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1999/12/30(木)
思えば今年はOM−2に始まり、アレやコレやですっかり壊れてしまった私。増えた品については最早、
数えたくもない。んで、とうとう、シグマSA−5に手を出す。もう食らわば皿までといった心地である。
さてこのSA−5、28〜80mm、100〜300mm、のダブルズームのセットで、専用バッグまで付いてたりする。
スペックは、やや時代遅れな感を免れず、操作系もイマイチこなれていない印象だが、
小技を利かすようなカメラではないということで、煩くは言うまい。しかしやはり、ひとつ何か欲しかったところだ。
大注目のマウントは、Kマウントを基本にしつつも、出っ張りがあったり信号伝達系が干渉したりで、互換性は事実上、無い。
唯一、M42アダプターを介して自動絞りピンの無いレンズが装着可能、という組合せを確認したが、
実絞り測光が怪しいのは良いとしても、マウントのガタが大きいようで、これもあまり現実的ではない・・・・・うーむ。
ともあれ、シグマニア邁進で1900年代を終えそうである。
1999/12/26(日)
都内某所の催し(謎)で、安原一式オーナーに出会う。初めてかもしれない。なんでも1週間前程届いたばかりだそうな。
シリアルNo.的に、自分のと1000も違わなかったが、上カバーの歩留まりの評判からして恐らく、
もっと近いと思う。見たところ特に自分のと変わった部分は無いようだったが、巻上げレバーがグラグラ、苦笑いのオーナー。
これは明らかにオカシイですよ、などと先輩面でアドバイス(笑)。気になる露出計LEDはそんなに見難くないとのことだったけど、
覗かせてもらったわけではないので、仕様変更か否かは不明。
1999/12/23(木)
映画「SAWADA」と「地雷を踏んだらサヨウナラ」を観た。カメラ持参者は割引とのことで、入口でT60を出した。
なかなか役に立つ。さて映画・・・・・真面目な話を始めると長くなりそうでアレだが、
写真は「報道」であり「記録」であり、そして「眼差し」であり、みたいなコト思ってる私にとって、
ぐっと来るものがあった。沢田教一の被写体への敬意、についてのくだりや、
とにかくアンコールワットに拘り続ける一ノ瀬泰造・・・・・自分なりにもちょっと思うところがあったりして、
うまく言えないけれど、なんだかあらためて、写真が好きになった。彼らの成した仕事からすれば、遥かにお気楽な世界の住人の、
戯れ言なんだけど。・・・・・さていつもの与太話に戻るが、有楽町という場所柄、観終えた後のやや上気した気分のまま、
足はまずニコンハウスへ向うのであった。F2や初期のオートニッコール見たさに、何店か回ってみたり。これはこれで、
地雷原だったりするのだが・・・・・ともあれまずは無事に帰還。
1999/12/18(土)
EOS700のグリップ(電池蓋)が手に入った。やれやれ。新宿で、NFD35〜70mm/f3.5〜4.5を見付ける。
あのカスカスなプラ丸出しなやつ、出た当時はけちょんけちょんに言ってた気がする。(^^;;;; で、目の前にあるソレ、
¥4.8K。やたらに安い。軽い玉なのでT60用にと思い見せてもらうと、レンズに傷が付いているので安いとのこと。
傷・・・・・覗いてみたが、言われてもこれが判らづ。しょっちゅう埃なんか着くんだし、そんなの問題外でしょうと問えば、
拘る人は拘るとのこと。しっかしこんな廉価玉、拘るようなシロモノかぁ? んま、撮らない人ほど、
ウルサかったりするもののようですが・・・・・はともかく、購入。早速T60に着けてみると、なかなかお似合い。
そして軽い。T90あたりはまだ良かったが、NewF−1に着けたら、かなりとほほであった。
やはり格というものがあるらしい。尤も、F値の変わるズーム自体、NewF−1には着けたくないんだけど。
1999/12/15(水)
キヤノンから電話。EOS700(750/850)用のグリップ(電池蓋)が見付かったという。いぇい。v(^-^)
沢田教一のTVドラマが放映されてた。映像的にもなかなか迫力があったと思う。俳優の、
カメラの手付きに目が行くのは悲しい性か(苦笑)。アフレコのシャッター音の違和感も、以下同文。
沢田教一という人について、実はあまり知らないのだけれども、「安全への逃避」の前後のコンタクトは見たことある。
コンタクトはその撮影者の呼吸が見えるようで、結構好きだったりする。
1999/12/12(日)
NewFD50mm/f1.8を買う。無論中古で、¥7K。元々持ってるのがどういうわけだかf1.2(非L)で、
明るいのは良いんだけどやや重い、というのがあって、もう少し軽量のが欲しかった。f2の方が珍しかったりして、
なんだかf値的に端っこと端っこというのも良いかな、とも思ったけれど、カタログ的にf1.8のと重さが同じらしく、
そういう意味では同じ、値段的にf1.8の方で安いのがあったので、結局f1.8にした。早速T60に着けてみたら、
これは軽い軽い。v(^^;; ところで、EF50mm/f1.8IIも手許にあったりするのだけれど、
正面から見た時の映り込みの加減からして、どうもレンズの曲率が違うような? やっぱ光学設計も違うのだろうか・・・。
ニコンレンズシリーズE50mm/f1.8を比べたら、「パンケーキ」と呼ばれるだけあって、随分薄い。くそぉ。
1999/12/11(土)
皇室系の追っかけってのは既にイデオロギーを超えた感があったりするが(笑)、東宮御所で張り込む追っかけさんが、
ワイドショーで紹介されてた。年の頃30くらいの女性、仕事何してんだろ。彼女は果敢にEOS750を振り回し、
雅子サマのお姿をゲットしているわけだが、紹介された成果物を見ると、なにげにこれが結構上手かったりして。
EOS1使ってよーがツァイスがどうとか言ってよーが、下手なら下手なわけで(ぉ、そのへん、
写真ってのはやっぱ「撮りたい」という動機なんだなー、と再認識したり。ウチの700も振り回したくなったけど、
まずは無くしたグリップ(電池蓋)の代わりを調達しないと・・・。
1999/12/7(火)
シグマから、Sa−1と35〜70mmの見積りが来ていて、続行の返事を出す。
しっかし部品なんか大丈夫なんだろか? 例のパトローネ軸に届かないクランク軸が、気掛かりだ。
1999/12/6(月)
焼き直しのプリントが上がってくる。まあまあの濃さになった。んが、ラボで取り違ったのだろうか、
1本目がいきなし半分ダブりで半分焼いてないというフザケタ代物、あとの3本もどうも怪しい。
もうこれは、一度ご破算にした方が良さそうだ。また全部突っ返して、今度は金返してもらうつもりである。凸(-_-#
しっかし、モノクロのサービスはここまで酷くなっているのか? 一事が万事、なのである。
1999/12/5(日)
先日の友人の式のモノクロのプリントが上がってきた。いくらサービス判とはいえ、
4本全部やたらに薄く主役が飛んだりで使い物にならない。そらオーバー目で撮ってたけどさ、
ネガにゃ余裕で階調出てんだろぉホレ。ダメ出しで全部突っ返す。あー、久しぶりに自分で焼きてぇ。
1999/11/30(火)
年賀状のプリントを出す。割引セール最終日の駆け込みである。
さてEOS700のグリップ(電池蓋)だが、そういえばオプションのGR50という大型もあったなぁ、
と浮気心を抱きつつ、とりあえずオリジナルのグリップを、キヤノンの新宿SSで訊ねる。
やはり在庫切れらしい。製造終了8年以上経っているのだ。しかしB級品も含めて探してみてくれるらしいので、お願いする。
この同じ場所で10年くらい前、「自分は出向で来てるから分らない」とヌカすおっさんに出くわしたことがあったが、
アレを知る身からすると、こういうフツーの対応でもすんごく丁寧な気がしちゃう。
1999/11/27(土)
EOS700の修理が上がった。入れ替わりに、半年前に修理したもののズームリングに引っ掛かるような違和感があった、
タムロン20〜40mmを保証切れ前のかけ込みで、それと、シグマSa−1を預ける。年内に戻るのかは微妙なところ。
早速EOS700にストラップを通し、肩から提げて歩いた・・・・・んが、いつの間にかグリップ(電池蓋)が無い! どうやら、
どこかで落としてしまったらしい。ネジが弛んでいたのだろうか。不覚である・・・・・ひょっとして縁が無いのだろーか、
このカメラとは。(=_=;;; 新宿でレンズキャップを物色。シグマの、初期の金属製と、横須賀昌美時代(笑)のと、
AF時代初期(?)のビスケット風なやや丸っこいの、と歴代のものが揃って発掘される。
こういう楽しみはまだ幾分マイナーらしく、単価も安い。気楽で良いのである。
1999/11/23(火)
友人の結婚披露宴に呼ばれる。密着取材とまで言えなくとも、私なりのスナップでも出来ればと思い、朝早くから会場へ、
さらに式場まで押しかけてしまった。「次はフカマチさんですね」などと軽いジャブが繰り出される中、
パチパチ撮らせてもらう。気合を入れるつもりで選んだカメラは、キヤノンNewF−1。
本気用として持っているキヤノンFD系の最高峰、カメラ的には私なりの最大限の敬意、
なのである・・・・・なのであったが如何せん、己の腕の鈍りが予想以上で、場面展開に付いて行けないことも、
多々あったよーな・・・・・単玉取っ換え引っ換えにも無理ありか? こりゃ先に謝っといた方が良いかな・・・(大汗)。
何コマかは良い手応えあった気がするので、どうかこれでひとつ。m(_ _)m
1999/11/19(金)
都内某店で、FDマウントの、トキナー24〜40mm/f2.8を見かける。ATX240とか言ったっけ。
発売当時から気になってる玉なんだけど、中古で見る個体は尽くまっ黄っ黄とゆー、巡り合わせの悪い玉でもあったり、する。
んでこれ、今回も4本ほどあったのだが、程度の差こそあれ、どれも黄色い・・・・・酷いのはY2フィルター内蔵、
って感じなのである(苦笑)。まさか出荷当時からこうなわけでもあるまい、聞けば紫外線で焼けてしまうとのことで。
プラ玉なんか使ってたりするのか? コーティングか? 最初気にならなくても、使ってるうちに進むんじゃないか?
・・・・・もう、この玉は諦めることにしようかな。
1999/11/17(水)
EOS700を修理に預けてから、1ヶ月。重修理でもないのに、なかなか連絡が無いので、キヤノンに問い合わせてみる。
なんでも到着待ちの部品があるらしい。聞けばストラップを通す「耳」とのこと。あー、あの金具か。
たしかに少し曲がってはいたけれど、そんなのもう良いから返してよ、と思いつつ続きを聞くと、部品代は¥300くらい、
上がりは1週間後、らしい。まあそれでキレイになるのなら・・・・・ついでだし。ならばともうしばらく、待つことにする。
とりあえず、安否(笑)が判れば良いのである。帰って来てもすぐ使うわけではないし・・・・・ちょっと可哀相なんだけど。
1999/11/13(土)
川崎のヨドバシの店内の、レイアウトがすっかり変わってた。何日か前、閉店前に非番らしき店員も揃って、
何やらスタンバってる日があったけれど、どうやらあの後一斉に作業をしたらしい。かなり派手に変わったので、
何がどこにあるのやら、また判らなくなった。でも新鮮で良いや。色々手探りな部分もあるのだろうけど、
またちょっと洗練されたかな? 年末商戦でポイントは13%に。v(^^;;
1999/11/10(水)
eBayで落としていたもう1台のT60が、届いた。ジップロックにパッケージしてあった(苦笑)。
状態はまずまず。しっかしカサカサのプラカメであるな・・・・・で、思うところあり、手元のコシナ兄弟機、
リコーXRソーラーと見比べてみる。あ、ネジの位置とかかーなーり符合するぞ。裏蓋など交換出来ちゃう!
そーかー・・・・・ナルホドね。ジャンクで掘り出したアタリ品の、コシナの28mmが手元にあるけど、
これ着けると隠れ純正?(笑) ボディキャップが付いて無かったので、家にストックがあった気がしつつヨドバシで探すも、
これが無い。別の支店で見付かったが、聞いたところでは、既にメーカーから打ち止め通知が来ているとのこと。
とうとう来たか・・・。(--;;;;
1999/11/9(火)
フィルムの入ったSa−1の巻戻しクランクを何気なく回すと、引っ掛かりが無い。焦って色々調べてみると、
クランク軸の、フィルム軸に挿し込まれる部分がどうも短い、というか引っ掛かりが悪い。
ほんの微妙なところのようで、コツを掴めば引っ掛かりもするのだが、しかしそれはクランクを畳んだまま、
昔のカメラのようにグリグリ回すような具合になってしまうので、ちょっとやってられないって感じ。
クランク軸を2、3mm延長すれば良さそうなんだけど・・・・・。
1999/11/8(月)
島秀雄の物語の連載読みたさに「ラピタ」という雑誌を購読しているのだが、円谷円氏のカメラの連載、
今月はキヤノンA−1。私も既に人生の半分以上連れて来た機種だから、最初にそっちを読んでしまう・・・・・だが甘ーい。
‘78年のA−1は確かに、7セグメントの数値表示の「デジタル感覚なカメラ」としては最初だと思うが、
コンピュータ演算による制御を始めたのは‘76年のAE−1だっての。
こんなのは小僧の時代に暗記済みなのである(笑)。さては、AE−1の指針式露出計に惑わされたか?
ついでにA−1はプラカメの範疇なんだろうけど、底蓋は金属じゃないのかなぁ・・・。
1999/11/7(日)
ヨドバシカメラ横浜店が畳まれてた。10月一杯だったらしい。特に思い入れのある店というわけでもなかったけれど、
煌煌とした店だっただけに、突如ぽっかりと闇が出来てしまった感あり。横浜駅前店に統合ということなのか。
そういや横浜駅前店は、シグマSA−5なんぞ展示している奇特な店なのである。
1999/11/6(土)
試写を兼ねて、早速Sa−1を連れ出してみた。レンズはペンタの40mm/f2.8を選ぶ。私はべつに、
「純正レンズ」には拘らないのである(笑)。ホントは標準ズームが本調子じゃないせいなんだけど・・・・・・ともかく、
これでとりあえず気軽にパシパシ撮ってみた。悪くない。ついでに銀座を流してもみたけど、誰も覗き込んで来ない(笑)。
1999/11/5(金)
シグマSa−1「ズームマン」と、「ズームマスター」35〜70mm/f2.8〜4、それとステキなブランド(笑)
ビビターのフラッシュ。今回の買い物はこれだけ。あとシグマのオリジナルストラップ。これは見たこと無いな。
コンディションはまずまず・・・・・いや大分汚い。(^^;;;(--;;;;; 埃だとか手垢だとか。早速フキフキしてあげると、
段々自分の物の気がしてきた。v(^^;; Sa−1は、たーしかリコーXR−7コンパチだったハズ。
うーむ、データバックはいいけど、ワインダーは探してみるかな・・・。(ぉ 一方レンズにやや難。で、
なーんか後玉にほえほえっと・・・・・拭いたら落ちたけど、どうも今後も不安。いやその前にこれ、絞りが粘ってやんの。あ゛ー。
1999/11/4(木)
待つこと一週間。つひに、シグマSa−1とご対面! コレだよぉ〜、コレ!v(^o^) 生憎仕事が忙しく、
まずはそんだけ。(--;; とりあえず、また怪しい英語でお礼メール。
1999/10/28(木)
これほど、己の語学力を呪ったことは無い。受験の時以上にだ(笑)。競り落としたアレ、2件とも相手はアメリカの人。
当然、メールは英語でということになる。ブツは落としたものの、しかしこれがどう書いて良いか判らない。
んで、下山しゃんが助け舟を出してくれた。感謝感謝。m(_ _)m 当事者も互いに用件がハッキリしているから、
試験問題のような意地悪なことにはならないんだけど、しかし勘違いや失礼があってはイケナイと、
結構汗汗なのである。ええとここは現在完了で、おっとここは関係代名詞ダナ、などと、やや懐かしく(?)、
しかし英会話とは程遠い、若干とほほな世界で、相手の用件を「解読」、今度はこっちの用件を「変換」する。
適当な構文に適当な単語を、つまり「パラメータ」を放り込むあたり、まーさーに「プログラミング」って感じ(苦笑)。
・・・でまともかく、どうにか送金まで漕ぎ着く。あとは天命を待つ・・・・・滞り無く手に入りますよーに。
1999/10/25(月)
eBay、とかゆうとこでカメラを競り落とした。あの、あの、あの、あの、シグマSa−1「ズームマン」!
とうとう来たか・・・・・感無量。それが発売されてた頃に店頭で触った覚えがあるのだが、
当時の財力(高校生だよ)とブランド意識とでまさか購入に到ることなどなく、結局カタログだけが手許に残っている。
しかしやはり燻るものがあったようで、その後中古を探すとはなしに探してはいたのだが、
不人気故か出会うことが出来ないでいた。近頃は時々雑誌等で話題になることがあって、それに触れてくれるな、
ヘンなプレミア付くだろー、などと案じていたりしたんだけど、そんな折下山しゃんがeBayに出てるじょ、
と知らせてくれた。見るとすんげー安い。$50くらい(笑)。行くしかなかろう。んで競りに斬り込んで、
結局$81で確保。しかもレンズとフラッシュ付きで、コレ。うへーそんなに安いのか。話は前後するが、
ぢつわその5時間前にはキヤノンT60も落としてたりして・・・。(^^;;; これも$95だから、
日本で買うことを考えれば多分安いハズ。アッチじゃ日用品扱いらしい? さて、あと問題はコンディションと、
ちゃんと届くか、だな・・・・・。
1999/10/23(土)
買ったばかりのNewKiss、フラッシュがどうもおかしい。ポップアップするとエラーが出て、発光も出来づ。
電池換えても変わらないし、こりゃダメか、というわけでにっしんに持って行くと、全取っ換えにしてもらえた。
前のよりキレイみたい。(^^;;;;; んで早速パノラマ撮影。v(^^) 家に帰るとキヤノンから葉書が届いてた。
EOS700、レンズ連動関係の回路のスイッチが不良らしく、見積¥9K也・・・・・はう。
1999/10/20(水)
オリンパスから封書が届く。こないだ預けたOM−2と、50mm/f1.8の修理見積書だ。
オリンパスは1週間で来たが、一緒に出したキヤノンはいつだ?、というのは置いといてよくよくOM−2のそれを見ると、
「シャッター作動不良」「オート不安定」という言葉にギクリとさせられる。させられつつも、
「重修理3」というランク(OHと同義なのか不明)で、見積りは¥20Kほど。巻上げの違和感はシャッターだったのか?
部品代は¥1Kポッキリ。モルトかな。50mmの方は絞りのネバリで¥7K也・・・・・・ふう。
実はこれまであまり使ってなかったのだけど、これから色々連れ出してあげるからねん☆ しかし出費が痛いな・・・。
1999/10/19(火)
買った日は飲みに行って酔っ払って帰って来たものだから、箱も開けてなかったNewKiss。
取り出しよくよく眺めてみると、結構擦れた跡がある。「B級」のハンコ以外は新品と変わらない感じ、
という見解は改めねばならない。で、早速パノラマモードに切り替えてみたら、ファインダーの縁にある赤い警告灯の鬱陶しいこと。
つまり私はこいつに、イチイチ「本当にそれでいいの?」と問われながら使うわけか・・・・・煩い専用機だな。
1999/10/17(日)
にっしんで、NewEOSKissに出くわす。値頃な割にはキレイだなと思えば、いわゆるB級品、
というものだそうな。デモか何かでちょっと使ったものが、再び箱に納まっているといった具合らしく。
電池も取り説もあって、本体に少し擦れがあるのと、保証書に「B級」というハンコが押してあること以外は、
新品と変わらないって感じ。でま、決めてしまった・・・。(--;;;;; パノラマ機決定。
ヘンなコトに使おうと考えているから、非公式な(?)実絞りAEなんかの動作チェックは、勿論忘れてない。
箱はまだ10個くらい、他にもEOS55や色々な箱があるようだったけど、傷口が広がってはいけないので、
見ないことにした。線路の反対側のマップで、ニコンのオリーブ色のストラップを発見・回収。欲しかったんだこれ。
1999/10/14(木)
鉄道の日、或いはチャック・イェーガーが超音速飛行に成功した日である。
それとは全く関係無い話で、中野でヘキサーRFのカタログを頂戴した。
あまり燃えないけど、後でじっくり見るとしよう。そうだCLE暴落しないかな。(ぉ
新宿でLマウントの50mmもちょっと物色。財布と相談するとロシア製になっちゃうのかな・・・。
1999/10/13(水)
パノラマにハマって、何ヶ月か経った。本格的なそれをやるほど金があるわけじゃ無し、
いわゆる「偽パノラマ」即ち上下トリミングの横長のアレで、遊んでる。
魚眼や広角ばかりでなく望遠も使ったりして、つまり単に「細長い構図」としても遊んでるんだけど、
すると新鮮な思考と意外な発見があったりして、これがなにげにいとをかし。
これまではEOS700にアダプター(¥500で買ったそれはミノルタの名前だったが、汎用性があるのだ)を着けて、
ファインダーには目印が無いので目分量でフレームを決めてたのだが、
被写体を見るうちについ無意識に普通サイズのフレーミングしてしまったりするので、やや難。
やはりパノラマ対応機が欲しい。EOS700のマットが外せたので、これはと思ったけど、今壊れちゃってるし。
EOS Kissが小さくて良いのだが、着メロよろしく曲が鳴る1000S QD−Pも捨て難い。
悲しい性で、そおゆうしょーもないギミックに、弱い・・・。
1999/10/12(火)
EOS700がどうも、良くない。レリーズ半押しで測光はするようだが、AFや手ブレ補正のジャイロが作動しない。
ちょっと前から出ていた症状だったけど、今度はどうも絞り制御も出来なくなってることが判明。
もうダメかということで、モノがモノだけにあまり金をかけたくなかったけど、修理に出す。
ついでなので、出番無しのOM−2も、巻上げの感触が不安なのでOH。
ズイコー50mm/f1.8は絞りがなんだか粘ってるので、これも以下同文。何かと世話が焼ける。金もかかる。(--;;;
1999/10/10(日)
安原一式の露出計LEDの見難さがなんとも困り者なので、ファインダーの前面に小さく黒いシールを貼ってみた。
すると明るい屋外でもLEDはバッチリ♪ すこぶる具合が良い。思ったほど目障りでも無いので、このまま使うことにしよう。
ファインダー前面に何か貼るのも聊か抵抗があったけど、いかにも「実用」って感じの対策は、
このカメラのコンセプトとも馴染むカモ。愛玩カメラじゃないよ、て感じで。
久しぶりに、50mm1本で撮ってみる気になってきた。
1999/10/9(土)
なにげに「アマテラス」展を覗いたりした。朝日、夕日にお腹いっぱいなのはさておき(ぉ、パノラマが多いのに気付く。
円周魚眼というのもあった。自分のウデのことを棚に上げて、やってみたかった撮り方だったので、少しばかりじぇらしぃ。(ぉ
安原一式で撮った写真が上がってきた。露出計の癖はもうちょっと慣れるとして、困ったのがキヤノン50mm/f1.5
のクモリ。一度取ってもらったのが3年間で派手に再発しちゃって、軽井沢で撮った写真が妙ぉ〜に軽井沢らしい・・・(苦笑)。
これはこれで面白いんだけど、やはりここは、安い50mmを調達するしか無さそうだ。流行りで最近出たのは高いからパス。
ピントリングが黒くて人気の無いやつ・・・・・・そういえばどっかで値頃なシムラーを見かけたような?(ぉ
1999/10/2(土)
とりあえずキヤノン50mm/f1.5を着けて、安原一式を連れ出してみた。
やはり、使ってみると色々出てくるもので、まず屋外では露出計がでんでん見えなくなる。LEDが暗い、というか薄い。
細かいことは他にも色々あるけれど、これには参った・・・・・折角露出計内蔵のLマウント機が手に入ったと思ったのに。
まあでも、「コレシキのコト」でピーチクパーチク騒ぐようでは、「一式使い」としては失格なのかも(笑)。
露出計を読むには、ちょっとしたコツが要る。
レリーズボタンの感触が良くないので、ヨドバシで「ソフトレリーズ」なるものを求めるも、
大き過ぎてシャッターダイヤルに当たってレリーズ出来づ(苦笑)。がー。
そこでキヤノネットに着けてるキヤノンのTボタンを、とりあえず移植してみる。なかなか塩梅が良い。
1999/9/30(木)
ついに、安原一式が届いた。思ったより早い。
早速箱を開けてみる・・・・・春にカメラショーで試作2号機(?)をいじる機会があったけど、あの時は、
いじった、という事実に喜んでばかりであまり実感を覚えていなかったので、今回が実質的には初対面みたいなもの。
出してみると、まあ中国製だからねーな感じの部分も無きにしもあらずながら、手にするとなかなかにしみじみ。
シャッターは確かな感じ。詳しくは改めて書くとして、ところで私の申し込み番号は900番台だったんだけど、
届いた一式のシリアル番号は1300番台・・・・・はて?
1999/9/29(水)
川崎のヨドバシで、アダプトール2を買う。ミノルタMD用と、ペンタKA用。
ミノルタMD用は、タムロンと絞りリングが逆回りなのでAi風の信号ピンはどうするのかと思ってたら、
ちゃんと信号ピンだけ逆転するようになっていた。スバラシイ。
こうなってくると、他のマウントではどういう風になっているのか、
一通り見てみたくなる・・・・・うーむこれほどタムロンが危険だったとは(汗)。
秋の夜長、着けたり外したりウハウハやってる男が一人・・・・・。
1999/9/28(火)
フジクロームのプレゼント品が届いた。パーカーとバンダナと巾着とライト。
我ながらよく撮ってたもんなぁ。ダサかったらどうしよう、の懸案の(笑)パーカーは、まあまあか。
特に上等な品というわけでも無いけど、でっかいロゴがあるわけでもないので無難か。
1999/9/27(月)
タムロンのHPの、歴代レンズの資料をDLしまくる。
なんだか燃えて来た・・・・・とか言ってるところへ中野で地雷を踏む。
タムロン80〜210mm/f3.8〜4。これこれ。私にとって‘80年代前半のこのスタイルのが、
「正しいタムロン」なのである(笑)。でま、正札の¥7Kに、負けた。マウントはとりあえずニコンAi用を所望。
最初見たのはAi−S風だったけど、イマイチ調子が良くなくて換えてもらったのは、Sじゃない・・・・・むうう。
しかし「初期型アダプトール2」と考えると、ちょっとは貴重なのか?
1999/9/24(金)
安原製作所へ代金を振り込んだ。よーし。(^-^)