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小説評論もどき 2008下半期 (17編)


私の読書記録です。2008年7月-12月分で、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2008
太陽の中の太陽 (原題: Sun of Suns) 著: カール・シュレイダー (Karl Schroeder) / 訳: 中原尚哉
ハヤカワ文庫 2008年(原典2006), 840円, ISBN978-4-15-011690-3 『リングワールド』以来の破天荒な世界!
人類がヴェガ系外縁に作り上げたヴァーガは、直径数千キロの巨大な中空の球状世界。 大気が充填された広大な無重力空間に、核融合で熱と光を供給する多数の「太陽」が輝き、岩や水の塊や森が浮遊する環境で、 回転による遠心力を重力とする円筒状の都市を築いて人々は暮らしている。 移動国家スリップストリームに母国エアリーを襲われ母親を亡くした青年ヘイデンは、 数年の放浪の後、身分を隠してスリップストリーム空軍ファニング提督の妻ベネラの使用人となった。 母国襲撃の責任者である提督への復讐の炎を胸に秘めて。 そのころ、ファニング提督は強国ファルコンの脅威を打ち破るべく、7隻の軍艦を率い秘密の遠征に出航する。 その目的は、ヴァーガ中を荒らし回った伝説の空賊が奪い隠した、ヴァーガの中心、太陽の中の太陽キャンディスの秘密を握る装置だ。 船団に同乗することになったヘイデンだが、光差さぬ冬空間を抜けヴァーガ外殻を目指す厳しい航海、 空賊達や敵国との烈しい交戦を経るうちに、仇であるファニング提督やスリップストリーム軍人達への想いが揺らいでいく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 -
SFの要諦は、魅力的な異世界の構築にある。ということで、飛翔感・浮遊感に溢れたヴァーガ世界が面白い。 大航海時代を彷彿させる世界を舞台に、復讐に燃える青年の冒険物語で、敵と力を合わせざるを得ないジレンマや、 伝説の空賊の秘宝、外部世界から来た秘密を抱えた美女とのロマンスなど、キャッチーな要素も懐かしい感じだが、 その冒険行で眼前に現れる、ヴァーガ世界のエキゾチックさに目を奪われる。 広大な空間に散在する奇妙な都市群や、太陽の熱による大気の対流で生まれる雲や、 大気に減衰され太陽光が届かない暗黒の冬空間に浮かぶ氷山や、巨大な森が火災で焼失した中に隠された酸素のない廃墟。 それらが科学的に裏付けされた(まあ怪しいところもそれなりにあるが)リアルな想像力で描写されていて、 映画化というよりは日本でアニメ化したらはまるかな。『リングワールド』というよりは『インテグラル・ツリー』
イカした言葉 「諸君、わたしがきみたちを負かした男だ」(p451)
清掃魔 (原題: The Cleaner) 著: ポール・クリーヴ (Paul Cleave) / 訳: 松田和也
柏書房 2008年(原典2006), 2500円, ISBN978-4-7601-3471-7 こんな悪い奴、読んだことない。
ニュージーランド・クライストチャーチの警察署で清掃夫として働く知的障がい者の青年ジョーは、 無邪気な笑顔で誰にでも好かれている。しかし、彼こそは街を震撼させる連続殺人犯。 障がい者としての姿は警察に入り込み捜査状況を確かめるための巧妙な演技なのだ。 そして、ジョーの目下の興味は、捜査中の一連の殺人に混じった彼のものでは無い事件。 誰かが自分の犯罪をジョーの仕業に見せている。ジョーは警察資料をもとに独自に捜査を始める。 あわよくば、そいつに自分の罪を全部着せてしまうために。 警察の見落とした証拠品から模倣犯を密かに追い詰めていくジョーだが、3人の女性により彼の運命は大きく軌道を変えていく。 一人は、うるさく干渉し彼を悩ませる母親。もう一人は、知的障がい者の弟を亡くした経験のある 警察署の用務員サリー。彼女は純粋無垢なジョーに親和感を持ち何かと世話を焼き、 距離を縮めようと努力しているが、ジョーの行動にかすかに違和感を感じている。 最後の一人は、ジョーがあるとき獲物と狙いを定めた美女メリッサ。とてつもなく危険な本性を現した彼女は逆に彼を襲う。 ジョーは突きとめた模倣犯とメリッサを罠にはめるべく計画を練り始めるのだが...
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★★★
罪悪感なく非道な行いを繰り返す主人公ジョーのむしろ軽薄な語りと、 サリーの滑稽なまでの勘違いとの落差が独特の味を醸し出す物語だが、中盤以降、奇妙なひずみ・狂気が混じり始める。 しかし、最後までそれが中心を占めることはない。 まあ、面白く読めたし、何しろニュージーランド発のスリラーという物珍しさもあるし、で それなりに満足ではあるが、スゲーと感嘆するほどでもないのも確か。ドイツでブレイクしたそうだけど、何で?
イカした言葉  「勿論、言うまでもないけど、地獄での罰は永遠に続くんだぜ。それでな、ボブよ、 永遠ってのはとにかく長いんだ。物凄くな」(p353)
粘膜人間 著: 飴村行
角川ホラー文庫 2008年, 514円, ISBN978-4-04-391301-5 『バトル・ロワイアル』以来、選考会でもっとも物議を醸した衝撃の問題作!
中学生の兄弟、利一と祐二は、小学5年生ながら化け物じみた巨躯を持ち暴力の限りをつくす義弟、 雷太を殺害することを決意した。彼等は、村はずれの池にすむ河童達に依頼するのだが、河童は村の女を要求する。 そこで、祐二は同級生の清美をエサにすることを思いつく。 清美の兄は兵役を拒否し失踪しており、非国民と認定され、村の中で孤立している彼女であれば後腐れないと考えたのだ。 そして、雷太を襲う計画の当日、河童達の想定外の行動で思わぬ惨劇が起こる。 さらに、物語は憲兵に拷問を受ける清美の悲劇、河童と雷太の遭遇劇へとシフトする。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
え、何これ。これで日本ホラー小説大賞長編賞を受賞しちゃってるの? 戦前とおぼしき時代に河童がでてくるような舞台で、予想不能の展開をするスプラッタホラーだが、 予想不能というより行き当たりばったり。 清美の受けた拷問と彼女の守る秘密に関するプロットが完全に分離しているし。 かと思えば、ばっさり急停止するあのラストも何を狙っているんだか。 スプラッタホラーは、表現として猟奇なだけでなく、文学的整合性を踏み壊し、その不協和音を 基調に物語を構築するのがジャンルとしてのお約束なわけで、 友成純一や飯野文彦といった先達を超える新しい何かは感じ取れない。 残虐表現も中途半端で、密度も薄く、寓意性もないし、なんだかなぁ、という感じ。 日本ホラー小説大賞の権威・見識を疑うなぁ。
イカした言葉 「セイメイのソウシツっておっかねぇ言葉じゃねぇのか?」(p212)
November, 2008
神獣聖戦 Perfect Edition (上/下) 著: 山田正紀
徳間書店 2008年, 1800円/1900円, ISBN978-4-19-862240-4/978-4-19-862614-3 押井守氏激賞!『強力無比な妄想に、どこまで耐えられるか。全ての読書人はその挑戦を受けよ!』 / 1983年の山田正紀と“現在”の山田正紀。本書は25年の時を隔てた二人の天才作家の“合作”にして、 完全なる新作である。
人類から派生した二つの種族、鏡人=狂人(M・M)と悪魔憑き(デモノマニア)。 かたや生理的に宇宙を航行し時空間が未分化の〈背面世界〉に適応したM・Mと、現実世界に根ざしながらも 異なる論理で〈反世界〉を認識するデモノマニアは、次元と時空を超えた生存闘争をしている。 そんなとき連続して発生した、M・Mの航宙エンジンである〈脳〉の機能不全の原因を探るため、 ある擬似人格のパルスが〈脳〉に注入され、物語が励起する。 北海道の東の果てにある聖ニーチェ病院に勤務する心理検査士、関口真理は、統合失調症の入院患者達が、 別の現実に重ね合わされているのではないかと感じる。また、沖合にある孤島周辺で、 共同幻想をもたらす何かが発生しているらしい。そこに、チェルノブイリ原発事故に巻き込まれた異端の理論物理学者、 牧村孝二が搬送される。真理は彼と会ったことはないが、なぜか誰もが、当然彼等が深い知り合いであると信じていることに驚く。 庭師の牧村孝二には生理的に宇宙に到達する能力があることが判明し、巨大財閥の施設に幽閉された。 彼と運命的な出会いをした関口真理は、彼を救い出すために思い切った行動にでる。 様々な物語が、互いに他の物語を内部に取り込みあい、中心のない多層構造を作り上げる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
作者の数多い未完のシリーズの中でも極めつけの大作が25年ぶりに復活・完結。 初期の作品のなかでも突出して先鋭的なタイトルだっただけあって、 こうして大幅加加筆されても、矛盾して破綻して支離滅裂な世界は変わっていない。 ニーチェの永劫回帰思想、量子論による世界解釈、ダーウィニズム、ソ連邦崩壊、 精神病理学、などのタームを曲解し拡大解釈しながら未整理のまま投入する強引さ。 まわりくどいくせに、繰り返しを多用する文体も初心者には厳しいかも。 しかし、目眩くイメージの奔流は、その支離滅裂さこそをエンジンとして、 現実世界を切り裂きとてつもない世界像を打ち立てる。混沌の深淵を超えた何か、 想像力を超えた何かを捕らえようとする試みに震える。
イカした言葉  「たぶん、おれはまちがった可能性のほうを選んでしまったんだろう。だけど、選択を 『まちがった』ってそもそもどういうことなんだ。」(p220)
ディファレンス・エンジン (上/下) (原題: The Difference Engine) 著: ウィリアム・ギブスン (William Gibson) & ブルース・スターリング (Bruce Sterling) / 訳: 黒丸尚
ハヤカワ文庫 2008年(原典1991), 各840円, ISBN978-4-15-011677-4/978-4-15-011678-1 蒸気機関が発達した世界の狂躁と興奮! スチームパンクを産みだした記念碑的作品、ここに再臨 / 絢爛たるもうひとつの19世紀の幕開け サイバーパンクの旗手2人が紡ぐ傑作歴史改変SF、ついに復刊
この歴史とは異なる19世紀ヴィクトリア朝時代のロンドン。 そこでは、チャールズ・バベッジが設計した解析機関が実現し、蒸気駆動と歯車からなる計算機関の普及によって 産業革命と情報革命が相乗し爆発的に進行している。そして産業急進党を率いるバイロンが首相となり、 資本家と新興知識階級が旧来の貴族に替わり、英国を支配している時代。 また、計算機関は新しい科学理論研究の基盤となる一方で、市民情報の集約による高度管理社会をもたらしていて、 反産業革命の社会運動も根強く残っている。 そんな頃、エイダ・バイロンを祖とする計算技術が、特別なプログラムを産みだした。 数百枚のパンチカードに収められたそれは、機関にある種の自己言及的な算式を走らせるものなのだが、 これを巡って、敗退した革命家の娘、目端の利くクラッカー、古生物学者、社会転覆を企む犯罪者、 エイダ・バイロンその人らの物語が動き始める。 そして、これらの物語をある存在が未来から反芻し見つめ、ついに目覚めようとしている。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
ハードカバーで出たときに読んでいたけど、文庫の復刊で再読。 コンピュータ史の起点に輝く、チャールズ・バベッジとエイダ・バイロン — プログラム可能な機械式計算機の設計者と世界最初のプログラマ — の時代を分岐点とした、 ありえざる歴史をサイバーパンクの両巨頭が描く本作は、アナクロ・モダンなガジェットと 現実と異なる歴史にあり得たファンタジーを描くスチーム・パンクを超える。 進化というもののありよう、科学技術と人類の関係性をくっきりと浮かびあがらせる、 記念碑的という言葉がふさわしいサイバーパンクの一つの頂点だ。 なんだけど、ちょっとわかりづらいところもあって★3つ。
イカした言葉 「素人言葉で言うなら、すべては二倍早く、二倍悪くなり、やがて何もかも、 完全に駄目になる、ということさ」(上p386)
October, 2008
ジョーカー・ゲーム 著: 柳広司
角川書店 2008年, 1500円, ISBN978-4-04-873851-4 この密度。この重さ。この冷たさ。この奥行き。これは本当に人間が書いた作品なのだろうか。   ――「週刊文春9月25日号」村上貴史
第二次世界大戦前夜。日本陸軍内に新たな組織が設立された。通称「D機関」、 伝説的スパイだった結城中佐が起ち上げた諜報員養成機関だ。 硬直した精神論が幅を利かす陸軍内で、そのような組織の論理に染まらない異質な人材を徴用し、あらゆるジャンルの技能と知識、 状況への柔軟な対応力、人間的感情に囚われない判断力をたたき込むことで、 複雑怪奇な国際謀略の場で暗躍できるスパイを育成することを目的とする。 スパイなど武士道にもとるとする風潮の陸軍内で孤立するD機関は、しかし、成果とともにその地歩を着々と広げていく。 冷酷なまでに現実的で「魔王」と呼ばれる謀略の達人、結城中佐が率いるD機関のメンバーは、 常に偽名を名乗り互いの素性すら知らず、自己の能力への強烈な自負だけで過酷な訓練を耐える一種のモンスターであり、 世界の陰へとひっそりと赴いていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 -
この本を手に取ったのは、上でも紹介した帯の謳い文句に誘われたからなのだが、 実のところそれほどではない。極限状況での知力を振り絞った限界の論理戦・騙し合いの醍醐味や、 ヒリヒリするような緊迫感を味わいたいなら、福本伸行や甲斐谷忍の漫画の方が上。 多分、本書は、連作のそれぞれが細切れになっていて、全体の流れのような物がないことが弱点だと思う。 なにも巨大な敵にメンバーが一丸になって立ち向かえ、なんて言ってるんじゃなくて、 何かひとつの構造というか全体を一つのゲームに見立てられる仕掛けが欲しかったかな。
イカした言葉 「死ぬこと、それ自体は少しも難しいことではない。死ぬことなど誰にでも出来る。 問題は、死んだからといって失敗の責任を負うことにはならないということだ……」(p113)
サイエンス・イマジネーション 監修: 小松左京 / 編者: 瀬名秀明
NTT出版 2008年, 2800円, ISBN978-4-7571-6039-2 ヒトとロボットの境界を超え、生命の未来へ翔ぶ
2007年に合同開催された日本SF大会/アジア圏初の世界SF大会。 その企画の一つとして行われたシンポジウム「サイエンスとサイエンスフィクションの最前線、そして未来へ!」 でのプレゼンテーションとパネルディスカッションに加え、 参加した科学者の問題提起に対しSF作家が応えた短編5編を収録。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★★
科学とSFの幸福なコラボレーションがここにある。日本SFにとって歴史的なイベントであった、 日本SF大会/世界SF大会“Nippon2007”で行われたこのシンポジウムには、 ロボットを通じて人間の本質に迫り、人工知能を通じて哲学的認識を開拓する、最先端にしてマッドな科学者達と、 日本を代表するSF作家が集った。さらに、海外からはアイリーン・ガンやテッド・チャンまでも。 かれらの研ぎ澄まされ限界を知らぬ想像力はフィクションと現実の境界を超える。 山田正紀円城塔、 飛浩隆、堀晃、そして司会の瀬名秀明。このメンバーの小説がまとめて読めると言うことだけでも奇跡的ではないか!
京都宵異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2008年, 857円, ISBN978-4-334-74475-5 千二百年の都が紡ぎあげた妖しくも美しい物語の眩惑…。
異形コレクション第41弾。怪奇と幻想の京都を旅するガイドマップ、19編。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★★
たまに意表をついたテーマを設定する異形コレクションだが、今回は、なんと京都がテーマ。 長い歴史は、洗練された文化とともに深い闇をも育て上げる。 収録作の一つで語られるように「京都は神も仏も鬼も獣もいっしょくたやからなあ」(「テ・鉄輪」) であって、確かにホラーアンソロジーの舞台としての資格は十分だ。 京都に多少の縁を持つ身としては、知っている街に重ね合わされた不可視の都の異形を楽しめた。
September, 2008
ライト (原題: Light) 著: M・ジョン・ハリスン (M. John Harrison) / 訳: 小野田和子
国書刊行会 2008年(原典2002), 2500円, ISBN978-4-336-05026-7 未来を見るな 未来になれ
1999年。量子コンピュータ開発競争に挑む物理学者のマイケル・カーニーには、 世界の自己相似的パターンの中に潜むシュランダーという怪物に追われる強迫観念があった。 謎のダイスの目に身をまかせ連続殺人を含むランダムな行動で逃れようとするが、その影はつきまとい続け、 彼は次第に非現実的な出来事と自分の過去の妄想に取り囲まれていく。
25世紀、人類が宇宙に進出した時代。裸の特異点を取り巻くケファフチ宙域には、 その観測に太古より無数の種族が訪れ、彼等が残した理解不能な遺跡も多く存在している。 肉体を捨て14次元の時空構造を認識する宇宙船と一体化し、無目的な海賊行為にふけるセリア・マウは、この宙域で、 ある箱の秘密と自分の過去の秘密を求めてさまよう。
同時期、ケファフチ宙域の探検者達のジャンクションとなっている惑星の片隅で、 かつては腕利きの宇宙船パイロットだったエド・チャイアニーズは、仮想空間に入り浸っている。 街の顔役を怒らせ、追われることになった彼は、あるサーカスに潜り込み、 なぜか予言ショーに出演することになるのだが、全ての背後に正体不明の意志が見えてくる。
一見無関係な3つのエピソードは、やがて共鳴し、絡み合い、ケファフチ宙域のある座標に収束していく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
英国SFの重鎮による、ニューウェーブ、ポストモダンなスペースオペラ。 細部は結構新しい、エンターテインメントな描写だが、一歩引いて見ればこれほど直線的な構造を排した物語も珍しい。 キーワードは、フラクタルであり、ランダム性であり、その構成も、未来と過去を、 現実と幻想を酔歩するコッホ曲線の様な極度にねじくれたものとなっている。 多様な仕掛けも施されてそうで、一読だけでは全てをすくい取れた自信はない。 多分、もう一回かそこら読み返すことになりそうだ。
イカした言葉 「俺は未来を予言しているはずなのに どうして過去ばかり見えるんだろうな?」(p284)
新編 真ク・リトル・リトル神話体系5 著: H・P・ラヴクラフト & A・ダーレス (H. P. Lovecraft & A. Derleth) 他
国書刊行会 2008年, 1500円, ISBN978-4-336-04967-4 私たちはたちすくむ。朦朧と浮かぶ巨大な顔の前に、狂気をはらんだ無窮の夜に生まれた顔の前に。「黒の詩人」
国書刊行刊版クトゥールー神話シリーズ第5回配本。 ブライアン・ラムレイの4編など、1960~70年代の13編。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
同じような話が多く、だんだん飽きてきた。「想像を絶した」と書くのは簡単だが、 SF作家はもっと異様でぶっ飛んだ世界を作ってきたぞ。 この程度で人が触れてはいけない恐怖とか軽々しく言ってはいけないのだ。といってもこの時代では仕方がないのかな?
閉店時間 (原題: Closing Time, The Passenger, Weed Species, The Crossing) 著: ジャック・ケッチャム (Jack Ketchum) / 訳: 金子浩
扶桑社ミステリー 2008年(原典2001-2007), 743円, ISBN978-4-594-05721-3 暴走する嗜虐、非情のリリシズム。鬼才の精髄、ここに極まれり。
ジャック・ケッチャムの日本版オリジナル中編集。911テロの「現実」に衝撃を受けた作者が、 都会的な男女の別離の風景に唐突に襲いかかる暴力を描き、ブラム・ストーカー賞を受賞した表題作。 アメリカの田舎にある底知れぬ暴力の坩堝を舞台とした強烈なサスペンス「ヒッチハイク」。 鬼畜カップルの所業と運命を淡々と描く「雑草」。ノワールなウエスタン「川を渡って」の4作を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
鬼畜作家という称号がふさわしいケッチャムだが、それだけの人ではない。 収録作はいずれも作者の他の著作と同じく、不条理としかいいようのない暴力と人間のもつ悪鬼の面をあぶり出す作品だが、 その向こう側にあるのは意外にも繊細なアメリカ現代文学の顔だ。『オフシーズン』あたりとは様子が異なるね。
August, 2008
世界の中心で愛を叫んだけもの (原題: The Beast That Shouted Love At The Heart Of The World) 著: ハーラン・エリスン (Harlan Ellison) / 訳: 浅倉久志・伊藤典夫
ハヤカワ文庫SF 1979年(原典1971), 580円, ISBN978-4-15-010330-5
米SF界の鬼才・扇動者だったエリスンの短編集。表題作を含め16編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
知人に長く貸していたのが戻ってきたばかりで手元にあったのと、 下の『ザ・ロード』の解説で、本書に収録された「少年と犬」をピックアップしていたため、新刊の谷間にセレクト。 さて、今から40年前前後に書かれた作品だが、少なくとも半分くらいは現在にも通じる普遍的な物と言える。 特に、暴力というものにかかわる思弁の鋭さはいい。 それから、何と言っても表題作のタイトルが秀逸。内容としては世代を超えるパワーが あるとはいえない本書が忘れ去られていない理由の80%はタイトルのインパクト。 あの映画化までされた恋愛小説がこれをパクるのも肯ける。
ザ・ロード (原題: The Road) 著: コーマック・マッカーシー (Cormac McCarthy) / 訳: 黒原敏行
早川書房 2008年(原典2006), 1800円, ISBN978-4-15-208926-7 父と子は「世界の終り」を旅する。人類最後の火をかかげ、絶望の道をひたすら南へ――
おそらくは全面核戦争で文明が崩壊してから10年程度後。 ほぼ全ての生命が死に絶え、全土が不毛の廃墟となったアメリカを南へと歩く親子がいた。 厚い雲に覆われた灰色の空の下、日に日に寒冷の度を深める大地を、少しでも長く生き延びるため、 破滅後に生まれたまだ幼い息子を連れ、男は目的地もないままに南を目指す。 わずかな生存者は互いに略奪者となり、食人すら普通に行われるこの世界で、野蛮人と化した他人に遭わぬよう警戒し、 常に疲れ果て飢えと寒さに苛まれながら。 しかも、男は自分が病魔に冒され余命があと少ししかないことを知っていて、息子がそれを感づいていることも知っている。 しかし、それでも彼等は支え合い互いが相手の世界の全てとなって、今日一日を生き続ける。 こんな時代に無垢な魂を持ち続ける息子と、彼を守るためなら非道となる覚悟を持った男の目の前には、 何度も地獄の様な光景が現れる。希望も救いもない旅路は、急速に終わりへと近づいていく。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
魂をつかんで揺さぶる物語だ。最近ないほど深く小説世界に没入し、 何度か目頭を熱くしながらの読書で、全米ベストセラーでピュリッツァー賞を受賞したのもよくわかる。 しかし、読後しばらくして冷静になってみると、破滅後の希望無き旅路の物語はSF読みなら幾らでも読んだことがあるし (『北斗の拳』だってそうだ)、息子はあまりにも(言ってみればあざといほど)健気だし、 破滅後の世界を現代の尺度で測って善悪とかいうのは実はアンフェアだし、ラストだって感傷的過ぎると思う。 でも、読み返してみるとやっぱり素晴らしいのは、文章の力ゆえ。 「」を使わない会話表記も含め、抑制され研ぎ澄まされた文章で世界を刻む作者の力量は圧倒的だ。 普通ならこの下に「イカした言葉」をピックアップするのだが、どのページのどの文章も極上で、選べなかった。 あえてやるなら全文引用しかできない。息子を持つ父親なら読んでおくべし。
未来妖怪異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2008年, 971円, ISBN978-4-334-74452-6 ショッキング大作戦! 未来を幻視する〈妖怪実験室〉!
異形コレクション第40弾。未来における妖怪を思考する20編+長短編19編。
統合人格評★★★ / SF人格評★★★ / ホラー人格評 ★★★
「妖怪」と「未来」の組み合わせは、突飛なように見えて実はそれほど目新しくない、 というのが今回のテーマの弱さかな。特撮ドラマ的な話がどうしても多くなってしまう。 1ページで完結する「超短編」の同人誌編者を招聘し、その精鋭の作を集めたアンソロジー内アンソロジー 「未来妖怪燐寸匣」は面白い試み。
July, 2008
カニバリストの告白 (原題: Confessions of a Flesh-Eater) 著: デヴィッド・マドセン (David Madsen) / 訳: 池田真紀子
角川書店 2008年(原典1997), 2200円, ISBN978-4-04-791607-4 私は彼を殺していない。
ローマにレストランを構える天才料理人のオーランドー・クリスプは、 料理評論家が猟奇的に殺害された事件の被疑者として逮捕され、獄中で自分の半生と哲学を手記にしたためている。 幼少のころから“肉”に取りつかれ、これを錬金術的にに変容させる料理人を目指したクリスプは、 才能と努力と自分の美貌を武器に成り上がっていく。芸術家としての自分の技を究めるために、 あらゆるモラルを踏み越えていく彼は、遂に、ある秘密の食材をもとに人を意のままに操る料理技術へたどり着く。 上流階級のエキセントリックな面々の中で名声をほしいままにするクリスプだが、 しかし、彼の前には思わぬ陥穽が待ち受けていた。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
インモラルな小説である。題名にあるのでネタバレにはあたらないと思うが、 彼が扱う食材には人肉が含まれる。そして、“肉”には当然エロティックな意味も — 各種のアブノーマルなものも — 含まれる。 凡人を超越した感性と芸術的能力と、対象へのモラルフリーな執着を持つ主人公、 ということで、パトリック・ジュースキントの傑作『香水』を連想させる。 嗅覚をモチーフとした『香水』にくらべ、より直截的な題材を扱い、なんといっても 極めてブラックなコメディでもある本書は、その分、下品である印象は否めないが、 あの物語が好きな人にならお勧めしてもいい。
イカした言葉 「情熱なら、俺が二人分受け持つ」(p145)
ラヴクラフトの遺産(原題: Lovecraft's Legacy) 編: R・E・ワインバーグ & M・H・グリーンバーグ (Robert E. Weinberg & Martin H. Greenberg) / 訳: 夏来健次,尾之上浩司
創元推理文庫 2000年, 1200円, ISBN4-488-52311-0 少年ラヴクラフトが魘された悪夢から、私たちは生まれたんだ。
R・ブロック、F・P・ウィルスン、B・ラムレイ、R・ガートンなど、 H・P・ラヴクラフトの衣鉢を継ぐ そうそうたるメンバーが顔を揃えた14編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
これはちょっと古い本だが、実は最近もこのサイトで紹介するもの以外でも ラブクラフト関連の書籍は続々と出版されており、なぜだか隠れたブームの様相。 本書は、クトゥールー神話の枠組のモノはなく、どれもラヴクラフトとは明らかに異なる作風ながら、 それでもラヴクラフトの精神を受け継いでそれぞれの作者が消化/昇華した小説群で、 クトゥールー神話アンソロジーとは異なる面白さがある。
新編 真ク・リトル・リトル神話体系4 著: H・P・ラヴクラフト & A・ダーレス (H. P. Lovecraft & A. Derleth) 他
国書刊行会 2008年, 1600円, ISBN978-4-336-04966-7 天国と地獄の全ての秘密が明かされるのだ。この世の知られざる神秘の全ては汝のものとなるであろう。 「魔界へのかけ橋」
国書刊行刊版クトゥールー神話シリーズ第4回配本。 R・キャンベルの3編、ラヴクラフトの断片的なネタをダーレスがふくらませた4編を含む10編。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
相変わらず、禁断の知識に触れて怪異に巻き込まれた人の手記ばかりだが、 それでもラヴクラフトの死後、彼の神話世界が独自の生命を持ち広がるさまが見て取れる。 ダーレスによる方向付けは愚俗だと思うが、それでも神話をしっかりと根付かせた功績は認めざるを得ない。