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小説評論もどき 2007上半期 (18編)


私の読書記録です。2007年1月分-6月分で、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のアオリコピー。評価は ★★★★★ が最高。

JUNE, 2007
Self-Reference ENGINE 著: 円城塔
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2007年, 1600円, ISBN978-4-15-208821-5 それは、あまりにもあっけない永遠だった —
人工知能から勝手に進化してついには自然現象と一体化して全てを演算するようになった巨大知性体群。 自由自在に過去を改変し時空構造を改変し物理法則を改変し、宇宙の基盤として振る舞う彼らは、 あるとき突然バラバラになってしまった時間を横断して互いに演算戦を繰り広げている。 そんな世界のなかで、何かいろんな事が起こったり起こらなかったり起こったかもしれなかったり 起こっていないことになったりする、20編の連作短編集。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 -
ひゃぁ。呆れかえったよ、これには。こんな突拍子もない、訳の分からない、 法外というか埒外というか、途轍もないバカげた話がありうるとは。 何かヘンテコなものの存在不可能性に関する数学的証明のような小説。 特に後半で指数関数的に発散していく無茶苦茶さが凄い。 「自己言及機関」のタイトルに偽りのない、まったくマトモなところのない何かだ。 イーガンが新喜劇の台本を書いたらこんな感じになるかな。
双生児 (原題: The Separation) 著: クリストファー・プリースト (Christopher Priest) / 訳: 古沢嘉徹
早川書房プラチナ・ファンタジイ 2007年(原典2002), 2500円, ISBN978-4-15-208815-4 SF/ミステリ/海外文学界から圧倒的な支持を集める物語の魔術師が贈る“もっとも完成された小説”
戦史ドキュメンタリー作家のグラットンの元に持ち込まれた一冊の回顧録。 書いたのはJ・L・ソウヤー、第二次世界大戦時に英国空軍で爆撃機のパイロットを務めた人物。 当時の英国首相チャーチルの残した記録に「現役空軍士官でありながら良心的兵役拒否者」として わずかに記載されたこの人物に興味を持ったグラットンはソウヤーの調査を始める。
1945年5月10日、ジェイコブ・L・ソウヤーが操縦する爆撃機は撃墜された。何とか生還した彼は混乱した記憶をたどり直す。 大学時代、ナチス支配下のドイツで行われたベルリンオリンピックのボート競技に双子の兄弟ジョーと参加し 銅メダルを獲得した彼はヘス副総統と会う。 また、両親の知人であるユダヤ人家族の美しい娘ビルギットを密かに連れ出すことにも成功したのだ。 そして、撃墜された傷の癒えたジェイコブは、なぜかチャーチル直属の任務を与えられる。そして...
ところが、グラットンが調査を進めるうちに、いくつもの矛盾する証言・資料が見つかる。 グラットン自身をも巻き込んで、ありうべき/ありえない歴史の分岐が交差する。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 -
伏線と仕掛けの迷宮で読者を惑乱させる、プリースト一流の技巧を究めた恐るべき物語。 僕自身はこの当時の歴史に詳しくはないのだが、物語発端におかれた罠が分かる程度の知識はあって、 また結構注意して読んでいたので、多分、大きな読み落としはしていないつもりなのだけれど、 それでもちゃんと受け取り切れているのか自信はない。 物語の性質上、こういう場でいろいろな事を書くことができないし、他の評論でも詳しくは書いていない。 しかし、多義的解釈の深みへと人を誘うこの物語を他の人がどう読み取ったのかすごく知りたくて気になってしまう。 読書会のネタとしてこれ以上ふさわしい小説もないだろう。
イカした言葉 「われわれは戦争の味を知ったが、たぶん思っていたほどその味を気に入っていない」(p369)
残酷な夜 (原題: Savage Night) 著: ジム・トンプスン (Jim Thompson) / 訳: 三川基好
扶桑社ミステリー 2007年(原典1953), 800円, ISBN978-4-594-05357-4 最後に待ち受けるおそるべき闇の世界! 異形の暗黒小説、文庫化
さびれた大学町に「おれ」がやってきたのは、〈元締め〉に請われるままに、ある男を始末するためだった。 童顔を活かして大学の聴講生になりすました「おれ」はその男の経営する下宿に住むことになった。 下宿には、美しいが貞淑とは言い難いターゲットの妻、世話好きの老人、足の悪い女学生がいて 仕事の準備のため彼らを取り込もうと近づくのだが、街の保安官は「おれ」の正体を疑い、 また、「おれ」を信頼していないらしい〈元締め〉の息のかかった誰かの気配も感じられる。 持病の肺病も悪化していくなか、何かに追い詰められて事態は悪夢のように歪んで狂っていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★★★
ジム・トンプソンといえば、既にその名と本作を含む著作は広く知れ渡っているので、 いまさら僕がその存在に驚くのもマヌケなのだが、この奇怪極まりない世界に仰天した。 グロテスクなノワールというのを想像していたのだが、まさかそっちの方向とは。 ストーリーで言えば、上で紹介した最後の「狂っていく」以降の狂い具合が凄くて、 解説にもあるとおり映画にするならD・リンチ以外には扱えないだろう。
イカした言葉  もちろん結婚はしていない。どうして「もちろん」なのか、おれにもわからないが。(p126)
MAY, 2007
伯爵の血族 紅ノ章  — 異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2007年, 838円, ISBN978-4-334-74231-7 21人の吸血鬼、ここに集結!
満を持して高貴な夜族が集う第37弾。
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★★
10年、37冊目にしてついに来た吸血鬼を題材とする異形コレクション。 これを正面から掲げるには必要な成熟期間だったと納得の出来。 どれも趣向を凝らした意欲作で、解釈のヴァリュエーションも結構。 飛鳥部勝則「王国」の奇天烈な変調が印象に残る。
大失敗 (原題: Fiasko) 著: スタニスワフ・レム (Stanislaw Lem) / 訳: 久山宏一
国書刊行会[スタニスワフ・レム・コレクション] 2007年(原典1987), 2800円, ISBN978-4-336-04502-7 知的生命体探査に旅立った地球人たちは、全体が衛星で覆われた異様な星にたどりつく。 大失敗を予感させつつ壮大なスケールで描かれたレム最後の神話的長編
土星の衛星タイタンで遭難した宇宙飛行士が蘇生したのは、 異星文明とのコンタクトを目指して遠い恒星系へと向かう宇宙船エウリデュケ号の中だった。 文明間のコンタクトが理論上可能なわずかな期間を人類と共有すると考えられる目的地クウィンタ星には 果たして知的活動の形跡があった。しかし、惑星をホワイトノイズでつつむ無数の人工衛星など 無意味にも思える工学的産物はあふれているが、それらを建造した住民の姿は見あたらない。 科学者達や神学者からなる探検隊のクルーは議論と推論を重ねる。 そして、手探りでメッセージを送る彼らに対して、攻撃としか思えない反応がクウィンタ星から返ってくる。 全く異質な文明に対して、意味のあるコンタクトは可能なのか。 彼らの試みは取り返しのつかない大失敗へと向かう不可避の道を進んで行く。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
『ソラリス』 『天の声』とは異なり、 本作の異星文明は決して理解不能でもコミュニケーション不能でもない。 しかし、他者とのコンタクトを行おうとする目的と意味が問いただされる。 その思索は、レム流の高尚なものだが、これが書かれた時代の冷戦構造が極めて強く反映されている。 純粋理論的なレムはかなり好きなのだが、特定の時代における政治情勢を比喩的に論ずるレムはいまひとつ好みではないので、 少し低評価。
イカした言葉 「人間は答えますが、人類は答えません。」(p211)
オリュンポス (上/下) (原題: OLYMPOS) 著: ダン・シモンズ (Dan Simmons) / 訳: 酒井昭伸
早川書房 2007年(原典2005), 各2200円, ISBN978-4-15-208803-1/978-4-15-208804-8 神々に対して叛旗をひるがえしたギリシア神話の英雄とモラヴェックの破天荒な冒険! / 
大きく変貌をとげた遥かな未来世界で恐るべき敵に果敢に立ち向かう古典的人類の戦い!
『イリアム』の続編。
学師ホッケンベリーの策略により、アキレス率いるアカイア勢とヘクトル率いるトロイア勢は停戦し、 圧倒的なテクノロジーと力をふるうギリシア神話の神々に対する戦いを共同で始めていた。 さらに、小惑星帯から火星に来たマーンムート達が開いた通路を抜けて到着したモラヴェックの軍勢も 人間側に力を貸したことにより、戦局は膠着状態となっていた。 しかし、女神ヘラの企みでアカイアと、トロイアの停戦は破棄、人間同士の戦争が再開され、 さらに神々同士の内戦まで始まってしまう。 そんな中、神々の住む未来の火星と、トロイアのある過去の地球をモラヴェックがつないでいたブレイン・ホールが、 神々による量子テクノロジーの乱用の余波で閉じてしまう。 そしてすべての原因が地球周辺にあることを突き止めたモラヴェック達は、地球へと向かう。
一方、古典的人類達が怠惰な暮らしを送っていた地球でも、1000年以上無言で彼らを支えていた謎の存在、 ヴォイニックスが突然、人類の殺戮を開始、人類はなすすべもなく数を減らしつつあった。 ハーマンやギリシアの英雄だったオイディプスに指導され、少しずつ自らの手による生活を始めていた400人のグループは、 何とかヴォイニックスの襲撃を食い止めていたが、オイディプスが負傷し、 ハーマンとディーマンらは彼と出会ったマチュピチュの金門へと治療の可能性を求めて出立する。 それはハーマンにとっては新たな過酷な旅の始まりであった。 そして、そんな地球に更に恐るべき存在が到来し、危機的状況は拡大する。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
通常の小説5冊分の分量に、50冊分の物語を詰め込んだ、ダン・シモンズ以外の誰にも書けない超大作。 前編『イリアム』をも凌駕するジェットコースター的展開は、 ひとつひとつはどこかで見たことのあるネタながら、集合としては誰も見たことのないド派手な風景をつるべ打ちに 読者に叩きつけてくる(上には書いていないけれど、アキレスが***の力を借りて***を打ち倒すシーンとか、 ***にある***でハーマンが***を***するエピソードとか、とにかく凄すぎる)。 世の物語作家のすべてがこの小説を読んで悄然とする姿が目に浮かぶような突き抜けぶりだが、 広げに広げた大風呂敷がきちんとは畳み切れていないのが惜しまれる。 しかし、こういう小説を読むと、古典であるホメロスやシェイクスピア、 プルーストはやっぱり押さえておかないといかんのだなと反省。 歴史的文学作品が浸出してくるこの宇宙観を隅々まで楽しむには、そういう教養が必要なのだった。 でも、知らなくても興奮できる傑作なのはまちがいない。
イカした言葉 「味方を信じるのは、ときに難しいがな、ホッケンベリー、ドゥエインの子よ。 敵なるものは、つねに信じるに値する。」(上p396)
April, 2007
雨の恐竜 著: 山田正紀
理論社ミステリーYA! 2007年, 1400円, ISBN978-4-652-08602-5 何か困ったことがあったら、わたしが助けたげる。いつでも言っといで。いいね、恐竜。
恐竜の化石が出土することで有名な日本海側の小さな町。その近郊の渓谷で、一人の中学教師が転落死した。 教師とは映画部の顧問と部長という関係だったヒトミは、ある事情からこの事故の周辺を調べはじめるのだが、 恐竜が犯人の殺人事件だという妙な話が聞こえてくる。 そして、今回の現場に隣接する化石発掘現場で20年前に、やはり恐竜が起こしたとささやかれる死亡事故が起こっていた。 実は、ヒトミには幼い頃恐竜と遊んだ記憶があるのだが、 そのとき一緒に恐竜と遊んだ幼なじみのアユミ、サヤカもそれぞれの事情をかかえてこの事件の謎にかかわっていく。 彼女たちは、単純でも正しいだけでもない人生の真実を体験し、大人への道へと踏み込んで行く。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★
マイナーな出版社だが、けっこう意欲的なラインアップでスタートしたヤングアダルト向け ミステリーシリーズの一冊。中高生を読者として想定しているだけあって、いつもの山田ミステリの強引さは少なめ。 しかし、中高生にここで語られる格好良くはない人生の苦さが伝わるかな、ってそんなにバカにしたものでもないか。 やはり恐竜はいて欲しいな。
イカした言葉 「大丈夫だよ、大丈夫だけど大丈夫じゃない。大丈夫じゃないけど大丈夫 ――」(p277)
夢魔の幻獣辞典 著: 井上雅彦
角川ホラー文庫 2007年, 629円, ISBN978-4-04-193909-3 それはもう,憑いている――
龍やユニコ-ンといった有名どころから、オアンネスや韃靼羊といったマイナーなものまで、 12種の幻獣をタイトルとする幻想的ホラー短編集。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
異形コレクションの編者としての 手腕とセンスは最大に評価するものの、それに掲載されている井上氏の作品は幻想味が強すぎるので、 実はそんなに好みではない。この短編集に収められた諸作も同系統なのだが、これならば結構好き。 それぞれの作品の核をなす妖しのモノどもの存在感と魅力のせいかな。
忌憶 著: 小林泰三
角川ホラー文庫 2007年, 514円, ISBN978-4-04-347008-2 脳裡にこびりつく禁忌の三重奏……
記憶と人格をモチーフとした連作ホラー短編3編。
どうしようもなくダメなニートの青年がすがりつく過去の記憶には、現実ではあり得ない異様な風景が混在していた。「奇憶」
ある青年が恋人の一言で始めた腹話術。人形を動かしている自分の別人格が、芸をランクアップさせる提案を持ちかけるのだが、 そこには隠された罠があった。「器憶」
傷害事件の後遺症で前向性健忘症となり、数分程度しか記憶を保てず、ノートに書き込むメモだけを頼りに行動する男。 彼のノートには誰にも言えない秘密が記されている。 ところが、そのノートに関するある事実に彼は気が付く。「土危憶」(土ヘンに危が表示できない...)
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
小林泰三のホラーのなかでもSF的アプローチのもので、不確定性原理における意識の役割や、 意識を脳上で働くプロセスと見るアイデアを極限まで突き詰めて遠い世界へ読者を連れて行くやり方は イーガンと共通。 しかし小林泰三が読者を導く先は、おぞましくグロテスクな狂気の底。 ちょっとクトゥールー神話が混じるのはいつも通りのご愛嬌。
永遠の戦士エルリック7  白き狼の息子 (原題: The White Wolf's Son) 著: マイクル・ムアコック (Michael Moorcock) / 訳: 井辻朱美
ハヤカワ文庫SF 2007年(原典2005), 940円, ISBN978-4-15-011603-3 〈エルリック・サーガ〉全7巻、堂々完結
エルリック・サーガも本作で完結。
ウルリックとウーナの孫娘、少女ウーナッハは、祖父母が住む英国ヨークシャーの田舎で夏の休暇を過ごしていた。 ある日、ウルリックの不思議な旧友達が訪ねてくるが、ウーナッハが見かけた2人組の話を聞いて、彼らは顔色を変える。 多元宇宙を渡り歩き、〈法〉と〈混沌〉の拮抗を支えるシンボル〈天秤〉の力を我がものにしようと企む ゲイナーとクロスターハイムが、ウーナッハを〈天秤〉の要素またはそれを手に入れる鍵だと考えているようなのだ。 そして、ゲイナーらに襲われた彼女は、地下世界ムー・ウーリアに逃げだし、 そこを通じて、異世界のヨーロッパへと足を踏み入れる。 博識なキツネの探検家ルナール卿が盗人達を束ねる中世風の都市ミレンブルクや、 魔法と奇怪な科学でヨーロッパを支配する暗黒帝国グランブレタンに〈永遠の戦士〉の一人ホークムーンが立ち向かう世界を、 ウーナやメルニボネの皇子エルリック(またはその化身)に助けられ逃げる彼女を執拗に追いかけるゲイナー達。 エルリックにとっては、仇敵ジャグリーン・ラーンに囚われた船上で、 魔剣ストームブリンガーを取り戻すために試みている魔術的な「千年の夢」でもあるこの世界で、 次第に〈天秤〉は形をなそうとしている...
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★
少女が、穴から地下へ落ちると、そこにはヘンテコリンな人々の住む不思議な異世界が... といえば『不思議の国のアリス』で、英国テイストが濃厚なこともあってそんな感じ。 グランブレタン暗黒帝国のヒュオン王など、まさにハートの女王だし、 彼女を異世界への冒険に導くキツネのルナール卿は時計ウサギといったところ。 さて、それにしても多元宇宙の一言で何でもアリにするこの展開は、僕には行き当たりばったりに見えて仕方がない。 「永遠の戦士」体系には思い入れがないので、『ルーンの杖秘録』の世界が重なり合っても、ふーん、程度だしね。 とにかく完結。他の〈永遠の戦士〉シリーズも新たに発行されるけど、多分読まないよ。
March, 2007
老人と宇宙 (原題: Old Man's War) 著: ジョン・スコルジー (John Scalzi) / 訳: 内田昌之
ハヤカワ文庫SF 2007年(原典2005), 840円, ISBN978-4-15-011600-2 21世紀版『宇宙の戦士』
ジョン・ペリーは75歳の誕生日、妻の墓参りをした後に軍隊に入った。 75歳以上の老人だけが入隊を許されるコロニー防衛軍、それは、人類が宇宙に進出して築いた植民地を守る軍隊なのだが、 地球にはその活動の詳細は明かされていない。 そして、体を「オーバーホール」され超人的な身体能力を与えられたペリーは、 宇宙には無数の知的種族がひしめき、居住地や資源を奪い合う熾烈な競争が行われていることを知る。 中には人類を食材としか見ていない種族さえいるのだ。 決して戦いを好んでいるわけでなく、老いていく人生を変えたかったことが入隊の動機だったペリーは、 歩兵として、過酷な訓練と最前線での熾烈な戦闘を経験する内に、意外な才覚を現していく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 -
『宇宙の戦士』へのオマージュを謳うミリタリーSFであるが、 主人公が1回分の人生経験を積んだ高齢者ということが効いてそれなりに含蓄のある物語になっていて、 まあまあ出来はよいです。しかし、敵であるエイリアン達がなんというかね。 SFを知らない人が「SFに出てくる宇宙人」という言葉でイメージしそうな姿そのままの 「宇宙人」なのが逆に新鮮に感じるほど。 また、明らかに米軍をモデルにした軍隊を舞台にしながら、 9.11やイラクなどを一切連想させないというのも面白いかも。
イカした言葉 「歳をとることは気になりませんから」 「わたしだって若いころはそうだった。こうして歳をとってみるとわかるんだよ」(p25)
イリアム (原題: ILIUM) 著: ダン・シモンズ (Dan Simmons) / 訳: 酒井昭伸
早川書房 2006年(原典2003), 3000円, ISBN4-15-208749-8 地球化された火星に住むギリシア神話の神々と英雄たちの熾烈な戦い!
20世紀生まれの文学教授ホッケンベリーは、量子技術やナノテクを駆使するギリシアの神々により甦らされ、 イリアム平原で繰り広げられるトロイアとギリシアの戦いの記録を命じられていた。 それは、ホメロスが『イリアス』に謳った、アキレスやヘクトルら英雄達と気まぐれな神々が織りなす一大叙事詩、 トロイ攻防戦だった。そんな中、アフロディテは彼に特殊な装備とともにアテネ暗殺の密命を与える。 そして、彼の思惑と行動は『イリアス』の筋書きにそって進んでいた戦争を意外な方向に歪めていくことになる。
遙か未来の地球。人類は文字すらも忘れ去り、衣食住の総てをヴォイニクスという謎めいた存在と、 人類から分化・進化したポスト・ヒューマンが残した技術に頼り切った怠惰な生活を送っている。 ある日、そんな人類のあり方に疑問をもったハーマンは、友人らと旅に出る。 道中で彼らは1000年を超えて世界中をさまよってきた老女サヴィと出会い、彼女の導きにより、世界の秘密の一端を知る。 ポスト・ヒューマンが総てを改変した地球を巡る旅は、残された人類に大きな変化をもたらす何かを引き起こすきっかけになる。
木星の衛星に暮らすモラヴェック — 太陽系開発のために送り出された自動進化する半生物機械 — の一体で、 シェイクスピアのソネット研究家でもあるマーンムートは、火星探検隊の一員となった。 何者かにより急速にテラフォーミングされ、異常な量子擾乱が観測された原因を探るためだ。 ところが、火星に接近した彼らを、2頭立ての戦車で天翔る偉丈夫が撃墜する。 探検隊の主力メンバーとほとんどの装備を失いながらも、かろうじて生き残ったマーンムート達は、 自分たちにも明かされていない目的を達成するために、オリュンポス山を目指す困難な旅を始める。
3つの平行する物語から、ポスト・ヒューマンがかつて行った何かと、 彼らが呼び出してしまった何かの存在が浮かびあがってくる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★
本作は『オリュンポス』に続く物語の前編なのだが、 一応は独立して出版されていることもあり1編カウント。もう少しで続編が出るので、評はまとめてそのときに。 しかし、分量だけでなく、内容、ドライブ感ともにトンでもないボリューム。 上のストーリーをみれば、そのぶっ飛び具合も分かろうかというもので、こんな話はダン・シモンズ以外の誰にも書けない。
イカした言葉 「われと思わん者は試してみるがよい、不死なる者どもよ、そしてみなの教訓となれ」(p369)
February, 2007
異形コレクション讀本 編: 井上雅彦 & 光文社文庫編集部
光文社文庫 2007年, 781円, ISBN978-4-334-74171-6 そして異形は10年を迎える
異形コレクション刊行開始から10年を 記念して発行された特別編。 参加した作家達の声、様々なジャンルを代表する評論家達による「異形論」、インタビューに座談会。 種々の理由で未公開だった作品からのピックアップ
統合人格評★★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
異形コレクションの発刊は驚きだった。ホラーを核としたテーマアンソロジーが、 韮沢靖氏のまさに異形なフィギュアを表紙に、堂々とコンビニに並んでいたのだから。 しかもそれが営業的にも成功し、版元を変えながらも世界にも類を見ない空前絶後の大アンソロジーとして 今もなお拡大を続けているのだから。 日本のホラー、SFの短編および短編作者のあり方を革新した異形コレクションの隆盛は、 ひとえにこの混沌の王国を統べる領主・宰相たる「伯爵」井上雅彦氏の志の高さ、ビジョンの確かさ、 行動力・指導力によるものだが、それについては本書で名うての論客達が検証し解説しているので、 私がここで触れることもなかろう。 今後も様々な名作を生み続けるであろう本シリーズに読者として参加できるのは喜びである。
闇に棲む少女 (原題: Wildwood Road) 著: クリストファー・ゴールデン (Christopher Golden) / 訳: 鳥見真生
ランダムハウス講談社文庫 2007年(原典2005), 900円, ISBN978-4-270-10078-3 スティーヴン・キング絶賛!「超自然サスペンスの最高峰!」
広告代理店のアートディレクター、マイケルと、弁護士事務所で働くジリアンは、 思いやりにあふれ深く愛し合っている理想的な夫婦。ある日のパーティーの帰りに、 酔いつぶれたジリアンを乗せた車を運転するマイケルは人里離れた田舎道で一人の少女をはねかける。 マイケルは少女を家まで送り届けるが、彼女は彼に「見つけに来て」と言葉を残し姿を消した。 怪訝に思い、その屋敷に足を踏み入れたマイケルは、無人の家の中で不気味な幻覚に襲われる。 その日から少女の姿や幻覚に取り憑かれるようになったマイケルは、 原因を探ろうと件の屋敷を再訪しようとするがみつからない。そして、奇怪な人影にジリアンが襲われる。 彼らに何かを奪われ人格が一変し、最低のイヤな女に成り果てたジリアンを救うために、 マイケルは総てを捨てて少女と屋敷の謎を解こうと孤独な戦いを始める。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
往古より生き延びてきた妖魔を強く結ばれた愛の力が打ち倒す、という話である。 実際、そのままハリウッド映画になりそうな小説で、粗筋だけきいたら多分読んでなかったと思う。 でも、いいね、これは。ありきたりなプロットではあるが、物語の構成や描写がなかなかに巧みで、悪くない出来ばえ。 べたべたに甘いけれど、飢えた魔的存在の荒涼ぶりもきっちり不気味で、良品と言っておきましょう(絶賛はしませんが)。 最近、ホラーといえば過激なのばかりだったので、たまにはこんなのもいいね。
イカした言葉 「どうやら、なくしたのは脳みそのねじ全部じゃなくて、ほんの少しだったらしい」(p198)
独白するユニバーサル横メルカトル 平山夢明短編集 著: 平山夢明
光文社 2006年, 1600円, ISBN4-334-92510-3 「このミステリーがすごい!」(2007年版)第1位!  ミステリチャンネル「闘うベストテン2006」第3位 2006年度推理作家協会賞受賞作
「異形コレクション」に発表された作品を中心にした短編集。 道路地図が所有者の犯罪を慇懃な口調で語るという表題作を含む8編。ミステリ系の賞を多数受賞。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
さて、またもや悪趣味な物語を読んでいる。 収録された8編が8編とも、生理的嫌悪をかき立てる猛毒で、覚悟か耐性がないと読み通すことは困難かもしれない。 平山夢明の創造物は、倒錯的でグロテスクを極める異常殺人者の夢だ。 鮮血と内蔵にまみれ、焼け爛れた肉の臭いがするその世界は、しかし、なぜか美しく薫り高い。 陰惨なだけになりかねない世界に、ある種の格調をもたらす卓越した技を楽しめ。 どの作品も、ミステリよりはSF寄りの気がするね。
永遠の戦士エルリックスクレイリングの樹 (原題: The Skrayling Tree) 著: マイクル・ムアコック (Michael Moorcock) / 訳: 井辻朱美
ハヤカワ文庫SF 2007年(原典2003), 920円, ISBN4-15-011596-8 ヒロイック・ファンタジイの最高峰
エルリック・サーガ後期3部作の中巻
第2次世界大戦も終わり、ウーナを妻にしたウルリックは、平和な家庭を築き社会活動に携わっていた。 夫妻がアメリカの静かな島で休暇中、ウーナの目の前でウルリックは正体不明のネイティブ・アメリカンに誘拐される。 彼らを追うウーナは、超自然の大渦巻きを通り抜け、平行宇宙のアメリカへとたどり着く。 そこで呪術を能く使う英雄アヤナワッタと出会った彼女は、自分が何かの象徴的な役割を担っていることを知る。 また、〈混沌〉の軍勢を召喚したジャグリーン・ラーンに囚われ、瀕死の状態にあるメルニボネのエルリックは、 魔術的な夢に没入していた。 その夢の中で彼は、ヴァイキング達を率いる呪われし者グンナールとともに同じ平行宇宙のヨーロッパからアメリカへと渡る。 縮尺と時間が歪む非現実のアメリカで、多元宇宙全体のシンボルであるスクレイリングの樹と、 それを守護する部族の壮麗な都へとそれぞれの一行は向かう。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★
ここに来て、ついていきづらい話になっちゃったなぁ。 アメリカ開拓前の歴史や伝承を知らないと分からないのかもね。にしたって、 明言されない予言と夢のロジックを基盤として話が展開していくので、分かりづらいったら。 ここまできたら一応、最終巻まではつきあうけれど、大丈夫だろうね?
Janurary, 2007
タルドンネ — 月の町 著: 岩井志麻子
講談社 2006年, 1600円, ISBN4-06-213769-0 史上最悪の殺人鬼を生んだ、貧しくて冷たい月の光。
梁仁哲。ソウルの場末の青空市場を根城とする偽警官。 彼のもう一つの顔は、出張マッサージ嬢を次々と惨殺し死体を損壊する猟奇殺人鬼。 ソウルのはずれの高台にへばりつく貧民街・タルドンネ、名前だけは美しい「月の町」で生まれ育った彼は、 自らを束縛し続ける過去から果てしなく遠い場所を目指して、同じように不遇な境遇の女達を殺し続ける。 そして、同じくタルドンネ出身の刑事、李は、連続マッサージ嬢失踪事件を担当する内に、 何度か遭遇したことのある、何かが欠如した男を思い浮かべる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★★★
趣味が悪いといわれればそれまでだが、ジェフリー・ダーマーやアンドレイ・チカチロといった 猟奇殺人鬼を題材とした実録ノンフィクションを好んで読んでいた時期がある。 韓国を震撼させ、日本でも大きく報道された実在の連続殺人鬼をモデルにしたこの小説を手にしたのは、 そういう理由ではなかったのだが、そのことを思い出した。 というのは、この物語には作者自身をモデルとした人物が、一部では有名なエピソードをまとい登場し、 その人物と主人公との奇妙に穏やかな交流が描かれるからだ。 そこにどれだけ現実の核があるかは知らないが、このため、後半はほとんど小説という印象はなくなってしまうのだ。
イカした言葉 「殺さなくても、おまえはもう死んでいるんだよ」(p65)
ひとりっ子 (原題: Singleton and Other Stories) 著: グレッグ・イーガン (Greg Egan) / 編・訳: 山岸真
ハヤカワ文庫SF 2006年, 820円, ISBN4-15-011594-X 現代SFの最先端を独走する驚異の作家 待望の日本オリジナル短編集最新刊
『祈りの海』『しあわせの理由』に続く 日本オリジナル編集の第3短編集。量子論やナノテクノロジーで「アイデンティティ」を照射・解析する7編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★
人が人である本質とは何か? 決断の主体である自分とは何か?  本来、宗教か哲学の領域である疑問にイーガンは最先端の科学理論と数学で斬りつける。 脳内の神経配線を手軽に改変/固定し、自分の行動や精神を選択できるテクノロジーのもとでの自由意思をめぐる 一種グロテスクな物語や、量子論における多世界解釈からくる無常観「どのような決断に対しても、 それとは異なるあらゆる選択をした自分が、宇宙の他の分岐にいるなら、決断という行為に何の意味があるのか」 を超越する試みを描く物語。 イーガンが推し進める硬質の理論展開の末に現れる世界には、神も悪魔も天国も地獄も救済も霊魂もない。 それでも我々は何も失わない。そんなものがなくても、厳密な数学的基盤と簡潔な物理法則の上に、 豊穣な世界と人間の精神はその高貴さを保ったまま存在しうるのだ。 もちろん、イーガンが操るのは、物語の為に構成した架空の部分が混在した理論なのだがね。 奥泉光氏のあとがきに訳の分からない誤解あり。そんな話じゃないだろう。