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小説評論もどき 2009上半期 (16編)


私の読書記録です。2009年1月-6月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

June, 2009
レインボーズ・エンド(上・下) (原題: Rainbows End) 著: ヴァーナー・ヴィンジ (Vernor Vinge) / 訳: 赤尾秀子
創元SF文庫 2009年(原典2006), 各940円, ISBN978-4-488-70505-3/978-4-488-70506-0 ヒューゴー賞・ローカス受賞 / 日本初の世界SF大会での受賞作
サッカーの試合のCMに隠された危険なマインドコントロール実験を偶然察知した EU-日本-インドの諜報局は、その陰謀の中心と目されるサンディエゴのバイオ研究所を攻めるため、 正体不明のハッカー、ウサギを雇う。ウサギが狙いをつけたのは、最先端の医療技術によりアルツハイマーを克服した 詩人ロバート・グーだった。ディスプレイを内蔵したコンタクトレンズ、衣服に内蔵されたウェアラブル・コンピュータ、 あらゆる場所がネットワークにつながるユビキタスな環境とそれを前提とした社会への変化にとまどうロバートは、 若者と時代に乗り遅れた老人が共に学ぶ地元中学の職業訓練コースに通うことになったのだが、 天才詩人で大学教授でもあったプライドと元来の傲慢な性格もあって面白くない。 そんなロバートと彼の周辺に巧妙に忍び寄るウサギは、近隣の図書館で進行中の、図書を裁断しデジタル化する計画の反対運動に ロバートを導き、また、軍幹部であるロバートの息子夫婦に対する罠を仕掛けていく。 そして、図書館を中心とした世界的お祭り騒ぎを焚きつけ、それを陽動としてバイオ研究所を落とす計画を遂行するウサギは、 さらには雇い主の裏をかこうとするのだが、ロバート達と彼の孫や若い学友の行動が事態を別の方向へ動かしていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
本当に実現しそうな近未来を活写する、という点で抜群の完成度・解像度を誇るが、 物語が大団円の結末を迎えたり、許しあったり、傲慢な人生を反省して改心したり、みたいな話で妙に古めかしい。 ウサギの正体に関するところに実は結構突き抜けたモノを仄めかしたりはしているが、 それ以外は、コンピュータ科学者による未来社会のプレゼンといった印象があるね。
イカした言葉 「そういえば、とっくにグーグルがやったんじゃないのか?」(上巻p232)
May, 2009
アメリカン・ゴッズ(上・下) (原題: American Gods) 著: ニール・ゲイマン (Neil Gaiman) / 訳: 金原瑞人・野沢佳織
角川書店 2009年(原典2001), 各2200円, ISBN978-4-04-791608-1/978-4-04-791609-8 まるでハイテク遊園地の新旧「神合戦」ライドに乗せられたような! こんなスリル、初めてだ。―― 荒俣宏氏 /  アヌビスは葬儀屋に、ランプの精はタクシー運転手になった。
傷害事件による3年間の刑期終了寸前に最愛の妻の交通事故死を聞かされたシャドウは、 故郷の街へと急ぐ途上で、詐欺師ウェンズデイに出会う。 奇妙な力をかいま見せるウェンズデイに雇われたシャドウは、彼に連れられるままにアメリカ中を巡り 異様な人々を訪問するが、ウェンズデイが北欧神話の主神オーディンであり、彼らがインド神話のカーリーや アフリカ神話のアナンシやエジプト神話のアヌビスなど、様々な神々であることを知る。 移民達とともにアメリカに渡ってきたこれらの神々は、歴史の流れの中で没落し、 かつての意味と崇拝者を失いつつも社会の裏側に細々と住み続けていたのだ。 ウェンズデイは、没落しつつある旧い神々を疎んじる新しい神々 — テレビの神や自動車の神 — との戦いが近いことを彼らに告げ、結束を訴える。 始めは突拍子もない真実を信じることができないシャドウだが、死んだ妻が現れ、また神々のもたらす 不思議な事象を経験するうちに、自分の役割をいぶかしみながらも次第に受け入れていく。 そして、戦いの嵐が近づいてくる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
人種の坩堝であるアメリカは、先住民や移民達や奴隷として連れてこられた人々の歴史と文化に根ざす 八百万の神々が住む社会でもある、ということをベースにした堂々たるダーク・ファンタジー。 泥臭くも魅力的な神々の姿は、諸民族の精神の豊穣な多様性を思わせる。 ところで、妖怪とは零落した神々だ、というから、これは実は妖怪小説である。 水木しげるさんに漫画化してもらうときっと面白い。
イカした言葉 「わしはもう若くないが、これだけはいえる。小便をする、何か食う、三十分眠る――  その機会を与えられたら、ノーというな。わかるか?」(上巻p183)
時間封鎖(上・下) (原題: SPIN) 著: ロバート・チャールズ・ウィルスン (Robert Charles Wilson) / 訳: 茂木健
創元SF文庫 2008年(原典2005), 各940円, ISBN978-4-488-70603-6/978-4-488-70604-3
ある日突然、夜空から星が消えた。地球を正体不明の漆黒の膜が覆ったためだ。 しかも、膜の外の時間は1億倍の速度で流れていることが確認される。 つまり、太陽が巨星化し地球を呑み込むまでの50億年が地上の50年に相当し、 天文学的な終末がいきなり目前のものとなってしまったのだ。 主人公タイラーの友人ジェイソンは、これをもたらした何らかの超知性の研究に没頭し、 1億倍の時間差を利用した人類存続の一大プロジェクト、火星のテラフォーミングを指揮する。 一方、ジェイソンの妹でタイラーと心を通じ合わせつつも微妙な距離を保つダイアンは、 この異変を神のもたらした終末と捉え受容しようとする宗教活動に身を投じる。 そして、10万年の時を超えて火星から一人の男がやって来る。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
『SFが読みたい!2009年版』で、2008年の海外ベストSF第1位に選ばれたのが本書。 歴史の激動に翻弄されながら、守るべきものを守ろうと勝ち目のない戦いを続けるとか、 運命に逆らい許されざる密かな恋愛感情を育むとかいった、重厚なロマンス小説的文学の味わいで、 大仕掛けのSFながらこの2つ下の『アッチェレランド』とは真逆の作風。 これが選ばれるとは日本のSFファンの保守性・健全性を表しているなあ。 とはいえ、大仕掛けな割には、仄めかされる〈仮定体〉の目的や正体にあまり驚きがなかったりで、 僕はあまり高くは評価しないんだけど。
イカした言葉  この七月の午後を永久に自分のものにできるなら、明日以降の日々はいちばん高い 値をつけたやつに売ってやる。(上巻p95)
April, 2009
神君幻法帖 著: 山田正紀
徳間書店 2009年, 1600円, ISBN978-4-19-862680-8 徳川家に盤石の安泰をもたらすため――、 捨て石となれ。
後に豪華絢爛な東照宮に改築される前の日光東照社。徳川家康の神霊をこの地に遷すにあたり、 集められた幻法者の山王一族と摩多羅一族それぞれ7名は、2台の輿車を巡っての死闘を命じられる。 日光山を本拠とする両一族は、戦国時代に戦死者を葬ることを生業としたワタリを源流とし、 公権力の枠外でついに様々な異能を身につけた者達であって、ヤモリのごとく天井や壁を歩く者、蜘蛛の糸を自在に使う者、 他人の心を読み操る者などそれぞれが恐るべき力を秘めている。 彼らは、徳川家を支える僧侶、南光坊天海が家康神霊の遷座を通じて徳川家体制を盤石なものとする呪術的な仕掛けの為に、 その能力を尽くした凄惨な殺し合いに身を投じざるをえなくなる。 しかし、両一族の若き棟梁、山王主殿介と摩多羅木通は、戦いのさなか恋に落ち、生き残る為の画策を始める。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
何を思ったか、山田風太郎『甲賀忍法帖』のリメイク。 異能者集団のバトルという今や少年漫画では不可欠のテンプレートの原点を作者一流の強引さで再現するという試み。 幻法者の能力を、それぞれニューロンだのバイオテクノロジーだの脳科学などで説明するのが実にいかがわしいのだが、 そのデタラメないかがわしさが作者の狙い。 巻末の作者インタビューによると、山田風太郎作品の『くノ一忍法帖』をベースとした次作を構想中とのことで、 まあこの作者のことだから実現可能性は相当低いので、期待せずに待っておきましょう。
イカした言葉 「苦しゅうない、苦しゅうない、よろこんで死に候え」(p35)
アッチェレランド (原題: ACCELERANDO) 著: チャールズ・ストロス (Charles Stross) / 訳: 酒井昭伸
早川書房 2009年(原典2005), 2300円, ISBN978-4-15-209003-4 ギブスンの鮮烈×クラークの思弁
英国SFの旗手が描出する、〈特異点〉を超えた人類の姿
21世紀初頭、マンフレッド・マックスは、ネットの情報奔流に常に身を浸し、 革新的なビジネスアイデアを次々に編み出しながらその全てを無償で公開し、見知らぬ誰かを豊かにし続けている。 彼が信奉するのは、稀少性が価値の基盤である既存の経済システムを超越した恵与経済(アガルミクス)であり、 夢想するのは、近い将来出現するであろうAIやアップロード人格などもヒトとして平等視する法体系・社会システムであり、 火星や月を解体し全ての質量を演算に投入することで生まれる巨大な計算・有知能環境の実現だ。 ある日、マンフレッドのもとに電話をかけて来た、イセエビの神経パターン発祥のAIが、 彼に人類圏からの亡命を依頼したことを契機として、シンギュラリティへの加速が始まる。 そして、太陽系内の質量当たりの演算能力が指数関数的に増大していくに従い、知的存在のヒエラルキーの頂点は、 自らを改変したもはやヒトならざる存在や、知能をもった企業体など様々なポストヒューマンへと移っていき、 既存人類も木星系や土星系へと拠点を広げながら加速度的に変化し続けていく。 この恐るべき21世紀を、マンフレッドは、様々な様態をとりながら、 彼の子ども達の活動と人類のあり方にかかわっていくのだ。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★
急激に発展する科学技術により人間性のくびきから解き放たれ、変容・拡散していく人類の姿を描いた サイバーパンクの聖典『スキズマトリックス』を より過激に過剰に書き直した本作は、音楽用語で「だんだん速く」を表すタイトル通り、その速度・加速度が持ち味だ。 2005年に出版されながら、物語の起点を2010年頃に置き物語のほぼ全てを21世紀に収める図々しさで、 人類の変化の度合をその経過期間で割った勾配は間違いなくSFとしても空前絶後。 当然ながら、僕らのいる現在との乖離は既に甚大であり、テクノ・ギークの妄想めいた戯言と切り捨ててもかまわないのだが、 人間性などというものを軽々と飛び越えていく変化の文学としてのSFの神髄がここにある。
イカした言葉 「稀少性を前提とした経済が人間的なものとは思えないんですけどねえ。 どのみち、あと二十年もすれば、人間は経済単位として通用しなくなるんだし。」(p82)
March, 2009
ふしぎの国の犯罪者たち 著: 山田正紀
扶桑社文庫〈昭和ミステリ秘宝〉 2009年, 800円, ISBN978-4-594-05886-9 人生最大のゲーム“犯罪遊戯” ロマンあふれる大人の寓話!
都会のさびれたバーに集う男たち、そのバーのルールで互いに名前も知らない彼らが、 ふとしたきっかけで実行した犯罪ゲーム。知的な挑戦だったはずのその犯罪は、 彼らを更なる犯罪の深みへと導くいていく(「ふしぎの国の犯罪者たち」)。 『贋作ゲーム』と同じレーベルの本書は、著者の1970年代の犯罪小説4編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★
『贋作ゲーム』よりは、ノワールの要素が増した作品のセレクト。 したがって、大人の苦みみたいな味わいが感じられるが、改めて読むと、結構無理が目立つね。 この程度の知恵では、さすがにプロは出し抜けない気がするなぁ。
幻想探偵異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2009年, 933円, ISBN978-4-334-74518-9 宵闇色の領域に生息する名探偵18人が登場!
異形コレクション第42弾。異界の事件を解き明かす探偵たちの物語18編。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★
僕たちが物語の中で出会う「探偵」は非現実的な職業で、 奇怪な謎を解体しこの世の外側への道を示す魔術師であって、異形コレクションのテーマにふさわしい。 しかし、あまりにもふさわしすぎて、驚きを感じられないのが残念。 朝松健の定番、一休宗純の室町もの「ひとつ目さうし」がいつもと違って魔的なモノの出てこない 純粋な探偵物語(まるで金田一耕助)なのは面白かった。
リトル・リトル・クトゥールー 編: 東雅夫
学研 2009年, 1200円, ISBN978-4-05-403798-4 こわい? かわいい? きもちわるい? 800字で書かれた111編の宇宙的恐怖!
「広義のクトゥールー神話に属するオリジナル掌編小説」 で「文字数800字以内」の条件で募集された作品から選考された、プロ・アマ入り乱れる60名の作者による111編
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
きわめつけの珍品。題材と形式がこれだけ限定的だと相当マニアックになっているかと思えば、 意外や、クトゥールー神話を知らない読者でも面白がれる懐の深い一冊。 極小の物語群を読み進め、それら全体が生み出す不思議なリズムを楽しむ一方で、なんだか打ちひしがれてしまった。 というのは、この文字数は想像力・幻視力の閃きが肝要であって、そうであれば必ずしも職業作家の技量は必要ないわけで、 つまりは僕だって資格を持つはずなのだが... なのだが、ここに収められたどの作品にも手が届く気がしない。 鍛え直さなきゃね。
TAP 著: グレッグ・イーガン (Greg Egan) / 編・訳: 山岸真
河出書房新社 奇想コレクション 2008年(原典1986-1995), 1900円, ISBN978-4-309-62203-3 変わりゆく世界、ほろ苦い新現実―― 世界最高のSF作家グレッグ・イーガン異色傑作選
超絶的にハードな思弁と論理でSFの最先端を拓くイーガンの日本オリジナル短編集第4弾は、 ホラーや異色の色の濃い10編。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★
書誌的なコトはあまり知らなかったのだが、イーガンが、キャリアの初期にこんなホラーを書いていたとは。 しかも、これだけ打撃力の高いものを。もちろん、人間が人間であることの定義や、 人間が現実世界を認識することそのものに関する、イーガン一流の思弁から展開される鋭く異様な論理でそれらは構築される。 ホラーや異色ではあるが、作者の真骨頂がここにある。 一般読者のイーガン入門書として、これをあげる書評を読んだことがあるが、やっぱり、SF読みじゃないと難しいかもね。
February, 2009
エンジン・サマー (原題: Engine Summer) 著: ジョン・クロウリー (John Crowley) / 訳: 大森望
扶桑社ミステリー 2008年 (原典1979), 933円, ISBN978-4-594-05801-2 幻想文学の名作 遂に復刊
〈嵐〉によって技術文明が崩壊してから永い時間が過ぎ去った遥かな未来。 わずかに残った人々は、天使と呼ばれる〈嵐〉以前の人類が残した機械や素材を使いつつ、 自然と調和した穏やかな生活をしている。そんなコミュニティのひとつ、リトルベレアで少年〈しゃべる灯心草〉は生まれ育った。 ある日突然、彼の恋人〈一日一度〉が交易商に加わり姿を消した。 しばらくして、〈灯心草〉は、語り継がれ続ける物語の語り手であり、登場人物でもある聖人になることを求めて、 街を出た。過去の文明をさまざまな形で受け継ぐ人々の間を放浪する彼は、〈一日一度〉と再会し、また離別し、 その過程で、彼自身も成長し変容していく。 そして、やがて天使のもとにたどり着いた彼は、自分の物語を語り始める。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 -
1990年に翻訳され、ながく絶版であった名作が、改訳され文庫で復刊。 文明の盛りをとうに過ぎ、穏やかな小春日和のような時代に至った人類を描く、いとも美しいSF・ファンタジー・幻想小説。 現代の様々な事物は、時の流れのなかに意味と目的を喪失し、あらたな物語の中にとりこまれて別の意味をまとう。 これが私たちの行く末ならば、それはそれで幸せな結末なのだろう。
イカした言葉 「人生はさまざまなかたちをとるんだよ。階段のような人生もあれば、円のような人生もある。」(p36)
新編 真ク・リトル・リトル神話体系6 著: S・キング 他
国書刊行会 2009年, 1500円, ISBN978-4-336-04968-1 地の果てから呼び出しが、呼ぶ声があった。遅れてはならぬ。ク・リトル・リトルが動き出したぞ。「暗黒の復活」
国書刊行刊版クトゥールー神話シリーズ第6回配本。 本巻と次回第7巻は、R・キャンベル編の “New Tales of the Cthulhu Mythos” の収録作。 S・キングの「クラウチ・エンドの怪」など5編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
R・キャンベルがクトゥールー神話を見直す観点から編んだ1980年発行のアンソロジーからの収録。 ダーレス流の、功罪相半ばする量産品的神話からの脱却の流れがみられる物語群。さすがに、S・キングの作品は締まる。
贋作ゲーム 著: 山田正紀
扶桑社文庫〈昭和ミステリ秘宝〉 2008年, 800円, ISBN978-4-594-05839-5 実行不可能な作戦に挑む男たちの命をかけた戦い!
主人公が、知恵と機転を尽くし、騙し騙されの攻防をくぐり抜けて、実行不可能な目標に挑む。 暴力シーン、ベッドシーンを排し、誰も死なない、という縛りをかけたゲーム性の高い「泥棒小説(Caper Story)」として、 1970年代に発表された計7編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★
古い山田正紀ファンなので、本書収録作を含む、一連の「泥棒小説」は当然すべて読んでいる。 しかし、当時はただ面白く読んだだけで、これらが日本におけるこのジャンルの嚆矢であり、 その成立に大いに貢献していたとはあまり意識していなかった。 もう30年前の作品ばかりながら、古さを感じないし(さすがに舞台を現代に移すのは無理があるトリックも多いけれど)、 何より、作者がこのジャンルの映画を強く意識して書いた収録作は、いずれも映画にしても面白いこと確実。 ブラッド・ピットあたりを主人公にして是非。
January, 2009
スプーク・カントリー (原題: Spook Country) 著: ウィリアム・ギブスン (William Gibson) / 訳: 浅倉久志
早川書房 2008年 (原典2007), 1900円, ISBN978-4-15-208988-5 90年代のカルト・バンドのもとヴォーカル、ホリスがまきこまれた驚くべき陰謀とは?
世界的人気ロックバンドの解散後、フリージャーナリストに転身したホリスは、 新雑誌〈ノード〉の依頼で臨場感アート — 特殊な視覚装置を通じて鑑賞する現実世界に重ね合わされた ヴァーチャルな芸術作品 — の取材をする為、ロサンゼルスにいた。 その技術的基盤は、人嫌いのハッカー、ボビーが提供しているのだが、〈ノード〉の所有者ビゲントは、 彼がかかわるもう一つの仕事に興味を持っていて、彼女への依頼の真意はそこにあった。 その仕事とは世界中をさまよう謎のコンテナの追跡らしいのだが、ボビーは姿を消し、ホリスは彼の跡を追うことになった。
ニューヨークの中国系キューバ人移民の若者チトーは、冷戦時代の国際諜報活動を源流とする一族の家業である 法の枠外の運輸ビジネスに携わっていた。 彼は一族の指示で定期的にiPodを届けていた老人の新たな依頼に従い、老人と共に、謎の追手をかわし、移動を開始する。
ロシア語に堪能な薬物中毒者のミルグリムは、政府関係者らしいブラウンという男に拘束され、 非合法組織の監視のサポートを強要されている。政府の表沙汰に出来ない活動を担っているらしいブラウンは、 ターゲット(チトーと老人)の捕捉に失敗するが、ミルグリムを引き連れ、新たな目的地へと向かう。
謎めいた荷物に引き寄せられて、3つのグループの軌跡は錯綜し、ヴァンクーバーで交差する。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 -
『パターン・レコグニション』の続編。 物語としての連続性はないものの、現代社会の奇態な断面を切り出すと言う点で共通している。 今作のモチーフとなるのは、ポスト911の世界に潜む陰謀めいた汚く危険なあれこれなのだが、 それでありながら、深刻だったり陰惨だったりする話とはならない。 それは、プレイヤーの一人ビゲントは、彼特有の感度で気づいた秘密に好奇心で手を出しているだけだし、 老人についても彼自身が語るように結局の所、ちょっとしたいたずらと言えなくもない目的で一連の出来事を仕切っている、 ということによる。 つまりは、壮大なコストと情報・諜報技術を使いつつも、曖昧模糊としたゲームでしかないものが、 この物語のなかで起こっていることであり、それが、通常目に見える社会の裏側で進行しているというわけだ。 それから、本作は、ギブスンの過去の著作を思わせるギミックが各所に仕掛けられているのも読みどころ。 総体として思いもよらぬ軽妙な作品になっている。
イカした言葉 「もし歴史を目撃したければ、必然的に自分が目撃するものの一部になる必要があるんだよ」(p266)
ハーモニー 著: 伊藤計劃
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2008年, 1600円, ISBN978-4-15-208992-2 天国なるものがこの世のどこかにあるとしたら、これこそが望みうる最高に近い状態なのだろう。
全世界を暴動の嵐が覆い、流出した核弾頭が多数使用された〈大災禍〉の混乱期を経て、 生命・健康を最重要な資源と見なす生命主義が資本主義に取って代わった21世紀後半。 体内にインストールした医療分子機械により常時モニターされる健康状態を公開し、自らの健康の維持と、 互いへの親密な気づかいを求められる社会、大半の病気が根絶されたユートピアである社会に閉塞感を感じる少女3人は 自分の身体の所有権を宣言するために自殺を試みた。 それから13年後、その一人霧慧トァンは世界保健機構の監察官として世界の紛争地帯を渡り歩いていた。 それは、優しさが専制する社会からの逆説的な逃避であり、喫煙という悪徳に隠れて耽るための苦肉の策だった。 そんなとき、数千人が死亡する同時多発自殺事件が起こる。 さらに、それを仕掛けたグループの「宣言」により生命主義社会は恐慌状態に追い込まれる。 捜査を始めたトァンは、あのとき死んだはずの友人、卓越した知性と過激な思想で3人をリードしたキァハの影を見いだし、 彼女の痕跡を追う。そして高度福祉厚生社会を支える理論・技術が行き着く果てに表れる大変革の兆しに近づいていく。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
イーガンもかくやの先鋭的な課題提起が異彩を放つ、 SFがSFである意義を存分に感じさせる意欲作。 感情をタグでマークアップするetmlなる形式で記述されたテキストだとかのハッタリも効果的。 著者の前作『虐殺器官』と対をなして 現在の日本SFの代表作としてあげられるべき物語。 しかし、理論面でいうと僕は疑問を持っていて、人間が合理的でないのは、 本質的に合理的な評価というものがなし得ないからだと思う。 例えば将来を現在と並列するための統計的モデル・評価尺度・割引率の選択は、最終的に主観に依存するので、 ラストのアレは実現不可能な気がする。
イカした言葉  定められた目標が極端で融通が利かないほど、弱い人間はそれを守りやすい。(p89)
年刊日本SF傑作選 虚構機関 編: 大森望・日下三蔵
創元SF文庫 2008年, 1100円, ISBN978-4-488-73401-5 待望の企画、開幕 2007年の日本SFの精華 選りすぐった16作を収録
34年ぶりとなる、日本SF短編の年次傑作選。2007年に発表された作品(未発表の作品もあるのだが)から、 王道からSFの境界を超えたものまで幅広い精鋭16編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
確かに、日本SFで年間ベストを編んだのって無かったし、世の総てを読破できるわけもないので、 こういう企画はありがたい。 セレクトされたラインアップもなかなか面白くて、選者が語るように、これってSF?というクセ球も相当数選ばれている。 日本SFの現状を切り取る断面図として、これからも長く継続して欲しい。
20世紀の幽霊たち (原題: 20th Century Ghosts) 著: ジョー・ヒル (Joe Hill) / 訳: 白石朗,安野玲,玉木亨,大森望
小学館文庫 2008年(原典2005,2007), 980円, ISBN978-4-09-408134-3 ホラーや怪奇幻想文学を愛する総ての読者よ、さあ、一刻も早く、ジョー・ヒルを体験し、 新たな時代の幕開けを体感すべし! ―― 東雅夫
著者のデビュー作ながらブラム・ストーカー賞、英国幻想文学大賞、国際ホラー作家協会賞を 受賞した怪奇幻想短編集。ホラーと幻想文学と主流文学の極上のインターセクション16編+α。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★★★
いや、たまげた。クライヴ・バーカー『血の本』以来の 衝撃と言っていいかも。神経を逆なでするような後味の悪いホラーと、静謐な幽霊譚と、純然たる主流文学が同じテイストで、 そして極めて高い完成度と美しさで同居し混じり合う素晴らしい作品群。 『異形コレクション』のバラエティを一人で網羅し、 しかも内容として凌駕するようなもの。 実はスティーブン・キングの息子だそうだが、恐るべき才能。このジャンルの読者は必読。