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小説評論もどき 2003年下半期 (17篇)


私の読書記録です。2003年7月-12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2003
楽園の知恵 あるいはヒステリーの歴史 著: 牧野修
ハヤカワSFシリーズ Jコレクション 2003年, 1500円, ISBN4-15-208531-2 日本SF対象受賞作家が到達した13の叡智、あるいは精神の遍歴
電波と妄想に彩られたテキスト使い、牧野修の短編集。 古くは1985年初出の雑誌掲載作品12編と書き下ろし1篇。
統合人格評★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
掲載誌を見ると、「異形コレクション」「SFバカ本」「小説幻妖」などなど。 筆者が各雑誌のカラーに合わせて多彩に書き分けていることが良くわかる一冊。
November, 2003
冷たい心の谷 (上・下) (原題: Coldheart Canyon) 著: クライブ・バーカー (Clive Barker) / 訳: 嶋田洋一
ヴィレッジブックス 2003年, 各850円, ISBN4-7897-2135-3/4-7897-2136-1 ハリウッドによみがえるヨーロッパの悪魔伝説 — 禁断の屋敷で繰り広げられるエロティック・ホラー / 官能と欲望に身をまかせあらゆる禁忌を破る二人
ピークを過ぎたハリウッドの二枚目スター、トッド・ピケットは、 かつての輝きを取り戻すため密かに美容整形手術を受けるが失敗し、 回復するまで身を潜めるべくハリウッドはずれの峡谷にある古い屋敷を訪れる。 そこは1920年代に美人女優カーチャが退廃を極めた宴を繰り広げた場所だったのだが、 そのカーチャが若く美しい姿のままトッドの前に姿を現わした。 彼女に導かれ足を踏み入れた屋敷の地下室には部屋を覆いつくすタイル壁画があった。 細密な筆で背徳的な光景が描かれたタイル画はトッドの目の前で動き始め、この世ではない別の世界が出現する。 それはカーチャが故郷ルーマニアの修道院から運び込んだもので、観た者を虜にし若さを与える、ある種の〈地獄〉。 一方、トッドのファンクラブを運営する主婦タミーは突然姿を消したトッドを追って、ついに屋敷にたどり着く。 永きにわたりカーチャに締め出された、かつては映画スターだった幽霊たちと、 彼らと獣との醜悪な混血児がタイル画との再会を求めてさまよう峡谷で、彼女はトッドを救おうと奮闘する。 そして、現世とは隔絶された峡谷は一気に滅びへと向かうことになる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
久々の、バーカーらしいホラー・ファンタジー。永遠の生を得ようとする人々、 永遠の生に囚われた人々の交差する物語は、王道すぎて目新しさはあまり感じられらないのだが、 映像的表現を得意とするバーカーだけに、端々に現れる美しくも残虐な描写が円熟の味わい。 ちょっと不思議な感じを受けたのが、小説全体の3/4位でクライマックスといえる峡谷の崩壊が起こること。 登場人物のうち幾人かは命を落とし、幾人かは生き延びるのだが、かなりの部分が彼らの後日譚に費やされているのだ。 多少の奇跡/怪異はあるが、このパートを通じて生存者たちの現実社会へのソフトランディングが描かれている。 映画への造詣の深い作者が、映画と俳優の暗喩をちりばめた作品だけど、ここだけあえて外した書き方をしたのかな、 と思わせる。
イカした言葉  「あれはつまり、雑種だよ。ときどき美の片鱗が垣間見えることもあるが、たいていは…… 罪のように醜い」(上巻p436)
天正マクベス 修道士シャグスペアの華麗なる冒険 著: 山田正紀
原書房 2003年, 1900円, ISBN4-562-03683-4 絢爛たる奇想の歴史絵巻にして堂々たる本格ミステリー 世にも稀なる巡り逢い……
時は天正(西暦1580年代)、織田信長が権勢を欲しいままにする時代。 信長の甥、織田信耀は代官として赴任すべく琵琶湖畔へと向かっていた。同行するのは英国人修道士シャグスペア。 琵琶湖を突然吹き荒れる嵐に流れ着いた島には、信長に復讐するために魔法を極めたという老人がいた...「颱風」。  着任した領地で婚礼を挙げることとなった信耀。その祝いの準備に賑わう村で、若いカップルと、 不可思議な力をもつ〈隠れ頭巾〉をめぐる騒動が起こる...「夏の夜の夢」。  そして、信耀は本能寺の変に関わる陰謀に巻き込まれていく... 「天正マクベス」
統合人格評★★★ / SF人格評★★★ / ホラー人格評 ★
なんという豪腕。シェークスピアの戯曲の舞台を日本に移し変え (これらの事件にインスパイアされてそれぞれの作品を書き上げたという設定だが)、織田信長を巡る陰謀劇に仕上げる技量。 しかもシェークスピアの正体の謎と本能寺の変の謎(なぜ明智光秀は織田信長を討ったのか)を解き明かし、 その上、この舞台で繰り広げられるのは本格ミステリという盛りだくさんぶり。 ただし、最後の「天正マクベス」はあまり「マクベス」じゃないし、 本書の原典は大英図書館所蔵のある文書という設定なのに、後半に行くほどその点が忘れさられているようで、書き急いだ風あり。 アイデアはものすごいのに、ちょっと残念。
イカした言葉  「この天地の間にはな、うぬなどの思いもよらぬ不思議がひそんでいるのだ」「いい台詞だ」(p64)
暗黒大陸の悪霊 (原題: Evil Eye) 著: マイケル・スレイド (Michael Slade) / 訳: 夏来健次
文春文庫 2003年, 1238円, ISBN4-16-766146-2 今度は「犯人さがし(フーダニット)」だ。真犯人は最後の一行までわからない。
『髑髏島の惨劇』に続く、カナダ騎馬警察シリーズ。 巡査長クレイブンの母親が自宅で撲殺された。全ての証拠はクレイブンが犯人であることを示し、 彼は被告として法廷に立つことになる。一方、警官を撲殺し腹を裂くという事件が連続する。 事件の背後には、19世紀のアフリカでの英国軍とズールー族戦士の戦いでクレイブンの祖先が手に入れた戦利品と、 アフリカの怨嗟に突き動かされる〈邪眼鬼〉の存在があった。 それに気づいたディクラーク警視正は、チャンドラー警部補をアフリカに送る。 そこではクレイブンの出生の秘密に関わる残忍な傭兵との過酷な戦いが待ち受けていた。 そして、植民地時代の英国兵と同じ赤い制服(レッド・サージ)を身にまとい 騎馬警察全体を敵視する〈邪眼鬼〉は陰謀の罠を張り巡らせ、大惨事を引き起こそうとしている。 果たして〈邪眼鬼〉とは誰なのか... その正体は最後の一行で明かされる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★
だんだん普通の本格ミステリに近づいていくなぁ。 スタート地点が地平線の彼方なのでまだまだ遠いんだけどね。スレイドと言えば、の残虐シーンも衒学論議も控えめで、 謎の双子の片割れネタといい、「最後の一撃」なんていう大仕掛けといい本格ミステリの様式美への傾倒ぶりが顕著。 今回は人種差別・対立がテーマの一つでその根深さと、この問題を現代社会がいまだに取り扱いかねていることが良くわかる一冊。 だんだん大河ドラマになってきて過去の作品の登場人物や事件を知らないと判りづらくなっているのがキズかな。 版権の問題とかあると思うけど、今後も続けるなら、文春は創元から出てた昔の作品を出してほしいなぁ。
イカした言葉  法廷というステージでの彼は、アリス・クーパーに劣らず拳の振りあげ方に長けている。(p182)
October, 2003
あなたの人生の物語 (原題: Stories Of Your Life and Others) 著: テッド・チャン (Ted Chiang) / 訳: 浅倉久志 他
早川書房 2003年, 940円, ISBN4-15-011458-7 チャンを読まずしてSFを語るなかれ。 — グレッグ・ベア
ヒューゴー賞、ネビュラ賞他を受賞し、世界のSF界で大絶賛されたテッド・チャンの中短編8篇。 なんと、これまでに発表された全作品。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★
ここにこうして並んでいるのが奇跡と言える作品群。 多くはないとはいえ物語の全てがセンス・オブ・ワンダーの極致にある恐るべき才能。 この中国系アメリカ人(僕と同世代なんだよなぁ)が語るのは、世界認識、つまりは世界をいかに言語化するかの物語。 イーガンをハード数学SFとするなら、チャンはハード哲学SFと言えそう。 古代バビロニアで文字通り天に届く(軌道エレベータなんか目じゃない)レンガ造りの塔を建設する「バビロンの塔」と、 錬金術が現実的科学であるヴィクトリア朝英国で人類種の寿命に立ち向かう「七十二文字」が、特にお気に入り。
目を擦る女 著: 小林泰三
ハヤカワ文庫JA 2003年, 580円, ISBN4-15-030736-9 痒いわけじゃないの
極限のハードSFと濃厚なグロテスク・ホラーを混交させる鬼才、 小林泰三による7編の短編からなる短編集。
統合人格評★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
7編のうち5編までが仮想現実の物語。その表現方法は、ホラーでありミステリであり ドタバタであるのだが、思索を極めた極限に現れる世界の異様さは他の追随を許さない。 やはり、なんといってもG・イーガン『順列都市』への返歌である「予め決定されている明日」がイチオシ。 算盤とメモの中に(!)構築された世界が裏返る恐怖は、ハードSFとしてもホラーとしても一級。
September, 2003
教室異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2003年, 895円, ISBN4-334-73558-4 この異界に、休み時間はありません。
『異形コレクション』27冊目。タイトルどおり教室を舞台とする23篇。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★
うむうむ、今回も突出したものは無いものの粒ぞろい。 やっぱり、教室という閉空間には感情の記憶を刺激する何かがあるんだね。 相変わらずのトバし具合の浅暮三文「帽子の男」が絶妙。交通標識を並べるだけで、あんな物語を作ってしまうとは。
黒娘 アウトサイダー・フィメール 著: 牧野修
講談社ノベルズ 2003年, 800円, ISBN4-06-182299-3 女神か悪魔か!? 男たちを惨殺する美少女と長身美女!!
ロリータファッションに身を包む少女ウランと長身の美女アトム。 見かけにだまされて近寄る男達を獰猛に喰い殺しながら旅をする彼女らの前に現れるは、 ストーカーや、組織的に監禁・レイプを繰り返すグループなどの女性蔑視者たち。 彼ら女の敵を容赦なく躊躇なく粉砕し進む二人の足跡を、やはり死を撒き散らしながら謎の男が追い迫る。 その背後には太古より歴史の陰に根を張り現代のレイプ組織にも連なる過激な男性優位主義秘密結社の存在があった。 そして、男が抹殺を目論むアトムも秘密の宿命を背負っていた...
統合人格評★★★ / SF人格評★★★ / ホラー人格評 ★★★★
牧野修は、家族や男女といった人間関係に潜むイヤなものをすくい上げ膨らまし、 思いもよらぬ名前と形を与えて操るのが実にうまい。本書は 『だからドロシー帰っておいで』に 続くフェミニズムに主題を置いた戦慄の一品(だからと言って結末まで同じアレにすることはないとは思うが)。 『魔女の鉄槌』(J.S.ヒッチコック, 角川文庫)とかなり共通した世界観なんだけど、煽る煽る。 下手なやつが読めば男でも女でもこの小説世界の思想に巻き込まれかねないアブなさで、 僕の中にもある昏い領域の扉がガリガリと引掻かれるのを感じるんだよね。引掻いているのは内側からかもしれないけれど。 アトムらを追う男について、容姿・容貌が一切描写されない不気味さが秀逸。
イカした言葉  「ふんと、デリケート過ぎだよ。ちんこって奴はようするに女々しいんだよな」(p176)
Reimi(レイミ) [聖女再臨] 著: 戸梶圭太
祥伝社文庫 2003年, 600円, ISBN4-396-33123-1 伊藤潤二氏絶叫!「この小説を読んだ夜、私は本当の悪夢を見た!」
地震で廃墟となったビルに集まる若い男女。 分断された人体を各々持参した彼らの目的は、1年前に彼らの手で解体した「先生」を復活する儀式。 しかし、互いの裏切りに疑心暗鬼となり流血の内部抗争が始まってしまう。 物語のもうひとつの筋の主人公は彼らの一人、紫乃。 謎めいた美女「先生」との再会を待てず、解体直後から彼女の正体を調べ始めた紫乃は、 彼女の「祝福」を受け異様な姿に変形した男のメモから「先生」の本当の名前がレイミであることを知り、 ついに全ての発端であるドイツのカルト集団へとたどり着く。 そして、レイミの子らである主人公達が醜く傷つけあう最中、ビルの周りにはレイミを求めて、さらに怪しい影が忍び寄る。
統合人格評★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★
安い、というのは登場人物たちが等しく乱発するセリフなのだが、この小説が安い。 オカルトな存在が跳梁しストレートな暴力表現で彩られた話、であるのは僕が好きなのだから、そもそも不問なのだけどね。 まずは、世界観の深さに欠けるところ。物語は後半にかけて急速に拡がり、人類の存在を脅かす異界のモノとその信奉者やら、 天使(実はこちらも人類の滅亡を切望しているのだけれど)が登場するのだが、彼らの設定が単なる説明に 終わっていて(それに、創造の守備範囲に関するところは矛盾だらけだぞ)、折角のブラックな世界が活きていない。 それから、文体・表現に「薫り」が足りない。この手のホラーはグロテスクな描写をそれ以上にする何かが必要なのだよ。 これと全く同じ話をクライヴ・バーカーや牧野修が書けば、と思うと少々勿体無い。
イカした言葉  「皆、ひま人よね。あたしみたいに人生に目的を持ちなさいよ」(p267)
忘却の船に流れは光 著: 田中啓文
ハヤカワSFシリーズ Jコレクション 2003年, 1800円, ISBN4-15-208502-9 もはや駄洒落の余地もない
かつて悪魔の襲来により滅びかけた人類に神が与えた〈壁〉に囲まれた巨大な閉鎖世界。 世界を統治する聖職者集団の落ちこぼれブルーは、世界の秘密を追い求める謎めいた修学者ヘーゲルらとの交流により、 聖職者の狭い社会では見えなかった〈殿堂〉の虚飾と悪行に気が付き、真摯な信仰心を保ちながらも自堕落な生活に溺れる。 やがて、食料供給や修復機能が低下し始めた世界で悲惨な暮らしを強いられる住民らの間に不穏な空気が高まる中で、 ヘーゲルに導かれて〈壁〉の向こうを垣間見たブルー達は狂騒的な運命に流されながらも、 〈殿堂〉がひた隠す世界の真相に近づいていく。
統合人格評★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ★★★
今となっては顧みられることのない、古典的な題材を扱った一作。 だが、饒舌なエログロ描写と全てを台無しにするダジャレ落ちを身上とする田中啓文はそこに下劣にして高邁な世界をのせる。 考えてみればエロとグロは過剰な生命力の発現ともいえる訳で、生きてれば臭くなるしヘンな汁だって出るしムシもわく。 理想と卑劣も並立する。 しかも閉鎖された世界の中ではこれらの要素は輻輳して密度を増し、言い難い暑苦しさを醸し出す。 オチには半ば強引なダジャレあり。
イカした言葉  「人間、健康が一番じゃ」(p347)
August, 2003
カルカッタ染色体 (原題: The Calcutta Chromosome) 著: アミタヴ・ゴーシュ (Amitav Ghosh) / 訳: 伊藤真
DHC 2003年, 1800円, ISBN4-88724-322-7 めくるめく眩惑の物語
近未来。国際水利委員会のアンタールは委員会に集まるガラクタの目録の中に、 失踪したの同僚ムルガンのIDカードを見つける。 19世紀末のマラリア研究者ロナルド・ロスの功績にまつわる謎を 追ううちにカルカッタで消息を絶ったムルガンの痕跡の再生をアンタールは試みる。そしてもう一つの舞台はカルカッタ。 ロスを巧妙に誘導し世紀の発見をさせた謎の集団を調べるムルガンは、やがて自らも陰謀の糸にからめとられていることに気付く。 マラリアと梅毒の秘密に通じた正体不明の集団は、ムルガン、雑誌記者のソナリ、作家のフルボニらに干渉し 彼らの人生を歪めながら得体の知れない目的へ向かっている、らしい。そしてその手はアンタールにも迫る。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
名前のついていないモノは怖い。正体が分からないモノは怖い。 このSFめいた小説が描くのは、そんな名状しがたい集団に干渉されることになった人々の物語。 科学とは異なる世界認識原理を奉じるこの集団は主体的に語られることなく、 登場人物の誰がどう関わっているかすら結局は明らかにならない。 どうやらある種の不死を目指していることは示唆されるもののその行動原理も目的も理解不能。 その影響力でしか存在が予測できない量子力学的な不気味さ。 でもあまり西欧科学世界観と対立するアジア的なんたら、てな感じではないのだけど。
イカした言葉  「知らん。何を、またなぜか? 俺たちは知らないんだ」(p241)
陰摩羅鬼の瑕 著: 京極夏彦
講談社ノベルズ 2003年, 1500円, ISBN4-06-182293-4 凄い! 京極小説
長野の山中にそびえる巨大な洋館に多数の従者にかしずかれて独り暮らす“伯爵”由良昴允。 莫大な財産に支えられた儒家を継いだ彼は幼少の頃からほとんど館を離れることなく暮らし、 他人と接することもまれな思索の日々を送っている。 そんな彼は、過去4人の花嫁が全て婚礼の翌日に殺害されてしまうという悲劇に見舞われていて、 5回目の婚礼を迎えるにあたり、由良は新婦の護衛の為に破天荒な旧華族探偵榎木津を招聘する。 図らずも同行した小説家関口に興味を示す由良は彼になぜか「生きることの意味」を繰り返し問い続ける。 そして無数の鳥の剥製に飾られた館で惨劇は繰り返されてしまう――。
古書肆にして拝み屋の京極堂は、かつての花嫁殺しの捜査に関わった元刑事の老人に請われ、 高潔な当主が統べる世界に潜む妖“陰摩羅鬼”を落し、謎を語るために館へ向かう。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★
これまでのシリーズ6作に較べるとかなりシンプルな構造になっている、 というより探偵小説的な体裁は破綻しかかっている(勿論これまででもミステリを名乗ったことはないんだけど)。 少なくともシリーズに親しんできた読者であれば、犯人の正体や事件の真相・背景は1/3も読み進めば概ね分かってしまう。 それに楽屋落ちもかなり露骨だしね。 読者としては、膨大な衒学的議論(今回は儒教的死生観・家族観)の奔流に押し流される感覚と、 京極堂が一つの世界を容赦なく切り裂いていく憑物落しの顛末を愉しむのが正しい作法なのか。
イカした言葉  「僕は真理など必要としない嘘吐きですよ」(p730)
しあわせの理由 (原題: Reason To Be Cheerful and Other Stories) 著: グレッグ・イーガン (Greg Egan) / 編・訳: 山岸真
早川書房 2003年, 820円, ISBN4-15-011451-X 「SFでもなんでもいい。今まで読んだことのないような物語が読みたいと思うなら、まず本書を読んでみて欲しい」  解説:坂村健
『祈りの海』に続く日本オリジナル編集の短編集。 「しあわせ」という不可解な感情の意味を解体する表題作を含む9編。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★
先鋭的なアイデアで人間性や現実の定義の限界に挑み続けるイーガンは、 90年代以降のSFの牽引役であり、僕が改めて付け加えることもないのだけど。
この短編集は主に、人間関係や社会をテーマとした作品が収録されている。 イーガンの鋭いメスは、これらを覆い飾る神秘的なナニモノかを容赦なく削ぎ落とす。 それでもそこから浮かび上がるのは人間の崇高さだったりする。
マルドゥック・スクランブル (圧縮 / 燃焼 / 排気) 著: 冲方丁
ハヤカワ文庫JA 2003年, 660円/680円/720円, ISBN4-15-030721-0/4-15-030726-1/4-15-030730-X その諦念は、発火点を超える / その激情に、銃は血を流す / その涙とともに、少女は歩む
賭博師シェルに殺されそうになった少女娼婦バロットは、 瀕死の状態で委任事件担当官のウフコックとドクター・イースターに助けられる。 どんな武器にでも変身できるネズミ型万能兵器とその開発者/メンテナンスであるコンビは、 軍用科学技術そのものがタブーとされた後、自らの有用性を示すことで社会での存在を許されていた。 そんな彼らに、高度の電子的知覚能力とあらゆる電子機器に干渉することの出来る皮膚を与えられたバロットは 戦うことで生き残ることを選んだ。一方、彼女の生存を知ったシェルは担当官ボイルドを雇う。 かつてウフコックの相棒で、彼を裏切り袂を分かったボイルドは、バロットを消すべく手練れの襲撃者5人を差し向ける。 ウフコックという指導者を得、新しい能力に驚異的に適応した彼女は易々と襲撃者を退けるが、 力を振るうことの快感に溺れウフコックを濫用してしまう。 そしてウフコックに拒絶された彼女は擬似重力をコントロールし圧倒的な火力で迫る暴力の化身ボイルドにあえなく敗退する。 深く傷つきながら何とか逃げ出した彼らは、ウフコックとボイルドを生み出した研究施設“楽園”で態勢を立て直す。 そこで彼らの過去とトラウマを知ったバロットは闘う意思を新たに、シェルがオーナーであるカジノに向かう。 ポーカー、ルーレット、そしてブラック・ジャック、それぞれのゲームで魂を削りあうような戦いを経て更に成長した彼女は、 ついに、シェルの秘密を納めたチップを手に入れる。 法廷闘争に勝ち抜いた彼女は、ドクター達の真の敵にしてシェルを操るオクトーバー社と、 自らが失ったモノを取り戻すためにウフコックを求め続けるボイルドとの最後の戦いに赴く。
統合人格評★★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ★
熱く、若く、そして鋭い。いや、欠点は沢山あるのだ。 例えばドクター・イースターとウフコックのゆるぎない価値観と行動哲学に基づく指導者ぶりが完璧すぎるとか、 そもそも生きるために戦うことを選んだ少女というキャラクターや、戦いの中で成長するというエピソードが、 あまりにも少年マンガ的であるとか。しかし圧倒的な面白さは認めざるをえない。 この面白さは、作者の技巧もあるのだがそれ以上に、彼が自らの魂を削りだすようにしてこの物語を作り出したことが 伝わってくる「熱さ」にある。 銃撃シーンやカジノシーン(つい「闘牌」って言ってしまうのだけど)の分厚い構成や、 登場人物の一人一人が等しく重い選択をしたことの丹念な描写とか、ひとつひとつの単語のクールな使い回しとか、 隅々まで力が入りすぎるぐらいに入っていて、しかも空回りせず、読者を巻き込んでしまうのだ。 僕は作家を志しているわけではないけど、それでもこの若い才能に嫉妬を感じてしまう。 日本SFは当分大丈夫みたい。
July, 2003
インヴィジブル・モンスターズ (原題: Invisible Monsters) 著: チャック・パラニューク (Chuck Palahniuk) / 訳: 池田真紀子
早川書房 2003年, 2000円, ISBN4-15-208493-6
物語は、炎につつまれる結婚披露パーティーで、灰となったウェディングドレスを身にまとった元友人が、 「わたし」の旅の連れを撃ち抜いたシーンで始まる。 モデルだった「わたし」は、銃撃され顔と声を失ったばかりか、婚約者がモデル仲間の友人エヴィと通じている事を知る。 全てを失い社会的には見えない存在になった「わたし」は、病院で出合った美貌の性転換者ブランディと旅に出る。 激しいカットバックで描写される、家を出て行った末にAIDSで死んだ弟の不在が逆に中心となった「わたし」の家族の挿話や、 エヴィに対する復讐へ向かうことが次第に明確になるブランディとの奔放な旅の日々の断章を経て、 冒頭のクライマックスへ物語は収束していく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★
『ファイト・クラブ』『サバイバー』の痺れるような過激さとカッコよさにファンになった C・パラニュークの第3長編。といっても、書かれたのは本作が一番早い。 薄っぺらに性格描写される登場人物達は一方で、誰一人として見かけどおりではなく、かなり倒錯した秘密を抱えている (それゆえに、タイトルは複数形のモンスターズなのだ)。 なにより悪文スレスレの文体と、固有名詞とねじれたセリフの多用でエッジが立ちまくった表現のスタイリッシュさは 既に完成された領域。しかし、である。その背後にあるメッセージが意外と普通なんだね。 登場人物たちの行動は結局「スポットライトを巡る権力闘争(p9)」だし、 死んだ弟を巡る両親の奇矯さも、実はありふれた家族の断絶と言っていいんだろう。 過激な表現の皮の下に古典的な物語が隠れた本作だけど、 これが物語まで過激になっていく上記2作につながっていくかと思うと、意義深い。
イカした言葉  「自分を切り開くの。そして縫い合わせるの」(p73)
絢爛たる屍 (原題: Exquisite Corpse) 著: ポピー・Z・ブライト (Poppy Z. Brite) / 訳: 柿沼瑛子
文春文庫 2003年, 724円, ISBN4-16-766125-X 甘美な猛毒を仕込んだ小説です。どうぞ心してお読みください。
高温多湿のニューオーリンズ。頽廃的な夜の世界の住人である青年富豪ジェイは ひそかに残虐な殺人を繰り返し被害者の肉を喰らう倒錯殺人者。 そんな正体を知らずに彼に興味を示すゲイのヴェトナム人美青年トラン。 完璧な犠牲者の素質を目の前にしながら地元の人間を手にかけることができないジェイと、 かつての恋人ルークに対する愛憎混じった想いを捨てることの出来ないトランの緊張した関係は、 もう一人の快楽殺人者の出現により終りを迎える。 イギリスで23人もの若者を殺害し投獄されていたアンドリューが死を装うことで脱獄し、 運命に導かれるようにニューオーリンズに逃れてきたのだ。 二人の怪物の遭遇で腐臭に満ちた狂気は増幅する。そして、内に燃える怒りと暴力を ラジオの海賊放送で発信しつづけていたルークがトランとの再会を求めて殺人者達の領域に足を踏み入れたとき、 物語は酸鼻を極めるクライマックスに向かう。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★★
うーん。時節柄、評価しづらいなぁ。 現実生活では平穏と安寧を志向する僕だけど、物語はモラルの壁の向こうにある世界が好きで、 文春文庫の一連のスプラッタ・パンクには注目し続けていたのだが、これまでのは意外に道徳的で失望していたのだ。 そしてついに現れた猛毒の本書。細密な残虐と糜爛した背徳を律する行動原理は、 幼少時の虐待経験の様な分かりやすい理由も背景もない、ただひたすらに異形の狂気。 さて、この小説は突出したスプラッタ・パンクなのだが、ハード・ゲイ小説でもある (主人公達4人は全員がゲイで肉体関係があるし、少なくとも二人がHIV陽性)。 こちらをメインに読むなら、ゲイ・コミュニティを蝕み未来を奪うエイズという絶望の象徴が二人の快楽殺人鬼であり、 世界の全てに怒りを向けるルークの行動(ある意味もっとも「健全」な登場人物)はアンドリューらへの対立の暗喩なのだ。 スプラッタ・パンクの側から読み解くと、ハード・ゲイ小説の衣は耽美性を強調する効果の他に、 舞台を現実から少し離すことで、読者に与える衝撃の緩衝材にもなっている、ってとこかな。
イカした言葉  そんな境遇になっても、なんらかの理由で彼をうらやむ人々はまだいるのだ。(p268)
夏のグランドホテル異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2003年, 895円, ISBN4-334-73510-X 宿泊客は《人》とは限らない
『異形コレクション』26冊目。9冊目に続くホテルを舞台としたモザイクノベル。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★
ホラーではないな、これは。というのは言いがかりで、奇妙な味の短編集としては粒ぞろいの作品が並んだ、 ここ数冊の異形コレクションのなかでは高い水準の一冊。なんと言っても総支配人たる井上雅彦氏の舞台設定がうまい。 人によってはたどり着くことすら出来ない伝説的なリゾートホテル。 このホテルでしか観測できない流星雨が天をいろどる8月1日に宿泊した客には幸福かもしくは全くの不幸が訪れるという。 現実とは隔離されたホテルに23人の作家が集い、客となりフロントとなりボーイとなり料理人となりバーテンダーとなり 幻想に満ちた一夜を作り上げる。