S
muneyuki's main > SF & Horror >

小説評論もどき 2007下半期 (25編)


私の読書記録です。2007年7月-12月分で、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2007
ひとにぎりの異形異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2007年, 895円, ISBN978-4-334-74355-0 81人の綺羅星たちが紡いだショートショート81編!
第39弾は、シリーズ初のショートショート・アンソロジー。 ショートショート81編とヒトコマ漫画7題。
統合人格評★★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
テーマではなく形式規定というのは意外な印象もあったが、出てみれば納得の読み応えある一冊。 僕も星新一さんや眉村卓さんのショートショートが読書の入り口だったことを思い出す。 ショートショートに対する編者の愛と、これに応えた88人の作家の意欲があふれている。 凄い。これだけの作者が集まることも奇跡的だし、 多様を究めた極小の物語群は、総体として生命に満ちた地球そのものにも例えられる出来映えで、 捨て作品など一つもない。
ラヴクラフト全集 別巻 (上/下) 著: H・P・ラヴクラフト (Howard Phillips Lovecraft) 他 / 訳: 大瀧啓裕
創元推理文庫 2007年, 740円/840円, ISBN978-4-488-52308-4/978-4-488-52309-1 クトゥルー神話から怪奇幻想まで ラヴクラフトの共作・補作を網羅 「這い寄る混沌」ほか12編を収録 / 「永劫より」「夜の海」ほか11編に別巻収録作全解題を併録
文庫版全集のラストを飾るのは、ラヴクラフトが他の作家と共作、 または他の作家を添削した作品を網羅する別巻。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
創元文庫版ラヴクラフト全集もようやくゴールに到達。 大瀧さん、長期にわたる労作、お疲れ様でした。
さて、ラヴクラフトが添削・共作を手がけた作品は、玉石混交でどっちかというと石の方が多いかな。 禁断の知恵の割には誰でも知っている書物やら、おぞましい経験を思わせぶりな記述でしたためた日記がやたら出てくるけれど、 意外と雰囲気・趣向も豊富かも。見せ物小屋の蛇女の因縁講釈のような「イグの呪い」(上巻)の野暮ったさは結構好き。
ニューロマンサー (原題: Neuromancer) 著: ウィリアム・ギブスン (William Gibson) / 訳: 黒丸尚
ハヤカワ文庫SF 1986年(原典1984), 560円, ISBN4-15-010672-X
ヤバイ仕事に失敗し、電脳空間に没入するために必要な神経を破損された元腕利きのハッカー、 ケイスは、電脳空間を自由に駆けセキュリティプログラム相手にわたり合った高揚とスリルへの復帰を渇望しながら、 千葉の闇マーケットの片隅で失意の日々を送っている。 そんな彼の前に、フリーの用心棒モリイと彼女を雇ったアーミテジという男が現れる。 ケイスは神経再建と引き替えに、アメリカ西海岸の都市帯《スプロール》やイスタンブールでの「仕掛け」を行う。 一方で、奇妙に空虚なアーミテジが、かつて世界最初のサイバー戦闘で廃人となった軍人であることを知る。 軌道上の《自由界》にこもる財閥一族ティスエ=アシュプールが所有するAI「冬寂(ウインターミュート)」が アーミテジを操っているらしい。 そして、機能と知能を厳重に管理された「冬寂」が自分自身を解放するために仕掛けた婉曲的な計画に組み込まれた彼等は 《自由界》に乗り込み、ティスエ=アシュプールの隠遁地、ヴィラ迷光に潜入する。
統合人格評 ★★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★
読む本が尽きた谷間に、既に古典となった本書を何度目かの再読。 20年前、サイバーパンクの幕開けを告げた物語は、いまだに世界を呪縛し続けている。 仮想現実を扱う全ての物語の原点はここにある。 久しぶりに読んで思うのは、ギブスンのヴィジョンの支配力が 『フランケンシュタイン』級に強固であること。 サイバーパンクはその性質上すぐに古びてしまうリスクをかかえているのだが (本書でも、ときどき「テープにとる」みたいな描写はあるけど)、 すくなくともまだこの小説のスタイルの格好良さと世界観の尖鋭さは死んではいない。傑作。
イカした言葉  港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。(p11 冒頭の一文)
著: 曽根圭介
角川ホラー文庫 2007年, 590円, ISBN978-4-04-387301-2 史上初 日本ホラー小説大賞(短編賞) 江戸川乱歩賞(「沈底魚」) W受賞!!
第14回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した表題作を含む、著者の第一短編集。
人の価値が株価として表されるようになった社会で、エリート銀行員の主人公は、 ある失敗をきっかけに底しれない転落の坂を転がり落ちていく。「暴落」
飲み会で記憶をなくした間に、何者かにビルの隙間に手錠で繋がれた主人公。助けを求めて叫ぶが、 現れるのは話の通じない連中ばかり。次第に希望は消えていく。「受難」
人が鼻を持たないブタと持つテングに別れていて、テングはブタから差別され迫害されている世界。 ブタの医者「私」は、テングが追いやられる恐ろしい運命を知り、 テングからブタへの違法な整形手術に手を染めることを決意する。 一方、体臭恐怖症の刑事「俺」は、少女連続失踪事件の捜査で、子ども時代に通り魔事件に遭い、 今は世間の冷たい目を避け引きこもっている男を執拗につけねらう。「鼻」
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
なんと言っても「鼻」が見事。二つの世界が重なり合ったときに浮かびあがる絵柄が衝撃的におぞましい。 他の2編はブラック・ユーモアというべき作品だが、これも切れ味といい、突出した異様なブラック加減といい、 解説中で大森氏が言うように昔の筒井康隆を彷彿とさせる出来。 僕のトータルな評価としては★3つではあるけれど、ちょっと凄い人が出てきたな、という感想。
ネクロダイバー 潜死能力者 著: 牧野修
角川ホラー文庫 2007年, 590円, ISBN978-4-04-352210-1 生と死の狭間から死者の恨みを消去するダークヒーロー誕生
大学受験失敗を皮切りに人生を転落しかけていた少年、物部は、 不思議な虫が書いた奇妙な文字を見たことをきっかけにネクロダイバーとなった。 人に憑き、その人生・想いを「蟲文」として書き記す守護蟲は、その人の死後、暴走し他人を巻き込む心霊現象と化すことがある。 「蟲文」を読むことで死の物語に潜入するネクロダイバーとして、怪物化した物語を消去する国家機関に組み込まれた物部は、 先輩ネクロダイバーのクラヴィクルとともに、悲惨な運命・非業の死が産み出す事件・物語に立ち向かう。 しかし、本来の姿を超えて凶悪化する守護蟲が続発する。その背後には理解不能の論理で活動する死神の存在があり、 彼等は物部たちの前に遊ぶがごとく現れる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
ケータイ読書サイトが発表の場ということもあり、ライトノベル的な色合いが強い一編。 既存の牧野作品の焼き直しの要素も多いけど、その分手堅くまとまった感じがするね。 死者の想いの上に築かれる異世界で怪物的心霊と闘うヒーローということで、 僕の頭の中では荻野真の描くマンガに変換されながらの読書でした。 帯に「『バイオハザード』『サイレントヒル』の牧野修最新作!」とあるんだけど、 幾らなんでもゲームのノベライズを代表作扱いするのはどうかと。
イカした言葉 「いや、遠慮しとくよ。コーヒーを飲むと死ににくいかもしれないからな」(p66)
November, 2007
新編 真ク・リトル・リトル神話体系2 著: H・P・ラヴクラフト (Howard Phillips Lovecraft) 他
国書刊行会 2007年, 1500円, ISBN978-4-336-04964-3 彼等ひとたび解き放たれば、限りなく血を求めて彷徨い、行く手に災いの多かるべし。「納骨堂綺譚」
国書刊行刊版クトゥールー神話シリーズ第2回配本。 ダーレスやブロックらの手による13編
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
ダーレス版の神話作品を始め、本巻収録作品はあまりコズミックな感じは受けないよね。 単なる怪獣ホラーで「神話」の壮大さが足りない。『サイコ』原作者のR・ブロックの作品は、それなりにモダンな印象。
他人事 著: 平山夢明
集英社 2007年, 1600円, ISBN978-4-08-774881-9 無意味で不気味な心の暗渠を除く14編。 これを読む者は一切の望みを棄てよ。
「小説すばる」とケータイ雑誌「the どくしょ」に掲載された14編。鬼畜度高し。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★★
読後、寒々しく何とも言えない嫌な気分になること請け合いの短編集。 人の心の一番暗いところを、無意味で無機質な悪意を、力みもせず淡々と陳列していて、物語の内容よりもそのことが恐ろしい。 テンションの低さと毒気の強さのギャップが激しすぎて平衡感覚をちょっと失う。 僕が言うのもナンだが、こんなコト書いちゃいかんでしょう、と言いたいくらい。
ディオニュソスの階段 (上・下) (原題: La Scala Di Dioniso) 著: ルカ・ディ・フルヴィオ (Luca Di Fulvio) / 訳: 飯田亮介
ハヤカワ文庫 2007年(原典2005), 各760円, ISBN978-4-15-041150-3/978-4-15-041151-0 殺人鬼への第一歩。踏み出すのはいともたやすい。/ 救われぬ殺人鬼と孤独な刑事の闘いの行方は? 胸を震わす絶望小説。
優秀だが、ある事件で受けたトラウマから麻薬中毒になった警官ジェルミナルが 最貧地区ミニャッタに左遷されたのは1900年が始まろうとする頃。 時を同じくして、製糖工場に搾取される工員達の住居や、さらに貧しい人々が暮らすスラムがあるミニャッタに、 新しい百年紀を祝う神が到来した。そして神は製糖工場の株主の妻達を惨殺する。 この猟奇事件の捜査を開始したジェルミナルは、重度の奇形で不自由な身体に卓越した知性と精神力を秘めた医師ノヴェール伯爵や、 機械人間を創りだしたサーカス団長シロン、美しい踊り子イグネースらと出会う。 捜査が難航するなか、魔術と幻術の神を僭称する正体不明の人物は次々と残虐な犯行を続けていく。 更に、製糖工場では社会主義活動家が扇動するストライキの準備が進む。 半ば強引な捜査を続けるジェルミナルは、ノヴェールやシロンにも関わりのある過去の出来事が背景にあることに気づき、 神の最後の凶行を止めるべくミニャッタを駆ける。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
イタリア発のミステリだが、陰鬱なランドスケープの中で遠い過去の因縁(これが実に湿っぽい)が 世代を超えての復讐につながっていく物語は、いわく付きの地方の名家やら、奇怪な人物達やら、 複雑でドロドロした恩讐やらが絡まり合って、舞台を日本に置き換えたら金田一耕助シリーズに紛れても区別がつかないぞ。 本作はそのうち映画化されるらしいが一連の機械仕掛けのヴィジュアルは面白そうかな。
イカした言葉  「『人間が謳う完璧さなどは軽蔑する』自然は声をそろえてあなたにそう答えるはずです。」(上p239)
新編 真ク・リトル・リトル神話体系1 著: H・P・ラヴクラフト (Howard Phillips Lovecraft) 他
国書刊行会 2007年, 1500円, ISBN978-4-336-04963-6 久遠に臥したるもの、死することなく、怪異なる永劫の内には、死すら終焉を迎えん。「廃都」
1982年から1984年にかけて刊行された『真ク・リトル・リトル神話体系』から、 ラヴクラフト本人による作品のほとんどと研究書を除き、年代別に編み直したアンソロジーのスタート。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
国書刊行会のクトゥールー神話シリーズは、 もちろん存在は知っていたけれど、昔のものという気もして手を出していなかったのだが、新編を機に挑戦。 全7巻、隔月発行予定とのことなので、1年超のおつきあいになるかな。 で、作年順の編集により、もっとも古い作品が並ぶ本巻は... まあ、正直に言えば古いよね。 書かれた当時の科学や社会を背景に「未来的」だったり「宇宙的」だったりする記述はカビがはえてしまっていている。 残念ながら古くても時代を超越する作品になるまでには至ってない。 本巻のなかでは、やはりラヴクラフト本人の「廃都」(「無名都市」の方がいい邦題だと思う)が面白い。
October, 2007
白の協奏曲(コンチェルト) 著: 山田正紀
双葉社 2007年, 1600円, ISBN978-4-575-23592-0 “幻”の名作 30年の時を経て初の単行本化!
潰れた交響楽団の再興資金を得るため、 表に出せないカネを巻き上げる詐欺行為を繰り返す元楽団メンバー達の前に、 彼らの犯罪の証拠を手にした霧生友子と名乗る若い女が現れた。 彼女は、楽団員達に骨董品の潜水艦を使って東京をジャックするという奇想天外なミッションを強要する。 友子の真意を図りかねつつも、指揮者の中条ら楽団員達は作戦の準備を開始する。 一方、警視庁公安課課長の状元は、警察内部に内閣情報室や公安調査庁に匹敵する諜報機関を設立すべく動いていた。 政財界に密かにかつ多大な影響力を持つ伝説的人物の秘書、水沢知佐子から、 彼女がつかんだ霧生友子の計画を聞いた状元は、その計画に乗じて自分が設立しようとしている “情報班”の実力を政府内部に知らしめようとくわだてる。 それは、極めて短期間に全東京都民を退去させ、東京を空っぽにするというデモンストレーションだ。 一人の女性の思いを端緒とする、前代未聞の作戦が始まる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 -
1978年に雑誌に掲載されたきりだった小説を30年ぶりに単行本化。 いやぁ、若いね。作者が後書きで告白するとおり、「それはまあ、ストーリーも、文章も、粗削りというか、相当に乱暴で、 若さにまかせて一気に書いたようなところがある。暴走族の若者が、タララララ、と警笛をかき鳴らし、信号を無視して、 一直線に交叉点に突っ込んでいくようなところがある」物語なのだ。 素人集団が、実現不可能としか思えない荒唐無稽な計画に取り組み、その過程で介入してくる国家レベルの武装組織を なけなしの知恵と勇気でかわしていくというのは、同時期に書かれた『火神(アグニ)を盗め』と同工だが、 こちらはかなり粗が目立つかな。 例えば、こんなに怪しげな計画に、公安のキレ者がうかうかと乗っかってしまうのはありえない。 「ゲーム理論」だとか「待ち行列理論」だとかの学術的タームを散りばめるのはいいが、物語になじまず浮いちゃったりね。 でも、この盲目的な若さこそが、やはり作者のいう「青春」を感じさせる。 多分30年前に読むより、今読んだ方が面白いと感じられたと思う。
イカした言葉 「俺の指揮棒ひとつで、楽団員はどうにでも動く。武装したオーケストラは、よく訓練された軍隊も同じなんだ……」(p249)
ゴーレム100 (原題: GOLEM100) 著: アルフレッド・ベスター (Alfred Bester) / 訳: 渡辺佐智江
国書刊行会〈未来の文学〉 2007年(原典1980), 2500円, ISBN978-4-336-04737-3 SF史上燦然と輝く傑作『虎よ、虎よ!』の巨匠ベスターによる最強にして最狂の伝説的長編がついに登場!  22世紀の巨大都市で召喚された新種の悪魔ゴーレム100 をめぐる目眩く冒険と、魂と人類の生存をかけた死闘―― 軽妙な語り口と発狂したグラフィック遊戯の洪水が渾然一体となった ベスターズ・ベスト。
悪徳と頽廃がはびこる未来の巨大都市〈ガフ〉。そこで暮らす上流階級の女性達、 8人の蜜蜂レディが退屈しのぎのお遊びで行った悪魔召喚の儀式は、人々の無意識の奥底から、破壊的な存在 ゴーレム100を呼び出してしまう。 途轍もなく残虐でかつ不可能な殺人を繰り返すゴーレムの犯行は、不思議なことに日系の天才化学者ブレイズ・シマの、 彼自身が意識していない2重人格の行動と相関があるらしい。 シマと、シマの謎の行動の解明を依頼された美貌の黒人精神工学者グレッチェン・ナンと、 連続する理解不能な殺人事件を捜査する優秀なインド系警察官インドゥニの3人は、 超現実的な生命であるゴーレム100 の存在を突きとめる。 それを追い詰めるために、希少な薬品の力を借りてゴーレムの源である集合的無意識の世界にトリップするシマとナンだが、 そのことはかえって事態をより奇怪な方向に進展させていく。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
暴れ馬のように破格で破天荒な小説である。正直、乗りこなせた自信はないが、 この暴走ぶりは全て作者ベスターの計算だ。文体実験、言語遊戯はもちろん、 タイポグラフィや奇妙なイラストレーションや楽譜すらもを駆使した物語は、 猥雑ながら単純に見えるかと思えば、多重の象徴に満ちていて無数の解釈が可能であり、 読者は自分の知的能力を試されている気分になるある意味イヤな小説でもある。 特にラストのジェイムス・ジョイス的文章はねぇ。 発表された瞬間から伝説的と呼ばれたのも肯ける。この稀代の怪作を日本語にした訳者の力量恐るべし。
イカした言葉  「ペストは、なにもわからずなにも求めなかった。ただ存在しただけ」(p108)
美しき魔方陣 久留島義太見参! 著: 鳴海風
小学館文庫 2007年, 560円, ISBN978-4-09-408210-4 無頼の天才と奸臣の郡代が、死力を尽くす和算対決!
舞台は、徳川吉宗の時代の江戸。訳あって酒浸りの無頼な生活を送る浪人久留島義太、 超絶技巧の詰将棋の作り手であり、和算の天才でもある彼は、風流な旗本土屋土佐守と知り合い、 東北磐城平藩の算学者登用試験に推薦される。試験の場で非凡な才能を見せるものの仕官に興味のない彼は、 同じく浪人で優秀な算学者松永良弼に勝ちをゆずる。 しかし、この試験には、算学の力で磐城平藩を操る奸臣大野三太夫の罠があった。 松永と親交を深め、その美しい妹、芙蓉と次第に心を通わせる久留島は、陰謀にからめ取られた松永を救おうとするが、 絶大な権力を持つ大野には手が届かない。 そして、大野は自分の力を誇示するため、算額を使った魔方陣の創作競争を江戸の和算家たちに仕掛ける。 始めは勝負に乗り気でなかった久留島だが、土佐守の叱咤を受け、また、松永兄妹への思いから、 大野の算額が掛けられた神社へ向かう。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 -
いつもと傾向の異なる選択は、本サイトのパズル関連書籍の欄に載せるため。 パズルの視点からの評は、そちらでするとして、 ここでは別の視点から。
権力をほしいままにする悪役がいて、貧しくともけなげに暮らす兄妹がいて、彼らは悪役の奸計に苦しめられていて、 そこに普段はだらしないが実は超人的な能力を持つ主人公が現れて立ち向かうって、 TVの時代劇にそのまま使える通俗さだが、なにしろテーマが数学なので(オイラーやフェルマーの名前も出てくる)、 そんなことは実現しそうにないか。久留島と松永を始め登場人物の多くは実在の人物で、 久留島が創り上げる魔方陣も実際に彼の作なのだが、その完全な美しさには目を見はる。 ちょっと面白いのは、この物語で扱われている「数学」を「魔術」に読み替えるとファンタジーっぽくなってしまうこと。 主人公達の操る数学の技法は「平方零約術」とか「帰源整法」とかいう名前で、何かかっこよくてそれっぽいし、 算学者はそのまま魔術師のイメージだし。大衆娯楽小説のフォーマットに「数学」が乗っかっているのが面白い。
イカした言葉 「自約の数は神の数であり、数の性質を表すもの。特徴ある数の個数を知ることは神の手を数えるようなものだ」(p151)
怪物ホラー傑作選 千の脚を持つ男 編: 中村融
創元推理文庫 2007年, 920円, ISBN978-4-488-55503-0 地から、海から襲う10体の怪物 《ウルトラQ》的作品を精選
スタージョン、アブラム・デイヴィッドスン、ジョン・コリアらが創造した怪物たちが跳梁跋扈する10の物語。 本邦初訳5編に、既訳だが長く埋もれていた名作5編を新訳して編集。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
引き続き怪物ホラー。といいつつ、どちらかというと「奇妙な味」に分類される作品が多いかな。 ジョン・コリアのとか特にね。僕は、編者が再現を目指した『ウルトラQ』は見ていない世代だけれど、 それでも怪獣嗜好の血は濃いので、セレクションにニヤリ。
夜の声 (原題: The Voice In The Night and Other Stories) 著: W・H・ホジスン (William Hope Hodgson) / 訳: 井辻朱美
創元推理文庫 2007年(初版1985), 600円, ISBN978-4-488-53601-5
キノコに覆われた異様な島に流れ着いた男女の悪夢の運命を語る表題作(映画『マタンゴ』の原作)、 巨大なヘビの水妖に襲われた船の恐怖、奇怪な魔女達が守る真珠の財宝を巡る冒険など、秘境たる海洋を舞台とした神秘譚、 怪獣譚8編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
約100年前の原作、日本語訳されてから20年以上経つ短編集が、復刊フェアということで書店に並んだ。 いやぁ、いまさらなんだけど面白いね。ラブクラフトに影響を与えたという、 奇想天外ながら幻想・ファンタジーによらない(存在原理が超自然ではない種類の怪異!)描写は、 長く船上で働き過ごした作者ならではか。 全編、このまま、今、映画化してもまったくおかしくないくらい古さを感じない。
創造士・俎凄一郎 第一部 ゴースト 著: 山田正紀
講談社ノベルズ 2007年, 900円, ISBN978-4-06-182534-5 どことも知れない闇のなかで ――。悪夢の町、蒼馬市へようこそ。
10年前、飲酒運転で子どもを轢き殺した太田は、刑期を終え、事故のあった蒼馬市に帰ってきた。 犠牲者の子どもの霊前に手を合わせるためだ。しかし、彼には事故について腑に落ちない点があった。 そんな太田の前にヤクザ関口が現れ、明日までに町を出ないと命がないと警告する。 同じ頃、蒼馬市の有力者である4人の女性の一人がケーキバイキング中に毒殺される。 そこに居合わせたウエイトレスは残りの3人に恐喝を試みるが事態は奇妙な展開を見せる。 バブル時代に都市計画のグランドデザインを手がけた天才建築家が蒼馬市に植え付けた悪意と狂気の種は、 消える霊柩車の都市伝説や、いるのにいない、または2人だったり3人だったりする奇怪な人物を生み出している。 建築家の仕事を始末するべく、法務省予備役(呼疫?)課の刑事が街にやって来る。
統合人格評 ★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 -
えー、第1部で途切れているシリーズが沢山あるのに、また始めちゃったの?  しかも、中途半端に放って置かれた伏線というか謎も多くこの1冊だけでは自立できてなくて、 早急に次作が出版されないとどうしようもないのだが。でも、これまでの経験からいうと、 このシリーズも続かない気配が濃厚だねぇ。
イカした言葉  「ねえ、パパのこと悪く思わないでね。欲が深いのと、人を平気で裏切る以外は、いい人なんだから」(p58)
September, 2007
バッド・チューニング 著: 飯野文彦
早川書房 2007年, 1700円, ISBN978-4-15-208851-2 底抜けの背徳、下劣なる救済 『バトル・ロワイヤル』を凌ぐ衝撃と狂気 第14回日本ホラー小説大賞最終候補作
私立探偵を営む私が自宅兼事務所で見つけたのは、なじみの風俗嬢、加奈子の皮をはがれた死体。 私が外で飲んだくれている間に何者かが運び込んだらしい。 真相を探ろうと動き始めるものの、チューニングはおかしくなりっぱなしで、事態は悪い方、奇怪な方へと転がり落ちて行く。 最低の下らない浅ましいヤツらを相手に捜査をすすめるが、必死に押さえている頭の中の便所の蓋の隙間から 腐った何かが染み出してくる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★★
下品、愚劣、ゲス、最低、ビョーキ。そんな言葉でしか形容できない物語である。 上の内容紹介は随分穏やかな言葉で書いたが、電車内で読むのをちょっと躊躇するような汚い小説である。 しかし、著者が目指したのは、まさにそういうナスティな境地で、汚穢にまみれてはいるが、その中に何かがあるのは感じられる。 きっと、こういう地獄めいた心象に取りつかれた現実が存在するんだろう。イヤだけど。
イカした言葉 「あなたのチューニングに、最適よ。呑んだら、便所に蓋ができるもの」(p149)
ホラー映画ベスト10殺人事件 著: 友成純一
光文社文庫 2007年(初出1989年), 476円, ISBN978-4-334-74294-2 唸るチェーンソー! 疾走する殺人鬼!!
ヤクザな生活を送るスプラッター専門の映画評論家、庄内に酔ってカラんだ三流映画人たちが次々と殺された。 しかも庄内が雑誌の特集であげたベストテンの映画の名シーンにならって。 犠牲者たちが死ねばいいと公言していた庄内には、アリバイもなく、また残酷な描写を嬉々として賞賛する文章を書く彼は、 当然ながら犯人として疑われる。 謎の真犯人は、その後も庄内のベストテンをなぞり彼の周辺の人間を狙った虐殺を続けていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★★★
最近は、スプラッターホラーもそれなりに洗練された作品も増えたし、 人間性軽視という過激な性質とか現実の事件に与えた影響とかに関する論争も下火になって、 落ち着いたと言えば落ち着いた状況にはなってきたが、 まあ、それでもマトモな人間が喜んで見るような映画ジャンルでないのは変わりない。 登場人物達の短絡的で愚かな行動を薄っぺらく、一方で残酷表現は微にいり細をうがって描写する、 芸術性とか情緒の対極にあるスプラッタースタイルの本書は、このジャンルを体現する作家の筆頭である著者が、 自身を主人公として当時の映画評論の内幕を露骨かつ正確に描いたものでもある。 しかし、数多い友成作品の中から、なんでまた20年も前の本書を復刊したのかね。 別に今の時代が求めているというわけでもないだろうに。
イカした言葉  「原稿を書くのは、演技をするのと一緒だ。いかに役になりきって、読者を面白がらせるかだよね」(p110)
神は沈黙せず (上・下) 著: 山本弘
角川文庫 2006年(初出2003年), 667円/590円, ISBN4-04-460113-5/4-04-460114-3
幼い頃、突然の災害で両親を失った和久良輔・優歌の兄妹は、神がいるとすれば、 なぜこのような理不尽を人々に押しつけ、また善を救い悪を罰することがないのかという疑問を持ち続けていた。 長じて兄は遺伝的アルゴリズムを駆使するプログラマとなり、妹はルポライターになった。 この本の語り手である優歌は、ルポライターとしての活動のなか、若き天才作家加古沢黎と出会う。 また、カルト教団への潜入取材を敢行し、悲劇的な結末へ至る過程を見続けた彼女は、 そこで不条理かつ不可思議な現象に遭遇する。 そして、ある日、良輔は優歌に、神の実在を科学的に証明したと語る。 優歌を介してその理論に触れた加古沢が並はずれた影響力で日本をある方向に誘導しようとする中、「神の顔」が出現し、 世界中で超常現象の報告が爆発的に増加していく。 良輔の希望に反して、神の存在の確証は世界の混乱と戦争を増やすばかりであったが、 それでも研究を進める彼は、遂に神の意図を理解し証明したと優歌に告げ、失踪した。 彼女自身も「焦点」になっていることに気づきながら優歌は兄の理論を追いかけていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
僕は、UFOや超能力や心霊現象や擬似科学が大好きだ。これらを唱える人達の奇矯な論理は 面白くても信じるに足りないが、「科学的でないからあり得ない」式のトートロジーは全く非科学的だし、 なにより、本当にこれらが実在しないならつまらない。 こんな思いを明確に体系化し、論理と愛情でエンターテインメントに高めた「と学会」の出現には感激した (その後、鼻につく論調が目立った時期もあるが)。 「と学会」会長である作者が手がけた本作は、そこで蓄積した膨大な超常現象のデータベースと その考察を背景に神の存在に迫るクラシカルかつストロングなSFだ。 UFOや幽霊を信じている人も否定する人も一度読んでみるといい。「科学的」とはどういうことかがよく分かる。
しかし、欠点を挙げると、良輔の理論は実は証明にはなっていない。 (現実の諸々と作品内の)現象を矛盾なく説明できるモデル・仮説ではあるとしても、 「神」という概念は必ずしも必要ないように思える。良輔が解き明かした宇宙の有界性も「神の顔」も パラダイムシフトを必要とするものの直接的な神の存在証明とはいいがたい。 それに、コンピューター上のプログラムのアナロジーは強力すぎるのだ。 多分、何だって言えてしまうので、これに頼るのは小説としてのご都合主義ともいえそうだ。
イカした言葉  「子供は — 人間ってのは、数字やパーセンテージで計っちゃいけないもんなんだよ。 子供は一人で100パーセントなんだから。一人救えばそれで100パーセントなんだよ」(下p59)
August, 2007
心霊理論異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2007年, 914円, ISBN978-4-334-74295-9 21世紀、幽霊たちも進化を遂げる?
「幽霊を「分析」する物語、あるいは幽霊を「思弁」する物語」(編集序文より) 19編からなるシリーズ第38巻
統合人格評★★★ / SF人格評★★★ / ホラー人格評 ★★★
幽霊という「現象」の存在基盤や活動の原理は何かという疑問に理論的な切り口でアプローチするというのは、 怪奇幻想小説としては結構伝統的だが、本職の科学者・精神科医(若干、異端より?)や高度な科学理論を操ることに 長けたSF作家たちも集まった本書は、とても理屈っぽい。 が、理をもって語られた幽霊は語られたが故に新しい不気味さを獲得する。
水銀奇譚 著: 牧野修
理論社ミステリーYA! 2007年, 1300円, ISBN978-4-652-08611-7 スベテヲ破壊シテヤリタイ 壊せ、壊せ、壊せ ……
高校二年生の香織は、水との一体感を求めてシンクロナイズド・スイミングに打ち込んでいるが、 孤独を好み他人との関わりを嫌う彼女の性格は、シンクロを続けることを次第に困難にしている。 そんな夏の日に、小学校時代の同級生や教師らが溺死する事件が連続し、香織は小学生時代を思い出す。 友人同士でなれ合う同級生達になじめず、一人図書館で読書にふけっていた小学生の彼女は、 澁澤龍彦の本に書き込まれた暗号を見つけ、それを解読することで学校の片隅で密かに開かれている 「真の科学クラブ」にたどり着く。 錬金術や魔術に精通した美少年が主催するクラブのメンバーは、欲にまみれた〈肉〉が支配する世間を軽蔑し、 これを超越する智慧を求めていたのだ。 クラブは幾つかの出来事を起こし、中心である少年の失踪でその活動は幕を閉じていた。 そして、雨が降り続く現在起こっている一連の事件の背後にはその少年の影が見える。 彼岸の存在となった彼が、何か忌まわしいことを引き起こそうとしているのだ...
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
山田正紀『雨の恐竜』と同じく、 マイナー出版社ながら意欲的なヤングアダルト向けシリーズの一冊。 完成度はともかく、いやぁ、なんというか甘酸っぱいというかほろ苦いというか。 「真の科学クラブ」メンバーの想いは、まさに僕も共有していたからね。 俗なヤツらが思いもつかない知識の体系を追い、オレはヤツらとは違うんだと思いこんだり、違おうとしてみたり。 人生も半ばを過ぎようかというオッサンである僕は、人生の他愛の無さがいかに祝福されたモノであるかを知っているので、 物語のラストに著者が意図的に据えた平穏をある種の感慨をもって受け入れるのだが、 本書がターゲットとしているあの頃の僕なら、開陳されたオカルトの濃度に歓喜してもこの結末には反発したかも。
イカした言葉  諦めることを受け入れた子供は、早熟な子供から老成した子供へと変わる。(p181)
スローターハウス5 (原題: Slaughterhouse-Five) 著: カート・ヴォネガット・ジュニア (Kurt Vonnegut, Jr.) / 訳: 伊藤典夫
ハヤカワ文庫SF 1978年(原典1969), 640円, ISBN978-4-15-010302-6
自分の意思とは関係なく、波乱に満ちた自分の人生をランダムに行き来する けいれん的時間旅行者ビリー・ピルグリム。 連合軍の兵士としてヨーロッパ戦線に送られるが、ドイツ軍の捕虜となり、ドレスデン爆撃 — 一夜にして一都市を完膚無きまで焼き尽くし10万余の民間人の命を奪った連合軍による大空爆 — を地上で経験する。 終戦後は米国に戻り、裕福な検眼医として幸福な生活を送る彼は、ある日、 高度に進歩した文明を誇るトラファルマドール星人に誘拐され彼らの星の動物園に収容され数年を過ごす。 そして、飛行機事故で大怪我をし、愛妻を失ったのちに、トラファルマドール的真実を世界に広めようと 傍目には狂人めいた活動に突然とりかかる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
2007年4月に亡くなった著者を追悼し、終戦の日に過去を振り返る意味でのチョイス。 それに、古いSF読みとしては恥ずかしながら未読の一冊でもあったので。 この本はSFではなく、ヴォネガットもSF作家ではないのだが、そういう枠組は意味をなさないし、なしたこともない。 さて、これだけ有名な小説に改めて論をつけくわえる能力はないが、いつもどおり簡単な感想程度を。
全ての時間を一度に見通し、過去・現在・未来を同等に認知するトラファルマドール人の視野に立てば、 過去を反省し未来に希望を持つ地球人は愚かな存在でしかない。どんな悲劇にも教訓はなく、全ての死者は存在しつづけ、 未来は固定されている彼らの認識を受け入れれば、世界を受けとめるのは簡単になる。 しかし、それは下に紹介している言葉でヴォネガットが語っていることからわかるとおり、 あくまでアイロニーでしかないんだよね、当然ながら。
イカした言葉  ロトの妻は、もちろん、町のほうをふりかえるなと命ぜられていた。だが彼女はふりかえってしまった。 わたしはそのような彼女を愛する。それこそ人間的な行為だと思うからだ。 彼女はそのため塩の柱にかえられた。そういうものだ。(p34)
サムサーラ・ジャンクション (原題: redRobe) 著: ジョン・コートニー・グリムウッド (Jon Courtenay Grimwood) / 訳: 嶋田洋一
ハヤカワ文庫SF 2007年(原典2000), 940円, ISBN978-4-15-011616-3 殺し屋とその相棒の知性をもつ銃は消えた法王庁の財宝と奇怪な神父に 誘拐された日系少女娼婦を老い巨大な難民収容所と化した宇宙コロニーへと向かう!
帯で紹介しているとおりの話。
統合人格評 ★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 -
これほどヘタクソな小説を久しぶりに読んだ気がする。 自分の読み方が悪かったのかと再読までしてみたが、やっぱりヘタクソだ。僕が編集者だったら、即刻書き直しを命じるね。 企業化したローマ教会や国連や世界銀行がまだらに覇権を握る未来世界や、 中空の小惑星に死体を材料にして築いた難民避難所とそれを運営するチベット仏教徒のAIなど、 派手で珍奇なアイデアとビジョンをハイスピードで乱打するという、最近の英国SFの流行りのフォーマットで、 それそのものは悪いとまでは言わないのだけれどね。 いかんせん、登場人物の造形がチグハグで、場面転換の処理が不親切極まりない。 あまりにも素人臭い独りよがりぶりだが、それなりに著作数もあり評価もされているらしい作者なので、 この作品だけの問題なのかね?
イカした言葉  「どちらがローマ法王大使でいらっしゃいますか?」「わしはブードゥーの司祭だ。だから銃のほうかな」(p140)
July, 2007
虐殺器官 著: 伊藤計劃
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2007年, 1600円, ISBN978-4-15-208831-4 ポスト9・11の罪と罰を描く小松左京賞最終候補作
9.11後、世界情勢は核テロが起こるまで悪化するが、 先進諸国は高度な個人情報認証・管理テクノロジーを導入することでその混迷から脱していた。 しかし、取り残された発展途上国では、悲惨な内戦や民族虐殺が頻発する。 米国情報軍特殊部隊に属するシェパードは、これらの悲劇を終わらせるために、 その首謀者・扇動者を暗殺するというある種矛盾した任務に携わっている。 そして、不思議なことに世界中どこにいってもターゲットの一人はジョン・ポールというアメリカ人。 幽霊のごとくシェパードたちの手をすり抜け続けるジョン・ポールが足を踏み入れた国は、 半年も経たないうちに地獄へと変貌しているのだ。 任務のたびに、カウンセリングや医学的処置を通じて感情を調整されるシェパードは本来感じるべき罪の意識を 希求しながらジョン・ポールを追う。 そしてシェパードの前に現れたジョン・ポールは、彼が操作する「虐殺の文法」を語り、 誰でも簡単に知ることができるのに誰も目を向けない世界の罪を告げる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
現代社会のあり方から外挿して、世界の根底に横たわる自由と責任と罪と罰の形をあぶり出す意欲作。 デビュー作にしてこの水準というのは、かなりモノ。 しかし、ひとこと言わせて貰うと、肝心の「虐殺の文法」のリアルさが弱い。 未来社会の描写のハードな濃密さにくらべると、そこだけポッカリと薄いのだ。 最後にあの人物が放つ呪言も、本書に描かれた効力を発するには圧倒的に量が少なくて、 そこらへんの中心的アイデアの説得力 がもう少しあれば、凄いといえる物語になっていたのにね。
イカした言葉 「アメリカ人がそう意識しているかどうかにかかわらず、現代アメリカの軍事行動は啓蒙的な戦争なのです。」(p128)
ミサイルマン 平山夢明短編集 著: 平山夢明
光文社 2007年, 1600円, ISBN978-4-334-92557-4 突き刺され。これが小説だ。
『独白するユニバーサル横メルカトル』に続く、 平山夢明短編集。鬼畜の業なる7つの物語。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
前作に引き続き、悪趣味極まりない短編集。だが、緊張感みなぎる前作のインパクトに較べると、 若干の甘さというか隙が感じられる。鬼畜ながら奇妙に爽やかなテイストが多いのも善し悪し。 ちなみに表題作「ミサイルマン」のタイトルは、THE HIGH-LOWS の曲から。
エデンの黒い牙 (原題: Darker Than You Think) 著: ジャック・ウィリアムスン (Jack Williamson) / 訳: 野村芳夫
創元推理文庫 2007年(原典1948), 各1060円, ISBN978-4-488-51502-7 暗黒の救世主、降臨! 読者を美しき狂気へと誘う幻想文学史上最も危険な傑作
新聞記者のバービーは、ゴビ砂漠の遺跡での調査を終えて帰国するモンドリック博士を 取材するために向かった空港で、ライバル紙の新人記者を名乗る美女ベルと出会う。 何かを恐れているらしいモンドリック博士は、飛行機から降りたその場で記者会見を開き、 人類の中に紛れている邪悪な種族と彼らが待望する「夜の子」を告発しようとするが、衆人環視のなか怪死をとげる。 モンドリック博士に師事していた経歴を持つバービーは、博士の死の真相を探り、 太古の遺物を守り見えない敵と戦おうとしているかつての学友達を助けようと奮闘するのだが、 一方で、魔女を自称するベルに触発されたように、夜の夢の中で狼など野獣の姿に変じ、 喜びと共に解放した恐るべき力で助けたいはずの友人達を襲ってしまう。 そして、夢で見たように友人達は命を落としていく。 しかし、精神科医グレンは、彼の告白を単なる偶然と過去の罪悪感から起こる幻覚と一蹴する。 果たして、モンドリック博士の警告は真実なのか、それとも単なる妄想なのか...
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
人狼伝説を民俗学・人類学として語り、(超)心理学とか遺伝子とか量子力学とかで裏付けて、 科学的リアリティを感じさせるホラーアクションに仕立てるというのは、いまや手垢のついたネタで、 同じような設定の小説やらマンガやらを僕もどれだけ読んできたことか。 でも、60年前に発表されたこの物語のフォーマットは、既にその完全な姿に到達していると言っていい。 発表当時はこの小説の世界像が真実と信じた人達もいたらしいが、 彼らは人間であるという束縛からの解放感と野生のパワーにあこがれて自分たちももそうでありたいと夢想していたはずで、 そういう受け取り方ができる時代になっていたのも意味があるんだろう。 いまや本書に登場する人狼族は忌むべき存在ではない。
イカした言葉 「実際、ある程度の精神の異常は完全に正常です」(p263)