Tokyo In and Out '92

(その2)



その2.ユーザ像は徹底的に絞り込もう

6.消費者から嫌われることを恐れるな
いまや「マス商品」なんて存在しない世の中、万人に好かれるモノなどありえない。商品を企画するときには、昔のクセでつい「より多くのヒトに支持されるもの」を目指してしまうだろうが、このスケベ心が失敗のもと。万人好みにすべく、いろいろなヒトの意見を反映させると、商品の個性や特色がぼやけてしまい、けっきょくは魅力のない商品になりがちだ。これではだれも買わなくなってしまう。
ヒットする商品は、個性が明確でなくてはいけない時代だ。嫌うヒトは徹底的に嫌うほどクセが強いもののほうがいい。このアクの強さが、嫌うヒトがいる一方で強烈な支持者をひきつけ、ロングセラーをもたらすのだ。ヒットといっても、今や量の時代ではない。強烈に支持される質が問われている。このためには、他の商品にない「気持ちいい」ポイントをもっていなくてはならないのだ。
個性がはっきりしていて、好ききらいが明確にわかれるものほど、強烈な支持者が集まる。商品の送りて側は、主義主張や立場を明確にしたほうがいい。不偏不党の日和見主義じゃお客さんはついてこない。「ユーザから嫌われるコト」を恐れていてはいけない。虎穴に入らなければ、虎児はえられないのだ。

○シルビアの成功と日産の復活
市場には常にトップ企業と2位以下の企業がある。トップのシェアが大きいほど、トップとそれ以外の企業は違う戦略をとらなくては生き残れない。トップ企業の戦略をまねていたのでは、未来はない。フォロワーでなく、チャレンジャーになれ。マスを捨てて個性を打ち出す、それが挑戦者のアイデンティティーだ。
オリジナリティーが打ち出せずジリ貧になっていた80年代前半の日産に、さっそうと登場したのが「人間CI」こと久米元社長(現会長)であった。そして、彼が仕掛けた復活戦略のカギこそ、この「明確な個性化」だ。
カーマニアの間で賛否両論を集めたシルビアは、再生にかける日産の象徴だった。シルビアがでたときの評価については、カーマニアの間でもスキ・キライがはっきりわかれた。それだけ個性を強く出したクルマだったし、だから大ヒットになった。
そして、それ以降の日産車が、どれも明確な個性を打ちだし、独自の市場を築いていったことは記憶に新しい。国内外の自動車市場が厳しい状況になった今後もこの姿勢を貫いていけるかで、日産の復活が社内のすみずみに浸透した本物だったかわかるだろう。

○顧客をえらんで成功したディスカウンターの王者ステップ
いまや家電やOA機器のディスカウンターといえば、まずアタマに浮かぶのがステップ。特にパソコン関係では圧倒的な強みを持ち、Macintoshについては日本のプライスリーダーにさえなっている。この非日本的な商法が定着したのも、顧客を絞り込んだコトによる。
店頭価格が高い店のエクスキューズとして、「顧客サポート料が入っている」というものがある。しかし、みんながみんなサポートして欲しいワケじゃない。そんなのはいらないよから安くして欲しいというヒトもいっぱいいる。
アフターサービスがいるヒトは高いところで買いなさい、ウチはそういうヒトは相手にしません。自分で自分の面倒が見られるヒトなら、安く買えるのですよ。この自助努力の精神は、レベルの高いユーザには大いにウケた。
ウサンくさいとか、怪しいとかいって嫌うヒトは徹底的に嫌うけど、それは喰わず嫌いのコトがおおい。一回買ったヒトはたちまちそのトリコになってしまう、5つのNO商法。なんとかいわれても、安いことはいいことなのだ。実際、一度買ってその魅力にとりつかれると、次からは必ずレピータとなるのだ。安売り商法の王者は、なんといってもユーザが支持している。

○いろいろいわれても味方は多い、リクルート商法の成功
あのリクルート事件もあったし、それ以前からもリクルートの雑誌やビジネスを批判するヒトは多い。そもそも、成功すればなにか陰口を叩かれるのが世の常だ。しかし、こういった状況に反して、リクルートの雑誌は安定して売れている。それはリクルートの雑誌が、情報の送り手側にも、情報を必要としているユーザにも、高く評価されているからに他ならない。
たしかにリクルートのだしている雑誌は、関心のないヒトが読んでもぜんぜん面白くはない。中には読物のページもあるが、基本的には読んでもヒマつぶしにならない雑誌である。つまり、必要があるヒトしか読まないのである。この絞り込みは、情報がムダなく相手に届くコトにつながり、情報誌としては圧倒的な強みになる。
情報誌は、必要なユーザさえつかめれば、マスメディアである必要はない。狭くとも、グッドサイクルが作れれば成功する。ガッチリ支持しているヒトがいるからこそ、荒波にもまれてもちゃんと生き残れるのだ。

○これが本格派、韓国直輸入材料で作るキムチ
食い物の場合、マスを狙うには日本風にアレンジして、「万人好み」の味にしてしまうこともおおい。しかし、その一方で日本風になったのじゃ満足できない、本場の本物を求めてるヒトは必ずいる。特に海外へも日常的に出かけるようになった最近では、本場で味わった「あの味」にコダわるヒトも多くなっている。
たとえば、日本のスーパーで売っているキムチの多くは、ふつうの白菜漬けにちょっと唐辛子をまぶしたぐらいの「日本風」のものが多い。しかしこれでは、本場のキムチの味の奥深さにはおよばない。そもそも、唐辛子の味が日本製と韓国製では違うのだ(日本製のほうが辛みは強いが味にコクがない)。
そういう理由で、一度本場のキムチのうまさを知ってしまうと、とりつかれてしまう。この味を手に入れるにはどうするか。それは、焼肉店などに材料をおろしている、韓国料理材料専門店にいくのである。ここでは、韓国直輸入材料で作った本場の味そのままのキムチが手に入る。というわけで、本格キムチはかくれたブームになっているのだ。


7.好きなヤツにはかなわない
ニッチマーケットの商品の場合、そのユーザはいわゆる「おたく」度が高いひとたちだ。こういったマニアックなユーザをネラうときには、ふつうの商品とはちょっと違った攻めかたが必要になる。「おたく」なヒトたちは、心の琴線に触れるところや、その感じかたが、ふつうのヒトとは大きく違っている。だから、一般人が想像で考えてもわからないようなレベルの高い要求を満たしていなくてはいけないのだ。
しかし、かれらのチェックポイントをクリアさえすれば、「メガネにかなうモノ」として、その商品には熱烈な支持がえられる。かれらの「気持ちいい」と思う商品はそんなにない。だから、ひとたび気に入ってしまえば、ブランドロイアリティーは驚くべきほど高いのだ。いわゆる「おたく銘柄」として認定されたワケである。
このようにニッチを狙うなら、その道の好きなヤツの意見を大胆に取り入れる必要がある。かれら特有の満足感を満たすモノでなくては、そもそも受け入れられないのだから。ということは、もしあなたがなにかのマニアならその趣味の意見を商品に生かすことで、強い商品力が生まれるコトにもなる。蛇の道は蛇、この格言は今でも生きているぞ。

○三菱の一枚看板を支えたパジェロと4WDブーム
三菱自動車も、資本提携していたクライスラーのコケぐせがうつったのか、80年代には長く低迷時代が続いていたが、この時代にただ一つ三菱の看板として売れに売れ気を吐いていたのが、オフロード四駆の傑作パジェロだった。
しかし、このヒットには深いワケがある。昭和20年代にライセンス生産の「ジープ」生産をはじめて以来、三菱はオフロード用の四駆の第一人者だったのだ。自衛隊で使っているジープも、もちろん三菱が作っている。そして、硬派のオフロードマニアから評価されていたのも三菱の四駆だったのだ。
このノウハウはタダ者ではない。やはり、四駆はマッチョなイメージが大事なのだ。このように硬派四駆マニアの心を知りつくしているコダわりがハードウェア作りに生かされているのが強みになったのだ。

○おたくのためのおたくのマシン、シャープX68000
ビジネスマシンじゃ永遠にNECに勝てないと悟ったシャープは、もともと強かったホビー/ゲーム向けのパソコンに特化して、この市場だけは死守する戦略をとった。そのために投入した究極のマニア向けパソコンが、X68000だ。ビジネス関係ではまったく使われていないので、一般のヒトはほとんどしらない機種だが、そこそこのシェアがあり、国内累計販売台数ではMacintoshといい勝負ぐらい売れているのだ。
このマシンは、最初からマニア向けを意図していたため、アーケードゲームマシンのアーキテクチャも取り入れ、高度なゲーム作りを可能にする専用の設計がされており、ゲーム専用パソコンとしておたく心をガッチリつかんだ。このように、市場のメインストリームでなくても、他社の追随を許さない強力な橋頭堡を押えることが、ニッチ商法の原点だ。
独自のユーザをつかむワザは、趣味商品の基本戦略だ。楽器は奏けないが音楽は作りたい、というヤングの心をとらえたラップ/ハウス系の音楽。ミュージシャンにはなれなくてもラッパーならば、というヒトたちのために、プロ用しかなかったDJ機材を民生用で出し大ヒットを当てたのは、楽器業界でニッチの王者としてしられる椎野総業だが、こういう目のつけどころができる企業はいつの時代でもきっちりと生き残れる。

○個性あるものは成功する、マイウェイがヒットを生んだ東京スポーツ
最近になって、「見出し」のきわどさに代表されるその独特の紙面作りが人気を集めている夕刊紙、東京スポーツ。このブームこそ最近のハナシだが、東京スポーツの路線は今にはじまったものではなく、昔から長い歴史を持っている。それが、アンダーグラウンドから陽のアタるところへでてきただけなのだ。
しかし、この独特の「報道姿勢」はどこからでてきたのかというと、これは知ってるヒトならだれでも知ってる、プロレスメディアとしての東京スポーツの伝統が生み出したものだ。プロレスファンが信頼するメディア、それはなんといっても東京スポーツだ。
プロレスを奥深く愛するひとたちは独特のメンタリティーを持っている。かつて村松友規氏は、かれらを「プロレス者」とよんだ。まさに東スポの個性はプロレス者のそれである。東京スポーツはwrestleするメディア。プロレスマニアの視点から生まれたこの個性を、時代が評価したというコトなのだ。

○おたくマーケティングといえばこのヒト、谷山浩子
シンガーソングライター、小説家/エッセイストをはじめ、八面六臂の活躍をしている谷山浩子さん。ふつうのヒトにとっては、この名前を知っていたとしても、アイドル系のシンガーに曲を提供しているソングライター程度のもの。しかし、彼女のアルバムや本の売り上げ、コンサートの動員等をみると、実に大きな売り上げが安定的にあるのだ。まさにかくれた大スターといえる。この秘密はどこにあるのだろう。
実は彼女は、知らないヒトはぜんぜん知らないが、知ってるヒトにとっては神様以上の存在なのだ。日本中のおたくがアイドル以上にあがめ、おっかけをしているのがこのヒトなのである。まさに「おたく」の心をガッチリとつかんでいる。彼女もかれら「おたく」の微妙な心理をよく知り抜いているからこそ、ファンも集まるし、ビジネスとしてみれば、このへんが実にうまくいっているのである。
おたくの皆さんはアルバムを買うときも、聞くために使う盤と、見て楽しむために使う盤と、コレクション用に開封せずにとっておく盤と、というように複数枚購入する。本を買うときだって同じようなものだ。コレクションは常に完璧を目指すので、すでに持っているアルバムや本でも、装丁の違う「限定版」がでれば必ず買う。コンサートも、一地区一日ではなく、一地区で数日間ちょっとづつ曲目をかえてやれば、毎日かかさず見にゆく。どんな山間僻地でコンサートをやっても、おっかけをやってるお客さんがいっぱい東京からついていくので、かならず満員になる。
かくして1万人のファンがいても、アルバムは3万枚セールスでき、コンサートは4日間で4万人動員できるのである。「おたく」度の高いヒトの心理をつかむのは難しいが、かれらの購買力は高いので、心をうまくつかめさえすれば、このように安定した大きなマーケットになるのだ。


8.セグメンテーションのウソを信じるな
消費者を性年齢別などでセグメント化するのは、今となっては作り手の勝手な都合にすぎない。大量生産、大量消費の時代なら、商品の作り手の側に市場のイニシアチブがあったので、こういった「勝手なくくりでの押し付け」も、正当化することができた。しかし、その時代でも、モノに飢えていたから「仕方なく」それを買っていただけで、ユーザはそんなにパターン化はしてはいないものだ。デモグラフィック特性なんていうのは、作る側が一番楽できるからそうしただけなのだ。
そして、いまや、市場は消費者の側にイニシアチブがある時代になった。こうなると、消費者は本音で行動する。なにが「気持ちいい」のかというくくりだけが、消費者をセグメントできるのだ。たとえば、激辛がスキな「唐辛子フリーク」は老若男女地域学歴を問わずいる。ここに共通しているのは、ただ「辛いものがスキ」ということ。つまり商品ユーザのセグメンテーションは、商品の個性でしかできない時代になっているのだ。
こうなってしまえば、作り手の側が○○用○○用みたいに勝手にセグメントした商品が、その意図通りにアタるわけがない。ここは一つ、ユーザをよくみてそれにあわせた商品作りをやっていくしかないのだ。

○商売っ気まるだしで失敗した「シルバービジネス」
年寄りのほうが長く生きてきたぶん、個性も志向も人生の数と同じぐらいいろいろある。昔だったら、老後は「余生」だったかもしれないけど、いまや仕事からはなれて自由に「自分らしい暮らし」を謳歌しようというヒトも多い時代。これを「年寄り」ってコトでひとくくりにしようってほうがおかしい。
よく考えてみればすぐにわかることなのだが、シルバービジネスが、巷でいわれるワリにテイクオフしないのも当然だ。このように「ターゲットとして狙ってはみたものの、そこには誰もいない」状態にだったからだ。
高齢化社会を迎えてシルバービジネスが繁盛するといわれて久しい。しかし、「高齢者」は決して一つの市場ではなかった。ボリュームゾーンだからといって、それがそのまま市場になるワケではない。いっこうに「シルバービジネスとはなにか」という実体がみえてこないウラには、こういう構造的な問題があったのだ。

○マーケティングに「女性用」は禁句、レディースコングの失敗
およそマーケティングでは「女性用」は禁物。「女性用」なんていう商品は、生理用品とかのように「女性しかいらないモノ」にはあっても、性別を問わず使えるものにはありうるわけがない。
女性だから違う、女性だから女性用という発想は、はっきりいって性差別。それどころか、マーケティングにおいては、今やふつうの人間=女性の時代。女性に受け入れられるものは、今の時代必ず男性にも受け入れられる。流行やライフスタイルは、必ず女性から生まれているではないか。
鳴り物入りで登場した女性用新聞「TOKYO LADY KONG」は、失敗するべくして失敗した。女性を中心とした、時代に敏感なヒト向けの情報紙というコンセプトなら、それなりに成功した可能性も大きいのだが、女性用としたら、これは内容以前にそこでもう失敗が約束されたようなもの。女性にとっては「セコい内容なんじゃないか」と思わせてしまうし、男性にとっては「ちょっと恥ずかしくて手に取りにくい」と思わせてしまうのだ。

○「ベビー」だけが世代を越えられる -ジョンソンベビーオイルのヒット-
たしかに赤ちゃんというのは、よく考えると性年齢別のセグメンテーションではない。一番純粋な人間が赤ちゃん。つまり、「ベビー」というのは誰もが持っている要素なのだ。だから、ベビー用というのは、すべての人間に受け入れられるコトを意味する。
離乳食みたいなものは別として、ベビー用シャンプー、ベビー用オイルといったベビー用品は一般性がある。市販品の中ではいちばん刺激が少ないので、肌の弱いヒトでも使えるワケだ。これを身をもって示したのが、ジョンソンベビーオイルのヒットだ。
無香料で刺激も少ない化粧品が売れている。そういうタイプの商品には根強い人気があるが、概して「高付加価値商品」として高めである。しかし、ベビーオイルはこれらの条件を満たしながら、化粧おとしや肌の手入れに使えて、おまけに価格も手ごろである。これならヒットしないわけがないのだ。


9.「小心モノ」の男のコはいいお客さん
今やまさにオンナの時代。女性たちは、自由を謳歌している。こんなに自由な女性に対して、その陰には小さくちぢこまってイジけている男たちの姿がある。まるで、崩壊した東欧圏の旧共産党員のように、男性社会の崩壊とともに一転して差別される側にまわった男性たち。本質的にオスなんて、タネつけしかアイデンティティーのない虚しい性別なのだ。いままで虚勢を支えてきた、男性中心の「近代の社会制度」が崩壊した今、なにをやるにも自分ひとりじゃできずにコンプレックスと気弱さの固まりになっている。
しかしかれらにも、時にはチャンスがやってくるコトもある。しかし、こういうご時世だからこそ、そんなチャンスは一生に一度あるかどうかわからない。だから、そのチャンスを逃したら、いくら悔やんでも悔やみきれないのだ。
だから、このチャンスをつかまえるため、逃さないためならば、かれらはいくらでもお金を吐き出すいいお客さんになる。ましてやかれらは弱気になっている。うまく勇気づけてやり、その内側に込めたエネルギーを解放する仕掛けをつくってやればたちまち大ヒットになるのだ。

○必要は発明の母、このマーケティングの原点から生まれた「ねるとんツアー」
そもそも出会いは、自分からチャンスを作らなくてはいけないもの。しかしいまどきの男のコは、自分から積極的にチャンスを作るほど行動的ではない。だから、そういうチャンスの場を作ってやれば、男のコは必要にかられて必死に参加する。
旅行業界の救世主、ねるとんツアーが生まれたのはまさに時代の要請だ。しかし、男のコだけがいくら参加してもしょうがない。これが成り立つためには、女のコの参加が必須である。しかし、今や余裕のある女のコは、好奇心旺盛。興味津々の企画にしておけば、面白半分に気楽に参加する。
ここにポイントがあった。単なるお見合ツアーではダメだが、ねるとんツアーとしてゲーム感覚にしたことで、女のコのほうが面白がって積極的に参加するのだ。かくしてメンツがそろい、ねるとんツアーはビジネスになるのであった。

○エッチのためならいくら払っても……、シンデレラエクスプレスの経済学
学生時代からのカノジョがいる男のコにとって、いちばん恐いことは地方勤務になること。すぐに会える環境になくては、彼女にいつふられてしまうか、気が気ではないのだ。だから、いまや地方勤務の多い会社は「企業偏差値」が低くなる時代だ。
しかし、運悪く地方勤務になってしまった男のコもいる。かれらは、万難を排してカノジョとあう時間を少しでも多くしようとする。実家には何年もかえらなくても、カノジョにつくすためには毎週東京に帰ってくるのだ。少ない初任給の中からは、この旅費だってバカにはならない。とはいうものの、今のカノジョを失ってしまったら、今後何年も悲惨な人生を送らなくてはならない。これは、とてもお金にはかえられない。
だから、丸井のカードでキャッシングしてでも、男のコは切符をかう。こうして、シンデレラエクスプレスは今日も満員で発車する。

○オトコの踏み絵となって大ヒット、ティファニーで行列を
大数学者にして、コンピュータの発明者でもあるフォン・ノイマン博士の業績の一つに「ゲームの理論」がある。これを応用すると、立場の弱い側のとるべき最善の手は「安全策」であることを立証できる。最近の男のコの行動は、このゲームの理論が示すように、安全策に走っている。
つまり、マニュアル通りにやってもダメなら、それはそれであきらめもつくが、マニュアルと違うコトをしてふられたら、「もしマニュアル通りやっていればうまくいったかもしれない」と思ってしまう。こうなったら、悔やんでも悔やみ切れない。よって、みんなマニュアル雑誌の示す通り、同じような手しかとらなくなる。かくしてプレゼントはティファニーがいいと誰かがいいだすと、猫も杓子もプレゼントはティファニーになった。
よく考えれば、みんな同じ攻めかたじゃ相手の心は動かせないし、ヒトと違う攻めかたをしたほうが、カノジョをおとせる可能性は高いのだ。しかし、そこに気がつく心の余裕すらないほど、椅子取りゲームは切実なのだ。そして、これにうまく便乗したモノが儲けを手にするのであった。

○電話だけが心の綱の寂しい都会人の心をとらえたコードレスフォンやキャッチフォン
男のコと女のコを結ぶもの。それは電話だ。だから、「もし、その間にカノジョから電話がかかってきたら……」と思うと、ちょっとコンビニにもいけなくなってしまう。そんな男のコの安心のため、電話はどんどん進歩する。
実家からのうるさい電話の間に、カノジョからの電話がきたときのためには、話中でも大丈夫なキャッチホン。ちょっとシャワーを浴びているときにも安心なコードレスホン。つぎつぎ登場する電話の新機能は、すべて男のコの心配を解消するために使われる。
ポケットベルだってそうだ。いまやポケベルは愛情ライフの必需品化しつつある。男のコたちは、OA機器のサービスマンのように、カノジョが呼んでくれればすぐに、学校にいても、会社にいても、いつでもどこでもほいほいと飛んでゆく。恋人たちの間では、すでに携帯電話もかなり普及しだしたようだ。
チャンスを得るためにはどんどんお金をかけるかれら。そして、最新のハイテク機器はすべて、男のコを女のコの奴隷とするためにを使われていくのだった。

○なりふりかまわず、ラブホテルから客を奪った「シティーホテル」
男のコがいかに弱くなり、女のコがいかに強くなっても、デートの最後の目的が「エッチのため」というのは、永遠に変わらない。しかし、ここでも構図は変化している。いかにも「やりたい」という感じのラブホテルじゃ、姑息すぎて女のコからNOといわれそう。ということで、男のコからはさそえないところになってしまったのだ。
でも、高級なシティーホテルなら、ダメといわれてもあきらめがつく。だから、男のコからさそうなら、シティーホテルを選ぶのである。これでまたもや男のコの財布は軽くなる。さすがにデートのたびにというワケにはいかない。そこで選ばれたのが、クリスマスイブ。この日に狙いを定めて、一年間かけてじっくりカノジョをおとすのである。かくしてクリスマスの夜はエッチがいっぱい咲き乱れる夜となってしまった。
しかし世の中よくできたもので、前にも述べたように、女のコは好奇心旺盛なので、女のコからは堂々とラブホテルにさそえる。だから、女のコが興味を持ちそうな仕掛けに乗り換えたラブホテルは、ちゃんと繁盛しているのであった。



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