メディアテクノロジーの進歩と地域情報メディア

-マスコミ集中排除規制緩和のもたらすもの-
(その2)


・地域最強の情報企業へ
さて、地域情報メディアの今後を考えてゆく場合、最大のポイントとなるのは、マスコミ集中排除規制緩和が、今後どうなるかという問題だ。もともと多くの地域においては、現在でもメディア企業は地方紙を中心に、テレビ局、ラジオ局を含んだ事実上の大きなグループとなっているところが多い。規制緩和の成り行き次第では、これらのグループが単なる企業グループではなく、全体として一つの企業としてまとまり得る可能性を生む。
新聞・テレビ4波・AM FMラジオを同一の企業内でハンドリングする、地域情報コングロマリットの登場だ。規制の問題さえ解決すれば、これは事業的にも大きな可能性を生む。メディア企業を経営的に分析した場合、大きな特徴として、コスト弾力性が非常に高い点があげられる。製造業とは異なり、固定費部分が相対的に小さいため、売上に見合ったコストさえ守れば、安定的に経営を成り立たせることが可能になる。もちろん、売上が上がれば、それに見合った形で、ソフトに投下する金額を拡大することも可能になる。
このような統合が行われた場合、コスト面の削減効果は大きい。少なくともテレビ4波をまとめた場合でも、間接部門のコスト、送出関連のコストは1社分で済んでしまう。営業コストも1社分+αで対応可能である。報道・制作関連については、新聞、ラジオも含めた素材のマルチユースが可能なため、その制作力、取材力は、現状の数倍のパワーとなる。これは、地域に対しては過剰ともいえる能力があるため、コストダウンも可能だが、その分、自主制作力を高めることも可能になる。
これがもたらすものはなんだろうか。まず、地域の情報ニーズで、地域の情報を提供するという企業基盤の確立だ。現状でも、地方局では意外なほど自主営業の比率が高い。平均的な県域局を考えると、ネットワーク配分からの収入は、全体の1/4程度に過ぎない。残りの3/4が独自の営業に基づく売上だ。さらにそのスポンサーソースは、ナショナルクライアントと、地場クライアントで半々となっている。地域スポンサーのコミュニケーションニーズに基づく売上が、全体の4割り近くもあるのだ。
コストダウンに対応して、ネットワークへの依存を一層減らすことができる。その一方で自主編成により、より高カロリーな枠にスポット出稿を収容することが可能になる。これによりナショナルクライアントの出稿増もさることながら、地域スポンサーの掘り起こしに勤めれば、その比率は一層高まるだろう。このような営業基盤の確立は、キー局に頼らない、地場に根差す情報メディアとしての立場をより強固なものとすることはいうまでもない。
それは取りも直さず、地域でのアイデンティティーを高めるとともに、他地域、ひいては中央の全国メディアに対する地域メディアとしての発言権を高めることにつながる。地域メディアがこのようなアイデンティティーを持つことは、もしかすると日本においては、明治の自由民権運動の頃の地方新聞以来のことかもしれない。地場に根差してこそ、地場のメディアとしてのパワーを高めることになるのだ。

・ネットワークの崩壊
地方局・地方紙が、地元で唯一最強の情報企業として自立できる基盤ができると、既存のネットワークには大きな変化が起こる。ネットワークにおけるキー局とローカル局との間の蜜月関係は、すでに亀裂が生じている。広告主のテレビ出稿がスポット基調となって以来、ネットワークの足の長さは効率の悪さにこそつながるものの、誰にとってもメリットとはなっていない。
キー局にとっては、ネット各局への配分は、収益の足を引っ張る大きな負担となっている。ローカル局にとっても、マストバイのネットワーク編成は、視聴率の悪いおいしくない番組をオンエアさせられることにつながり、せっかくのスポットのビジネスチャンスを減らすことになる。
地方局での編成を考えてみよう。実際、ゴールデンならば、キー局のつまらない低視聴率番組をかけるよりは、人気番組の再放送や、場合によっては17時台18時台にかけて好評を博しているローカルワイドをオンエアした方が、ずっと視聴率を取り得る。ここにローカルテレビの新しい可能性がある。
一社で4波を独占してしまえば、各キー局からは人気のあるおもしろい番組だけを受ける一方、ザコ番組はネット受けを拒否するとともに、自主編成の番組をオンエアすることで、さらに強いテレビとなることができる。
ここでカギになるのがシンジケーションだ。シンジケーションといえば、電波を持たない番組単位の「ネットワーク」である。アメリカでは、ケーブルの普及とともにカバレッジをあげた独立局の電波を舞台とし、放送業界再編の旗手となった。ローカル局のゴールデンタイムの編成に枠さえ確保できれば、日本でもシンジケーションビジネスのチャンスは拡がる。
キー局の番組以上に、金と人材をつぎ込んだシンジケーション番組なら、ローカル局の自主編成の番組の目玉としても充分インパクトがある。この面からも、キー局自身が免許利権にとらわれることなく、営業力と制作力を強化し、そのビジネスの構造を一層シンジケーションよりに近づける必要性があることがわかるだろう。
それだけではない。地域に根差したソフトを持つことは、番組の供給者としての可能性も生む。ちょうど国内でリクープの済んだ作品を海外で二次利用する分にはほとんどリスクが無いのと同様、エリア内でリクープの済んだ地域の情報は、有り余るインフラを通して、他地域での二次利用を生むの可能性がある。そもそも大都市であればどこでも、各地の県人会はある。出身者でなくても、その地域に関心のある人はいるだろう。メガインフラの登場によりインフラ利用コストが下がれば、このような新たなビジネスチャンスも生まれる。地域の情報を独占することは、地域のソフトを独占することを意味する。メガインフラの時代では、他にないソフトを持つことがメディアビジネスの武器になる。この面でも地方は大きい可能性を秘めているといえるだろう。

・地域は死なず
情報化、ネットワーク化は、パラダイムシフトの契機といわれる。近代以来続いてきた価値観は、1970年代以来、色々な形でその矛盾を我々の前に見せつけてきた。そして、その息の根を止めるものこそ、情報化、ネットワーク化の波なのだ。だから、日本においてそれは、明治以来の成長主義、発展主義に取りつかれた中央主権的な価値観から抜け出るための大きなチャンスとなっている。
だから情報革命は、規制緩和そのものだ。政治・経済の分野においては、地方の中央からの自立、すなわち分権化による権限委譲がその最大の課題だ。ちょうどこれと呼応するように、メディアビジネスでも地域化に対応した動きが求められている。そしてそのカギとなるものこそ、それ自体が規制緩和の一環として実施されるべき、マスコミ集中排除規制の緩和だ。
ネットワークの時代は、社会・経済の構造もネットワーク化・分散化が求められる。それはまた、地域情報メディアにとっては、その基盤を確立し、かつてないほど確固たるものとする千載一隅の好機だ。来たるべき時代は、何よりもチャンスの時代。まさに今こそローカル局は、日本の社会自身の分散化・ネットワーク化の尖兵となるべく、唯一最強の地域情報メディアとして、その隠された爪を研ぐときがやってきたのだ。


社内文書(96/5)



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