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小説評論もどき 2005年下半期 (17編)


私の読書記録です。2005年7月-12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2005
日本怪奇小説傑作集 (1・2・3) 編: 紀田順一郎, 東雅夫
創元推理文庫 2005年, 各1100円, ISBN4-488-56401-1/4-488-56402-X/4-488-56403-8 絶対名作! 王道の大アンソロジーがでた。21世紀はこのバイブルを通じ「怪奇小説の時代」が開く。―― 荒俣宏 /
崩壊の予兆から戦禍、そして復興へ…… 動乱の時代に解き放たれた妖異夢幻の世界への昏い情熱。/
懐かしくも恐ろしい異界へ誘う、17の物語。「ホラー・ジャパネスク」の源流が、いま一堂に会する。
明治から平成にかけた100年間に発表された日本の怪奇小説から厳選した50編を、 時代毎にまとめた一大アンソロジー。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★★
江戸川乱歩や澁澤達彦はともかく、夏目漱石や森鴎外の小説をこのHPで取り上げることになるとは 思ってもみなかった。 時代時代で様々な貌をみせながらも、常に日本人の精神世界に大きな影響を与えてきた怪談・妖異譚を、 斯界の2大碩学が丹念に紹介する渾身の力作だ。 文豪達もその一翼を担う、日本の近現代文学史のもう一つの側面に光を当てる志の高い仕事で、 このジャンルに親しんできた一読者にとって非常に意義深い。
アート偏愛(アートフィリア) — 異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2005年, 952円, ISBN4-334-73996-2 未知なる藝術に震えよ。闇に彩られた美神の罠。
第34弾。「芸術」の奥深い闇を切り取る22編。ビジュアル作品一般公募という初の試みも。
統合人格評★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★
芸術は、それ自体もそれへの渇望もホラーの伝統的な素材である。 それが故に、衝撃的な作品は少ない結果になってしまったようだ。 わざわざテーマにしなくても、これまでの異形コレクションが様々な角度で掬い上げてきた題材だったことも一因か。 一般公募作品の「命々鳥」(佐々木ゆう)の技巧には唸った。
ストリンガーの沈黙 著: 林譲治
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2005年, 1700円, ISBN4-15-208678-5 それは人類という種の、大いなる転換点だった —
『ウロボロスの波動』の続編となる長編。 天王星衛星軌道に捕獲したブラックホールの周囲に建造された人工降着円盤AADにより、 人類が無尽蔵のエネルギー源を確保した22世紀後半。AADを運営し太陽系開発を進めるAADDには 過酷な宇宙に適応する為に自然発生した新しい社会形態としての側面もある。 彼らを理解不能な不法居住者とする地球上の諸国との緊張感が高まるなか、 太陽系を目指して飛来する明らかに知性体と思われる存在が発見される。 交信を試みるも何故か沈黙したままの「ストリンガー」と名付けられたそれとの直接コンタクトへの準備が進むが、 ついにAADDを制圧しAADを地球の権益に取り込むべく地球の国連軍艦隊が侵攻を開始する。 しかも時を同じくして、AADが原因不明の制御機構の異常により崩壊の危機にさらされる。 AADDの科学者達やリスク管理専門集団〈ガーディアン〉のメンバーは 事態を打開しAADDを存続させる為の奮闘を開始する。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 -
うれしいことに宇宙SFの当たりが続いている。 ハードな理論考証・思考実験に基づき築き上げられる、ファーストコンタクトや宇宙での戦闘の描写はリアルで、 物語後半で現れるある存在の意表をついた正体といい、SFの醍醐味といっていい大技・大ネタを惜しげもなく披露してくれる。 ネタバレになるから詳細は書けないけど。と、ここまでは誉めておくのだが。
さて、『ウロボロスの波動』の時にも書いたが、 オープンソース主義の究極の姿であるAADD — 貨幣も階級もない — が理想郷として描かれる一方で、 旧秩序である地球の資本主義・権威主義の頭の固さは滑稽な戯画として描かれるのだが、この単純な対比はどうかと思うのだ。 誰もが自分のできる形で自発的に公共に貢献することで成立する社会というのは美しいようで、穴がある。 一方で、彼らに対する地球の態度はナメすぎで戦争を仕掛けるには調査不足もはなはだしく、いくらなんでもそれはないでしょう、 という気もするしね。まあ、そこまで含めた思考実験としての未来社会を構築したことはSFとして評価したい。 AADDと地球の対立の結末は実はかなりえげつないよね。
イカした言葉 「猫と人間を分け隔ててしている人間が、異星人を対等な存在として認めることができるのかしら?」(p147)
啓示空間 (原題: Revelation Space) 著: アレステア・レナルズ (Alastair Reynalds) / 訳: 中原尚哉
ハヤカワ文庫SF 2005年(原典2000), 1400円, ISBN4-15-011533-8 堺三保氏絶賛!!「本年度ベスト1のSFだ!」
26世紀半ば。人類は数多くの星系に進出しているが、超光速通信・超光速航法は発見されていないため、 それぞれの居住地は隔絶した文化圏を築いている未来。 辺境の惑星リサーガムで99万年前に滅びた非人類文明遺跡を調査しているシルベステは、政変に巻き込まれ囚われの身となる。 一方、シルベステの出身惑星イエローストーンの暗殺者クーリは謎の女マドモアゼルにシルベステの殺害を依頼され、 ある近光速船に乗り込む。 遠い星々の間を長期間かけて渡る希少な存在であるその船の船員ボリョーワ達も実は密かな目的の為にシルベステを探していた。 かつて、宇宙に点在する近接不能の領域〈シュラウド〉を研究し、そこから生還した唯一の人間である シルベステに彼らが接触したとき、太古の銀河系を揺るがせた途轍もない秘密が目を覚ますことになる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★
文庫本で1000ページを超えるボリュームに、次から次へと繰り出される謎と二転三転する展開、 惑星破壊兵器を搭載した巨大宇宙船やサイボーグやシミュレーション人格などの数々のSFガジェット、 謎を秘めた中性子星や太古に銀河の覇を争った文明の遺物などの大ネタを、 これでもかと詰め込んだSFエンターテインメント巨編。これほどの大風呂敷を広げる小説はなかなかなく、満腹しました。
実は、この世界観はこの3つ下にある『ディアスポラ』と結構似ている。 科学技術は途方もなく進歩しながらも、宇宙旅行は相対論による光速の壁に阻まれ長い年月をかける大事業であり、 そして、広い宇宙を見渡しても人類以外の知性種族は何故か数少ないという謎、等。 同じような世界観に基づきつつも、思考実験を極限まで押し進め、壮麗な宇宙像のビジョンを構築する『ディアスポラ』に対し、 ハードな科学理論を前提としつつも、その枠組内でド派手なアイディアと活劇を繰り広げる本書のサービス精神も やはりSFの真髄なんだよね。 僕のような古手のSF読みには、懐かしいネタの数々が新しい装いで現れる嬉しい一冊。
イカした言葉 「いえいえ、手術はそれだけではありません。シルベステ博士。全然そんなものではありません。 はじめるのが楽しみですよ」 (p399)
November, 2005
夜市 著: 恒川光太郎
角川書店 2005年, 1200円, ISBN4-04-873651-5 第12回日本ホラー小説大賞受賞作 全選考委員激賞!
大学生のいずみは、高校時代の同級生裕司に連れられて、「夜市」を訪れた。 そこは、現実の世界に時折現れる、異形の住人達がが不思議な品々を売買する市場だった。 昔ここを訪れた事のある裕司には目的があった...『夜市』
小学生の「私」は、ふとしたことから奇妙な古道の存在を知る。 友人と再び足を踏み入れたそこは、現実に隣接する異界であった...『風の古道』
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
表題作は第12回日本ホラー小説大賞受賞作。しかも審査委員全員が絶賛とは珍しい。 よくできたファンタジーだと思う。各地で語られてきたような異界との交流を下敷きとし、 人生のいろんな側面を豊かに描いた麗しい物語だと思う。しかし、そこまで絶賛されるべきかというと、ちょっとね。 審査委員が荒俣宏、高橋克彦、林真理子というのも考えてみれば微妙か(失礼)。 表題作と世界観を共有する『風の古道』の方が好み。
記憶の食卓 著: 牧野修
角川書店 2005年, 1600円, ISBN4-04-873644-2 誰ガ何ヲ食ベタノカ…? 五感を痺れさせる背徳の味、それが地獄の始まりだった。
名簿屋に勤める折原の手元にいつの間にか届けられた一冊の名簿。 そこに記載された14人の中に自分の名前があった。そして現在進行中の残虐な連続殺人の被害者4人の名前も。 さらに不意にかかってきた「おいしかったかい」と問う謎の電話。 姉御肌の同僚高崎に促されるままに、名簿の人物を訪ねることにした折原は、 彼らが、自殺しているか、さもなくば食を拒絶し異様に痩せさらばえていることに驚く。 見も知らぬ彼らに共通するのは正体不明の罪の意識。身に迫る殺人鬼の危機に追い立てられ、次第に彼の世界は悪夢へと化す。 そして、折原自身の記憶の空白から、ある「罪」が浮かびあがってくる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
キリストの最後の晩餐を下敷きに、摂食障害と人肉嗜食をモチーフとしたホラー。 全編を覆う気持ち悪さは牧野修らしいのだが、それでもちょっと抑えめかな。このオチはちょっと無理矢理じゃない?
イカした言葉 「さあ、食べて」 (p165)
October, 2005
ディアスポラ (原題: DIASPORA) 著: グレッグ・イーガン (Greg Egan) / 訳: 山岸真
ハヤカワ文庫SF 2005年(原典1997), 900円, ISBN4-15-011531-1 あらゆる文学形式の中でSFだけが与えうる深い感動。そのもっとも純粋なかたちがここにある
21世紀後半に確立された人格・意識のアップロード技術により、多数の人間が 仮想現実の「ポリス」に移入してから9世紀。地球上には遺伝子改変により多様な形態に拡散した数十万人の肉体人が残り、 ソフトウェア化した精神をロボットボディに収めたグレイズナー達が宇宙開発を進める未来。 ポリスの一つ《コニシ》で市民ヤチマが自動プロセスにより創出された数十年後、 地球から100光年ほど離れた中性子星連星トカゲ座G1が軌道崩壊を起こし生じた強烈なガンマ線バーストが到来した。 直前に事態を察知したヤチマらは肉体人達を救出しようとするが叶わず、地球上の全ての(生物学的)生命は死滅する。 その後、内観の世界に引きこもった他のポリスとは異なり、ヤチマの移住した《C-Z》は、 自らの1000のコピーを搭載した宇宙船を1000の異なる方向に発進させる「ディアスポラ」計画を実行する。 その目的は、既存の物理学では説明できない「トカゲ座」の原因解明と、次に起こるかもしれない異変を生き延びること。 《C-Z》の一つが到達した惑星スウィフトには、10億年前にこの地を訪れた種族トランスミューターの形跡が遺されていた。 調査の結果、中性子の構造そのものに刻まれた彼らのメッセージが発見された。 それは、数世紀のうちに太陽系近傍を襲う、「トカゲ座」を遥かに上回り全てを滅ぼす大天変の警告と、 宇宙の構造をくぐりぬける手がかりだった。 《C-Z》はトランスミューターに教えを請うために、彼らを追う。 それは、無限に等しい数の宇宙を貫き、永遠に等しい時を越えるヤチマの旅の始まりでもあった。
統合人格評 ★★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 -
SFを読んできてよかった、と思える傑作がある。 その圧倒的なヴィジョンを受け取る為には一定のSFリテラシーが必要な種類の物語だ。本作はその究極の一冊。 膨大な数学・理論物理学の(大半は創作されたものだが)理論がそのままに展開される節などとても読みやすいとは言えない。 正直、僕も表層のイメージを把握するのが精一杯。しかし、それらを土台に生み出される、壮麗・壮大・精緻・異様な宇宙のスケールは 20世紀前半に書かれた『スターメイカー』をも凌ぐ。 僕の言いたいことは全て、あとがきで大森望氏が書いてしまっているので、 これ以上書き連ねても仕方がないが、想像を絶するヴィジョンを一人の脳髄から創り出すイーガンには畏敬の念を禁じ得ない。 ほぼ全てが傑作である既訳のイーガンの中でも文句なしのベスト。
イカした言葉  (これを考えているのはだれだ? わたしだ) (p58)
ラッシュライフ 著: 伊坂幸太郎
新潮文庫 2005年(初出2002), 629円, ISBN4-10-125022-7 未来を決めるのは神の恩寵か、偶然の連鎖か
この世に金で買えないものはないと豪語する画商戸田。ストイックな泥棒黒澤。 新興宗教の幹部に「神を解体しよう」と不可解な誘いを受ける信者の青年河原崎。 不倫相手のサッカー選手と互いの配偶者を殺害しようと計画するカウンセラー京子。 ひょんなことから野良犬と拳銃を拾ってしまった失業者豊田。 まったく関係のない彼らの人生が、仙台を舞台に奇妙にそして複雑に交錯しはじめる。 その中を不思議な外国の宝くじや、くっつき歩き出すバラバラ死体が巡る。 道行く人に好きな日本語をたずねる白人女性がたたずみ、 エッシャー展が開催されている街で、全ての物語から一枚のだまし絵が浮かび上がる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★
エピソード間の順序の混乱を誘う罠が張り巡らされているんだけど、 物語が終わってみると全てがピタッとはまる。そして、それぞれのエピソードを縦糸とするなら、 それらをつなぎ合わせる横糸の登場人物・エピソードが、意外なところで意外な形で絡み合い、 また縦糸同士にも思わぬ出会いがあり、巧妙極まりない展開と構成が楽しめる。 それから、全編に通底する爽やかで前向きな人生に対するエールに、何か力づけられた気分もする。 一言で言って巧い小説。
イカした言葉 「誰だって人生のアマチュアだからな。他人に無責任なアドバイスをしてだ、ちょっとは先輩面したいんだ」(p329)
文学刑事サーズデイ・ネクスト1 ジェイン・エアを探せ (原題: The Eyre Affair) 著: ジャスパー・フォード (Jasper Fforde) / 訳: 田村源二
ヴィレッジブックス 2005年(原典2001), 920円, ISBN4-7897-2669-X 主人公を見つけなければ、物語は終わらない—。
英国とロシアがクリミア半島をめぐり130年間も戦争状態にあり、 ある種のタイムトラベルが実現されるなど、歴史や科学技術がこことは微妙に異なる世界が舞台。 ロンドンの文学刑事局、通称SO27の刑事サーズデイはディケンズの直筆原稿盗難事件の捜査に携わっている。 その犯人は、監視カメラに写らず、銃弾では傷つかず、人の心を自在に操る超人にして 冷血非道な犯罪者アシュロン・ヘイディーズだった。 アシュロンに撃たれ負傷したサーズデイは、入院中に未来から現れた彼女自身の言葉にしたがい、 故郷スウィンドンへと転任する。そこは彼女の元恋人が暮らす街でもあった。 そんなおり、アシュロンが盗んだ小説の登場人物の他殺体が発見される。 サーズデイの伯父を誘拐し、彼が発明した、小説内部へとアクセスできる〈文の門〉を悪用したアシュロンの仕業だった。 そしてアシュロンは『ジェイン・エア』へ魔の手をのばす。サーズデイは世界的名作と伯父達を救出すべく奔走する。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
「サーズデイ・ネクスト」シリーズ第一弾。 古典文学と西欧史を題材に存分に遊んで奇妙で魅力的な世界を作り上げているのだが、 ただ、残念なことに僕は『ジェイン・エア』にも西欧史にも明るくないので、これを使った仕掛けにクスリとできない。 うーん。でも、この手のメタフィクション仕立ての奇想小説を読み慣れている身にとっても結構楽しいのは確か。 ここでは文学作品と現実世界が相互干渉し、タイムトラベルにより過去・未来と相互干渉する。 僕ら小説読みにとって、こういう境界のユルい世界に心惹かれてしまうところはあるよね。
イカした言葉 「だがね、旦那さまは百八十一ページまで彼女にキスもしないよ」(p455)
September, 2005
未来獣ヴァイブ 著: 山田正紀
ソノラマノベルズ 2005年, 1600円, ISBN4-257-01074-6 四半世紀をかけて完結した怪獣とSFの幸せな融合!
昭和60年夏、瀬戸内海に面した町で暮らす高校生、北条充は自分の裡に獰猛な何かが居ることに気がついていた。 邪悪な美少年タケルの操るまま、現実世界に現れたその何かが引き起こした多数の死者を出す惨劇の容疑者として 追われることになった充は、自分の出生の秘密を求めて瀬戸内海に浮かぶ小島の地下にある遺跡へと向かう。 そしてそこに眠っていた巨大な「怪獣」— 充とリンクする超現実的な存在ヴァイブが目を覚ましてしまう。 太平洋に泳ぎだした怪獣ヴァイブは、自衛隊に発見され攻撃を受けるが、それをものともせず東京に向かい遂に上陸する。 当局の目を逃れ長距離トラックにのり東京に向かう充には、彼と深い因縁があるらしい、 日本を影で動かす「黍産業振興会」の総統と時間を超えた対決が待っていた。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
実家の机を整理していたら、大昔のノートが出てきて思わず懐かしい想いが よみがえった様な感じとでも言えばいいか。20年前にソノラマ文庫で4巻まで出ながら途絶えていた 「機械獣ヴァイブ」が大幅な加筆修正を経て完結したのだから。 長い作家生活の山田正紀氏には、未完のシリーズが幾つかあって、ファンとしては心の奥に引っかかっていたものではあるからね (「妖虫戦線」に「装甲戦士」に「仮面戦記」に「神獣聖戦」に... って全部「戦」がつくけど、 どれも戦争モノではなく先進的・意欲的な取組が多いように思う)。 序盤のデビルマンを思わせるストーリーは、当時のジュブナイルの王道で懐かしいし、日本中が見守るなか、 自衛隊がヴァイブを迎え撃ち科学者達が懸命にヴァイブの正体を探るところは、怪獣SFの醍醐味が楽しめる。 しかし、どうかなぁ。当時も思っていた気がするけれど、なんか整理されないままに詰め込みすぎている感はあるね。 今般、完結したと言ってもその終わらせ方は無理矢理切った感じがするし。 これならわざわざ終わらせなくても良かったような...
イカした言葉 「なにか? 最近じゃ、高校の体育実技に、射撃も入っているのか?」(p262)
ハイドゥナン (上/下) 著: 藤崎慎吾
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2005年, 各1700円, ISBN4-15-208655-6/4-15-208656-4 『日本沈没』を凌ぐ傑作、遂に誕生 / 日本SF史上最高の科学小説
21世紀半ば。音に色を感じ光に手触りを感じる共感覚を持つ青年、伊波岳志はダイビング中に 女性が呼ぶ声を幻聴する。その声の主である与那国島の巫女・ムヌチの卵、柚は、琉球に近づく災厄をおさえる為 「琉球の根を掘り起こせ」という謎の指示を神様から受け取っていた。 一方、地球物理学者の大森が捉えた大規模地殻変動による南西諸島沈没の前兆を受けて、政府は特別組織を起ち上げるが、 それは住民の安全・避難より海底資源確保と領土問題を優先するものであった。 この事態に、大森は仲間の自称マッドサイエンティスト達と共に政府組織を隠れ蓑に極秘プロジェクトを開始する。 気鋭の量子工学者、微生物学者、地質学者らからなる彼らはそれぞれの道での第一人者であるにとどまらず現代科学の枠を はみ出す研究をも手がけている。 リーダーである植物学者南方が唱える「ISEIC理論」— 全ての生命と非生命は、 相互作用し大きな情報空間を形成している — を手がかりに大地を鎮める手段を見つけようとする彼らは メンバーの心理学者吉田の学生である岳志の話と、調査に出掛けた与那国島での岳志と柚の出会いをきっかけに、 シャーマニズムの実践者である柚こそがISEICへのアクセスのカギであるとして、彼女に協力を要請する。 噴火、地震が頻発し、ついに幾つかの島が沈没し始める。さらに中国が不穏な動きを見せ、 地質学的・政治的に緊張が高まり続ける海域のただ中、海底6500mにある不思議な地形を焦点とした、 未曾有の大災害を封じる祈願が始まる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★
一言でいえば「地球レベルの壮大な『もやしもん』」だが、この表現でどれだけの人に伝わるかな。 『日本沈没』を凌ぐ、とか、日本SF史上最高の、とかいう謳い文句は決して誇大ではない大著・力作だ。 西洋的な世界認識とは異なる日本的な汎神論思想のもと、ある種の伝統的オカルトが先端科学で読み解かれていく様といい、 地底で進行するダイナミックな変動とそれを捉えるビッグ・サイエンスの描写の迫力といい、読み応えも十分だ。 しかし、なんだろう、手放しで賞賛するには何か足りない気がする。多分、それは視点の単調さと 政治の欠如にあるのではないか。視点の単調さというのは、主人公達の正しさにある。 この世界の中ではおそらく彼らだけが事の真相に正しく向かい合っていて、しかもそれは常に正しい。 とてつもない危機は迫っていても解決に向かう道のりが結果的に直線的になってしまっている。 神秘主義の全てが理に落ちるのもやりすぎだし。 そして、このような災害を前にすれば、どのような形であれ、何らかの政治的決断がなされるはずで、 選択を苦悩する総理大臣くらいは描かれないとディザスターSFとしては不十分だと思うのだ。
とはいえ、やはり素晴らしい作品なので、SF読みなら手にとって損はない。
イカした言葉  「ええっ、いいんですか科学者がそういう解釈で」(下巻p272)
ねじの回転 (原題: Turn Of The Screw and other ghost stories) 著: ヘンリー・ジェイムズ (Henry James) / 訳: 南條竹則・坂本あおい
創元推理文庫 2005年(原典1868-1899), 800円, ISBN4-488-59601-0 あなたは、この物語の恐ろしさを、いま初めて知ることになる—
とある屋敷に暮らす幼い兄妹の家庭教師として派遣された婦人が見たのは、 彼らにまとわりつき誘惑する幽霊の姿だった。怪奇小説の金字塔を新たに翻訳した表題作を筆頭に、 ジェイムズの幽霊小説5編からなる傑作集。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★★★★
ホラーファンを僭称しながら、こんな重要文献を未読とは恥じ入るばかりだけれど、 まあ、こうやって一つ一つ穴を埋めていこうかと。 さて、S・キングが、この百年に出た怪奇小説で傑作と言える2作の一つ、と評価するだけのことは確かにある。 怪談話としての端正な展開はもちろんのこと、思わせぶりな描写と多義的解釈を強制する仕掛けが実に巧みなのだ。 書かれているとおりの幽霊譚としても読めるのだが、この幽霊達はむしろ語り手である家庭教師の心理的な現象、 つまりはヒステリー性の幻覚だと僕は受け取った(ということは、ラストの事件の「犯人」はつまり...)。 少年が染まったという悪の内容もほのめかされすらしないし、冒頭に登場するダグラスと 幽霊が憑くマイルズ少年の照応も何かありそうだし。 現代の読者からすれば、決して怖い物語ではないけれど、その上手さは堪能できる。
August, 2005
鉤爪の収穫 (原題: Hot And Sweaty Rex) 著: エリック・ガルシア (Eric Garcia) / 訳: 酒井昭伸
ヴィレッジブックス 2005年(原典2003), 880円, ISBN4-7897-2623-1 やあやあ、ごぶさた!
『さらば、愛しき鉤爪』 『鉤爪プレイバック』に続く、恐竜探偵ヴィンセント・ルビオ シリーズ第3弾
LAで探偵を営むヴィンセントは、人間世界に紛れて暮らす恐竜の一人でヴェロキラトプル。 ある日、同属のマフィアのボス、フランクに仕事の依頼を受け、 フランクの新しいビジネスパートナーのハドロサウルスの動向を探ることになった。 そのため、マイアミに向かった彼はそこを縄張りとするフランクの弟エディの組織に身を寄せる。 そして、ハドロサウルスの組織に探りをいれるうち、そのボスが幼い頃の親友であったジャックであることを知る。 再会したヴィンセントを快く迎え入れたジャックだが、ヴェロキラトプルとハドロサウルスのギャング間抗争が勃発してしまう。 どちらの組織からも2重スパイと思われているヴィンセントなのだが、どうやら、両者の抗争を操る何者かの影も見える。 激化する抗争の中で命を落としたジャックの復讐を誓うヴィンセントは本来自分のスタイルでない暴力に身を染めていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
ヒト世界にラテックス製の扮装でコッソリ紛れた恐竜達の社会があって... という世界構築の妙は 前作・前々作を参照してもらいたいが、今作はその設定ならではの仕掛はあまりない。 したがって、単なる、ちょっと変わったハードボイルドになっちゃってる。 ヴィンセントの幼少期・青年期の回想がやたらウェイトを占めているのも、今ひとつ。
イカした言葉 「常套句だね、それ」「真理だから常套句になるんじゃないかしらね」(p414)
オバケヤシキ異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2005年, 800円, ISBN4-334-73931-8 この恐怖の館からは誰も逃れられない……
第33弾。幽霊屋敷または遊園地のお化け屋敷を舞台に19編。
統合人格評★★★ / SF人格評★★★ / ホラー人格評 ★★★
ホラーの題材としては定番中の定番。過去の名作・傑作も数多いこのテーマに挑む語り手達の作風は幅広い。 その中でも、大槻ケンヂの「ロコ、思うままに」が良い。 前巻『魔地図』の「モモの愛が綿いっぱい」に続き、 狂った世界の中にささやかな愛と希望が光差す詩情豊かな物語を築き、一つ何かを突き抜けたみたい。 筋肉少女帯からのファンとしては、小説家オーケンの活躍が喜ばしい。
海を見る人 著: 小林泰三
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2002年, 1700円, ISBN4-15-208418-9 冷徹な論理と奔放な想像力が構築する異世界
海面からの高度によって重力が異なり時間の進み方も異なる世界で、 運命と物理法則に引き裂かれた恋人の姿を見守り続ける男を描いた表題作。 奇想天外な法則が支配する異形の環境で生きる人間達のドラマを ハードSF界の旗手小林泰三がロジカルにリリカルに語る7編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
ハードSFの中でも工学というよりは数学の香りがするのが小林泰三の作品群だ。 本書は、ガモフの『不思議の国のトムキンス』を思わせる、純粋思索的な短編集。 人と人との間の感情のアヤなどから大きくかけ離れた、世界そのものと人間の関わりの中から生まれるドラマこそが、 こういうスタイルのSFでしか書けないブンガクなのだ。実にイーガン的。
July, 2005
実験小説  著: 浅暮三文
光文社文庫 2005年, 495円, ISBN4-334-73911-3 「絶頂期の筒井康隆を彷彿とさせるアイディア」(書評ライター・豊崎由美氏)
異形コレクションなどに発表された実験小説、異色掌編に、書き下ろしを加えた27編からなる短編集。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
誰も届かぬ遥かな高みで軽やかに遊ぶ、浅暮三文の超絶・魔術的な小説技巧に驚嘆。 並んだ交通標識や、漢和辞典のような難漢字・珍漢字の羅列の中に意表をついた物語を紡ぐ(「帽子の男」「參」)。 かと思えば、小説の内部を主人公が自由に移動しページを飛び越える驚異の空間を造り上げる(「カブス・カブス」)。 そして、奇想天外に魅力的な書き出し(「これはあまり知られていない話であるが、 かつてギリシャの哲学者プラトンがお忍びで新宿の下落合へ遊びに来たことがある。」なんていう 一文に僕は抵抗できない)の「箴言」など。
意味不明の問いに何か落ち着かない気分になる「喇叭」が一番好み。
バースト・ゾーン — 爆裂地区 — 著: 吉村萬壱
早川書房 2005年, 1700円, ISBN4-15-208637-8 曇り、時々、雨、ところによりテロリスト。
テロリンによるテロリズムで長く荒廃が続く国土に、愛国精神を鼓舞し、 大陸でのテロリン殲滅戦への志願兵を募るラジオ放送だけが響く。 生物兵器が原因の奇病を患う妻子を抱えた椹木は、愛人の小柳寛子を売春婦として働かせている。 寛子の客であった素人画家の井筒は、彼女の後を未練たらしくつけ回す。 同じく寛子の客である麻薬密売人の土門は麻薬常習者の上に暴君として君臨している。 国立病院に勤務する医師斎藤は、国家に批判的な発言を行った掃除婦花田を嬉々として密告する。 彼らはそれぞれ、志願し、あるいは流刑囚として大陸にわたる。ところが彼らを含む様々な境遇の人々は、 大陸に流れる奇妙に弛緩した空気にとまどうのもつかの間、漆黒の魔物の群れに襲われる。 脳を吸う強大で無数の魔物に蹂躙され、たちまちのうちに難民と化した人々は、 国家プロジェクトが行われているという大陸北部の「地区」を目指して歩き出す。 魔物の恐怖に怯え、悲惨なサバイバルを強いられながら「地区」へと向かう椹木らには、 国家がひた隠す世界の秘密が次第に見えてくる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
芥川賞受賞第1作だという。作者は現役の国語教師だという。 作者の肩書きも、これまでの作品の破壊性も知ってはいたのだが、初めて読んだ本作はやはりショッキング。 この禍々しく狂っているとしか言いようのない醜悪な物語と文体は何だろう?  主人公達を始め人間や社会から全ての意味と尊厳が徹底的にはぎ取られ辱められる。 そこには、詩情もいかなる美的要素もない(どんな状況に堕ちても寛子が心の支えとして持ち続ける椹木への 「純愛」は詩的とは言えないか。化け物が支配する人間性を拒絶した彼方にある風景は美しいとは言えないか)。
また、言葉に対する素っ気なさも思い切ったもので、「テロリン」というネーミングのふざけ加減は計算としても、 「嘗て」とか「漸く」とか「鏤めて」なんていう普通は仮名表記する単語を意味もなくワープロ変換されたまま 放置している無造作ぶり。人間存在に対し何の価値も認めない視点や、暴走するイマジネーションの凶悪さは SFとかホラーとしても破壊的なのだが、日本文学がこんなことになっていたとは、といってもさすがにこれは異質かな。
イカした言葉 「ドンと来たら、ピンッだ!」(p360)