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小説評論もどき 2002年下半期 (18篇)


私の読書記録です。2002年7月-12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2002
ノルンの永い夢 著: 平谷美樹
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2002年, 1800円, ISBN4-15-208456-1 いかなる過去からも、いかなる未来へも接続しない現在はありうるのだろうか?
SF新人賞を受賞した若者、兜坂は、受賞作中で創作した時間理論が、戦前に活躍した数学者、 本間の唱えた「高次元多胞体理論」に酷似していることを知らされ、本間を主人公とした小説の執筆を依頼される。 そんな彼を、なぜか公安調査庁とCIAがつけ狙いはじめる。 もう一つの舞台は、第2次世界大戦直前のドイツの学術都市。 若くして突出した才能を示す本間の、時空認識を転換することで生身のまま時間航行を可能とするという理論は ゲーリングらナチス幹部の興味を引くこととなる。
本間の取材を進めるうちに、兜坂の目の前に、平行するありえざる歴史の存在が姿をあらわしてくる。 それぞれの登場人物が自らの過去の修復のため、戦争中に消息を絶った本間の行方を追ううちに、 平行世界は互いの侵食を始め混沌の度合いを増していく。 全ての時空を統べる「デザイナー」の意志に沿って世界は変容する。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 -
小松左京賞受賞者の時間SFだけあって、ある意味古臭い作品となっている。 それは、悪いってことではなくて、作中の人物が語る通りの「神や大宇宙を扱った“大きな物語”」は、 例えば小松左京『果てしなき流れの果てに』や山田正紀 『チョウたちの時間』なんかを思い起こさないでもないのだ。 惜しむらくは、これら過去の傑作に共通する“無常観”に欠けているところで、 その分だけ物語の「大きさ」が人間サイズに近づいてしまっている。
イカした言葉 「ぼくにはn次元空間の空間図形を思い描けない人々が不思議でならない」(p60)
November, 2002
アイオーン 著: 高野史緒
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2002年, 1900円, ISBN4-15-208449-9 至善なる主よ、教えたまえ 天上への道は何処にあるのでしょうか?
舞台は13世紀のヨーロッパ。 そこは人工衛星を打ち上げるまでに栄えたローマ帝国が核戦争で滅んだ異形の中世であった。 悪魔が創った物質世界からの解脱を教義とする「キリスト教」が支配するフランスで、 異端である科学を志向するアルフォンスと、 彼との出会いにより信仰を揺らがせるものの科学にも信を置くことのできない医師ファビアンは、 知識を求め、それぞれ世界へと旅立つ。 さらに、衰退しながらも電脳技術を維持する元国から帰ってきたマルコ・ポーロや、 クローン技術を操る魔術師が暮らすイングランド・ログレスの王アーサーら、様々な人物の数奇な運命が重なる中、 人が「知る」ということはどういうことかというテーマが語られていく連作集。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 -
中世の歴史に詳しい人にはおなじみ(らしい)エピソードをSF的な世界観に 織り込んだからめ具合がかなり絶妙でいい感じ。 テーマもカッコよくて好きなんだけど、たまに遊びすぎなのが、ちょっとね。 いくらなんでも、あの某掲示板としか思えない話はどうかと思うぞ。ジパングの描写もね。
イカした言葉 「いや、あれは観測というより見物だな。」(p33 「エクス・オペレ・オペラート」)
イリーガル・エイリアン (原題: Illegal Alien) 著: ロバート・J・ソウヤー (Robert J. Sawyer) / 訳: 内田昌之
ハヤカワ文庫 2002年, 940円, ISBN4-15-011418-8 殺人の容疑者はエイリアン
スピルバーグ監督が現役で活躍している位の近未来。突然地球を訪れた6人のエイリアン、 トソク族とのファーストコンタクトは友好的に行われた。 ところが、カリフォルニアに滞在しているトソク族に同行していた科学者が何者かに殺害されたことで事態は一変する。 地球上の技術ではなしえない方法で殺害された科学者の傍らには、トソク族の足跡が残されており、 トソク族の一人でアリバイのないハスクが逮捕される。こうして、エイリアンを被告とする前代未聞の裁判が開始される。 犯人は本当にハスクなのか。そうだとすれば動機は何か。 検察と弁護士が、判事と陪審員の前で議論の火花を散らすなかで、殺人事件の背後にある思わぬ事実が浮かびあがる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 -
いやぁ。やっぱりソウヤーはうまいわ。 エイリアンが殺人者として裁かれるSFミステリなんて発想は70年代に書かれたとしてもおかしくない平易さなのに、 とにかく構成や描写のバランスが巧妙な職人芸で、リーダビリティはありえないほど高い。 しかも、うれしいのは途中までは完全に法廷物として展開しているのに、 後半にはちゃんとSFならではの壮大なアイデアが仕掛けられていること。 そうそう、SFってこんなだよね、という原点を再確認できる一作。
イカした言葉 「だれか〈スタートレック〉のテーマ音楽のテープを持っていないかな?」(p29)
髑髏島の惨劇 (原題: Ripper) 著: マイケル・スレイド (Michael Slade) / 訳: 夏来健次
文春文庫 2002年, 1048円, ISBN4-16-766119-5 この「館」だけには決して招待されたくない! — 綾辻行人氏
渓谷の橋で顔を剥がれ吊るされた米国のフェミニズム活動家の惨殺体が発見される。 事件を追うカナダ騎馬警察のクレイブン達は、連続する猟奇殺人事件がホラー作家「スカル&クロスボーンズ」 の小説をなぞっていることに気付く。 どうやら犯人は19世紀ロンドンの切裂きジャックの黒魔術を蘇らせようとしているらしい。
かたや、ミステリ作家らとともに、休職中の騎馬警察官チャンドラーを招待して孤島の古城で開催されるミステリイベントでは、 次々と〈探偵〉達が殺されはじめる。彼らの中に潜む何者かが城に悪夢めいた仕掛けを施しているのだ。 一連の殺人事件による黒魔術の儀式が完成に近づくなか、以前の事件で脳に傷を負うチャンドラーと、 次第に数を減らしていく〈探偵〉達は犯人の正体を推理し、事件の謎にせまる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
「あの」スレイドの最新作。といってニヤリとする人はどれだけいるのだろう。 『グール』『ヘッドハンター』『カットスロート』に続くカナダ騎馬警察もので、 今回も過剰なまでの残酷表現と延々と続くマニアックな蘊蓄 (本作では切裂きジャックとアレイスター・クロウリーと黒魔術)が本筋を喰ってしまう怪作。 しかも、今度の舞台は嵐で孤立した古城で繰り広げられる連続殺人事件。 密室ありダイイングメッセージありの、なんと新本格。血みどろだし、あまり推理も関係ないけど。 館に仕掛けられた殺人装置のやりすぎ具合はむしろ笑ってしまうほど。 このベクトルが歪んでぶっとびまくったセンスには大好きだなぁ。
イカした言葉  荒涼という言葉が似合う。凄愴という形容もおそらく。(p380)
October, 2002
地球礁 (原題: The Reef Of Earth) 著: R・A・ラファティ (R. A. Lafferty) / 訳: 柳下毅一郎
河出書房新社 2002年, 1800円, ISBN4-309-20364-7 こんな小説、読んだことない!
ステーションワゴンとトラックに乗って地球にやってきた、プーカ人のデュランティ一家。 地球人を凌駕する能力をもつ彼らだが、地球アレルギーに大人たちは倒れ、正気を失い、捕らえられる。 一方、地球育ちの子供たち6人(+幽霊(?)1人)は親からはなれ、筏にのって旅に出る (といっても地元周辺の河から離れないんだけど)。 地球人とは異なる価値観・世界観の悪ガキたちは、地球人殲滅(!)を目指して、 (ある意味こどもらしい微笑ましさで)暴れまわる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★
実は、ラファティはそんなに好きではない。 ラファティのホラ話のリズムには、いまいち乗り切れないのだ。 話としては面白いし、なにしろこんな話を書く人他にいないんだけどね。 ともあれSF界唯一の存在であったラファティ氏の逝去に追悼。
イカした言葉 「その死が、生と同じくらい豊かなものであらんことを。」(p254 あとがき)
秘神界 (歴史編 / 現代編) 編: 朝松健
創元推理文庫 2002年, 各1300円, ISBN4-488-59501-4/4-488-59502-2 歴史の闇に潜む11の怪異! / 日常を侵食する17の恐怖!
日本人の手によるクトゥールー神話アンソロジー。 「歴史編」は、第二次世界大戦中の神戸や禁酒法時代のアメリカや西遊記の世界などを舞台とした小説11篇と、 評論3篇、クトゥールー神話を題材とした小説・映画・コミックのリスト。 「現代編」は主に現代社会を舞台とする小説17編と評論2編。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
きわめて志の高いアンソロジー。 編者の想いと各作家のイマジネーションがみごとにマッチした“濃さ”は特筆すべきと思われる。 クトゥールー神話という制約は狭いようでいて、広大かつ多様な空間を擁し、 その中で思うさま広げられた想像力を楽しめる傑作。 小説について言えば、歴史編の豊穣さに瞠目。 特に狂言の舞台に召喚された邪神に戯作者たちが物語の力で立ち向かう「五瓶劇場 戯場国邪神封陣」がよい。 評論も面白くて、単なる物語であるはずのクトゥールー神話がいかに現代オカルト思想に影響を与えたかを示す、 原田実氏の評論がいい。
イカした言葉  ある種のすぐれた作品は、鑑賞者を沈黙させた後に行動させる。(p10 序文)
病んだハイエナの胃のなかで (原題: Im Magen Einer Kranken Hyäne) 著: マルティン・アマンスハウザー (Martin Amanshauser) / 訳: 須藤正美
水声社現代ウィーン・ミステリー・シリーズ 2002年, 1400円, ISBN4-89176-465-1 ヘンテコ都市伝説
ウィーンに暮らす主人公マルティン(作者?)は地下鉄で、太った男が落とした本を拾う。 世間を恐怖に陥れる悪人パネギューリカーの暗躍を描いたそのミステリに導かれるように ウィーン23区を巡り歩くうちに、小説の登場人物のはずのパネギューリカーの姿が見え隠れし、 奇態な人や事件に出くわしたり時間を超えたり空気清浄機を助けたりする。 としか紹介できないヘンな話。日野日出志風挿絵つき。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★
なんやケッタイな話やなぁ。すごく殺伐としていて、 差別や偏見に満ちたエピソードも多く実はかなりダークな小説なんだけど、 その語り口がすっとぼけててヘンテコな「味」がある。 どうやら現代ウィーンの陰の部分をカリカチュアライズしてるらしくて、 現実世界をウラ返したファンタジーというべき作品。
イカした言葉   ジョニー・デップが慢性腸炎だってことを彼女たちが知ってたらいいのに。(p34)
September, 2002
幻想建築術 著: 篠田真由美
祥伝社 2002年, 1900円, ISBN4-396-63212-6 ダンセイニ、ラブクラフト、ボルヘス…… 豊穣の系譜に加わった、幻想文学の新たな収穫!
その姿を表現することが固く禁じられた《神》を祀る大聖堂を中心に置く、唯一無二の《都》。 そこでは、聖俗、貴賎、正邪、様々な人々が暮らしている。 隠された《都》の名前を探る神学生、大聖堂で《神》に全てを捧げる老女、《都》の俗界を統べる女候、 下町でたくましく生きる孤児、老舗の腸詰屋を切り盛りする寡婦、異端の像を彫る石工...。 彼ら一人一人の物語が重ねられていくうちに、病んだ《神》と《神》に夢想される《都》の姿が現れてくる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★
幻想文学の要諦は「幾何学的精神」だとか。この小説はまさにその体現であり、 ダイナミックさというよりは、むしろ、そこに在る都市や建築の中を歩きながら、 その意匠や装飾を楽しむという静的な物語である。しかし、何と美しく儚い世界だろう。 流麗にして繊細な描写はもちろん、プロローグで既に明かされている《都》の真の姿や、 キリスト教を僅かにずらしたありうべき宗教を設定することで極めて上質な幻想の世界像が作り上げられているのだ。
イカした言葉 「子供、知ればおまえも汚れることになるぞ」(p132)
キネマ・キネマ異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2002年, 876円, ISBN4-334-73381-6
『異形コレクション』23冊目は「映画」をモチーフとする24編。中島らも、乙一が初登場。
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★
映画ファンを自称しながら、作中で明示的・暗示的にとり上げられる映像作品や俳優の 半分くらいしか分からないのは、ちょっと口惜しいなぁ。マニアックなものが多いとはいえ。 多分、作者それぞれが映画好きで、その愛が伝わってくる作品が多いのが良い。 もともと編者の井上氏の嗜好もあって『異形コレクション』は「映画」の匂いが強いものが多いアンソロジーなのだけど、 そのエッセンスが凝縮された巻となっている。ホラー色はそれほどでもないんだけどね。
僧正の積木歌 著: 山田正紀
文藝春秋 本格ミステリ・マスターズ 2002年, 1857円, ISBN4-16-321160-8 「僧正殺人事件」+ 金田一耕助 = !?
日系人排斥運動が日に日に広がる、第二次世界大戦直前の米国。 名探偵ファイロ・バンスが解決したはずの「僧正殺人事件」の舞台となった屋敷で事件の関係者であった 高名な物理学者が殺害された。しかも、現場にはマザーグースの歌と“僧正”の署名が残されていた。 容疑者として逮捕されたのは日本人橋本。あからさまな政治的意図により犯人に仕立て上げられる橋本を 救うために招聘されたのは、米国放浪中の若者、金田一耕助。 重ねられていく殺人事件に立ち向かう彼は、事件の背後に潜む、時代を覆う闇を暴いていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★
さほどミステリには明るくないし、『僧正殺人事件』は読んでない(または読んだけど忘れた)ので、 十分に楽しめたとは言えないけど、この組み合わせの妙と豪華さはさすがに分かる。まさに新本格。 山田ミステリの常で、謎解きの強引さは目にあまるけど(いくらなんでも、実は達人でした、ってのは...)、 それを含めて独特の空間を構成するのが特徴であり魅力。 この本のもう一つのウリは、山田氏へのインタビューと著作リスト。 中学の時に『神狩り』に衝撃を受けて以来のファンである僕としては、 このリストの全作を購入していることが自慢だったり。参考までに装丁は京極夏彦氏。
イカした言葉 「魂のない人間は大勢いらあ。そのほうがいいかもしれねぇ」(p183)
紅と蒼の恐怖 著: 柴田よしき, 北川歩実, 黒武洋, 森青花, 牧野修, 小川勝己, 五十嵐貴久, 倉阪鬼一郎, 菊地秀行
祥伝社 NON NOVEL 2002年, 880円, ISBN4-396-20747-6 スプラッター & サイコ 9人のストーリー・テラーが挑む
サイコホラーとスプラッターホラー、9編からなるアンソロジー
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
いやはや、よくもこれだけエゲツない作品を集めたものだと寧ろ感心してしまう。 でも、エロ・グロの極北を目指す五十嵐貴久「嗜虐」から、 奇妙な、としか言いようのない森青花「砲丸のひと」まで意外とバリエーションに富んでいてメリハリが効いているし、 よくみると結構すごい書き手が集まっている。 それはそうと、アンソロジーなのに編者の名前がないばかりか、その影すら全く見えないのは少し気持ち悪い。
August, 2002
渋谷一夜物語 シブヤンナイト 著: 山田正紀
集英社 2002年, 1800円, ISBN4-08-774600-3 世界は山田正紀でできている。(大森望)
渋谷センター街でオヤジ狩りにあった作家が、暴力を避けるために若者達に語る物語15編、というスタイルで編まれた、 ミステリ、ホラー、SF、幻想小説など多岐にわたるジャンルの自選短編集。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
作中に、売れない・才能のない(または枯れた)作家を自身の投影として登場させることが多い 山田正紀氏だが、とんでもない。幅広い領域で数多くの傑作を含む膨大な物語を、 しかも20年を超える期間にわたり紡ぎ続ける、まさに「物語の魔王」。 もちろん、その生み出す全てが超一流というわけにはいかないし、 その多芸ぶりが逆に小器用に見えてイメージを損なっている感もあるけど、 90年代後半から幾つかの媒体に発表された短編の精華たるこの作品集は、 山田氏の短編に対する愛情と、今後のさらなる情熱の意思表明となっているのだ。
イカした言葉  思うに、王様は裸だ、と叫んだ子供は、素直でもなければ純真でもなく、たんに残酷であったのだろう。 (p172 「魔王」)
惨殺の月夜 (原題: Angry Moon) 著: テリル・ランクフォード (Terrill Lankford) / 訳: 近藤隆文
扶桑社ミステリー 2002年, 920円, ISBN4-594-03647-3 ハリウッド育ちの新鋭が放つ、凄絶なバイオレンス・ホラー
確実な仕事を誇る殺し屋ライに、かつての師匠フレドリクソンの暗殺依頼が入る。 突然、常軌を逸した破壊行動を始めて暗黒街を混乱させているというのだ。 自らの稼業に嫌気を感じ始めながら渋々引き受けたライは、あまりにも無防備なフレドリクソンを襲撃するのだが、 乗っている車を爆破しても、ライフルで狙撃しても死なないことに慄然とする。 そして、逆襲を開始したフレドリクソンは次第にエスカレートする暴力の応酬のなかで、その恐るべき秘密を明かす。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★
何とも煽情的なタイトルに、下品極まりないストレートなB級テイスト満載の作品。 というのは、僕の偏愛するジャンルではあるものの、愕然とするほどのヒネリのなさはどうしたことか。 フレドリクソンの“正体”にしても目新しさは全くないし、ほとんど予定調和的なクライマックスも、 いかにもB級ホラーにありそうな展開。高い山を築くには広い裾野が必要ということなのね。 作者のランクフォードはハリウッドで多くのB級映画に携わっていたとのことで視覚的表現は達者ではある。
イカした言葉 「信頼か。子供とばあさんのための言葉だ」(p120)
ウロボロスの波動 著: 林譲治
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2002年, 1600円, ISBN4-15-208430-8 野尻抱介氏推薦「宇宙に進出した人間・機械・社会 — そして、その先にあるものを知りたければ、この本にすべてがある」
人類がようやく太陽系に拡がりはじめた22世紀。太陽に接近してきた小型ブラックホールを捕獲し、 天王星の衛星軌道に乗せ莫大なエネルギー供給源として活用し宇宙開発を進めていく人類の姿を描く短編6篇。 地球の軛を離れ、過酷な環境に適応するために、社会構造も意識も大きく変貌した人類は、 地球に残る者達にとって次第に異質な存在となり、かみ合わない対立が深まっていく。 さらに、偶然と思われたブラックホールの登場には思わぬ必然が隠されていることがほのめかされていくのだ。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 -
林譲治氏は、現代日本ハードSFの旗手で、この短編集もゴリゴリのハードSF。 こと科学技術に基づくイマジネーションの豊かさに関しては素晴らしいの一言。 ただ、本作のもう一つのテーマである社会科学面については、今ひとつ。 太陽系開発を進める人々の集合体AADDの性格があまりにも理想的すぎて馴染めない。 多様性は尊重されているのだが、怠惰な者や悪意ある者の余地のない社会になっているのは現実味が薄い、 というのは古い地球人的感覚なのかもしれないけど。 まあ、宇宙という苛烈な環境ではそれなりの能力がないと生きていけないのは確かだろうし。 エピソード間のつながりも微妙にチグハグだったり物語性にも課題がないわけではないけれど、 ファーストコンタクトにつながるであろう続編は待望しておきましょう。
イカした言葉 「互いに共通点がなければ、争いにさえならんのだ」(p249)
異界への扉 (原題: Conspiracies) 著: F・ポール・ウィルスン (F. Paul Wilson) / 訳: 大瀧啓裕
扶桑社ミステリー 2002年, 933円, ISBN4-594-03587-6 闇の仕事人〈始末屋ジャック〉が、この世のものならぬ敵と死闘する
社会保障番号等の公的アイデンティティを捨て去り、非合法な(しかし正義感に基づいた) 工作を請け負う裏社会の仕事人、始末屋ジャックに行方不明の妻を捜す依頼が入る。 世界の怪現象に取り憑かれた人達の組織の会員である彼女メルは、組織の年次総会で、 あらゆる陰謀の謎を解き明かす大統一理論を発表する予定だったという。 総会に潜りこみ、UFOや悪魔主義者による世界支配など、様々な陰謀論を信じ込む会員達の話を 面白がりながら聞いていたジャックだが、メンインブラックに尾行されたり、謎の怪物に襲われたり、 次第に笑えない状況に追い込まれ、〈異界〉の存在を信じざるをえなくなっていく。 しかも、彼自身〈異界〉と深いつながりがあるようなのだ。 そしてメルの行方に迫るジャックは、全ての鍵を握る、組織の謎の主催者との対決にむかう。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★
僕はこの小説を評する資格に欠いている。というのは、 「始末屋ジャック」シリーズの既刊『マンハッタンの戦慄』も『神と悪魔の遺産』も読んではいるんだけど、 ウィルスンの他のシリーズの登場人物たちも勢揃いする伝奇ホラーシリーズ「ナイトワールドサイクル」は未読で、 両シリーズの橋渡し的な位置付けの本作は、そこへ向けた前フリ(?)満載で、内容を取りづらいエピソードが多いのだ。 しかも前作への言及もやたら多い。 幾つかの独立した物語を、後からより大きな世界観の中に取り込んで、という少年マンガ的手法は、 シリーズの全体像を追いつづけることを読者に強要する押し付けがましい感じがしてあまり好きではない。 ジャックというキャラクターが単独でもそれなりに魅力的なだけにちょっと残念。 「始末屋ジャック」シリーズはまだ続くんだけど、独立性の高い話になってることを期待したい。
イカした言葉 「あんたの稼業じゃ、いつも計画通りにいくわけじゃないようだな」「めったにない」(p416)
詩神たちの館 (原題: The Muse Asylum) 著: デイビッド・チャクルースキー (David Czuchlewski) / 訳: 立石光子
早川書房 2002年, 2000円, ISBN4-15-208428-6 経歴不詳、人前に姿を見せぬ隠遁作家の恐るべき秘密とは?
名門大学を出ながら現在は三流新聞社の記者であるジェイクは、大学時代に愛読していた、 一切メディアに現れず経歴も素性も不明の作家ホラスの正体を突き止めようとしていた。 ある日、昔の恋人ラーラから、優秀だったがホラスの小説にのめり込むあまり精神を病んでしまった 同級生アンディの話を聞く。彼は、ホラスのある短編小説から、この作家が殺害されていて 殺人者がホラスを乗っ取ったという結論を導いた結果、殺人者に監視され命を狙われているという妄想に 取り憑かれてしまっていて、現在は精神を病んだ芸術家のための施設ミューズ・アサイラムに収容されている。 アンディを訪ねたジェイクは彼の手記を読むものの当然その主張は全く信じられない。 やがてジェイクはホラスを発見しインタビューに成功するのだが、退院したアンディがそれを突き止め、 再び精神のバランスを崩しながら作家に迫る。そのうちに、彼らはホラスの隠された秘密に近づいていくことになる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★
物語に接する時に作者の人生にまで想いをはせるのはテキストに対する冒涜である。 というのは言いすぎだけど、小説を読み解くのにテキスト外の情報に基づこうとするのはフェアではないとは思う。 その見方でいうなら、覆面作家の正体を暴こうとする主人公達の奮闘が自分たちの人生を狂わせたりするのはある意味自業自得。 まあ、その結果、ある真実がたち現れてくるのだから、それなりに意味はあるのだが。
ところで、追うものがやがて追われるものになる、とかサスペンス的な紹介のされ方の多い本書だけど、 確かにそういった道具立てはあるものの、テーマ・構成は、成長に伴う痛みなんかを描いた、むしろ「普通の」文学作品。 これはこれで面白いのでいいんだけど。
イカした言葉  もう眠れないことはわかっていた。ぼくは夜の敷居を越えてしまった。(p211)
クリプトノミコン (全4巻) (原題: Cryptonomicon) 著: ニール・スティーブンスン (Neal Stephenson) / 訳: 中原尚哉
ハヤカワ文庫SF 2002年, 各880円, ISBN4-15-011398-X/4-15-011401-3/4-15-011404-8/4-15-011407-2
第二次世界大戦中、米軍の数学者ローレンス・ウォーターハウスは英国のチューリングらと組んで、 ドイツ軍の暗号解読に加え、解読の事実を隠ぺいするランダム性偽装の理論に取り組んでいる。 米海兵隊のボビー・シャフトーは任務の詳細は知らないままに偽装工作のために世界中を駆け巡っている。 戦局の趨勢が次第に明らかになる中、日独間で飛び交う最新暗号を自ら作り上げた世界初のデジタルコンピュータで 解読したローレンスは、莫大な金塊が隠されようとしているフィリピンに向かう。
舞台は変わって現代。ウォーターハウスの孫でネット技術者のランディは、 フィリピン近辺でデータヘブンとネット通貨のビジネスを立ち上げんと奮闘中で、 海底ケーブル設置のために契約したのは、シャフトーの孫娘のサルベージ業者。 ところが、彼らが海底で発見したUボートの中に、暗号を刻んだ大量の黄金製パンチカードと、 ローレンスの名前が見つかったことから事態は急転する。 すべての政府機関から自由であるデータヘブンやネット通貨をこころよく思わない勢力と、 日本軍が隠した金塊を狙う勢力の陰謀に巻き込まれる中、祖父が自宅に遺したトランクに隠されていた暗号を解読したランディは、 すべての中心であるフィリピンのジャングルへ向かう。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 -
僕の脳内にあるメーターもどっちかというとソッチ向きなのでかなり面白く読めたのだけど、 ハッカーもしくはハッカー的精神の持ち主が、やりすぎくらいカッコよく活躍する物語で、 皮肉の効いた文体のノリから言っても、これをベストセラーにした購買層は偏っていそう。 情報を統制したり自由を制限しようとする勢力に対する筆の辛辣さといい、作者の姿勢はかなり明白。 戦中と現代のエピソードが平行して積み重なり、暗号と財宝をめぐる物語が現れてくる構成や、 その中で描かれるリアルな戦闘やテクニカルな描写、それらを支える人物造形は抜群の面白さなので、 全4巻という長大さはあまり感じさせない。 戦中編の登場人物が現代編の後半で現れるところなんかは思わず、オーッ、ってな感じ。
ちょっと面白い、というか、いかにもと感じたのは、作中の人物達の多くがかなり深刻な体験に基づく 壮大な夢を持っているのに対して、主人公中の主人公であるローレンスとランディは、 自らのスキルに拠って行動し自由を志向してはいるけど、世界を変えてやろうとかは全く考えてないこと。 結局、大きな役割を果たしてしまうことになるんだけど、優れた技量と才能だけじゃなく、 むしろ偶然に占めた立ち位置によるところが大きいんだよね。
July, 2002
イツロベ 著: 藤木稟
講談社文庫 2002年, 781円, ISBN4-06-273486 私たちの世界が、壊れてゆく……!!
ボランティアとしてアフリカの小国に赴任した産婦人科医間野は、 聖なる森に暮らす魔術師の部族ラウツカ族と交流するうちに、神話と現実の境界を越えた体験をする。 そして帰国した彼は、アフリカでの経験をきっかけとして自ら封印していた過去の記憶を取り戻す過程で、 幸せな関係を築いていたはずの家庭を失い、やがて現実とのつながりすら失っていく。 そして高校生時代の間野の記憶から現れた女とラウツカ族の女神は新たな現実を孕む。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
イツロベとは進化である。というようなことはエピローグで明かされる ラウツカ語の秘密から分かったりするのだが(ということは、ラウツカのエピソードは非現実だという解釈も可能だけど)、 一時が万事、こんな暗号仕立てでネットゲーム・ゴスペルのメッセージなんかも含めて幾つか解読はしてみたものの あまりに面倒なので途中で断念。この辺をきちんと整理すれば統合された物語になるのかも知れないんだけど、 少なくとも表層では各レベルのエピソードが分離していて(自分の知的水準の問題かもしれないので あまり断定的なことは言わないが)いささか評価しがたい。 読者に暗号解読を強要するというのは、エンターティンメントとしては正しい姿ではないんではないかな。 それとも作者の本拠であるミステリの文脈ではこれは普通なのかなぁ。
イカした言葉 「猫が喋るのは当たり前だろう」(p426)