リアルの条件７──「基礎の基礎」その２
たとえば、喫茶店で待ち合わせをしているとする。ドアから入ってきた相手に「ココだよ」と軽く手を上げる。相手もまた「やあ」と手を軽く上げるであろう。ところが、ソイツは私が大きな川の向こう岸にいるかのように「お〜い！お〜〜い！」とばかりに大きく手を振る（おまけに背伸びまでしてやがる）のであった。私はとても恥ずかしかった‥‥、というよーなシチュエーションは、まあ現実にはあまりにありそうにないが、かなり近い感覚をダンスを見に行って体験することがある。
特にコンテンポラリー・ダンスの公演。彼等は小スペースで公演することが多いでしょ、定員80人とかの。席も５列しかなかったりして。そんな文字通り「目の前」で、いきなり飛んだり跳ねたりバック転されたりすると、なんだか見てるこっちが恥ずかしい気持ちになる。それは、距離や空間の大きさと動きの大きさがまるでズレてるからではないか。「意識の遠近法」が違和を感じるのだ。バレエは勿論だが、モダン・ダンスもコンポラ・ダンスも使用されるテクニックから見ると、本来は大きな空間（劇場）の遠くの人（最後部の観客）に届くようにという前提ですべての動作が出来ている。それをいきなり四畳半、とは言わないがリビングルームでやられてもなー、ということでしょう。
これ、演劇でもかつて似たようなことが言われたな。ボソボソと客席に届くか届かないかの音量で、つまり日常会話の音量でセリフを喋るというのは、今ではごくフツーに見られる演技スタイルとしてかなり定着しているが、明らかにある地点で「発見」された「言われてみれば」の１つだ。「テーブルをはさんで向きあっている相手に、通りの向こう側にいるかのように大きな声で話しかけるヤツはいない」って。80年代の小劇場演劇は小劇場なのに、大きな劇場での新劇やテント小屋のアングラ芝居などの大きな声（絶叫）をそのまま受け継いでしまった、そこんところを「静かな演劇」と呼ばれた90年代演劇は問題にしたのだった。
それなのに、ダンスのほうは、コンテンポラリーとは言うけれど未だにセリフを朗々と歌い上げる「新劇」時代に止まっているってことか？ いや、別に広いところでやるぶんには問題ないんですよ。でも、予算の問題とか「コンポラ・ダンスをもっと身近に！」とか色々あるわけでしょ。ならば、「ＴＰＯ」は必要かも。「大きな動きには大きな空間」「小さな空間には小さな動き」ってね。
手塚夏子の『私的解剖実験地図』はそういう「ＴＰＯ」がうまい具合に“ハマって”いた。会場のギャラリーはキャパ40名というミニマムな空間、踊るために残されたスペースは畳１枚ほど。おまけに観客はオモチャのオペラグラス（問屋街で買い込んだらしい）を持たされる。この至近距離でどう使えってんだよ？ ところが、始まったダンスは小さい小さい（笑）。立ち位置キープは当たり前、腕の小さな上げ下げとか、首の方向転換‥‥あれ？動かなくなっちゃた、と思いきや、この人「顔」で踊ってるよ。思わずオペラグラスを覗くと、顔のドアップで、こりゃ便利だ。しまいにゃ、オモチャのヘビを両手に持ってクネクネと踊らせる始末。途中ちょっと退屈したので、意味なくオペラグラスを覗いて意味なくパンしてみると、彼女のワンピースに極小（実寸１センチ）の赤ん坊のフィギュアが。ちょっと得した気分。そう、実は彼女の場合もともとのダンスが人一倍小さいのだ。そこで、小さな動きをどうしたら見てもらえるか、と逆算して発想した舞台作りになったのだろう。よーく見えたよ、いやホント。
しかしダンスのＴＰＯ、大劇場の場合は意外な変則があるようだ。グローブ座のコンドルズ『Ａ列車で行こう』で、そんなことを感じた。バカがつくほどの「パワフル」とか「エネルギッシュ」とか「汗流し」が売りのコンドルズだ、「大きな空間に大きな動き」とは言っても、大人数が一斉に猛烈に動きまわれば、余白がなくなり狭い空間になってしまう。その結果、印象のレベルでは動きの大きさ＝迫力は半減する。もったいない。ところが、途中、「人形劇」が挿入されるのだが、小さいのによく見えたから不思議だ。他に何もないだだっ広い空間の片隅で起こる小さな動き、これはどうしたって目をこらすようにしむけられるのだ。人間の目は意識と連動していて、「心理的フォーカス」というようなものが働くのかも。それにしてもこのマリオネット、ダンサーたちがヘタクソに操作するので、手足はグニャグニャだったり突っ張らかってばかりだったのだが、それってかなり「ダンス」じゃないだろか？
（この文章は『バレエ』誌2001年11月号に発表したものに、若干の加筆・修正をしたもの
です。許可なく複製、転載をしないでください。）