Silvan Note 5 ヤクの視線
標高4,400mのヒマラヤ山中で、幼いヤクの屍骸を見たことがある。
ヤクは、高地に棲息する牛で、ずんぐりしたカラダ全体を
黒く長い毛が覆っている。厳しい寒さから身を守るためだ。
遊牧民はその毛を織って、穀物袋やテントを作る。
風雪に耐えたヤクの毛の織物は、防水性に優れているという。
六月だというのに、吹雪になっていた。
まだ毛の生えそろっていない幼いヤクには、
氷点下の寒さは耐えられなかったのだろう。
息絶えたばかりなのか、四肢を投げ出して横たわっているヤクの体には、
まだ雪は積もっていない。
よく見ると、目はしっかり見開いたままだ。
湿り気の残るその目は、海の底のような深いコバルトブルーをしていた。
ほんの一瞬の命の中で、あの目はどんな風景を見てきたのだろうか。
ふと、そんなことを考えながら、霧氷に覆われた白一色の森を歩いていた。
凍てつく空気が創りだした繊細な氷の彫刻。
その一粒一粒が異なった表情をしていることを知っていたのかもしれない。
いつしか、幼いヤクの視線になって森を徘徊している自分がいた。
今回のテーマは「視覚」。いや、この場所に着いたときは感動したな。樹氷というのは、よく聞くけれど、この霧氷は、ほんとに繊細できれいだった。ちょうど朝日が登ってくるところで、光の感じがgoodではないですか? ここにでてくるエピソードは、ブータン・ヒマラヤ沿いを歩いた時に出会ったシーンです。詳しくは、「地球の片隅を歩く」のスノーマン・トレッキングにおでかけください。