは、これを細かく見れば、必ず一星の失陥がある。未だ富貴に当たり命星が不吉な者はない。
 一.財星は羅、計、水、孛が垣を守るのを最も恐れる。もし日、月が財垣を守れば、必ず横財を招く。仮に羅、計に加えて、日、月とが財垣を守れば、かえって大富を集めて発する。日、月が財垣を拱すれば、労せずして財を得てかつ厚い。もし日が財帛の主であって、日が命宮、命主と対照すれば、その財は多く集まり散逸するのは少ない。
 一.命主が双殺、梟劫等の星に化し、天、官、魁、文、財の纏を得るのは吉、命が官、魁、文、財等の吉星に化して、梟殺、双劫等の賎曜を纏ずる、あるいは賎曜に纏ぜられるのはよくない。
 一.立命が寅申巳亥で、孤辰勾神貫索亡神の四凶神にあたり、さらに命宮に三刑や三刑、浮沈を掌する殺がある場合、あるいは四柱に多く四凶神がある場合、非命の死に備えるべく、よくその意を留めて推察するのがよい。非命とは、跌死、溺死、縊死、雷傷死、虎犬蛇による咬死などの類である。もし立命が寅で亥年生まれの人の場合、亥は三刑浮沈で、木が命主で、三刑浮沈を掌する。水の限に行けば溺死する。立命巳で寅年生まれの人は、三刑にあたり、さらに四凶神にあたる。土は飛刃で亥にあって巳宮を照剋する。胃土(宿)に行けば跌死する。これは立命寅申巳亥が四凶神に坐したときである。もし巳酉丑年生まれの人で命が寅で、限が孛に遇い、計が凶神を掌して命限を剋すれば、虎犬の咬死に備える。子午卯酉年生まれの人で命が巳で、限が火羅に逢い凶神を掌して命限を剋すれば、蛇傷死に備える。もし勾貫凶星が命主を夾剋すれば、縊死に備える。身命星が刃にあって木金同度なら、刀兵死を防ぐ。命が夭厄にあり、あるいは天厄星が命を剋すれば、雷傷死を防ぐ。
 寅申巳亥は四長生であり駅馬のつく支ですから、一般に動きが激しいとされます。確かに非命を遂げる可能性は大きいでしょうが、雷に打たれて死ぬなどはめったにありませんから、後半を文字通り捉えてはいけません。
 一.月は身星とする。書にいう、五鬼が身を剋すとついには亡[ルイ][エイ](罪を得て亡くなるの意味か?)、と。例えば未戌年の場合、土が命主で、木月が度を同じくしたとき、どうしてことごとく凶になるだろうか。命宮地殺の如何、土星が失令失陥かどうかを見るのがよい。細かく見ることが必要である。
 一.女命は日、月が命宮を守ったり、命宮を照するのはよくない。あるいは太陽が命宮主を照するのは、必ず男子の志があることで、夫の権威を奪う。孛星が命宮を守るのはよくない。夫を剋し子を害し、性情は厳しく傲慢で、もし刑刃に坐していれば、自縊自刑、および産難病厄であり、咸池桃花に坐すれば多くは淫、最も喜ぶのは夫宮が貴に坐し、夫宮の主星(夫主)が財、田、官、福、貴等の郷に入るのを喜び、夫主が財、田、福、禄、富、貴、男宮が貴地に坐して、男主(男女宮の主星)が財、田、官、福、貴等の郷に起き入れば、嗣子は賢く貴である。その夫子等の星が、財官印吉星に化していればもっとも美であり、立命が貴駕等の吉位に坐するのがよく、刃馬、咸池、桃花等の宮に坐すのはよくない。命主が田、財、官、福、貴等の郷に入るのはよっく、主には夫子の富貴の福を享ける。刃馬、咸池、桃花の地に入るのは良くなく、主には淫賎である。四柱に桃花帯殺を見るのは良くなく、淫賎と決する。例えば、申子辰年で乙木が日元の場合、酉を見るのはよくない。寅午戌年で己土日元の場合は卯を見るのは良くない。亥卯未年で丁火日元の場合は子を見るのは良くない。巳酉丑年で辛金日元の場合は午を見るのは良くない。しかし桃花帯財の場合は吉である。申子辰年で丙日で酉を見るのは帯官でまた吉である。申子辰年で甲日で酉を見るのがこれである。月建が最も重要で日時はこれに次ぐ。あとは男命と同じように論ずる。
 一.日を命主として金水が一宮にあって日を夾する、あるいは金水が日の15度前後にあって、あるは引、あるは従であれば、多く富貴を発する。科挙に上位で合格する人は多くはこの格にあたる。

 以下はすでに表として挙げていますが、参考までにこの書の表も掲げておきます。著者がどんな星を吉凶星として挙げているかを確認するためです。

 一.十天干化曜星例(年干から取る)これは天星である

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天禄・比肩
天暗・比劫
天福・食神
天耗・傷官
天蔭・偏財
天貴・正財
天刑・七殺
天印・正官
天囚・偏印
天権・正印


 一.天官吉凶星例(年干から取る)これは天星である

..
寿元年の納音 例)甲子年は金
文星主入[ハン]
魁星主登科登甲
喜神主喜事生子
科名主登科登甲
嗣星主子息
文昌
文昌主文運亨通
天厨主食庫
天乙主貴人
玉堂主貴人
陽刃主病厄


 一.地支吉凶星例(年支から取る)これは地殺である

..
爵星主爵禄封爵
歳星剣鋒伏屍
主災凶
歳殿吉神
主権威得勢
以歳駕起甲順数、遇生年干是
三刑主刑損
空亡主空損旬空:陽年空陽位、陰年空陰位
浮沈忌坐命剋命主
水厄
天狗忌男官
白虎天雄
忌男官
官符忌坐命剋命


二十八宿所属

 星房虚昴は日に属し、張心危畢は月に属し、翌尾室觜は火に属し、軫箕壁参は水に属し、角斗奎井は木に属し、亢牛婁鬼は金に属し、[テイ]女胃柳は土に属する。

十二地支所属

 午は日となし、未は月となし、巳申は水となし、辰酉は金となし、卯戌は火となし、寅亥は木となし、子丑は土となす。

四餘所属

 一.羅は火の餘奴となし、計はすなわち土の餘奴となし、気はすなわち木の餘奴となし、孛は水の餘奴となす。しかして金には餘は無い。
 一.命主は総じて時を得て地を得、左右に吉神の夾従があるのが吉である。すべからく朝陽し、および太陽との串貫が美とする。吉星との経絡、貫串、填冲、守照、拱夾を貴とする。しかして諸星と互いの相感通して栄枯を判断する。



 経とは四経である。例えば星房虚昴は四日(太陽)の経である。月、木、金、火、水、土のいずれも四つの経がある。天に同じく在れば一気とする。例えば命主が日で角木に経して、吉星が角にあれば、もとより同じ経であるが、それが奎井斗にあっても同じ経とする。あるいは吉星が虚、房、星、昴に纏ずれば、これを通経論という。すなわち吉にして利がないことはない。もし同じ経の星が凶曜であれば、その害に備えるのがよい。



 絡とは、対宮あるいは対度のことである。毎宮第一度は十二宮第一度に通じる。二度、三度、四度もまた同様である。すなわち三合、二弦、六合、対望のことである。
 ちょっとわかりにくいかもしれませんが、例えば、子二度と三合の関係にあるのは、正確には申二度、辰二度です。このことを絡といっています。



 貫とは、命主と吉凶の星が同じ経にいることである。貫吉は吉を得、貫凶は凶を得る。



 串とは、命主と吉凶の星が同じ一度に纏ずることである。すなわち畳度であり、吉凶は最もはっきりと表れる。



 填とは、吉凶が四柱に填実することである。例えば、四柱に子丑があり、吉凶星が子丑の宮位にあることをいう。日支の場合がもっとも切実である。



 冲とは、吉凶星が対宮にあることである。あるは命宮の対宮であり、あるは命のあるところの対宮であり、あるは行限上の対宮である。



 守とは、吉凶星が命宮において守ることである。例えば立命が午の場合に吉凶星が午宮にあることをいう。大限もまた然り。



 釣とは三方に吊照することである。例えば立命が午の場合、吉凶星が寅戌にある場合をいう。



 拱とは三合である。日月が命主を拱ずる、および官福田財を拱ずる、あるいは官福田財が命主を拱ずる。凶星が混雑することがなければ貴である。命宮大限もみな然り。



 夾とは両榜である。あるは一宮に、あるは数宮に、総じて不雑を貴とする。例えば日月が命主を夾ずる、諸吉星が命宮を夾じたり大限を夾じたりするのはみな然り。あるいは、日月が吉星を夾じて命宮、命主を行限の上で照ずる場合もそうである。日月が凶星を夾じたり、凶星が日月を夾じたりするのはよくない。

[ラン]截([ラン]は欄の木へんの替わりに手へん)

 あるは計羅が一星を截出すること、あるは日月が一星が[ラン]出することをいう。必ず吉星を截出することを要し、命と関係するなら吉とする。その吉凶星を截出し、そのうえ命主を[ラン]出すれば、すなわちこの吉凶星は命主と全く経絡貫串していないとしても、かえって命主を以て[ラン]出を関係と同じように見る。また冬生まれの人が、水孛を[ラン]出し、そのうえ火羅を[ラン]出すれば、混雑しているようにみえる。ただし、水孛が官魁科文などであれ、火羅がこれを暖めるならば、その気はまさに揚がる。もし水孛が凶星ならば、かえって強い火炎となる。
 [ラン]も截も遮るという意味で、[ラン]截で遮り止めるという意味になります。ちなみに截は本来は切るという意味です。さて、遮るとはどういうことでしょうか?羅[ゴウ]計都は月の昇交点、降交点ですから、この位置に日月が同時に来ると日食または月食になります。日月のみが重なっても単に新月になるだけですし、日月が反対側にあっても羅計(羅計は必ず対照です)がなければ満月になるだけです。すなわち羅計は食を引き起こす、すなわち日や月の光を遮る天体だと考えられていたため、同様に他の星も[ラン]截(遮り止める)すると考えたわけです。
 また日月が遮るとは、日月の光は強いので、その他の星曜はその光によってかえって遮られるというわけです。
 なお、この文では、[ラン]截を、羅計の場合は截、日月の場合は[ラン]と分けて記載しているようです。

天官

 天官は命主との経絡貫串を取る。また通根にして通根せざる有る者、例えば官が傷官の度を纏ずるとき、命もまた傷官の度を纏ずる場合をいう。あるいは官が他の度を纏じ、正財が命主の度を纏ずる場合、すなわちまた通根せざるして通根するかな。天官が命主を拱照して、また通根するなら、その形気が互いに真であれば、それは通根するとする。(以降の)各図に示す。
 これもわかったようなわからないような文ですが、ここでいう通根というのは、四柱推命における通根ではなく、宿度が同じかもしくは経のことを指すようです。これについては、例を見ながらおいおい明らかにしていきましょう。
 なお、傷官は天耗星、正財は天貴星であり、これも四柱推命でいう変通星ではありません。

恩難仇用

 恩難仇用とはみな五行の理から出ているものである。ただし、恩難は比較的切迫しており、さらに兼ねて見るべきであるが、仇用はさらにゆるく、偏廃をさまたげない。すなわち恩難は時を察して用いるかどうかを要し、あわせてその刃劫の是否を認めて、これを細かく見る必要がある。恩は常に凶がありうるし、難もつねに吉がありうる。またそれは水金の寒さは火羅を恐れないということである。
 日は金水を恩用とし、火羅を難とし、木気もまた難とし、夜日や冬日は火羅を借りて用とする。
 月は金木気を恩用とし、土計を難とする。孟冬の月は火羅を借りて用とし、夏は水孛を借りて用とする。
 木は金を難とし、夏秋は水孛を恩とし、春冬は火羅を用とする。
 火は木気を恩とし、水孛を難とする。仲夏は水孛を借りて用とする。
 土は火羅を恩とし、木気を難とする。仲夏は水孛を借りて用とする。
 金は土計を恩とし、火羅を難とする。夏は水孛を用とし、冬は火羅を用とする。
 水は金を恩とし、土計を難とする。冬は火羅を借りて用とし、あるいは土計を借りて用とする。

立命

 生時をもって太陽の所在の宮に加え、順に数えて卯に至って止める。これが命宮である。

立度

 太陽の纏ずるところの度、量天尺を用いてまっすぐに命宮までたどってそれが命宮の何度になるかをみれば求められる。すなわちいわゆる絡のことであり、(場合によって太陽の)対冲であったり、三合であったり、六合であったり、二弦であったりする。

出童限行大限

 童限は十五年をつかさどるのが平均であるが、それに及ばない場合には10歳ですぐに童限を出るし、過ぎる場合には20歳でやっと出る。これは太陽の過宮の深浅を調べることで、行限の早い遅いを定める。太陽の過宮の3日を一年とみて、30日を十年とみる。みなこのように計算する。もし3日に満たない場合、ただ2日と6時(12時間)であれば10歳と10か月の行限とする。例えば7月1日生まれの場合、数え11歳6月30日が満10歳になるが、さらにそれに10か月を加えて行限とする。すなわち数え12歳5月1日になってやっと相貌宮に入るとするのである。仮にまさに30日に9時(18時間)足りない場合には、19歳と9か月の行限とするのである。もし6月10日生まれならば、数え20歳の6月9日を満として、さらに9か月を加える、すなわち数え21歳3月10日を相貌宮に入る行限とするのである。
一、太陽過宮、および諸星の在るところは欽天監所定量天尺に遵ずるのがよく、および七政通書、或いは七政台暦を準とする。その人の生日を調べ、その日の子時、どの星がどの宮どの度(宿)に至るかを見て、諸星がともに子正刻(午前0時)の場所を調べる。ただ月は1日に13度ほど動くので、約1時(2時間)を1度とすればよい。もし子正刻に月が斗一度にあって、丑時生まれの人は月は斗二度とし、寅時生まれの人は斗三度とし、巳時生まれの人は斗四度とし、午時生まれの人は斗五度とし、未時生まれの人は斗六度とすればよい。日、月、金、木、水、火、土、気、孛、是らは度を順行、宮を逆行するのであり、ただ羅、計の二星のみ宮を順行、度を逆行する。
 最後の方の例で、もし子正刻に月が斗一度にある場合、以下丑時、寅時とありますが、卯辰が抜けています。あえて抜く理由はないと思いますので、巳午未時生まれは誤りでしょう。

行限

 行限について、もし戌宮に行く場合、まず寅午宮を見て、さらに辰上をみて、どんな吉凶の拱照があるか、仮に奎木宿に行くなら、すなわち木星が命の恩用かどうか、劫殺、傷官、陽刃等の凶かどうか、官、魁、文、財等の吉神を抑えて、また井、角、斗上を調べ、何の吉凶星が吊、冲、絡、串となっているかどうか、流年に金がなく紫気が奎を削(原文は産にりっとう)剋しているかどうか、をみて吉凶を決する。璧、室等の限もこれにならって推す。行限を細かく検討する。かりに、陽刃、劫殺、天耗はつとめて留意を要し、その凶災を防ぐ。もし木気が土命主を夾すれば、火の行限に行けば恩となり、土計が水命主を夾すれば、金の行限が恩となるが、常に突然死ぬことがある。木、火、金の命主が凶によって夾されて恩限に行くときもまた、常に突然死ぬことがある。すなわち命主が非常に弱く、恩限に行くのはかえって凶であるのはどうしてだろうか。人の病気がわずかずつ治っていくときに急に栄養を与えすぎるようなもので、久飢一飽(長らく飢えた人に急に食物を多量に与えることでしょう)の意である。例えば咸豊壬子年庚戌月丙寅日戊戌時の命の場合、婁宿の行限、癸酉年五月に亡くなった。また咸豊丙辰年壬辰月庚辰日庚辰時も、婁金の行限、甲戌年十二月に亡くなった。あとも類推すべし。
 一.行限について、もし刃劫殺の限ならば、正財天官に係っても常に凶災あり、財官が吉限といってはならない。すなわちたちまちその刃劫を蔵しており、吉というには早い。
 一.行限が空亡になる場合、役人は退職しようという気持ちになり、また突然の風波に備える。若い人は事をなすに多く惑わされる。
 一.空亡限上で、もし計星に遇うならば、官を剥奪されなくても親の死にあったり、険厄の事があったりする。土星に遇えばまた晦く、難星に遇えば刑損等の事がある。
 一.火羅は頭を恐れる。火羅が刃雄廉鋒耗符等の殺を帯びるのを忌む。もし火羅が危七度にあり、行限が危八、九度に至れば、あるいはここ一年、凶災に備えるのがよろしい。金命の人は最も恐れる。
   水孛は尾を恐れる。浮沈亡劫的耗等の殺を帯びるのを忌む。もし水孛が危七度にあり、行限がすでに危五、六度をすぎれば、あるいは次の年、凶災に備えるのがよろしい。火命の人は最も忌む。
   木気は冲を恐れる。空劫殺、耗符等の殺を帯びるのを忌む。もし木気が胃一度にあり、行限が[テイ]三度の対照のとき、凶災に備えるのがよい。土日命の人は最も恐れる。
   土計は怒を恐れる。刃雄廉耗等の殺を帯びるのを忌む。もし土計が畢一度にあれば、行限が畢一、二、初などの度のとき、凶災に備えるのがよい。水月命の人は最も恐れる。
   金は値および対照を恐れる。刃鋒廉的符耗等の殺を帯びるのを忌む。もし金が星一度にあり、行限が星一、二、初などの度に至れば、あるいは虚四、三等の度の対照に行けば、凶災に備えるのがよい、木命の人は最も恐れる。
   太陽が刃雄廉符耗等の殺を帯びれば、もし羅計火孛が日に纏じ、あるいは日を夾し、日の行限に行けば、災厄に備えるのがよい。
   月が刃雄廉符耗等の殺を帯びれば、もし土計が月に纏じ、あるいは月を夾し、月の限に行けば、凶災に備えるのがよい。
 一.凶星は日月を夾するのはよくない。もし金が命主であり、火羅が日を夾じたり月を夾じたりして、日の限や月の限に行くのはよくない。凶災に備えるのがよい。土命の人は木気が日月を夾じ、日月の限に行くのは凶災がある。その他も同様。
 一.流年の吉凶を推断するにはどうするか。総じて運限を兼ねてみて断ずるのがよい。もし限が命の恩星であり、あるいは限上に命の恩用吉神があれば、その限は吉と断じて凶とは断じない。もし運が日元の用神で、日元を扶強抑弱するなら、その運は吉と断じて、反対は断じない。しかしてもともとの運限にかかわるところ、もっとも太歳にかかわるところの得失をみて、また必ず太歳の刑冲、逼圧、吊照、填拱、削絡を要し、運と限ならびに四柱、および命宮等のところの得失、すなわち応動をみるべし。いささかも運限命宮四柱を併せて細かく検討しなければ、見落とすことになる。
 注意すべきは、流年の吉凶においては、行限だけでなく、四柱および太歳を見るべしといっています。七政は流年の判断に弱いと筆者は考えているようです。
 一.日元従化格は、亥令や申子辰月でなければ丙(辛)は化水せず、丁間があればまた化しない。もし寅令でなく、亥卯未月でなければ、丁壬は化木できず、丙間があれば化しない。もし巳令でなく、寅午戌月でなければ、戊癸は化火できず、己間があれば化しない。もし午令でなく、辰戌丑未月でなければ、甲己は化土できず、戊間があれば化しない。もし申令でなく、巳酉丑月でなければ、乙庚は化金できず、甲間があれば化しない。龍がなければ真の化格にはなりえない。例えば丙辰月辛亥日、また辛未年己亥月丙辰日は、辰龍があり、化格は真であり、貴は八座に至るか、あるいは富は億万に至る。
 これは四柱推命の化格の話です。間ついては例えば丁間ならそのまま訳しましたが、「丁が間にあれば」と訳すべきかもしれません。確かに、例えば丙丁辛となれば、丙辛は合自体が成立しないと考えますが、丙辛丁でもなかなか水化は難しいかと思います。
 後半に龍がなければ化格は真でないとあります。これは『星平会海』などにある「論運化気」の中にあります。ここではその話は省略します。七政の話がメインですから。
 一.六十甲子納音の捷訣を述べる。甲乙は錦江の煙、例えば甲子乙丑は錦金である。甲寅乙卯は江水である。甲辰乙巳は煙火である。甲午、甲申、甲戌もまた然りで、錦江の煙である。丙丁は洞灼の地、戊己は煖堂の椿、庚辛は卦杖の銭、壬癸は林鐘満つである。
 納音というのは覚えにくいもので、一応数字に直して出す方法は私もあげていますが、なかなか覚えられません。ここで挙げた三文字で覚えるというのは、中国人はよくやりますが、日本人には向かないでしょう。ということで解説はしません。
 以下にあと4つ項目があるのですが、あとはこの本の宣伝みたいなものですので、省略します。

六壬入首要訣

 一.六壬などの書は、それぞれ全然違うことが書いてあったり、まったく適当でないことがあったり、その深奥を疑い結局捨て置かれている。もしこれを習おうとする気があるなら、まず『六壬標斯』をみれば、てっとりばやくわかる。ただ『視斯』のなかには、姚広孝が論ずる超神接将の例があるが、これに従ってはならない。太陽によるのが月将であり、太陽が超接を用いるとはどういうことか。月令の気と交接するというのは、つまりは太陽が宮を過ぎるということである。例えば正月は亥将を用いるのは、その日が雨水(2月中旬)の気と交わるからである。すなわち雨水の時刻を過ぎれば、太陽は亥宮を過ぎる(亥宮に入る)ということであって、まさにその時刻に亥将を用いることが始まるのである。二月(西暦でいえば3月)は春分を交わるところの時刻として、戌将を用いるのを始める。あとはこれに倣う。
 ここでいっていることは、六壬の月将というのがまさに七政でいう十二宮位であるということです。『六壬標斯』というのは『六壬視斯』の間違いでしょう。なお署名中の『視』は実際には目へんに示ですが。
 『六壬視斯』の「起月将法」に、姚広孝の説が書いてありますが、それはここでは省略します。興味ある方は原著にあたるか私に聞いてください。
 一.六壬大全、六壬粋言はもっとも細かく研究すべきである。六壬大全によるのは、多くは武備志と同じである。これをよく研究し、然る後に神となりこれを明らかにする。そのような人はいるだろうか。(ちょっと意味不明)仙人が伝授したとか、人ではない者の秘伝であるとかいうに至っては、みな嘘である。
 一.貴神は甲戊兼庚牛羊、昼時は丑が治め、夜時は未が治める。乙巳鼠猴郷、昼時は子が治め、夜時は申が治める。丙丁猪鶏位、昼時は亥が治め、夜時は酉が治める。壬癸蛇兎蔵、昼時は巳が治め、夜時は卯が治める。庚六辛逢馬虎、昼時は午が治め、夜時は寅が治める。用が治めることである。
 これについては、「起貴人論集」を参照してください。私はこの説はとっていません。
 一.卯から申時を昼時とし、酉から寅時を夜時とする。もし夏至の前後であれば、補盗占いで、寅戌を借用して昼とするのは可である。

附択日要訣

 一.択日の法は、また造命とも言うが、その理は疑うところがない。ただ、多くの人ははいまだ当を得ず、なにゆえか。ただその四柱八字の命式をみて、天元一気や地支同流、双飛[フ]蝶、両干不雑、扶龍補山と取るだけである。しかし、いまだ日月諸星の平地起方吊照、坐向方位、および立命が何宮か、また、いまだ六壬三伝四課の吉凶の取り方を知らない。
 私は択日は詳しくないので、細かいことはわかりませんが、要するに、多くの人は四柱推命で看る方法は知っているが七政択日や六壬択日は知らない、と言っているのだと思います。
 上のなかで、双飛[フ]蝶というのがありますが、これは知りません。文字通りに言えば、蝶々のペア(夫婦)が仲良く飛ぶ、という意味で、私の勘では干合支合のことだという感じがしますが、わかりません。扶龍補山は択日の方法ですが、ここでは説明を省略します。
 以下、択日について6項目ほど書かれていますが、択日とくに七政択日がわからないと何のことかわからないので、割愛することにします。択日については、私もあまり知識がないので、もっと勉強してから説明することとします。




前文のおわりに

 これで前文を終わります。七政占星術の基礎的な知識がないとなかなか理解できないかと思います。しかし、割と基本的なことが書かれていて、私自身もこの前文を訳してみて、あらためて七政の理解が深まり勉強になりました。
 次から実例が始まりますが、この前文で書かれていることを応用して、実例を読みといていくこととなります。


   作成 2013年4月20日


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