Silvan Note 10 太陽の匂い

 

身体中の細胞がH2Oを欲している。

一歩登るごとに肺がおおげさに伸縮するのがわかる。

標高6,000m近い希薄な空気の中、キリマンジャロ山頂をめざしていた。

深夜に4,700m地点にある山小屋を出発して、約6時間。

ゴツゴツした岩を巻くようにして、少しずつ高度をかせぐ。


一瞬、何かが変わった。

太陽の匂い

一歩先の足元だけを意識していた私は、

その変化が何だかすぐには理解できなかった。

真っ先にその変化を察知したのは、呼吸器だった。

鼻腔を通る空気の匂いの微かな変化に気づいたのだ。

生まれる前から知っていたような、なつかしい匂いだ。

決して強い匂いではない。しかし、不思議と安心感に包まれる。

その乾いた匂いが放つ方向を見やると、

太陽が遥か下の雲海の中から顔を出していた。

赤道直下の太陽は、あっという間に、冷え切った空気を熱しはじめた。

 

 

陽だまりの草の中に寝ころび、目を閉じていると、

草の香しい匂いの奥に、あの時の太陽の匂いを感じとれる。

嗅覚の中では、この匂いは主役ではない。

生命の息吹を包みこむような匂いだ。

いつしか、母胎の中にいるような心地よさで、ねむりについていた。


Silvan
's Monologue

今回のテーマは「嗅覚」。「ひなたぼっこ」していると太陽の匂いを感じませんか。そう、布団を干したあとのあの匂いもそうかな。キリマンジャロには、もう何度となく登っています。高山病と闘いながら、登頂日には、深夜に登りはじめて明るくなる頃にやっとお鉢の淵の近くまで登ることができます。それから本当の頂上までは、お鉢の上をぐるっと回ります。氷河の上を歩くのです。この頃には、太陽も上がって、まわりの氷河を真っ青に照らします。ガタガタ震える寒さから、太陽の光がちょっぴり顔を出すだけで、だいぶあたたかくなります。太陽は本当に偉大です。 


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