00.プロローグ

 それは高校の生物の教科書上にいた。寄り目顔のスットボケタ姿が簡素なイラストで描かれていたのを記憶している。
 体を真ん中から2つに切断すると、頭部には尾が、尾には頭部が再生されるらしい。まるであれだ。“ガマの油売りの口上”。1枚が2枚、2枚が4枚、4枚が8枚…。っと、これはただ切れてるだけか。では“不思議なポケット”。ポケットの中にはビスケットが1つ、ポンと叩けばビスケットが2つ…。って、これもただ割れてるだけだったりして。とにかく、切り刻んでも死なず、小さな破片からでさえ1つの完全体を蘇生させることが可能なのだという。
 実際、それが生物学のどの項目に付随する資料だったのかはさっぱり覚えていないのだが、しかし授業に飽きたときなどは、たびたびページを開いて、そのスットボケタ姿と1体が2体に…の奇妙な再生の話をぼーっと眺めたりしてた。
 まったく何がひっかかったのだろう。以来、ちょっと気になる存在として忘れられずにいる。とうに高校を卒業し、生物学とはまったく無縁の生活をしている今でも。
 くそー! プラナリア!
 てめーは一体何者なんだ?!


01.君の名はウズムシ

 何者なんだー?! と叫んだところで返事がもらえるわけでもなし、仕方なく、すごすごと調査を開始した。
 実は00.プロローグを書いた時点で判っていたことがいくつかある。近所の書店で、子供向けの「○○○にすむ生き物図鑑」のようなタイプの本をいくつか立ち読みして得た知識だ。
 それらによるとプラナリアとは
  川や池などの淡水に棲む生物
  体長は1〜2センチメートル
  正式には名をウズムシという  らしい。
 えーっ?! ウズムシィ!? イメージ最悪のネーミング…。いやが応にもハエの子供、○ジムシを想起してしまうではないか。プルルンっとプリンにも似た弾力性、ナリ〜アと気取って発音したくなるよなオシャレ具合──気に入ってたのにな“プラナリア”。なんだぁ、ただのニックネームだったんかいな。
 ウズムシ、ウズムシ、ウズムシ、ウズムシ…。
 こんな名前……ヤダ。


02.Web上のプラナリア

 さて調査を開始した私、まずはインターネットで情報収集。うーむ、なんて現代的でお手軽な手段なんだろう。
 ところが、である。これが意外にも難航した。
 どこにいるんだ?! プラナリア! ちっとも見当たらないじゃないか。プラナリア、PLANARIA、ウズムシ──いろいろ打ち込んでみたけれど、サーチエンジンでの検索も結局は徒労に終わり、ああ、もしかしたらネット上にプラナリアはいないのかも……そんな思いが頭に浮上し始める。こりゃあ、時間のムダかもね。
 が、諦めかけたちょうどその頃、ふとした弾みで思い出した。そうだ、ネイチャー雑誌Sの'94年2月号!
 これを読んで下さってる貴方は、プラナリアのイラストではない、実際の姿をご覧になったことがあおりでしょうか? 私はあります。手元に保管してあります。それが雑誌Sの'94年2月号P.90に掲載のカラー写真です。
 あっ、と思い出して、本棚から雑誌Sを取り出した私は、そこに載ってるプラナリア写真の提供者名を探した。果たして、あった、△△氏(○○大学)。
 これだー!! いざ○○大学のホームページへGO!なのだ。
 学校案内、学部紹介、講座紹介と、めくってめくって、かくして私はついにたどり着いた。○○大学△△教授のご講座を紹介するページ、ここにプラナリアの写真を発見!!
 うわぁ、面白ーい! 水中で群れなすプラナリアだぁ! スットボケタ顔がいっぱーい!
 さて本来ならここで「では○○大学△△教授のご講座へどーぞ」と皆様をご案内すべきだが、実はまだリンク許可をいただいていないため、どうぞご勘弁を。ちなみに△△教授はプラナリアを専門的に研究なさっている方だそうだ。後にご紹介しようと思っている本の中でもお名前を拝見したので、きっと権威のある先生に違いない。リンク許可……なんだか気が引けるなぁ。


03.プラナリア本、見っけ

 やはり持つべきものは友なのだ。高校時代の友人のひとりが、私のためにとある方を紹介してくれた。とある方とは大学で脳の研究をなさっている有能な方。ご専門は物理学なのだが、それでもさすが、いろんなことをご存じで、私はこの方から素敵な本の存在を教えていただいた。
 岡田節人著「からだの設計図─プラナリアからヒトまで─」
        (岩波新書 358/定価620円)
 岡田節人(おかだときんど)先生のお名前には見覚えがあった。以前、雑誌シンラの「生物学個人授業」というページで南伸坊さんをお相手に楽しいお話を聞かせてくださっていた先生だ。何を隠そう、02.Web上のプラナリアで書いた“雑誌Sの'94年2月号P.90”とは、まさに“シンラの「生物学個人授業」第二講=今回はちょっと哲学よりに生物学”、そのページ。そうか、最初からこの先生の著書に的を絞って探せばよかったのか…。書店でのプラナリア本探し、実は途方に暮れてたんだ。
 ともかく、上記の本はその岡田先生が書かれた、発生生物学の研究の一般向け紹介書。
 発生生物学とは何ぞや、に関しては、ごめんなさい、上手に説明できそうもないため実際にお手にとってお読みください、なのだが、この書のおかげでプラナリアのこと、実にいろいろ知り得たので、次回よりちょっとずつご紹介していこうと思っている。
 やっぱり変なヤツだよ、プラナリアって。

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