ジッポーを点ける

 煙草を吸うつもりもないのにライターを点けることがある。しかし、どんなライターでもいいという訳ではない。用がないのに点ける価値のあるライターはジッポーだ。

 ジッポーは人差し指と中指の股の部分にジッポーの蝶番とは対角線上にある角を押し当て、親指で蓋を開け、親指で火打ちするローラーを回すことですべての動作を片手で済ませられる。このとき驚かされるのはジッポーの大きさだ。親指が蓋やローラーを操るのに丁度良くできている。もしこのとき、蓋の上部を蝶番の方向へこするようにして蓋を開ける人がいたなら、その人はジッポー上級者だ。僕はこのテクニックを開高 健のエッセーから教わった。

 音がまた良い。蓋を開けるときの「チン」という音。これは偶然生まれた音なのだろうか、それともこの音を生み出すために研究が重ねられたのだろうか。この音の開発のために数百万ドル費やされたと聞いても僕は疑わないだろう。それほどの心地よさがあの音にはある。そして点火の音もすっごく良い。「ジュボッ」というあの音だ。この音にも研究開発費が費やされても良いと思う。「あの音を実現させるために芯には鉄線が巻かれている」という話がまことしやかに流れたら、きっと僕はいろんな人にその蘊蓄を語るだろう。蓋を閉める音もgoodだ。蓋の閉まる「チッ」という音と蓋の密閉によって空気が圧縮されるような「カポッ」という音が重なって聞こえる。もちろんこの音にも研究開発費を承認するし、このことを伝えるために広告が制作されても不思議ではないと思う。

 バーなどでこの一連の音の流れをよく耳にする。

「チン、ジュボッ、カ(チッ)ポッ」

 他人の音を聞くと自分のジッポーも鳴らしたくなる。音が聞きたいために煙草を出したりして、本末転倒とはこういうことを言うのだろう。

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