『ライオン・キング』 [ CRITIQUE ]

アニミズムの王国
ミュージカル『ライオン・キング』


  
      我々が「劇場に行く」ということは、おそらく基本的には「だまされ
     に行く」のだろうが、せっかくその心構えがあっても、ちゃんとだまし
     てくれる舞台はめったにない。だが今回は幕開けから、見事にだまされ
     ました!
      からっぽの舞台に次々と「動物」たちが登場する。ゾウ、キリン、カ
     バ、チータ…。鳥もカモシカもシマウマも、群れをなして走ってるんだ
     よ。やがて大きな太陽も昇り、あれよという間に「アフリカ」が目の前
     に出現してしまった。それらはほんとうに“動いてる”のだ。もちろん、
     タネも仕掛けもある。例えばチータは、後肢部分に人間が長靴はくみた
     いに入って歩く。で前肢はその人が棒で操る。キリンは胴体部分が人間
     で、その人が手と足と両方に竹馬している。ミーアキャットは、まるま
     る人形の背中に張り付いた黒子が操るのだが、ちょうど足先と手先の部
     分を靴と手袋のようにはめる。すると黒子が動いた通りにミーアキャッ
     トも動く。要するに、すべて人間が自分の「身体+人形」で動物するわ
     けだが、見ているうちに、だんだん人間の部分は目に入らなくなるのだ。
     これはサーカスの体験に近い。ゴムのロープの「宙乗り」を見るとき、
      人はロープなんか見ていない。単に「飛んでる!」から嬉しいのだ。
     しかし何故かくも「動いてる!」こと自体が心踊る出来事なのだろう。
      「アニメーション」というもの、とりわけディズニーのそれは、本来
     動かないもの(スティール)を動かす、つまり生かす(アニメートする)
     ことへの欲望によって成立している。その意味において、この舞台版
     『ライオン・キング』は、きわめてディズニー的なシアター・プレイと
     言える。つまり「アニメーション的演劇」だ。「普通の演劇」のリアル
     は「俳優の生身」が保証している。彼等は操り人形ならぬ人間なのだか
     ら、わざわざ動かす(アニメートする)必要はないのである。それはい
     わば「アニメ」に対する「実写」のようなものだ。ところがこの作品の
     登場人物はほぼ全員が「動物」なのだ。しかも壮大なアフリカの大地も、
     ダイナミックに描写しなけりゃ。どうする?
      プロデューサー以下スタッフは「これをミュージカルにしろ!」とい
     うディズニー会長の一言を聞いた瞬間、初日の舞台でディズニーランド
     のアトラクションの「着ぐるみショー」が展開されていて、ブーイング
     の嵐、といった悪夢のような光景を、脳裏に浮かべたことであろう。そ
     れを救ったのがジェリー・テイモアというショウ・ビジネス界ではほと
     んど無名の演出家だったわけだ。
      彼女は日本の文楽やジャワの影絵芝居などの「東洋演劇」を学んでお
     り、たしかに『ライオン・キング』においても、それらの直接的な影響
     がはっきり見て取れる。そして題材はアフリカである。そこで、この作
     品を今日のアメリカの「マルチカルチャリズム」的表現、とみることは
     まったく正しいのだろうが、僕はやはり、これは「演劇としてのディズ
     ニー(アニメーション)」であると言いたい。
      動かないものを「アニメート」したいというのは、おそらく「アニミ
     ズム」的欲望なのだ(それは「動いてる!」からというだけで喜んでし
     まう我々が抱いているものでもあるだろう)。ディズニーの基本コンセ
     プトは、動物はもとより物質や自然の「擬人化」であると同時に、人間
     の「擬物化」でもある。電柱にぶつかって「ボヨヨ〜ン」と跳ね返る人
     物は「ゴム」で出来ているに違いない。さらに、アニメの「表現レベル」
     において、活き活きとさせるために与えられる運動性(デフォルメ、い
     わゆるディストーションの付加)とは極言すれば「ダンス」だ。そこで
     は人間も物質も踊っている。つまり、「アニメーション」とは、きわめ
     てアメリカニズム的なフェティッシュであると同時に、文楽や影絵、あ
     るいはバリ島の舞踊劇やアフリカの呪術的儀式と同様の「マジック・シ
     アター」なのである。そして、まさに『ライオン・キング』は、互いに
     擬人化と擬物化をし合う「黒子+人形」の動物たちの国、事物と人間の
     混肴するアニミズムの王国なのだ。そう、「ウォルトの夢の世界」の。


    (この文章は『太陽』誌に発表したものに、若干の加筆・修正をしたもの
     です。許可なく複製、転載をしないでください。)



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