今しも切り立った男坂の石段を、満開の桜
花は芝居じかけの雪のように舞い降りてゆく。
史実を伝える立て札のある境内からは、高
層ビルの群にさえぎられ海をのぞむことがで
きない。上野・本牧亭最後の日、あれほどの
感銘を与えた<講談>とは何だったのか。
『寛永三馬術』の舞台となった愛宕神社ま
でやって来て僕は考えていた。辞書を引くと
「軍記・武勇伝・敵討などを調子をつけてお
もしろく聞かせる演芸」とあっだ。だが、具
体的には何の作品も思い浮かばない…。
軍記といえば古典では平家物語か。那須の
与一の話なら知っている。昔、春風亭小朝が
TVでやってた。確か「扇の的」とかいった
はずだ。だが、小朝は落語家だし…。武勇伝
なら任侠の世界か。清水次郎長、森の石松…
…どう考えても浪曲だな。敵討…やはり赤穂
浪士。と言ったとたんに三波春夫の「東山三
十六方草木も眠る丑三つ刻−−雪を蹴立てて
サック!サック! お〜っ、蕎麦屋かっ!」
という名調子が浮んだ(何故か暗唱すらでき
たりする。ラサール石井がパロディでやって
た)ううむ…。確か何かを叩くんだよな…、
「パパンパン」とかいうリズムがつくもんな。
マンガを読んでいても「荒唐無稽な話が際限
なく広がっていく」というギャグの表現に、
突如どこからともなく机が現れてそれを何か
で叩いてるというのをよく見るし。SFの大
家・諸星大二郎が「西遊記」を講談師が語る
スタイルで描いてたな。……そういえば永井
豪の「イヤハヤ南友」というマンガに講談師
がでてきたよな。、たしかあの男、いくら熱
演しても相手が<講談>を理解してくれない
のでとうとう泣きだしてしまったな。「落語
はいい、そら、いいよ。でも、講談は、講談
は、男のロマンなんだよォ!」と。
さんざ記憶を掘り起こしても、特に演芸通
というほどでもなかった僕にはそれ以上思い
つかなかった。だから、もっと知りたいと思
うようになった。そして、やがて、「扇の的」
も清水次郎長も、赤穂義士伝もすべて講談を
オリジナルとする演目だと知ることになる。
講談が五百年の歴史を持ち、多くの定席を
中心に栄え、日本人の「物語」への欲求を一
手に引き受けてきた大いなるメディアだった
と知ることになるのだが…。
帰りにひいたおみくじには「吉」とあった。
(((↑芸人になる前の文章なので、敬称略っす)))