雲と水面

3度目の夏・・・そして秋
人工内耳の子どもと迎えた3度目の夏休み・・・聞こえもよくなり、言葉もたくさん覚えました。人工内耳装用児のお母さんのご寄稿です。人工内耳を模索するお母さんに、ぜひ読んでいただきたいと思います。(管理者)
「おぎゃーおぎゃー」と産声こそあげませんでしたが息子・武(仮名)の耳の誕生日は忘れもしない平成8年2月24日、息子が2歳10ヵ月の時でした。それから月日が経ち5歳の武の『お耳』は2歳7ヵ月になりました。

 難聴の発見は1歳10ヵ月と遅めでしたがそれでも両耳に補聴器をつけました。しかし半年過ぎても発語はおろか『補聴器をつけても本当に少しでも聞こえているのかな?このままの状態でいいのかな?』という疑問がいつも心の中にありました。

 そんな時「人工内耳」との出会いがありました。周囲の人々(手術病院以外の医療関係者やろう学校の教師など)からは反対意見ももらいましたが『少しでも可能性があるのなら人工内耳にかけてみよう。そして手術するなら早い方がいいだろう』と私たち、両親の考えに基づき手術にのぞみました。

 手術後、3ヵ月くらいの5月の事でした。先輩のお母さんから「せみがうるさいって言うのよ。セミの泣く声がうるさいーって怒るくらいなのよ。」という話しが私の中でとても印象に残りました。いよいよ8月になりセミがうるさいくらい鳴いています。「武くん!セミがみーんみーんって鳴いてるよ。聞こえる???」と勇んで聞いた母に対して武は『???』とう顔をしているだけでした。少しがっかりしましたが他の環境音や私の声などは確実に聞こえている反応が見られていたこともあり、そんなに焦る気持ちにはつながりませんでした。

 そして1年が経ちましたが自発語は少なく自分の名前もなかなか言えない状態でした。ただ『絶対聞こえている』という確信のようなものはあったので、ノンビリ親子のペースでやっていました。そしてその年の4月にろう学校幼稚部の一年生(いわゆる年少さんですね)に親子ともども入学しました。
 ろう学校の言葉の授業は予想はしていたものの厳しいものでした。新しい環境や出会いには楽しい事もたくさんありましたが、さまざまな行事や絵日記それにまつわる言葉を覚えるなど忙しい毎日でした。何よりいえない言葉を言えるようになるまで立って練習する子供とそれを後ろに座って見ているしかない母・・・毎日が精神的にも体力的にも辛い時でした。そして夏がやってきました。武にとっては初めての、母にとっては待ちに待った久々の夏休みがやってきました。

 そんな夏休みの朝のことです。のんびり朝ごはんを食べていると武が突然耳に手をあて『聞こえるよ?なーに?何の音?』としぐさで聞いてきました。それは去年何度も教えても分からなかったセミの鳴き声でした。「あれはね、セミだよ。セミがみーんみーんって鳴いてるよ。せみ。」と私が言うと「えみぃ?(せみ)みーんみーん?」と答えてくれました。去年の事を思い出しうれしく思いました。
 それからは毎日、毎日遊んでばかりいましたが、その遊びや生活の中からスポンジのように言葉を吸収し話し言葉が増えていきました。(まだまだ単語レベルでしたが)

 それから一年後の今年の夏休み・・・グッと成長した言葉を使って人とのコミニケーションをとるのが楽しくて仕方がありません。それは主に生活の中から遊びながら「聞いた」言葉なのです。そして今年の夏に武がはまったものが「虫」でした。セミの鳴き声にも耳を傾け「これはみーんみーんって鳴いてるからミンミンゼミだよ」とかこれは「じーじーって鳴いてるから油ぜみだね?」なんて言って私を驚かせました。図鑑に夢中になり見た事もない虫の事を語ったかと思えば「あかとんぼさん、どこにいくのかな?さんぽかな?それともお母さんが一人でさみしいっていうからおうちに帰るのかな?」なんて虫の気持ちを想像してみたり・・・。言葉が広がりそれに伴って心も成長したように感じました。

 そして秋になりました。久しぶりに家族そろって外出した時のことです。父親が「武ってほっとくとずっと話してるよね。本当はおしゃべりだったんだね。今までは話せないから話さなかっただけなんだね。」とポツリともらしました。
 本当に武が「おしゃべり」になるなんて人工内耳に出会わなければ考えられない事だったな、と実感する毎日です。今は「どうして?どうして?」攻撃に応戦する毎日ですが、まだまだ学ぶべきことはたくさんあると思い人工内耳を背中にしょって2人三脚で歩いていきたいと思っています。

 最後につい先日武がはじめて語った詩(のようなもの)を書きたいと思います。
                                        
『しゃぼんだま』

いっぱい いっぱい しゃぼんだま
あか あお きいろ みどり
かけっこしてる
たかい
とんだ
とんぼみたい





ご感想・ご意見などは管理者へお寄せください。 2000.10.27掲載



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