Let it be  心の話 Vol.7      夢の喪失

 17歳少年の犯罪が続いた。バスジャックと主婦殺人だ。ニュースやワイドショーで
は、連日なぜ彼らがあのような事件を起こさなければならなかったかを報道している。
微に入り細に入り彼らの学生生活や家族環境を扱っている。

 あれらのニュースを聞いてひとつ思い出したことがある。僕が高校入試のとき、担
任は夏休みの頃、僕が志望していた都立高校には入れないから別の高校にしろと勧め
た。しかし、それから半年間で学力テストの偏差値がかなり上がったので、実際に入
試を受けるときにはほぼ確実に受かるレベルになっていた。すると都立高校はテスト
と内申の総合評価だったので成績ぎりぎりで受からないかもしれない生徒に僕の内申
を回してくれと言い出した。当時は志望校に受かりさえすればいいからと思い気にし
なかったが、いま考えると変だ。学校としては何%の生徒が志望校に入ったかとか、
高校進学率は何%かだとかが問題にされるから、とにかく生徒を進学させたい。受か
るかどうかぎりぎりの生徒は難しくはない高校に志望変更させるか、それが無理なら
なんとしてでも受からせたいのだろう。

 他人の成績を横流してまで高校に受からせる必要があるのだろうか? 高校ひとつ
でその人の人生が狂うほど高校は重要なのだろうか? 今の僕はそんなことないと思
っている。自分の力で入れたところで精一杯やっていけば、それで良いのだと思う。

「そんなことはない、高校がいかに重要かお前は知らないんだ」
と言う人が多いから学生たちのあせりや不満が募っていく。

 僕は大学に入るのに三年浪人した。自分が目指す道をあきらめることが苦しかった
からだ。それをあきらめるくらいなら浪人した方が楽だった。当時は分子生物学に興
味を持っていた。だから分子生物学を学べる大学に入りたかった。しかし、結局志望
の大学には入れなかった。四年の浪人はもう気力が続かないと思い、その年に入れた
大学の学部に通い始めた。大学生にはなれたのでほっとした気持ちはあるものの、目
標は失ってしまった。以来、大学の四年間は自分がこれから何をするか探そうと思っ
た。結局、受験にかけた三年間は無駄だったかもしれない。でも、無駄をしたおかげ
で英会話ができるようになったし、多少の苦労はなんとも思わなくなった。

 夢をひとつ失えば、もうひとつ夢を作ればよい。

 確かに浪人しているときはそんなこと言ってられなかった僕だっただろう。でも、
失敗したからこそこんなことが言える。

 高校入試に失敗したら、別の夢を作ればよい。大学入試に失敗したらもうひとつ夢
を作ればよい。就職に失敗したらもっと大きな夢を作ればよい。人はいくつでも夢を
作ることができる。そしてまた失敗したら、もう一度やりなおすことだ。

 システマティックな社会になり、僕らは余裕を失っているのかもしれない。少年た
ちに接する大人に余裕がなければ、少年たちはさらに余裕を失っていく。

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