Silvan Note 3 乳の香り
乳の香りがした。一カ月近く、チベット高原を旅した時のことだ。
出会う人、出会う人、みな同じ香りがする。
乳が発酵する時にでるような、芳醇な香りだ。
バターなどの乳製品を食しているので、
自然と身体に染みついていくのだろうか。
同じモンゴロイドの私の顔は、強い紫外線のためか、
褐色に日焼けして、あっという間に、現地の人々と区別がつかなくなった。
しかし、同じ香りを発しているとは、とても思えなかった。
それが、異邦人である証拠のような気がした。
その香りがしなくなったのは、帰国も間近に迫った頃だった。
鼻が慣れただけでなく、同じものを食べているうちに、
その匂いが私の身体に染み込んでいったに違いない。
体臭が同じになるということが、これほど心地よいものとは・・・。
炎えゆく森は、とぎすまされた、清冽な香りがした。
大きく息を吸い込んでみる。身体のすみずみまで、
空気が浸透していくのがわかる。
どれくらいこの場所にいたら、森と同じ匂いになれるのだろうか。
もう一度、思いっきり深呼吸してみる。
今回のテーマは「嗅覚」。旅をしていると、なるべくその現地の人と同じようになりたいという欲求が生まれてきます。同じ視線からものをみたい。とても難しいことだけれど、せっかく異国の地にいるのだから、その土地の人間と同じ土俵に立ちたいのです。カイラスというチベットの巡礼地にいった時、自分の匂いが知らず知らずのうちに乳の香りになっていったのを実感しました。なんだか嬉しかったのを覚えています。時間をかけた滞在型の旅ならではのエピソードだったように思えます。ところで、この紅葉きれいでしょ。実は、ここは土砂崩れがあった長野県の小谷村の近くなんです。出稼ぎの方々が亡くなってしまってニュースを聞いた時は心が痛みました。この美しい色がオーバーラップしました。