広告関連領域におけるディジタル化の波と広告業界への影響

(その2)


2.デザイン作業に於けるディジタル化への対応

○デザインに於けるデジタル化の進む部分
コンピュータで変わる部分、変わらぬ部分

広告関連領域の中でも、デザイン印刷関係は、この数年でディジタル化の波が急速に進んだ領域である。特に、Macを利用してディスプレイ上でレイアウト作業を行い、そのデータからそのまま色分解したフィルムや完全版下がアウトプット可能になったことにより、フィニッシュワーク/製版/印刷の各作業のありかたが大きく変わるとともに、一貫した作業が可能になった。これにより、コストや時間といった面でのメリットが生じただけでなく、印刷/デザイン業界の業務形態をも変えつつある。また、新しいデザイン材料やデザイン技法が開発されたという意味では、今までにない新しいイメージをもたらすとともに、その表現可能性を拡げることはいうまでもない。
このように、ディジタル化により主として「製作」作業に携わるデザイナは、いままでの線引き職人的なスキルだけでは喰っていけない時代となりつつある。しかし、アートディレクション的な企画立案を中心とするデザイナにとっては、この動きは新たなプロセスもたらしこそすれ、なんらデメリットとなるものではない。

○デザイン作業に於ける広告会社の役割
広告会社が生み出す価値はどこにある

最終的に印刷物に落とし込むデザイン作業は、広告会社にとってもっとも重要な作業の一つである。しかし、広告会社がそれらのデザインワークにおいて果たすべき役割は、単なる職人デザイナやフィニッシュ会社、製版会社、印刷会社のそれとは大きく異なる。広告会社の果たすべきそれは、言うまでもなく、クライアントのトータルなコミュニケーション戦略の一環として、基本となるコンセプトを各製作物において最適に表現することである。これは、デザインワークの中でも、もっともブレインワークの比重が高い、知的生産のプロセスである。この知的生産こそが、広告会社の生み出す付加価値の源泉であり、クライアントにとって、直接印刷会社等に発注せず、広告会社を使う意味にもなっている。

○広告会社のデザイン作業に於ける問題点
本当の意味でのディレクタ不在こそ問題、デザイナでなく、ディレクタが必要

広告会社に求められている機能は高度化していても、実際にそれに応えられる能力があるかどうかは別問題である。広告会社に必要なのはアートディレクション機能である。社にはアートディレクタという職種はあるが、彼らが本当にアートディレクション機能を発揮できる人材というワケではない。広告会社のクリエーティブ機能は、かつてプロダクションやデザイン会社といった協力会社が不充分であった時代に、広告主のもとめる高度な広告作品を内製化することからはじまった。このため、広告会社のアート職の中にはアートディレクタ志向というよりは、直接的なデザイナ志向の強い人材も多く、機能面での問題となっている。また、プロモーション制作物では、そもそもアートディレクションできる人材自体が極度に少ないという問題がある。デザインに限らず、本来広告会社が持つべきディレクション機能を充分に持っていない問題は大きい。

○本質はディジタルでも変わらない
すぐれたアートディレクタなら、手作業でも、ディジタルでもディレクション可能

さて、以上を前提として広告会社がデザイン/印刷作業のディジタル化にどう対応すべきか考えてみよう。広告会社に関わるデザイン作業は「制作作業」である一方、ディジタル化が進むのは「製作作業」である。制作と製作は表裏一体で不可分の関係にある以上、ディジタル化の影響から逃れることができないのは確かである。しかしそれは、ディジタル化によりもたらされるメリット・デメリットや、ディジタル化でできること、できないことといった、アートディレクタとして製作に対しディレクションするために必要になる基本的なノウハウを学ぶことで対応可能である。いろいろなデザイナや社外の協力会社を、その強みやメリットにあわせて使いこなすのと基本的には変わらない。

○ディジタル化そのものでなくどう対応するかが問題
ディジタル化の動きが起こっているところは、広告会社の領分ではない

以上のように広告会社としては、ディジタル化は直接の問題ではない、しかし、グループ内にプロダクション機能を担う企業を抱えている場合は、ディジタル化で影響を受けるドメインを主たる事業領域としている関係会社がある以上対応が必要だ。もちろん、新しいツールとしてディジタル機材を用いた製作プロセスをディレクションする上には、ディジタル化のメリットや、その特徴、可能性と限界等を自分の目で見極め、独自の利用ノウハウをもっている必要がある。このための研究開発や教育という面では、広告会社自身も関心を持つべきである。関係会社内にこのような機能も含め、ディジタル化へ対応する機能を持つ必要がある。

○デザイン作業のデジタル化に対応するために
今後強化すべき点はどこか

あぶり出された「ディレクション機能の不在」は、周辺領域でディジタル化による再編が進むと、広告会社の存在意義自体を脅かすことにつながる。社外から提案されたものを、表紙だけつけ変えてクライアントに取り次ぐだけの業務では、遅かれ速かれ存在意義を失う。コンピュータの発達がもたらした情報化社会では、付加価値を生み出さない、たんに取り次ぐだけの中間業者は淘汰されてしまう。ビジネスそのものが受注型であるという事実は、当面変わらないと考えられるが、クライアントに提案するものの中に独自に生み出した「付加価値」がなくては、取引してもらえないのだ。実をいうと、現状の広告業界は「ハダカの王様」なのかもしれない。この状況をどう変えてゆくかのほうが、ディジタルで変わる技術を学ぶことより、ずっと重要な「ディジタル化への対応」ではないだろうか。


講演資料(94/4)



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