Silvan Note 4 前世の話
闇が迫っている。森の夜は早い。
太陽が山陰に隠れてしまうと、ずんずんと闇は光を押しつぶしていく。
キャンプ地に決めたのは、岩魚が棲むという渓流の側だった。
沢の水を掬って水割りにする。
なじみのウイスキーがやけにうまい。
野性の水が、舌の上で凛と主張し、アルコール分と絡み合って、
喉にしみわたっていく。
岩魚の塩焼きを肴にしたいところだが、冬の間は禁漁だ。
そういえば、小さい魚しか棲息しないブータンでは、ほとんど魚を食べない。
一つの命を絶っても、そこから得られる糧はわずかだと。
信仰が篤く、輪廻思想を深く信じているので、人々は殺生を極力避ける。
もしかしたら、来世は、魚に生まれかわるかもしれないのだから・・・。
ランタンの及ぶ範囲だけが、闇から取り残されていった。
照らされた川面は白く泡立っている。
しんとした森の中で、岩をたたく水音が微かに聞こえた。
岩魚どもは、川の底でいったい何をしているのだろう。
身体が火照ってきた。
「一杯やらないか。前世の話でもしようじゃないか」
今回のテーマは「味覚」。実は、この原稿を書いたあと、ブータンに再訪したのですが、最近の若者の間では、釣りをするのがはやりになっているようです。ちょっとショックでした。敬虔な仏教徒には変わりがないでしょうが、釣りの魅力にとりつかれた男たちは多かったです。老人たちは、嘆いていましたが。いずこも同じという感じですね。時代の流れはその速度は違っても、押し止めることはできないのかもしれません。どううまく折り合っていくかだと思うのですが・・・。