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小説評論もどき 2005年上半期 (16編)


私の読書記録です。2005年1月-6月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

June, 2005
タフの方舟 [1 禍つ星 / 2 天の果実 ] (原題: Tuf Voyaging) 著: ジョージ・R・R・マーティン (George R. R. Martin) / 訳: 酒井昭伸
ハヤカワ文庫SF 2005年(原典1986), 840円/700円, ISBN4-15-011511-7/4-15-011516-8 『ジュラシック・パーク』の興奮と『ハイペリオン』の愉悦がここにある。/ イーガン、チャンが分からなくても、この本の面白さはわかります。
人類が遠い宇宙に進出し、数多の文明を築き上げた遙かな未来。 小さな宇宙船で星々を渡るしがない商人タフは、無人で漂う巨大な宇宙戦艦を偶然手に入れる。 それは、千年前に瓦解した地球連邦帝国が敵地に苛烈な環境戦争を仕掛けるための胚種船〈方舟〉号だった。 今や失われて久しいテクノロジーと恐るべき疫病や魔獣の数々を含む無数の生物サンプルを満載した 巨船に愛猫とともに乗り込んだタフ。 2mを超える長身と巨大な太鼓腹、白皙で無毛の異様な風体、誰に対してもバカ丁寧な態度と物言いを忘れない彼は、 行く先々の文明が抱える環境課題に過激な解決策を提示し、その対価として法外な報酬を要求する宇宙一あこぎな商人となった。 そんなタフの冒険を描く連作集。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
巨大な宇宙船が飛び回りエキゾチックな世界と奇想天外な生物が次々に姿を現す エンターテインメントに徹したSFではあるが、一筋縄ではいかない。 派手な戦闘があるわけじゃなく、世界の秘密が明らかになるわけでもない。なにより主人公がカッコよくない。 いやらしくも巧みな弁舌で、主人公が様々な人々を手玉にとる痛快さが身上というヒネクレ具合がよい。 そして、シリーズの中核をなす、人口の幾何学的増加に苦しむス=ウスラムを巡る3編が白眉。 タフは何度かこの世界を訪れ、食糧危機を先延ばしにする新食材とともに、 ス=ウスラム人には受け入れがたい根本的解決策を示し続ける。 ス=ウスラムの為政者は、神か悪魔になるがごとき重大な歴史的決断を迫られるのだが、 彼らの白熱した議論と、その選択を示すラスト1行の重さがズシンと来る。 タフには守るべき何かも、属する社会も持たない。己の商道徳を生真面目に貫くだけだ。 だからこそ、世界の1つ2つを容易に蹂躙できる権力の運営者たる資格を持つのだ。
神狩り2 リッパー 著: 山田正紀
徳間書店 2005年, 1900円, ISBN4-19-861990-5 作家生活30周年記念作品
1933年ドイツ某所。謎めいた連続殺人犯の少年(?)が幽閉された地下室の前で、 ナチス総統ヒトラーと哲学者ハイデッガーは荘厳な監獄に押し込められた人類のヴィジョンを視る。
1980年韓国光州。島津圭助は、韓国で発見された「古代文字」をはさんで民衆神学の指導者と妬む神に関する議論を 闘わせるのだが、折しも始まった光州事件に巻き込まれそうになる。
21世紀初頭、中朝国境。北朝鮮の収容所から善圀生と邪龍道という2人の少年を救出する依頼を受けた フリーの密輸業者の安永学は、中国密輸組織との接触場所にいた。 そこに現れた依頼主は、あてどない闘争と容赦ない老いに全てを削り取られ敗残者となりはてた島津圭助。 しかし、少年達の引き渡し時に交渉は決裂、戦闘の末、安と島津は少年の一人を見失う。
それから数年後、日本。連続一家惨殺事件を捜査する刑事西村。 母親を殺した少年への復讐を止めさせた牧師富樫と暮らす理亜(実は島津の落とし胤)。 自閉症の邪龍道少年を素材とした実験を通じ言語と脳の関わりを解明し神に迫ろうとする研究者江藤。 そして安。彼らの運命は、「迎賓館化粧品」の運営する少年刑務所病院と教会へと手繰り寄せられる。 そこでは「リッパー」なる赤にして赤でない未知の成分を開発しているらしい。 そしてそれは人間の認識を変容させ神に近づける何かであるようなのだ。 脳は現実の世界を人間から隠蔽するための器官であり、その編集・脚本機能を外部から操作する神が またもや人間を悲惨な状況に追い込もうとしている。 神の支配から人類を解放する島津の闘いを知らずして継いだ4人は、人間には隠された世界の実相から舞い降りる天使達と、 そして神そのものに立ち向かっていくことになる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
『神狩り』から実に30年。非常にシンプルな構造の前作と比べると、カットバックの多用、 複数視点による物語進行、大量に投入された擬似科学理論、そして前作に数倍する分量と、複雑性は増している。 一方、物語としての整合性をあえて随所で綻びさせたようにも思える荒々しさも特徴だ。 実は、本書で並べられるアイデア(脳は人間の為のものではない、等)は、 過去の作品の中でも使われてきたものではあるのだが、それらがようやく収まるべき所に収まった印象を受ける。 前述の通り小説としては粗が目立つ(目立たせている?)ものの、非常にパワフルな山田SFの集大成だ。 前作の純粋で鋭い怒りに満ちた島津もそうだったが、本書の老いさらばえて、しかし い汚く這いずりながら生き抜き戦い続ける島津も、やはり作者の自己投影なのだろう。
イカした言葉 「さあな。人が人から隠れようとするのは何かやましいところがあるからだろうよ。 『神』にしたって同じなんじゃないかな。」(p24)
神狩り 著: 山田正紀
ハヤカワ文庫 1976年, 560円, ISBN4-15-030088-7 全能の神よ、正体を見せろ!
情報工学の若き天才、島津圭助は弥生初期の石室で発見された「古代文字」の解析を開始した。 大学での地位を失いながらも没頭する彼を、CIAらしき組織が拉致し研究の続行を強要する。 やがて明らかになるのは「古代文字」の、わずか2種類の論理記号と13重に入り組んだ関係代名詞という構造。 それは人間が扱い得る言語ではない。その後突然解放された島津は、彼を拉致した組織のメンバーでもあった 若き華僑、宗の手引きで、元神学者の芳村老人、霊能力者の理亜と出会う。 芳村老人は、島津もうすうす感じていたとおり「古代文字」は神の言語であること、 さらに、神は人間に悪意を持っていることを語る。 本来、神から自立した社会を作ろうとしていたイエスの教えをねじ曲げ、 虚ろにして壮大な支配体系であるキリスト教を造り上げたのも人間を嘲笑する神の仕業だという。 芳村老人の導きにより、島津は、人間が真に自由な存在となる為の勝ち目のない戦いに身を投じるが、 手の届かない高みに鎮座する神の妨害により、芳村老人も理亜も宗も命を落としていく。 全てを失い、官憲に追われる身となっても孤独な闘争を続ける島津は、 神との戦いの不毛さを訴え神が人間に仕掛けた罠である「古代文字」の消去に身を捧げる 霊能力者ジャクスンと対決し、やはり神の犠牲者であった彼を倒す。 そして、神が焦る幽かな手応えを頼りに、彼は人間の尊厳をかけて荒野を進む。
統合人格評 ★★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★
僕がこの小説を初めて読んだのは中学生の頃だった。そのとき受けた衝撃の感触は未だに残っている。 それまでに読んだどの物語にもない、世界そのものに対する激しい怒りに打ちのめされた。 僕たちを統べる「体制」が所与の環境ではなく、対立することのできる、そして塗り替えうる何かであることもこの小説で知った。 もちろん、この若く未成熟な小説の遠景には1960年代後半の「あの時代」の熱があることは言うまでもない。 思えば、僕が大人の読者になる契機となった一冊だったと思う。 その後、何度か読み返した本書だが、30年の時を経て続編が書かれたこともあり、10年ぶりくらいに手に取った。 改めて見れば、ストーリーはシンプルだし、感傷が過度にすぎるきらいがないわけではない。 しかし23歳の若者の激情を見事なヴィジョンに載せた本書は、紛れもなく日本SF史に輝く傑作なのだ。
イカした言葉 「ひとりの青年の天才と真実を、そんな風にねじ曲げてしまう《神》のユーモアを、 私は憎悪する。」(p88)
死影 (原題: The Straw Men) 著: マイケル・マーシャル (Michael Marshall) / 訳: 嶋田洋一
ヴィレッジブックス 2005年(原典2002), 880円, ISBN4-7897-2558-8 「地獄のように恐ろしい」スティーヴン・キングが恐怖に震えた驚愕のラスト
事故死した両親の葬式の為に故郷に帰ってきたホプキンスは、 自宅で、「私たちは生きている」という両親が残したメモと、奇妙なビデオテープを発見する。 ビデオには若い頃の両親が子供を置き去りにする場面など幾つかの断片が収められていた。 CIAで同僚だったボビーと調査を始めた彼は、ビデオの中から「ストローメン」という謎めいた言葉を拾い出す。 次第に明らかになる両親の生活の影にあった何か。 そして、ビデオの一場面が、億万長者達の秘密の居住地〈ザ・ホールズ〉で撮られたことも分かってきた。
一方、追っていた少女連続殺人犯「アップライトマン」に愛娘を誘拐された過去を持つ元刑事ザント。 犯人が活動を再開したことをFBI捜査官ニーナに知らされた彼は、ニーナとともに執念の追跡を開始する。 やがて、ホプキンスとザントの捜査が交差するとき、彼らの事件のみならず 頻発する理解不能な銃乱射事件をもつなぎ合わせる底知れぬ闇がグロテスクな姿を現す。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
邪悪な妄想を抱え、それを実行する力と隠し通す正気を持った超大金持ちほど タチの悪い存在はそう思いつかない。 カネのためでもなく、宗教や革命思想に基づくメッセージでもなく、ひたすらに闇に潜んで 行われるおぞましい犯罪行為には、石をめくった湿った地面にうごめく虫を見つけたような嫌悪を感じさせる。 それだけではありふれたサイコ・サスペンスでしかないのだが、本書はその狂気の規模が尋常ではない。 人類に対する陰謀にまで膨れ上がった歪みが本書の不気味さを際だたせている。
作者は『オンリー・フォワード』や『スペアーズ』など独特のSF(系)小説を書いている マイケル・マーシャル・スミスの別名義。
イカした言葉  その理由は誰にもわからない。(p146)
魔地図異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2005年, 838円, ISBN4-334-73865-6 〈異形〉史上初! 海外の幻想作家が参戦。
第32弾。今回のテーマは「地図」。 日本でおそらく初紹介のイタリアのD・マーナの作品、一般公募から選考された2編を含む19編。
統合人格評★★★★ / SF人格評★★★ / ホラー人格評 ★★★
ヒトを象った「人形」に宿る霊性は様々な物語を生んできた。であれば、世界を象る「地図」、 より高位の象徴を宿すそれは、異形の物語の豊壌が約束された主題と言えるだろう。
あまり意識したことがなく意外にも感じたテーマだが、読んでみれば腑に落ちた。 想像力の沃野から生み出された物語がそろうアンソロジーとして成功している。 大槻ケンヂの「モモの愛が綿いっぱい」は泣ける。
May, 2005
覚醒者 著: 友成純一
光文社文庫 2005年, 571円, ISBN4-334-73575-4 ホラー界の魔王、ついに降臨!
福岡を突然襲った謎の地震。ライターの岩本は仕事仲間のイラストレーター三神のことが気にかかる。 それに先立つ日々。
かつて重度のアル中であった三神は、岩本と働くうちに再び酒におぼれ、譫妄状態を経験する。 そして、幻覚の向こうに見えた奇怪な南の島と異様な住人達に呼ばれるように、インドネシアにハマり込んだ。 そこは終戦時に彼の祖父が不可解な失踪を遂げた地でもあった。 一方、福岡に急に増え始めたホームレスと彼らを支援する怪しげな団体の取材をする岩本は、何かが起こりつつあることに気がつく。 正史には現れない海洋漂泊民族がつなぐ東南アジア。その一角をなす九州で起こった謎の地震は 恐るべき古いモノどもが復活するのろしであったのだ。
統合人格評 ★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★★★
作者の個人的体験とクトゥールー神話と南洋怪奇譚と異民恐怖を 5:2:2:1で混ぜ合わせてできあがった話。 クトゥールー神話をモチーフにしているが、和風・アジアンなテイストの奇妙な混淆。 実は何も始まっていないうちに、ぶった切られた結末に唖然とするのだが、 これでは続編が有るのか無いのかもよく分かりません。
イカした言葉 「またあの頃のように、幻覚に襲われるほど飲めたら、楽しいだろうなあ」(p96)
幻想と怪奇 ポオ蒐集家 / 宇宙怪獣現わる / おれの夢の女 編: 仁賀克雄
ハヤカワ文庫NV 2005年(初 1978), 各740円, ISBN4-15-041077-1/4-45-041079-8/4-15-041081-X
1974年に編まれたアンソロジーの新装版。 マシスン、ブロック、ハイスミス、ブラッドベリらの「奇妙な味」の名短編が38編
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
ちょっと懐かしい気分に浸りながら読みました。 ホラー寄りの「奇妙な味」の作品が多く、王道のホラーとは文法が異なる、まさに奇妙な読み心地。 『トワイライト・ゾーン』を思い出すね、うん。
ロシアン・ルーレット 著: 山田正紀
集英社 2005年, 1800円, ISBN4-08-774731-X 本当に恐ろしいことを教えてやろうか。
刑事、群生は殺人現場で被害者の幽霊を見る。 その幽霊、霧子に誘われるままにバスに乗り込んだ群生は、乗り合わせた客達の過去を幻視する。 霧子は、このバスが事故にあうこと、そして、無垢な者だけが助かることを群生に告げる。 しかし、乗客達の過去はどれも痛ましくおぞましいものばかりなのだ。 だが、彼には霧子の存在や実際には声も交わしていない乗客達の「過去」が自分の幻覚かもしれないという疑いも拭いきれない。 群生は、なぜか朦朧とする記憶と乗客達の物語の迷宮をさまよい続け、そして、自分が犯した罪へと近づいていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★★
現実と幻想の境界を泳ぐ物語。どのエピソードも実に嫌な感じで、これらのパッチワークにより、 人の業の深さをリアルならざるリアリティを以て浮かび上がらせた物語となっている。 その意味で、下に紹介した作者の試みは成功している。 こちら系の山田作品は最近あまり調子が良くなかったと思っているのだけれど、今作はグッドです。
イカした言葉  ジャンルに拠らないこうした小説で、唯一、頼りにすべきは、現実のリアリティではなしに、 小説内でのリアリティ — ただそればかりといっても過言ではないでしょう。(p316 後書き)
April, 2005
ララバイ (原題: Lullaby) 著: チャック・パラニューク (Chuck Palahniuk) / 訳: 池田真紀子
早川書房 2005年(原典2002), 2100円, ISBN4-15-208623-8 「警告:僕の最新作『ララバイ』は君が読む最後の本になる!」 チャック・パラニューク
新聞社に勤める僕は、乳幼児突然死症候群の取材を進める内に、 赤ん坊が死んだベッドの傍らに、いつも同じページを開いた同じ本があることに気がつく。 そこに収められていたのは「間引きの歌」。試しにその詩を読み聞かせた嫌な上司は突然死を遂げる。 さらに、ふとした弾みで頭の中を巡る詩が見も知らぬ人々の命を奪うにいたって、 強力な呪文である「間引きの歌」が掲載された本の全てを秘密裏に処分することを決意する。 そして、取材で知り合った幽霊屋敷専門の不動産業者ヘレン — 「歌」により子供を失いその秘密を知った女性 — と、 その秘書でオカルティストのモナ、モナの恋人で皮肉屋の環境主義者オイスターの4人で本を探す旅に出る。 子供を亡くした親たちを訪ね、図書館を巡る果てのない行程。しかし、制御不能な究極の権力の破棄を願う僕、 権力の独占を望むヘレン、権力への参加を求めるモナとオイスターという「家族」関係は 始めから破綻することが運命づけられている。 集中発生した謎の突然死を追う警察は僕を重要参考人として探している。 家族の喪失に関わる誰にも言えない過去を抱えた僕の旅は、途方もない混乱の果てに、 タブロイド紙の奇跡を追う「今」へとつながっていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
パラニュークは暴力を描く作家だ。暴力といっても、表層的な破壊行為ではなく、 他者に強制する影響力としての暴力だ。本作は魔法を扱うファンタジーで、 死の呪文という究極の純粋暴力を題材とすることで、その方向性がより強調されている。 手に入れた者は誰でも絶対権力者となれる「間引きの歌」と、これを持つ者と持たざる者の対立は、 核軍事力とか貧富の格差とか家族関係における父権とか、現実世界の覇権的なあれこれの暗喩となっているわけだが、 過度なパワーは独占されても開放されても混沌しかもたらさない。 それを、理性的に、もしくは節度をもって使用できると考えることは幻想に過ぎず、 ここに現代社会の不安があることを示す物語だ。
イカした言葉  フロントガラスには、水でできた小さなコンタクトレンズが散っている。雨が降り出していた。(p196)
ホミニッド — 原人 — (原題: Hominids) 著: ロバート・J・ソウヤー (Robert J. Sawyer) / 訳: 内田昌之
ハヤカワ文庫 2005年(原典2002), 920円, ISBN4-15-011500-1 ヒューゴー賞受賞!
量子コンピュータの実験中に発生した事故で、物理学者ポンターは平行宇宙へと飛ばされた。 そこは、遙か昔に滅んだはずのクロマニヨン人から進化した人間達が文明を築いた世界。 ネアンデルタール人ポンターはこうしてこの世界にやって来た。 厳格な産児制限により少数の人口を維持し、環境に融け込んだ狩猟採集社会を営むネアンデルタールの目には、 密集し、無秩序で、不合理で、暴力的に映る人間社会。 ポンターは元の世界への帰還を半ばあきらめ、そんな社会に何とか適応しようと試みる。 また、突如として現れた奇跡の存在に騒然となった世間から彼を守る科学者達との心の交流は次第に深まっていく。
一方、ネアンデルタールの世界では、ポンターの公私両面でのパートナーであるアディカーがポンター殺害容疑で告発されていた。 被告として行動が制限されるアディカーは、ポンターの生存を信じ、事故の起こった状況を再現し彼を救出し無実を証明するために、 現場である研究所へ潜入しようと必死の策略をめぐらせる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
はっきり言って内容は薄いし、いい人ばかりが出てくる甘アマの話なのだけれど、 どこかホッとする甘さではある。下にある『ソラリス』の思弁性とは全く逆で、 異世界の住人とのコミュニケーション可能性は当然のものとして描くのがソウヤーらしいところ。 で、この話は言って見れば『ガリバー旅行記』(または『スター・トレック』?)で、 異質の社会と対比し、異質な視点を通して自分たちの社会を振り返るというものなのだが、 決してこの世界を批判しているわけでもない。こういう世界もありだよね、 という相対化・客観化の視座に立っていて、ちと教育的な匂いがするのだ。 本編ではこちら側の地球を知らないネアンデルタール達だが、続編では多分、両世界が衝突だか交流だかを始めるんでしょうな。 どうしよう、3部作の続きは出ても読まないかも。
イカした言葉 「わたしたちにとってはいいことかもしれないわね。命がどれほど貴重なものであるかを思い出す機会になるから」 「あなたたちにとって、それは明白なことではないのですか?」(p312)
ソラリス (原題: Solaris) 著: スタニスワフ・レム (Stanislaw Lem) / 訳: 沼野充義
国書刊行会[スタニスワフ・レム・コレクション] 2004年(原典1961), 2400円, ISBN4-336-04501-1 コンタクト — 地球外の知性体との遭遇について描かれた、最も哲学的かつ科学的な小説。 広大無辺な宇宙空間において、理解不能な事象と愛の記憶に直面し、人は何をなすべきか。
全表面を生きている海が覆う惑星ソラリス。自らの軌道をも制御するその存在は、 遠い宇宙へ進出し数多の世界へ到達した人類にとっても想像を絶するもので、百家争鳴の研究が続けられてきた。 しかし、海とのコミュニケーションどころか、その知性・意識の在りようすら全く解明できず、ソラリス研究は衰退しつつある。 謎の異変に見舞われ荒廃したソラリス・ステーションを心理学者のケルヴィンが訪れたのはそんな頃。 リーダーのギバリャンは死んだというのだが、何かを隠し怯え引きこもる残された研究員達の話は一向に要領を得ず、 業を煮やすケルヴィンの前に死んだはずの恋人ハリーが姿を現す。 それはソラリスの海が彼の記憶から造り上げた偽物で、そのことに恐怖し何とか廃棄するものの再びハリーは現れる。 生前の姿そのままに振る舞う彼女に、ついには心を許すケルヴィン、そして、 自分が自分でないことに気がつき、死ぬこともできないことに絶望するハリー。 他の研究員達も同じように極めてプライベートな過去に束縛された状況にあるのだが、 それをもたらしたソラリスの海の目的も意思も相変わらず不明のまま。 彼らは、何とか海との意思疎通を図り事態を打開しようと試みるのだが...
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
最重要な古典・名作なのに未読だったのだが、ポーランド語からの直接翻訳の本書で初体験。 異なる知性との遭遇はSFの主要な題材ではあるが、地球上での文明の交流・衝突のメタファーであることが殆ど。 SF界随一の賢者レムは、これを超え、絶対的にコミュニケーション不能な他者との「相互作用」を冷めた筆で描き出す (他者を理解する努力ができない人には、現実のメタファーとして読めるかもね)。 この物語にラブストーリーを読み取る向きもあるが、僕の目には単なるロマンチックな誤読に見える。 同じ状況に置かれたら同じように受け入れてしまうとは思うけれど、やはりこれは 絶望的なまでに理解不能な存在が作り出した、ある種おぞましいシチュエーションで、 永遠の愛みたいな言葉を投影するのは躊躇してしまう。
いずれにせよ最高に知的な物語。ようやく義務を果たした感じ。
イカした言葉  「すでに起こったことは恐ろしいかもしれないが、一番恐ろしいのはじつは…… 起こらなかったことだ。決して起こらないことだ。」(p117)
March, 2005
ゴースト・ストーリー (上/下) (原題: Ghost Story) 著: ピーター・ストラウブ (Peter Straub) / 訳: 若島正
ハヤカワ文庫NV 1994年(原典1979), 640円/680円, ISBN4-15-040737-1/4-15-040738-X
アメリカの田舎町ミルバーンの名士5人からなる“チャウダー協会”。 1年前、ある女優を招いて行われたパーティでメンバーの一人ワンダレーが自殺して以来、 恐ろしい予感に囚われていた残りのメンバーは、町の牧場で起こった家畜殺害事件を契機に、 ワンダレーの甥で作家のドンを町に呼び寄せる。 ドンの著作に現在進行中の何かと共鳴するものを感じ取った彼らは、ドンが事態を打開してくれるのではと期待したのだ。 謎めいた女学生アルマとの恋愛が悪夢的に変容し、ついには彼女との関わりで兄が自殺するにいたった経験を 小説にした彼がミルバーンを訪れたのは、協会メンバーの医師ジョンがまたもや謎の自殺を遂げた後だった。 やがて、アルマとも関わりのあるらしい奇怪な兄弟が町に姿を表し、 冬に閉ざされる町は一人の魔性の女を中心に、ゆっくりと朽ち始める。 そんな中、協会のメンバーは50年前に犯した罪をドンに告白するのだが、その被害者は実は人間ではなかった。 全ては人々の想像力に棲む人外の存在が50年かけて関係者に仕掛けてきた復讐だったのだ。 満身創痍の彼らは到底かなわない敵に立ち向かうべく、雪に閉ざされた町を行く。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
思い出したように本棚の奥から引っ張り出してきたモノ。 非常に良くできたゴーストホラーで、正体不明の怪異が町を閉ざし締め付けてくる恐怖のムードの盛り上げ方が絶妙にして巧妙。 今、『JUON』などジャパニーズホラーがアメリカで受けているが、その精神的土壌のエッセンスと言えるでしょう。 作者の代表作の一つ。
イカした言葉 「やあ」彼は言ったが、その声はジムのものではなく、人間の声でもなかった(下p169)
February, 2005
ラヴクラフト全集7 著: H・P・ラヴクラフト (Howard Phillips Lovecraft) / 訳: 大瀧啓裕
創元推理文庫 2005年, 700円, ISBN4-488-52307-2 文庫版全集、ここに完結
ラヴクラフト全集がついに完結。ダンセイニ風のファンタジイや初期作品などを収録。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
書店で本書を見つけたとき、あれ、まだ終わってなかったの? と思ったもので、 何しろ、文庫版第1巻の発行が1974年で、第6巻が1989年だからね。 巻末の訳者による作品解題を見れば、これだけの時間がかかった苦労に頭が下がる。 しかし、当巻に掲載されているのは、むしろ資料的価値のみの作品ばかりで、 それぞれを独立して読むなら、思わせぶりでくどい表現ばかりでそんなには面白くない。 まあ、全集の最終巻というのはどうしても落ち穂拾いになってしまうものか。
魔法 (原題: The Glamour) 著: クリストファー・プリースト (Christopher Priest) / 訳: 古沢嘉徹
早川文庫FTプラチナ・ファンタジイ 2005年(原典1985), 920円, ISBN4-15-020378-4 読者は感嘆の声を挙げずにはいられないだろう。実に摩訶不思議な読み応えのある傑作だ。法月綸太郎氏絶賛
爆弾テロで大怪我を負い療養生活を送る報道カメラマンのグレイ。 彼を訪問した美女スーザンは二人が恋人であったと告げるのだが、 事件に先立つ数週間の記憶を喪失しているグレイには彼女の覚えはない。 やがて、催眠療法などにより次第に記憶は戻ってくる。 南仏旅行での運命的な出会いと、蜜月の旅路。しかしスーザンの昔の恋人ナイオールの影が二人の関係を破綻させてしまう。
話は替わってスーザンの独白。彼女の語るのは不可思議な「魅力的な」人々の世界と グレイとの出会いに関する奇妙に異なった物語。 エキセントリックな文学青年ナイオールを見えない中心として話は変調を重ねていく。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
稀なる傑作。美しいラブストーリーとして始まる物語だが、 読み進めるうちに、リアルに見えた世界はたった一文で崩壊する。 それまで住んでいた世界が、実は書き割りであったことが分かるような幻惑感を読者は何度も覚えることになる。 重層的な奇想が奇跡的なバランスで組み上げられた小説で、それが故に内容を紹介することはほとんど不可能。 上の粗筋も踏み込みすぎかも... 全ての小説好きはこの極限の騙りの技を堪能すべし。 同じ作者のやはり技巧的ファンタジイである『奇術師』 よりはこちらが好きだね。
イカした言葉  「ナイオールは魅力的なの」(p179)
January, 2005
アバラット2 (原題: ABARAT Days of Magic, Nights of War) 著・画: クライブ・バーカー (Clive Barker) / 訳: 池央耿
ソニー・マガジンズ 2004年(原典2004), 2800円, ISBN4-7897-2414-X いま、決戦のとき、イザベラ海に船を出せ!
『アバラット』の続編。
ミネソタの退屈な田舎町チキンタウンから異世界アバラットへとやって来た少女キャンディは、 アバラットの闇を統べる真夜中の王キャリオンの手勢に執拗に追われ、 数々の危機をくり抜けながら、異様な風土と生命に彩られた夢幻の島々を巡る。 友人マリンゴとも別離し、ひとり彷徨うキャンディは、自分の裡にある魔術的存在と アバラットの運命に関わる自らの出生の秘密を知る。 そのころ、現実世界ヒヤアフターのチキンタウンでは、住民の間に奇怪な噂が広まる。 海から遠く離れた内陸のこの町を津波が襲うというのだ。 そして、仲間と再会を果たしたキャンディは、故郷への帰還を心に決め、 アバラットとヒヤアフターを隔てる海へと船を出すのだが、キャリオンとその祖母の凶悪な老婆 メイヤー・モトリーも彼女たちを追い、巨大な津波とともにチキンタウンへと襲来する。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
面白くなってきた。お子様向け逃避系ファンタジーの色彩は相変わらず強いが、 そこは何と言ってもクライブ・バーカー。極彩色の悪夢のような世界が、 混沌と喧噪に満ちた世界が、流麗な筆致と作者自身の絢爛なイラストで紡がれる。 キャンディを助ける「善」側の登場人物たちより、悪の権化キャリオンを始めとする 「極悪」側の人物造形の何と魅力的なことよ。 まだまだ物語は続くので、まとまった評はそこでしましょうかね。
イカした言葉  「死者は花々だと思え」「花、ですか……?」 「うん。今、お前が聞いているのは、花に集まる虫の羽音だ」(p109)
アジアの岸辺 (原題: The Asian Shore) 著: トマス・M・ディッシュ (Thomas M. Disch) / 編: 若島正
国書刊行会〈未来の文学〉 2004年, 2500円, ISBN4-336-04569-0 最高に知的で、最高に意地悪な作家、トマス・M・ディッシュ。 洗練された奇想と黒い笑いに満ちあふれた短編群を初めて集成!
SF界きっての知性派ディッシュの日本版オリジナル短編集。 収録作は、「リスの檻」(1966)、「アジアの岸辺」(1970)等、70年代を中心とした13編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★
僕がまだ駆け出しのSF読みであった中学生の頃、ディッシュの名前は、 よく分からないがカッコいい(らしい)小説を書く作家というイメージで、実はほとんど読んだことはなかった。 その後、ニューウェーブとかいった言葉を知るようになっても、やはり彼の小説に触れる機会は少なかった。 今回、国書刊行会のシブい選択で取り上げられたのでようやくまともに読んでみたような次第。 でも正直に言えば、ここまで誉めそやすほどかというと、それほどでもないような..