天使の行進〜アイルランド紀行 その3 「ジョナサン・スウィフト」

 スウィフトの墓はセントパトリック教会の床に埋め込まれている。隣には生涯の愛人ステラの墓もある。僕は複雑な思いで、金色に光るふたつの墓を見下ろした。

 アイルランドへ行く一ヶ月ほど前から、僕のまわりにやたらと「ガリバー」が現れた。友達の冗談のなかに、ニュースの中に、そしてレストランに飾られたポスターに。あっちでもこっちでも、やたらと「ガリバー、ガリバー」と言われるので気になっていた。

 ある日、「地球の歩き方 アイルランド編」を買う。アイルランドの首都ダブリンでは、今回のツアーで二カ所行く場所があった。ひとつはセントパトリック教会。もうひとつがトリニティ・カレッジ。そしてその両方がスウィフトゆかりの地なのである。それまで僕は「ガリバー旅行記」の原作者スウィフトがアイルランド出身者だということを知らなかった。

「すごい偶然だなぁ」と思い、うちにある世界文学全集のスウィフトの巻を開いてみる。するとスウィフトの解説を親父が書いていた。

「こりゃまたすごい偶然だなぁ」

 ぱらぱらとページを繰る。あるページで指が止まった。そこにはスウィフトの肖像画が載っていた。

「これ、見たことある・・・。どこで見た? あっ、もしかして」

 一年ほど前、秋山眞人さんとレストランで食事しているときに、「僕の前世は何?」と半ば冗談で聞いたら、答えてくれた。その時に描いてくれた僕の前世の絵にそっくりなのだ。秋山さんはフランスの文筆家で二人の音楽家のパトロンをしていたと答えてくれた。そしてその人の名前はわからないが、その人にゆかりの場所か建物の名前が「ラ・ドューリ」とか、なんかそれに近い名前だとも。さて、フランスは違ったが、ゆかりの場所ダブリン(Dublin)はbとnを抜けばデュリ(Duli)となる。

「スウィフトが僕の前世?」

 僕はこの疑問を抱えて墓の前に立った。

 しかし、何もわからない。

 かつて不思議な体験をした。なぜそうなったのか、僕には理由がわからなかった。僕が付き合った女性が三人続けて父親を亡くしているか、母親が父親と離婚していたのだ。三人ともそうだということに僕は釈然としない思いを抱いた。当時は心理学の本などを読んでいたので、僕の心の何かの反映かと疑った。しかし、僕には思い当たるふしがない。ところがスウィフトが僕の前世だとして、彼の生い立ちを調べると、理由がわかる。彼の交際した女性たちも、父を亡くした人ばかりだったのだ。

 スウィフトは1667年11月30日に生まれた。スウィフトの姉が1665年に生まれ、彼は第二子だった。スウィフトの父親はスウィフトが生まれる7ヶ月ほど前に死んでしまった。スウィフトの母はスウィフトを親戚に預け育ててもらった。スウィフトはこのことを生涯恨んだという。それも母親を恨むのではなく、姉を恨んだのだ。「姉さんがいなければ、僕は母さんと暮らせた」

 スウィフトは女性に対しての強いコンプレックスを抱える。その結果、彼の女性関係は不思議なものとなる。二十九歳のとき、ジェイン・ウェアリングという女性に求婚するが、四年後に相手が結婚に同意するやいなや「君が私との結婚生活に堪えられると思うのか」という不可解な絶縁状を送り関係を絶つ。

 いちずに思い詰めて結婚を迫ったヴァネッサをにべもなく断り、死に追いやりもする。一説にはヴァネッサは自殺だったという。そして14歳年下のステラを生涯愛し続けるが結婚はしない。そのステラとともに、教会の床の下に眠っているのだ。

 工藤昭雄が書いたスウィフトの解説には以下のような記述がある。

「アーヴィン・エーレンプライスは彼女たちがいずれも父親を亡くした第一子であったことを指摘し、スウィフトが幼かりしころの自分を彼女たちのうちに見出し、満たされなかった願望を彼女たちのために、同時にそれは自分のためでもあるのだが、実現しようとしたのではないかと推測している。恋人であり、夫であるばかりでなく、父でもあれば兄でもある家庭を夢見たのではないかといっている。おそらくそのとおりであろう」

 僕が交際した女性たちとの一致、これは偶然? それとも必然? しかも僕は現在も父親を幼くして亡くした女性と付き合っている。結婚もせずに。

 これも偶然だろうか。僕の前世を見た秋山さんがこのツアーに同行していた。アイルランドに向かう機内で僕はスウィフトのことを彼に告げた。「あっ、そうかもしれない・・・」

 教会の奥に戸棚があり、そこにはスウィフトのデスマスクと骸骨が展示されている。それらの目の前に立つとき、同行していた秋山さんが「ごたいめーん」と茶化した。

 骸骨は黒光りしていた。あまり直視したくなかった。僕は前世なんか知りたくない。いや、知りたいけど、知るのが恐い。

 今の僕は、今の僕として生きていきたい。

その4 「巨人のテーブル」

アイルランド紀行「天使の行進」

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