Silvan Note 8 黄色いウェーブ
ネパールの山奥で、道に迷った。
踏み固められた比較的わかりやすい山道を歩いていたのだが、
シャクナゲの大木の森に吸い込まれると、だんだんと細くなり、
しまいには獣道のようになってしまった。
まだ陽も高いはずだが、生い茂った森は薄暗かった。
体中の神経が、ピリピリくる。不気味だった。
しかし、気をとりなおし、さらに急斜面を登った。
突然、視界が開け、鮮やかな色が飛び込んできた。
ホッとする暖色だ。今までの孤独感がいっきにとりはらわれるようだ。
眼下に広がる谷の斜面には、少しの耕地も惜しむように段々畑が続いている。
そのあちこちで菜の花が風になびいていた。
その深い黄色のウェーブを背後から森がやさしく包みこんでいた。
菜の花色の中に身をおくと、心がのびをするようだ。
この手放しの安心感は何だろう。
かすかに風が吹いた。それぞれの花びらが震えだし、
あの日と同じウェーブをはじめた。
「確かに生きている」
物言わぬ花たちは、視覚で私にそう訴えかけているように思えた。
なんだか健気で、いとおしくなる。
風の余韻がいつまでも残っていた。
今回のテーマは「視覚」です。ネパールの国は、ヒマラヤの渕にあるので、南側のわずかな平原以外はほとんど山間の斜面です。その斜面を切り開いて、わずかな土地も惜しむように段々畑が連なっています。春になって、菜の花や芥子の黄色の揺れるさまがそれはみごとです。「星の王子さま」の中で麦の穂が金色に輝くシーンがあるけれど、そのシーンをなぜか思いだしました。王子さまの髪の色にたとえられた麦の穂。そのイメージでウェーブという言葉が出てきました。最近では、サッカーのサポーターのウェーブの方が一般的でしょうか。