リプレイ「マイストロの指輪」

 以下は、実際に行なった撮影の記録(リプレイ)を小説として記述したものです。この「映画」には、私とともに今回の翻訳に携わってくださった桂 令夫氏も、「俳優」の1人として参加してくれています。

Late Show Home R's home


レイトショウ リプレイ劇場
「マイストロの指輪」


Opening Scene 〜 CASINO 〜


 とあるカジノ。タバコの煙と、どぎついコロンや香水の匂いがたちこめていて、むせかえるようだ。
「スリーカード」
 仏頂面のイギリス風中年紳士が、コールした。
 対面に座っていた、がっちりした体躯の男が、にやっと笑う。風貌からして日本人のようだ。一応正装はしているが、いかにもとってつけたような格好に見える。どうやら借物の衣裳らしい。サイズが合っていないのだ。
「ワリぃな。フルハウスだ」
 ギャラリーが静かにざわめく。男の後ろに立っていた、やはり場にそぐわない姿の男が、一人嬉しそうに騒いだ。
「すげぇぜ兄貴! 大もうけだ!」
 それを制するように、別の男が自分の口に人差し指を当てがい、首を横に振った。この男は、前の二人に比べると服装が似合っている。それに、かなりのハンサムといってよかった。
「騒ぐと見苦しいんじゃないかな?」
 ハンサムボーイに同意するように、どぶねずみルックの男が呟いた。こちらは、端的に言ってブ男である。だが、その瞳にはなみなみならぬ知性が読み取れた。
 このカジノにいる日本人は、その4人だけ…いや、もう一人いる。
 そんな様子を、ギャラリーの後ろから面白くなさそうに見つめている、もう一人の男がいた。雰囲気への馴染み方から見て、かなりベテランのギャンブラーらしい。
(素人のバカづきか・・・)
 ギャンブラーの目は、そう言っていた。
 中年紳士はチップを無雑作に押しやると、立ち上がった。
「今日はツキがない。帰るとしよう」
「その方がよさそうだな」
 にやにや笑っている男に向かって、中年紳士は皮肉な笑みを浮かべた。
「悪い事は言わん。ツキのあるうちに君も引く事だ。さもないと大火傷をする」
「御忠告、ありがたく承るぜ」
 中年紳士の負け惜しみ気味の皮肉にも、男は動じた様子はない。ただ相変わらず、不敵な笑みを浮かべているだけだった。

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Scene 1 〜 CHASE! 〜


「いや〜、さすが兄貴、大した腕ですね〜」
 赤いフィアットを運転しながら、軽い感じの男…サミーが言った。
 この男、本名を「三太郎」と言うのだが、本人はその名を極端に嫌がっている。それで、サミーという通り名を自分で勝手につけたのだ。
 サミーが「兄貴」と呼んだ男…「ジャック」という通り名で呼ばれている男は、助手席に座って不敵な笑みを浮かべている。
「ま、俺にかかればざっとこんなもんさ」
 ハンサムな青年と頭の切れそうなブ男…「殿下」と「ドク」とそれぞれ呼ばれている…は、後部シートで窮屈そうにしている。
 その時、ジャックの眼が前方から走って来る車を捉えた。
 エンジ色のシトロエンが1台。運転しているのは、女…いや、まだ少女と言っていいだろう。それも、かなりの美少女だ。
 そして、それを追っているらしい、2台の黒のロールスロイス。乗っているのはみな一様に黒づくめ…詳しく言うと、黒の帽子、黒のサングラス、黒の背広、黒のネクタイといういでたちの、いかにも悪役然とした連中だ。
 3台の車はグングンと迫ってきて…あっという間にすれ違った。
 さすがにすれ違う時には、気づいていない者はない。
「どっちにつく?」
 ジャックが解り切っている事を聞く口調で言った。
「そりゃあ、兄貴の言う通りにしますよ」
 と、サミー。
「解り切った事を聞くなよ」
 と、殿下。
「決まってるんじゃないかな?」
 と、ドク。
「決まったな。サミー、反転だ!」
[OK、兄貴!」
 サミーは思いっきりハンドルを切ると、走り去る車を追い始めた。
 サミーは思い切りアクセルを踏み込む。だが、こちらは小型車に4人が乗っているせいか、なかなか追いつけない。
「あれを使うぞ」
 ジャックが言うが早いか、スイッチを押した。
 ボン!! と音を立てて、車の後ろに巨大なターボエンジンが姿を現わす。と、凄じい轟音を立てて回り始めた。途端に、グン、とスピードが上がる。
 4人の車は瞬く間に前の黒塗りの車との距離を詰めた。
 パン、パンと乾いた音が響く。前の車に乗っている黒服の連中が、追ってくる車に気づいて撃ってきたのだ。
「ナロ〜!」
 サミーは片手ハンドルで運転しながら体を窓から乗り出すと、前の車に向けて拳銃を構えた。
 腕に覚えのコルト・マグナム45口径が、5回立て続けに火を吹く。
 バシュバシュバシュッ! 前の車の後輪のタイヤが破裂する。コントロールを失った2台の車はグラグラッとよろけたかと思うと、互いにぶつかりあいながら道の左手の河原へと転げ落ちて行く。
 どどぉ〜〜〜ん!!! 轟然たる爆発音と共に、2台の車が爆発炎上した。
「ヒャッホウ!」
 サミーが子供のようにはしゃいだ声をあげる。
「まずいんじゃないかな?」
 爆発した車を見て、ドクは呟く。
「それより、前の車だ。急げ、サミー」
「がってんだ、兄貴!」
 少女が乗っていたシトロエンは、スピードを少し落としてはいるものの、依然かなりのスピードで突っ走っている。サミーはシトロエンに並ぶと、窓から様子を覗き込んだ。
 少女はハンドルにもたれかかるように俯せている。どうやら緊張が解けたせいで気を失っているらしい。
「ヤバイぜ兄貴、どうする?」
「とびうつる!」
 言うが早いかジャックは扉を開けて飛び移ろうとした。
 が、シトロエンを掴もうとしたその手が空を切る。
 3秒間、空中に静止。
 ワタワタワタ、と羽ばたいても後の祭り。ジャックの体は落ちて行く。
「兄貴〜〜〜!」
「後で拾いに来るぞ〜〜〜!」
 サミーと殿下の声がドップラー効果を起こしつつ遠退いて行くのが、ジャックの耳に届いていた。
 しかし、ジャックは猫のように身軽に身体を丸め、地面に転がった。そして、素早く立ち上がったその身体には、かすり傷ひとつない。

 一方、今度はサミーが飛び移ろうとして、ハンドルを離した。
 後部座席から慌てて身を乗り出した殿下が、ハンドルを握って進路を維持する。
 サミーは飛んだ・・・ように見えた。その手がシトロエンの窓枠に掛かる。
 が・・・足がフィアットから離れていない。サミーの身体は、車と車との間に橋を掛けたような状態で宙ぶらりんになった。
「あわわわわ」
 慌てたサミーは、うかつにも手を離してしまう。その身体は当然地面に・・・ガリガリと削られるかと思いきや、さにあらず。とっさに殿下が足を支えてくれたおかげで、サミーは背筋の力でギリギリ持ち堪えている。
 だが、今度は・・・ハンドルを握っている者がいない。
「ひええええい、たすけてくれぇぇぇぇ」
 サミーの叫びは天に届いたか、シトロエンの少女は目を覚ました。そして、前に森が迫っているのに気づくと、慌ててブレーキを踏む。シトロエンは減速して、やがて停止した。
「誰かブレーキを踏め〜!」
「後ろからだと踏めないんじゃないかな?」
「それにブレーキってどれだ?」
「だったら俺を早く引き上げろ〜!」
 大騒ぎしながらも、殿下とドクに辛うじて引き上げられたサミーは、ブレーキを踏み込んだ。キキキキキ・・・と凄じい音を響かせながら、車は森へ突っ込む寸前で停止した。
 ホッとするのも束の間、殿下は車を降りて走り出す。目標はもちろん、少女の乗っているシトロエンだ。

 ちょうどその頃、後ろからやって来たジャックが、シトロエンの窓から少女に話し掛けていた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
 疲れたようにハンドルに突っ伏していた少女は、ジャックの声に顔を上げると、不安気にあたりに視線を走らせた。
「あの・・・ヤツらは?」
「大丈夫。私たちが・・・」
 そこへダッシュで駆け込んできた殿下が口を挟もうとする。
「女の相手は・・・」
 そこまで言ったところで、殿下の鼻面にジャックの裏拳が入った。殿下がモロに吹っ飛ぶ。
「・・・全部、やっつけました」
 何事もなかったように、ジャックは続けると、ニッコリ笑った。だが、ゴツい男がこんな笑い方をすると、不気味な事この上もない。
 少女は追われていた相手から逃げられた事には安心した様子を見せたが、突然現れたこの男たちを信用してよいものかどうか、決めかねている様子だった。

 ところ変わって、ここは黒ぬりの車が2台揃って爆発炎上している真っ最中の河原近く。メタリックブルーのフォルクスワーゲンが、今しもそこを通り掛かるところである。
 運転しているのは、いかにもベテランのギャンブラー風の男・・・「キング」という通り名で呼ばれる男である。
 炎上する2台の車をふと見たキングであったが、しばし車を止めて考えた後、こう呟いた。
「触らぬ神に祟りなし」
 そして再び車を走らせて行く。
 やがて、前方に2台の車が止まっているのが見えてきた。
 シトロエンの右前方には、赤のフィアット。シトロエンの運転席にいるのは、女性のようだ。その周りを妙な風体の男たちが取り囲んでいる。その内の一人が車の扉を開け、女性を外へ出そうとしているようだ。
 少し眉をしかめて、男はアクセルを踏み込んだ。
 一方、いきなり突っ込んできたフォルクスワーゲンに、4人は驚いた。
「危ない!」
 とっさにジャックは、その上に覆い被さるようにして少女を庇う。
 この様子を見て完璧に誤解したキングは、さらにその上にのしかかって、少女からジャックを引き剥がそうとする。
 そのキングのこめかみに、ゴリッと、固いものが押し当てられた。
 22口径の拳銃。ドクである。涼しい顔で、ドクは言った。
「まずいんじゃないかな?」
 こめかみに拳銃を押し当てられては、なす術もない。キングはゆっくりと身体を起こしながら両手を上げた。
 それに気づいたジャックも身体を起こすと、振り返りざま、キングに向かって強烈なストレートを放つ。キングは吹っ飛んで、地面に転がった。
「待って下さい! その人は、関係ない人みたいです」
 シトロエンの少女が、ジャックに向かって叫ぶ。
 ここに至って初めてお互いの顔を見た5人。ほぼ同時に、「ん?」という顔になる。

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Scene 2 〜 ATTACK! 〜


「マイストロ大公国?……ああ、聞いた事がある。確か、主のマイストロ大公は先年亡くなったと聞いたが」
 キングが誰にともなしに呟くと、少女は暗い表情になった。
「……私の父です」
 ここは、4人のアジト……といっても、それほど上等なものではない。とある安アパートの一室である。このアパートには、4人以外の住人は一人もいない。少女を助けた一行は、とりあえず落ち着いて話しの出来るこの場所に戻ってきて、少女から話を聞いていた。キングも行きがかり上、一緒に転がり込んでいる。
 少女の口から語られたのは、およそ次のような事だった。
 少女の名はクラリッサ・メイ・マイストロ。マイストロ大公国の先代当主で、先年亡くなったマイストロ大公の一人娘である。
 マイストロ大公は考古学に造詣が深く、生前はよく学術探検に出かけていた。そんなある時、アラブのさる地方を旅した際、一対の指輪を手に入れたという。その地方の言い伝えによれば、2つの指輪には「大いなる力」が封印されているという事であったが、大公はそれを本気にしてはいなかった。
 しかし、それを本気にしている者たちもいた。古来より暗殺をなりわいとしてきた闇の邪教団が、指輪の事を知って動き出したのである。
 その一人が、クラリッサにとっては義理の叔父に当たる、カシム・カイゼルという男であった。カシムは猫をかぶってマイストロ大公の妹に近づき、結婚してしまった。だが、すぐ後に大公の妹は亡くなっている(暗殺教団が動いたという噂である)。そしてマイストロ大公が亡くなった途端に本性を現わし、大公国の当主の地位と指輪の力の両方を狙って、クラリッサと無理やり結婚しようとしたのである。なぜ結婚の必要があるかというと、2つの指輪は先代大公の遺言状によってスイス銀行に預けられており、取り出す事が出来るのはクラリッサが結婚する時、その結婚指輪として使うためと限られていたからである。さしもの暗殺教団もスイス銀行には手が出せなかったらしい。
 そして結婚式当日、クラリッサはギリギリのところで指輪を1個だけ奪うと、先代大公以来の古い執事や召使いたちの協力で式場から脱出してきたのである。
「その指輪は、今手元に?」
 ジャックが聞くと、クラリッサはうなずいた。
「これです」
 クラリッサが差し出した指輪を、ジャックが受け取る。手応えから見て、純金製の指輪らしい。中央に獅子らしき紋章が凹型に彫り込まれている。
「もう1個は、その紋章が凸型になってます」
「兄貴〜、俺にも見せてくれよ〜」
 サミーにせがまれて、ジャックは指輪をサミーに渡す。
「へえぇ、すげぇや、こりゃ純金製だぜ……あれ?」
「どうした?」
「兄貴、これ、ここんとこが剥げそうだぜ」
 サミーは紋章の彫り込まれた台座の縁の部分を指差した。
「ちょっと貸してくれ」
 殿下が指輪を受け取り、サミーの言う事を確認してから、クラリッサに聞いた。
「剥がして構いませんか?」
 クラリッサも何も知らなかったらしく、不思議そうな顔をしつつうなずく。
 それを見てから、殿下はゆっくりと縁の部分を爪でこすった。金のメッキが、そしてその下を埋めていたパテが、少しずつ剥がれる。やがてそこに見えてきたのは……
「……これは、エジプトの古代文字じゃないかな?」
 横から覗き込んだドクが呟いた。
「読めるか?」
 ジャックに聞かれて、ドクは殿下から指輪を受け取ると、ためつすがめつしていたが、やがて首を横に振った。
「これは完全な文字じゃない。上半分が切れてるんじゃないかな?」
「なるほど、2つ合わせねえと読めねえってわけか」
 その時、サミーの目が鋭く光った。
「そこだ!」
 素早く拳銃を抜くと、叫びながら天井に向けてぶっ放す。
 手応えがあった、とサミーが思った瞬間、部屋の中の明りが全て消えた。
「キャアッ!」
 クラリッサの悲鳴とほぼ同時に、ガラス窓を破って、『影』が侵入してきた。1、2、3体。次の瞬間、天井を破って、もう1体。
 4体の影は長い爪のような刃を両手につけ、カシャカシャカシャ……と不気味に打ち鳴らしながら迫ってくる。
 突如現れた『影』の1体に向かって、ジャックは素早く蹴りを見舞った。が、ガキッと金属的な鈍い音が響き、ジャックの顔が苦痛に歪む。
「こ、こいつらなにか鎧みたいなもんを着てやがる!」
 ドクが22口径拳銃を抜き打ちにした。
 カイーン!
 銃弾は鎧に弾かれて『影』には何のダメージも与えられない。
 天井から現れた『影』がクラリッサに迫る。近くにいた殿下が、庇って立つ。
 ヒュッ、と風を切る音がした。殿下の脇腹を『影』の爪が鋭く切り裂いたのだ。殿下が一瞬ひるんだ隙に、クラリッサは『影』に当て身を入れられて気を失い、そのまま抱え上げられた。
 一方、サミーは持っていたロープを素早く『影』たちの足元に投げた。窓から入った三人のうちの一人がひっかかって見事にすっ転んだが、他の二人はうまくかわした。無事な二人のうち一人が奥へ踏み込み、キングに襲い掛かった。もう一人はジャックに攻撃を仕掛ける。
 ヒュヒュッ!ほとんど聞き取れないかすかな音と共に、再び血がほとばしる。
 状況不利と見て取ったドクが、叫んだ。
「姫をさらっても無駄だ! 指輪はここにある!」
 叫ぶが早いかドクは扉から転げるようにして外へ飛び出して行く。
 姫を抱え上げた『影』は、そのまま窓から来た連中と入れ替わるようにして、外へ飛び出した。逆に、窓から来た連中は、一斉にドクを追おうとする素振りを見せた。その時。
「人殺し〜! 人さらいだ〜! 誰か〜〜!!」
 表から男の声が響いた。その声を聞くと、『影』たちは素早く目配せをして、窓から次々に飛び出して行く。
「待てっ! 待ちやがれ!!」
 サミーも慌てて後を追って窓から飛び出したが、着地に失敗して尻餅を突いた。それでもめげずに『影』の一人にしがみついたが、再び『影』の爪が、音もなくうなる。死の恐怖に耐え切れず、サミーは手を放した。すると『影』はサミーにとどめを刺そうとはせず、そのまま走り去って行った。
 遠くでバタン、と車の扉が閉じる音がする。続いてエンジン音。
 その場に呆然と座り込んだサミーに、歩み寄ってきた男が声をかけた。
「ひでえ目に遭ったようだな。大丈夫か?」
 サミーが見上げたその男は、いかにも探検家でございという風体の頭の上に、よれよれの帽子を乗っけて、片手に鞭を持った男だった。

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Scene 3 〜 TRICKS 〜


 男は手早く一同の応急手当をしながら、「ランディ・バーンズ」と自己紹介をした。考古学者であり探検家。以前マイストロ大公と共にアラブ方面を調査した事もあり、指輪の件についてもその時から知っていたと言う。指輪に秘められている力については、大公と同様本気にしていなかったのだが、ごく最近になってそれを本気で狙っている邪教団がいる事を知り、大公に連絡を取ろうとした矢先の大公の死であった。
「この指輪に彫り込まれている文字の内容について心当たりは?」
「文字?……ああ、そう言えば、調査が終わってしばらくしてから大公を訪ねた時に、その指輪を見ながら大公が呟いておられたのを聞いた事がある。あの時、確か大公は『満ちたる月の天中に掛かりし時……』とおっしゃっていたと思ったが……その先は聞き取れなかった」
「整理しましょう」
 ドクが立ち上がった。
「まず、姫をどうするか」
「当然、助け出す」
 殿下が拳を握りしめて言った。
「しかし、そのためにはあの『影』を撃退する必要があるぜ」
 サミーは、先刻の爪の恐怖を思い出して身振るいした。
「それに、別に姫を助け出さなくっても、その『大いなる力』ってヤツとは何も関係ないわけだろ? 指輪がここにある以上、こいつを始末してしまえばヤツらの野望は阻止できるわけだよな」
 ジャックの意見は、冷静で的確なものと言えた。
 だが、ランディの一言が、全員の気持ちを一致させた。
「お前ら、あの可愛い姫さんが、にくたらしい中年男のいいようにされるのを、黙って見ていられるのか?」
 一同、黙ってうむうむとうなずく。ドクは嘆息をついた。
「となると、『影』の撃退方法を考えなくてはなりませんな」
「連中、真っ暗闇の中であれだけ自在に動けるってのはどういう事なんだ?」
 サミーが悔しそうに呟く。
「いいところに気づいたじゃないか」
 感心したようにランディが言った。
「連中は『暗殺』のために育てられた人間だ。文字通り『暗いところで人を殺す』ためにね。だから闇の中でも、やたらと目が利くんだ」
 ジャックが、ポンと膝を叩いた。
「それじゃあ、それを逆手に取ってやれば……」
「そういうことだ」
「すると、後は指輪の始末ですな……」
 ドクは指先で、肝心の指輪を転がすようにしながら見つめた。
「つぶしちまおうぜ」ジャックがそっけなく言った。
「ヤツらが指輪を利用するのを防ぐにゃ、そいつが一番手っ取り早い方法だ」
「ちょ、ちょっと待て」慌ててランディが止める。
「それに秘められている『力』はともかくとしてだ、そいつに秘められた考古学的な価値がどれほどのものか、考えてみてくれ。その指輪を壊すなんて、そんなバカな事は、頼むから考えないでくれ」
「偽造するってのはどうだろう?」横から殿下が口を挟む。
「それはいい考えだな。幸い、腕のいい細工師を知ってる」
「兄貴、それって『ドワーフ』爺さんの事かい?」
 ジャックとサミーの会話に、キングが首をかしげた。
「ドワーフ?」
「ああ。洞窟みたいに薄暗いオンボロの家に棲んでる小男の爺ィなんで、みんなそう呼んでるんだ。本名は誰も知らないらしいがな」

「こいつとそっくりなニセ物を、純金で作れってのかい?」
 仏頂面の『ドワーフ』爺さんがボソッと言った。
「ああ。爺さんじゃなきゃ頼めねえ仕事さ」
 ジャックがさりげなくおだてる。それが効いたかどうかは、爺さんの表情からは読み取れなかったが、しばらく指輪を眺めていた爺さんは、やがて言った。
「5日ってとこだな」
「そいつぁ時間がかかりすぎだ。2日でやってくれ。手間賃はタップリはずむぜ」
「フン、どうせツケだろ。それに無茶を言うな。型を取るだけだって最低1日、金を流し込んで固まるのに半日、肝心の仕上げに2日はかかる。ギリギリ3日半が限界だ」
「じゃあ3日。今日が月曜だから、木曜には頼むぜ」
「まったく強引なヤツめ。まあいいじゃろ。その代わり、払いは倍という先刻の話は忘れるなよ」
 商談が終わって、一同は店を出て行く。……と、一人だけ残った者がいた。
 キングである。
 キングは、指輪に秘められた「力」の話を聞いた瞬間、内心で『うまくやれば大もうけ出来る』」と考えた。ところが、指輪がつぶされてしまっては元も子もなくなる。ランディを除く一同の考えが指輪をつぶす方向で一致したのを悟った彼は、指輪を守るため……というよりは大もうけのネタを守るため、単独で策を巡らし始めたのだった。
「何じゃ、まだ何か用か?」
「実は、爺さんに頼みたい事があるんだ」
「何じゃ? はよう言え」
「俺たちは、木曜にそいつを受け取りに来る。その時、その指輪を手渡す時に、本物と偽物、逆に渡して欲しいんだ」
「……何じゃと?」
「つまりだ、本物の方を偽物、偽物を本物と言って渡して欲しいんだ」
「何でそんな事を頼む?」
 爺さんの目は疑惑の色を帯びた。
「つまりな、ほれ、鞭持って帽子かぶった変な野郎がいただろ? どうもあいつが信用ならないんでね、用心には用心を重ねようってわけさ」
 キングは表情ひとつ変えずにスラスラと嘘をついた。
 その嘘が通じたのかどうか。
「……手間賃3倍じゃぞ、ええな」
 その返事を聞いて、キングはニヤッと笑った。
「ああ、承知した。頼むぜ」

 指輪の細工が終わるまでの間、一同はじっとして待っていたわけではない。
 用心のために公衆電話を使ってカシムに電話を掛け、指輪とクラリッサの交換を申し入れた。その結果、金曜日の夜10時、エッフェル塔の展望室で取り引きをすることに決まった。
 一同は、光に弱いと言う『影』に対する対抗策として、様々な準備に追われて3日間を過ごした。そして、指輪を受け取る約束の木曜日、一同は再び揃って『ドワーフ』爺さんの店に向かった。
「ほれ、これが預った方の指輪、そしてこっちがわしの作った偽物じゃ。どうだ、見分けがつくまい?」
 サミーが「偽物」と言われた方を受け取って眺めた。
「へ〜え、さすがは『ドワーフ』爺さん、まるで本物だなあ」
 賞められたはずの爺さん、意味あり気にキングに視線を送る。
 キングは「何も言うな」と目で合図した。
 一方、「本物」の指輪を受け取ったドクは、そばにあった金槌をヒョイと取り上げると、手に持った指輪を素早く金床に載せた。
「ああっ!!!」
 悲痛な叫び声を上げてランディが指輪を守ろうとしたが遅かった。「本物」の指輪は見る影もなくクシャクシャにつぶれてしまっている。
「爺さん、ありがとよ」
 クシャクシャの指輪を手に取って呆然としているランディを、サミーと2人で両側から抱えるようにして運び出しつつ、ジャックは挨拶をした。
 またも最後に残ったキングが、『ドワーフ』爺さんに笑いかけた。
「恩に着るよ、爺さん」
「恩になぞ着んでいい、払いさえキッチリもらえればな」
 仏頂面のまま、『ドワーフ』爺さんは答えた。

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Scene 4 〜 REVENGE 〜


 約束の金曜日、10:00PM。
 エッフェル塔の展望バーに、カシムは現れた。約束通り、クラリッサを従えている。
 奥の隅のテーブルに着いていた殿下が、軽く手を上げた。
 客の姿は、カウンターに一人と反対の隅のテーブルに一人。後はエレベーター近くにボーイが一人、カウンターの中にバーテンが一人いるだけである。
 カシムたちが歩み寄る。殿下は立ち上がり、自分の向かいの椅子を引きだしてクラリッサに座るよう促した。だがクラリッサは座ろうとしない。
「座りなさい、クラリッサ」
 カシムが声をかけて初めて、クラリッサは腰を下ろした。怪訝そうな面持ちで、殿下も再び自分の席に着く。
 そこへ、カシムが横柄に話し掛けた。
「約束のものは持ってきただろうな?」
 殿下はそれを無視して、クラリッサに話し掛ける。
「クラリッサ。もう大丈夫だからね」
 だが、クラリッサの答えはない。焦点の定まらない空ろな瞳を、宙に漂わせているばかりだ。
『薬か何か盛られてるのか……』
 殿下は唇を噛む。
「どうなんだ? 約束のものは持ってきたのか?」
 カシムが繰り返す。うるさそうな顔で殿下は答えた。
「ああ、もちろん」
「では渡してもらおうか」
 カシムは手を差し伸べた。
 それを無視して殿下は立ち上がり、エレベーターを指差した。
「あちらで渡しますよ」
 有無を言わさぬその態度に、渋々といった様子でカシムも立ち上がる。
 エレベーターまで来ると、殿下は無言で中を指差し、カシムに入るよう促した。カシムは身体を入れると、ボックスから腕だけ突き出し、無言で指輪を要求する。腕で扉を押さえているので、センサーが働いて扉は閉まらない。
 だが、殿下は首を横に振った。
「完全に入りなさい。ドアが閉まりかけたら放り込んであげます」
 今度はカシムが首を横に振る。
「信用できんな。指輪を受け取るまでこの扉は閉められん」
「ダメですね」
 押し問答が続くかと思われた時、殿下の予測を遥かに超えた素早さでカシムの手が動いた。あっと思った時には、その手に小型の拳銃が握られている。
「これでも渡さんつもりかね?」
 一瞬悔しげな表情を見せた殿下だが、すぐに肩をすくめ、指輪をカシムの掌に渡した。それを握りしめた瞬間、カシムの顔に勝ち誇ったような笑みが溢れたと思った次の瞬間、その笑みは闇に消えた。
 エッフェル塔全体が、停電したのである。
 バキッ!
 何かを打ち破る音がしたと思うと、ザン!ザン!ザン!ザンッ!と殿下の目の前に、4体の『影』が現れた。
 カシャカシャカシャ………
 不気味な刃の音を聞いた瞬間、頭の中から血がサーッと引いて行くのを殿下は感じた。次の瞬間、それが逆流し、渦を巻き………殿下は不覚にも意識を失ってしまった。
 だが、さらに次の瞬間。
 パパパパパパパパパン!! パシュ〜〜〜〜〜〜ッ!!
 全てのテーブルの上に置いてあった花瓶から、目映い火花が飛び散った。
「ギャアァァァッ!!」
 途端に苦痛の叫びをあげて、『影』たちが床にうずくまる。
「!?」
 とまどうカシム。そのカシムへ向けて、ボーイと客の一人が駆け寄ってくる。バーテンはカウンターを飛び出して、カウンターの客と共にクラリッサを庇おうとしている。
 バーテンはサミー、ボーイはドク、客はジャックとキングだったのだ。
 チッ、と舌打ちをしたカシムは、またも予想外の素早さで非常階段に向かって駆け出した。
 その後を追ったドクは、キングよりも一瞬早く階段の踊り場にたどり着いた。階段を駆け降りるカシムに向けて、ドクは22口径の拳銃を構える。そしてドクは叫んだ。
「貴様は『影』を使って、私たちを罠にかけようとした。私たちは貴様にニセの指輪を渡した。これでおあいこだ!」
 拳銃の乾いた発射音が、階段室に反響する。
「ぐわっ!!」
 カシムが肩口を押さえてうめき、その場にひざをつく。
「く、かくなる上はっ!」
 カシムはポケットからもうひとつの指輪を取り出した。
『!!』
 キングは一瞬、冷水を浴びせられたような戦慄を覚えた。だが事情を知らないドクは、余裕の表情である。
「大いなる力よ、我が元に!!」
 カシムは叫ぶと、2つの指輪を合わせた。
「………!?」
 何も起こらない。驚くカシムに、ドクは勝ち誇ったような視線を向けた。
「くそっ、偽物か!」
 いまいましげに吐き捨てると、カシムは「偽」の指輪をその場に叩きつけて、再び走り出した。
『………?』
 キングは内心訝しく思ったが、それを表情には出さず、素早く「偽」の指輪を拾い上げようとした。その時。
 ヒュン!と空気がうなる。
「うおっ!」
 カシムが手の甲を押さえた。下から階段を駆け上がってきたランディの鞭が、カシムの手をしたたかに叩いたのだ。カシムが持っていた『雄型』の指輪が宙を舞う。キングは見事にそれをキャッチした。それを見て、ランディが叫ぶ。
「メモは読んだ! 早く、指輪をクラリッサに!」
 キングは、指輪が実は本物である事を記したメモを、指輪が破壊されたと思い込んでガックリしていたランディのそばに、こっそり置いてきていたのだ。
 一瞬ためらったキングだったが、うなずいて走り出す。
「その指輪は偽物だぞ!」
 事情の解らないドクは、まだ言っている。
「違う! あれは本物だ!」
 鞭をカシムに絡めて動きを封じたランディが、階段を駆け上がりながら叫ぶ。
「偽物!!」「本物!!」「偽物!!!」
 押し問答が続くかと思われたが、痺れを切らしたランディがドクを押し退けるようにして階上に走る。一回転したドクは、ランディの後ろ姿に向かって、一言。
「まずいんじゃないかな?」

 一方、階上では光で無力化した『影』たちを、ジャックが縛り上げようとしていた。だが、目が見えなくなったとはいえ、相変わらず『影』の爪が剣呑であることに変わりはない。『影』たちは盲滅法に爪を振り回し続けており、ジャックは近づけないでいた。そして、花火の光が徐々に弱まり始める。
「くそっ!」
 ジャックは発光弾を放った。再び強烈な光があたりを満たす。
 その横を走り抜けたキングは、クラリッサに付き添っていたサミーに向かって『雌型』の指輪…「偽物」と思われているが実は本物…を放り投げた。
「指輪を姫に!」
 サミーは指輪を受け取ると、それをクラリッサの指にはめる。
 と、指輪がポウッと黄金色の輝きを放った。同時に、クラリッサの体がピクン、と反応する。

    『善なる男と善なる女よ
     互いの指に適う指輪を着け
     打ち合せて我を呼べ
     我が名は………』

 何かに取りつかれたようにクラリッサが呟くのが、サミーの耳に入った。そこへ、『影』が盲滅法に振り回している爪をかいくぐってきたキングが現れる。
 キングは、黙って指輪をサミーに渡した。「任せる」という意味なのか「面倒は御免だ」という意味なのか、サミーには解らなかった。
 クラリッサの呟きは、相変わらず続いている。
 サミーは、『雄型』の指輪を自分で着けた。そして、それをクラリッサの指輪と合わせると、叫んだ。

★「ウルトラ・タッチ!」★

 轟音と共にエッフェル塔の頂部を吹き飛ばして、目映い閃光の中から、銀色の巨人が現れた。その手の中には、ジャック、キング、ドク、ランディ、そして気を失ったままの殿下がいる。巨人は5人を地上に下ろすと、奇妙な構えを取った。

★「ヘァッ!」★

 その指先から放たれた光線はバリア状となり、カシムや『影』たちを一網打尽にして、地上に下ろした。
 銀色の巨人はゆっくりと上を向き、両腕を天へと向けた。

★「シュワッチ!」★

 銀色の巨人は、満月に向かって消えて行った。

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Last Scene 〜 EPILOGUE 〜


 呆然と月を仰いで立ちつくす5人。
「おぉ〜〜い」
 道の向こうから、サミーが手を振りながら駆けてくる。一人だ。
「姫は!?」
 走り寄ってきたサミーに、ジャックは問い掛ける。
 サミーは、黙って空を仰ぐ。そして、満月を指差す。
 クラリッサの笑顔が、巨大な満月と重なる。
 エンディング・テロップ。



〜 完 〜


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