Silvan Note 9 流れのつぶやき
初夏の日差しに誘われて、清流の中に入った。
水は、思いのほか冷たく、足の皮膚がジンジンきた。
水が温むには、まだ少し時が必要なのだろうか。
肌に刺さるようなこの水の感触は、ガンジスの源流を思い起こさせた。
ぱっくりと口を開けた淡い蒼をしたヒマラヤの氷河から
無限に水が溢れ出していた。
ガンジスを女神として崇めるヒンドゥー教徒にとって、
川が生まれるこの場所は、神が地上に降り立つ聖地となる。
髭をたくわえたひとりの苦行僧が、
轟々と音をたてるその流れに肩まで身を沈めていた。
あまりの冷たさで私は、数秒しか手を入れていられかったのだが、
苦行僧は、身動きもせず一心に祈りを捧げている。
まるで彼は、自分の肌を通してガンジスと対話をしているようだった。
清流と戯れているうちに、冷たさに慣れてきた。
すると不思議と川底の表情を感じとれる気がしてくる。
蠢く微妙な流れや静かな水の溜まり、生けるものの気配もする。
丸い小石が足の指の間を撫でていく。
ちょっぴりくすぐったいが、心地よくもある。
もう、しばらくここにいよう。
流れが自然のつぶやきとなって語りかけてくれるまで。
今回のテーマは「触覚」です。流れを肌で感じる。実は、撮影日はまだ春だったので、すごく冷たかったのですよ。書いてあるようにそのうちに慣れましたけど。ガンジスは、不思議な河です。人生を飲み込むような大きさがあります。インドを放浪していた時、源流からベンガル湾に注ぐまでガンジスの流れを辿ったことがあります。あちこちがヒンドゥー教徒の聖地になっていて、生と死の境がうやむやになるような感覚も味わいました。人々のエネルギーを吸いとって、海に流れ込み、再び蒸発してヒマラヤに雪となって還る。そんな大きな自然のサイクルを実感しました。