17.奇々怪々

1997.6.7
 大部屋の住民の中におかしな形のものがいる。2匹捕まえてシャーレへと移した。
 1匹は体に穴。咽頭の上と下とさらに下。3つの小さな穴が確認できた。
 こういう穴開きプラナリア、実はすでに何匹か見てきた。それぞれの穴がだんだんと大きくなって、やがてそこからちぎれるのだ。初めは何事かと思っていたが、どうやらこれが分身の術らしい。ある日突然2つに分かれるのではなく、分かれるためにまず穴、体に穴。なるほどね。しかしこの穴、いったいどういうタイミングで開けてるんだろ。穴を開けさせるめの条件ってあるのかな?
 「切っても切ってもプラナリア」にはエサを頻繁に与えれば勝手に分裂すると書いてあったけれど、じゃあ分裂の条件は成長過度ってこと? エサをたらふく食って育って、もうこれ以上は成長できねぇと判断したときに穴を開けるの? う〜む。これ多分ハズレだな。だって、これまで見た穴開きプラナリアには大きいのばかりじゃなく、伸び盛りと思える小さいのもいたよ。じゃあ環境的な問題かな? 個体数とエサ、つまり需要と供給のバランスを保とうとする何らかの力が働き、多すぎるエサにはとにもかくにも個体数の増加で対処しようって、そんな理由、あり? う〜む。ま、これもきっとハズレ。だって、私、普通に、週1度しかエサあげてないもん。それなのに穴開けて分裂してくれるんだよね、不思議〜。
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 さてもう1匹。こちらは腹から何かが飛び出ている。何かが生えている。何か? 体の一部であることは間違いないようだが、どう見ても余分、明らかに邪魔。
 実はこれも事の成り行きを私は見てきた。このプラナリア、最初はやはり穴開きだったのだ。そして穴がだんだん大きくなり、さあいよいよちぎれるぞーというところで分離に失敗。頭部と尾部をかろうじて繋いでいた2本の紐状の皮膚(というか肉というか)のうち1本は切れたが、1本は切れず、切れないままとなってしまった。で、その後再生。すき間が埋って頭部と尾部はぴたりと合体したものの、切れてひらひらしていた紐1本の周囲にも肉がついてしまい、結果こんな奇妙な形になってしまったという次第である。
 この出っ張り、もっと成長してくれないかな。目ができたら双頭の、後ろに伸びたら双尾のプラナリアになるね。
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1997.6.11
 穴開きプラナリア、ちぎれそう。

1997.6.12
 穴開きプラナリア、ちぎれた。
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ちぎれそう。ちぎれた。こうしてヤツラは勝手に数を増やしていく…。
1997.6.13
 あーっ!あーっ!あーっ!!
 ショック! 朝起きて覗いてみたら、水に白い微細な屑みたいなのがたくさんふわふわ浮いてて、あれぇ、穴開きプラナリアがどこにもいなーい! 頭部も尾部も消えた、消えちゃったよぉ。死んじゃったってこと?! この白いふわふわがひょっとして残骸? どーして? なんで?
 あ、あれかな、自分の消化液で溶けてしまうってやつ(12.切ってみよう!のその前に 参照)。そうなのかな? そうなの? 最後にエサをあげたのは6/7、ちぎれる5日前。ちぎれるタイミングが早すぎたってワケ?
 う〜、わからんっ! わからないけど、とってもショーック!! 残念!
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残骸の一部。白いふわふわに混じっていた。死んでる。


18.夏の日の悪夢

1997.6.27
 まさか!? いや、それを懸念していなかったわけじゃない。
 プラナリアが大量死した。殺してしまった。
 朝、目覚めたら、死体になっていた。大部屋の住民すべてが。
 気をつけなくちゃと思っていた。毎日、水を取り替えた。あまりにも暑かったから。日中留守にしてる間、締め切った部屋の温度は多分摂氏40度近くにまで達する。水が傷まないはずはない。炎天下の池で白い腹を見せて浮かび上がる鯉と同じ運命を、私はプラナリアたちには辿らせたくはなかった。だから気をつけているつもりだった。けれど、それでも足りなかったんだね、きっと。
 水を交換し易いようにと全員をコップに移していたのも裏目に出た気がする。水が少量すぎて傷むスピードを速めただけだったんじゃないかな、結局。
 コップを揺らして揺らして、生存者はいないものかと探ってみたけど、無駄だった。死んでる。完璧に。何体かは揺すっているうちに崩れ、散り散りになって、白い綿のような細かな物質へと変容した。水からは少し生臭い匂いがした。
 三十数匹もいたプラナリアがたった一晩のうちに激減してしまった。残っているのはシャーレに隔離していた2匹のみ。前述の腹から何かが出ているプラナリアと、前の週に切ったばかりの頭だけプラナリア。なんとしてでもこの2匹は守らなければ。もうこれ以上死ぬなよ。頼む、死なないでくれ。
 2匹残っているとはいえ、その2匹も心なしか元気がない。かなりまいっているようだ。どうしたらいいんだろう。
 水は取り替えた。クーラーが効いているうちは部屋の中も涼しい。しかし昼過ぎから外出しなくてはならない。さすがにエアコンのスイッチを入れたまま留守にするわけにはいくまい。じゃあ、冷蔵庫に入れておくっていうのはどうだ。水の傷みを少しは防げるに違いない。試しに2時間ばかり入れてみた。
 果たして。ああ、プラナリアが固まってる〜! 冷えすぎ? ねぇ、冷えすぎ? 生きてはいるけど、このまま冷やし続けたらやはり死んじゃう?
 迷った。大いに迷った。暑い部屋の中か、冷えすぎの冷蔵庫の中か。今思えば他にも手だてはあったかも知れないけれど、その時はもう二者択一しかなくて、迷った末に私は部屋の中を選んだ。なるたけ温度が上がらなさそうな場所を選んでそこにシャーレを置き、「頑張れよ」と励ましの言葉をかけて私は家を後にした。
 夜、帰宅。腹から何かがのプラナリアが、空しく生を終えていた。ごめんね。
1997.6.28
 頭だけプラナリア、かろうじて生きている。
 こうなったら最後の1匹に全ての望みを託す。元気に育ったら分裂して数を増やせ。水槽の中の全員がキミの分身だなんて素敵じゃないか。その日を夢見て頑張ろ、お互いに。生きろよ。生き続けろよ。
1997.6.29
 朝。まだ生きていた。かすかに体が動いていた。諦めるなよ、諦めるな。
 しかしもはやどうにも衰弱を止めることはできなかった。
 午後、とうとう動かなくなる。シャーレを揺らしたら、水の流れのままにプラナリアの体もゆ〜らゆら。これはもう生物じゃない。静物だった。
 ごめんね。ごめん。本当にごめん。


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