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小説評論もどき 2004年下半期 (19篇)


私の読書記録です。2004年7月-12月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のアオリコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2004
煙か土か食い物 著: 舞城王太郎
講談社文庫 2004年, 552円, ISBN4-06-274936-X 小説界を席巻する「圧倒的文圧」を体感せよ!
アメリカで腕のいいER外科医として忙しくしている俺、奈津川四郎のもとに、 福井にいる母親が何者かに殴打され意識不明の重体になったという連絡が入った。 急遽帰国した俺は、故郷の町で連続主婦殴打事件が進行中であることを知る。 旧友達を強引に巻き込み事件の謎を追い始めた俺は、犯人の仕掛けた暗号を軽々と解読しながら、 地元の名家だった奈津川家の記憶を振り返る。優秀な政治家だが家では絶対君主であった父親。 それぞれが優秀な能力と際だった暴力性を備えた兄弟達の中でもひときわエキセントリックで凶暴であり、 父親との凄絶な確執の末、幽閉された自宅の蔵から姿を消した次男、二郎。 様々なモノを掻き乱しブチのめしながら真相に迫る俺は、家族の絆と事件との不思議な関係にも近づいていくことになる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★
文庫化がきっかけの舞城王太郎初体験で既に確立された評価に今さら何か言うのも マヌケな気はするがとにかく何か言ってみることにする。
悪文ではあるその文体も破天荒な人物構成も破綻寸前のストーリーも全てが圧倒的なパワーとスピードで輝いている。 リアリティなどぶっ飛ばせ。主人公が冒頭、自分を神に例えるのだが、まさにこれは神話なのだ。 これは家族のドラマではなく、凄惨な親殺し・子殺しなど唐突で劇的なエピソードで構成された ギリシャやローマ神話同様の物語なのだ。 したがって奈津川家の神々以外の登場人物達は彼らの前では土塊のごとき存在でしかない。 そして例えそれが有刺鉄線とボルトでくくりつけられたものであっても神々の絆は強く、切り離すことはできないのだ。
イカした言葉  誰にでもは無理だが、そもそも本当に誰にでもできるものなどはないんだ。 食事だって排泄だって睡眠だって呼吸だって、できない奴にはできないのだ。(p6)
妖女異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2004年, 857円, ISBN4-334-73806-0
通算31作目。「妖女」をテーマとする19編。大槻ケンヂが初参戦。
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★★
「女」は僕らにとって最も身近でありながら最大の謎だったりするわけで、 したがって古来より数多のホラーや幻想小説が描こうとしたテーマでもある。 異形コレクション1巻目が『ラヴ・フリーク』であることとの周期性は編者の井上氏も意識しているのだろう。 冲方丁の「まあこ」が怖い。
蠅の女 著: 牧野修
光文社文庫 2004年, 476円, ISBN4-334-73808-7 迫り来るカルト教団の魔手! 頼れるのはもう悪魔しかいない —。
オカルト話のネット仲間と廃病院での夜のピクニックを楽しんでいた城島は、 光る男を地面から掘り出す謎の女達を目撃する。明らかに人外である彼らに執拗かつ奇怪な攻撃を受け、 城島の仲間達は一人また一人とおかしくなり姿を消していく。 攻撃者が「救世主」を奉る死後復活者の集団であると知った城島達は悪魔ベルゼブル(蝿の王)を召喚する儀式を行うが、 そこに現れたのは蠅と名乗る若い女。 おぞましい救世主との長年の因縁を語る蠅は、ハエを使役し、復活者の腐肉を嬉々としてすする。 契約により蠅に守られる城島は、彼女と連れだって救世主を葬る為に荒廃した公団団地へ向かう。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
牧野さん、手を抜きましたね。いつもの実にイヤーな描写や、悪夢のごとく歪んだ世界構築が控えめで、 緊迫感があまり感じられない。次作に期待。
イカした言葉  「人を呼び出しておいて、やってきたら名前を聞くわけ?」(p250)
万物理論 (原題: Distress) 著: グレッグ・イーガン (Greg Egan) / 訳:山岸真
創元SF文庫 2004年(原典1995), 1200円, ISBN4-488-71102-2 宇宙を統べる究極の物理学理論。恐るべき未来世界。ハードSFの粋
「人間性」を踏み越え掻き乱す過激なバイオテクノロジーの取材に神経をすり減らした 科学ジャーナリスト、アンドルーは、南太平洋の人工島ステートレスで開催される物理学会議を訪れる。 アインシュタイン没後100周年を記念して行われるこの会議では、 全ての自然法則を包括的に記述する万物理論について、3人の科学者がそれぞれ別個の学説を発表する予定であり、 アンドルーはそのうちの一人、モサラを題材にしたドキュメンタリーを制作することになっていた。 科学が世界の全てを把握し支配することに反対する様々な「無知カルト」も集結するステートレスで、 アンドルーは謎の人物アキリから、モサラに身の危険が迫っていることを告げられる。 宇宙は説明されることで形作られるとし、ある個人〈基石〉が宇宙の基盤となれるだけの強力な理論を完成した瞬間を 核として全てが創出されると信じる秘密団体「人間宇宙論」グループの一派が、 独自の理論/信念に基づき〈基石〉最有力者のモサラの命を狙っていることが明らかになってくる。 生物テロの巻き添えになり、さらに、特許の不法使用によって形成されたテクノ解放主義者の楽園ステートレスを 崩壊させようと国際企業体が送り込んできた傭兵軍の襲撃による混乱の中で、アンドルーは中立のスタンスから一歩踏み出す。 そして、宇宙のあり方を大きく変えてしまう(かもしれない)万物理論はいよいよ完成の時を迎えようとしていた。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 ★★
この評を書くまでに2回通読した。人間宇宙論そのものは奇抜とはいえSF読みにとっては 目新しくはないのだが、そのセクトである主流派・穏健派・過激派の思想・目的が視点が変わるたびに激しく変わり、 読者は目眩がするほど引きずり回されることになるのだ。通勤読書での一読ではきちんとついて行けなかった。 しかし、ツッコミどころは多数。やはり気になるのは、全宇宙を巻き込む大仕掛けが地球人類の領域で起こるところで、 それなら10億年も前にどこかの異星文明が万物理論を完成していて、そこで全て終わってるハズだよね。 それに、人間宇宙論は結局のところ、コトが起こるまでは原理的に実証不可能な「信念」であり、 これに基づいてテロリズムを実行する組織というのもちょっと根拠薄弱だと思う。 宗教的な洗脳とかやってなさそうだし。 まあ、そういうところを引っくるめた強引かつ奇想天外な理論展開がイーガンの持ち味であり醍醐味であるのだけれど。
イカした言葉  武器をもちこもうとされるかたは無断でどうぞ。当方も無断で破壊させていただきます。   ステートレス空港組合 (p157)
November, 2004
鎮魂歌 [レクイエム] (原題: Requiem) 著: グレアム・ジョイス (Graham Joyce) / 訳:森下弓子
ハヤカワ文庫FT 2004年(原典1995), 840円, ISBN4-15-020364-4
不慮の事故で妻ケイティーを喪ったトムは、勤務先の高校でおこった出来事をきっかけに教師を辞め、 昔の恋人のシャロンが住むエルサレムを訪れる。 そこで出会ったのは、15年も安宿に閉じこもり死海文書を隠すユダヤ人の老人や、 壁に秘密の暗号を書き残しては消える謎の老婆の幻覚(?)。 老人から死の間際に死海文書を託されて途方にくれるトムは、セラピストのシャロンの友人で、 彼女の患者でもあった学者アフマドに解読を依頼する。 自らの罪と、人に取り憑くジンの存在を語るアフマドは、トムにもジンが取り憑いていることを告げる。 妻を裏切り、死に追いやったと感じ罪悪感に囚われるトムだが、シャロンにもそれを告白しようとせず、 次第に鬱積する彼の思いは、様々な形で何かを伝えようとするケイティーや、 謎の老婆(実はマグダラのマリア)の幻覚となって現れ、ついにはシャロンまでもその幻覚を共有していく。 一方、アフマドにより解読が進む死海文書は、キリスト教の成立に際して仕組まれた欺瞞を暴いていくことになる。 キリスト教徒のトム、ユダヤ人のシャロン、アラブ人のアフマド、それぞれのジンは エルサレムの地から力を得るかのように強大になっていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★
ここで起きた出来事の全ては現実の枠内で起きている。 報われぬ想いが凝固したジンの存在は、心理学用語で説明できるものだし、登場人物達もそのことは自覚している。 それでも、それを主観として語るとき、そして描写の手法を選べば、世界はたちまち幻想の支配する異界になってしまうのだ。 エルサレムの土地柄もあるのかもしれない。
読中にアラファト氏が危篤となり、ついには亡くなってしまったのは何か不思議
イカした言葉  自分自身というものは、すべてのなかで最悪の裁判官だから」(p381)
October, 2004
フランケンシュタイン
(原題: Frankenstein ; Or, The Modern Prometheus)
著: メアリ・シェリー (Mary Shelley) / 訳:森下弓子
創元推理文庫 1984年(原典1831), 1800円, ISBN4-488-53201-2
ストーリーをここに紹介するまでもない、名作中の名作。 最初に世に出たのは1818年だが、本書の底本は第3版。
統合人格評 ★★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
引き続き原点回帰。本書を手に取るのは多分3~4回目にもなるだろうか。 数限りない評論や解釈が尽くされたこの歴史的傑作に僕なんぞが新たな言説を付け加えることはできないが、 まあ少しくらいなら。
この物語が200年近い年月を経て生き続けているのは、文学的完成度などではなく(むしろ、それほどではない?)、 人類が共有する潜在意識の金鉱、そのど真ん中を掘り当てた功績の為。 作中で怪物は自分の絶対的孤独を嘆くが、彼の一族は現在に至るまで大いに繁栄し続けている。 そして思うのは、書かれた当時とのモラルの変化。 当時どのように読まれたか知らないが、現代の読者であればむしろ怪物の方に感情移入するだろう。 異質さ・醜悪さだけで排斥されることになる怪物だが、現代社会であればここまで無条件な拒絶をされることはない。 この物語は、おそらく更に200年を生き延びていくに違いない。 僕らとは異質のモラルを持つであろう未来の読み手は、ビクターと彼の怪物との相克をどのように受け止めるのだろうか。
影が行く 編・訳: 中村融
創元SF文庫 2000年, 920円, ISBN4-488-71501-X 底知れぬ恐怖13編
SFホラーの名作を集めた日本オリジナルのアンソロジー。 収録作は、「消えた少女」(R・マシスン)、「悪夢団」(D・R・クーンツ)、「群体」(T・L・トーマス)、 「歴戦の勇士」(F・ライバー)、「ボールダーのカナリア」(K・ロバーツ)、「影が行く」(J・W・キャンベル Jr.)、 「探検隊帰る」(P・K・ディック)、「仮面」(D・ナイト)、「吸血機伝説」(R・ゼラズニイ)、 「ヨー・ヴォムビスの地下墓地」(C・A・スミス)、「五つの月が昇るとき」(J・ヴァンス)、 「ごきげん目盛り」(A・ベスター)、「唾の樹」(B・W・オールディス)
統合人格評★★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ★★★★★
最近興味を引かれる新刊が無いので、このHPに取り上げていなかった昔の作品を再読。
未知なるものに対する興味と恐怖、人類文明を押し広げる2大原動力が物語として形をとった SFとホラーの混交する領域から選び抜かれた作品は1930年代~60年代の古いものだけれど、 いずれもその驚異と恐怖は古びていない名作と呼ぶにふさわしいものばかり。 表題作「影が行く」、アイデンティティの足場を揺らすディックの「探検隊帰る」が特に僕のお薦め。
ニューオリンズの白デブ吸血鬼 (原題: Fat White Vampire Blues) 著: アンドルー・フォックス (Andrew Fox) / 訳:大谷真弓
アンドリュース・プレス 2004年(原典2003), 1800円, ISBN4-901868-21-7 デブでなにが悪い!
ジュールズ・デュション、ニューオリンズでしがないタクシー運転手稼業を営む白人吸血鬼。 吸血鬼になりたての80年前は眉目秀麗な美青年で、第2次大戦時にはナチスの魔の手から母国を救う活躍もしたこともある。 でも、世界一の肥満都市ニューオリンズの住人の脂肪分たっぷりの血液のせいで、今や体重210Kg、糖尿病を疑い、 歩けば膝の関節が痛む超肥満体に成り果てている。 そんなある日、若い黒人吸血鬼マリスXが現れ街から出て行けとジュールズに迫る。 若造にバカにされてはと、色々駆け回ってもどんどん事態は悪くなるし、自分を吸血鬼にしたモーリーンを頼ってもお説教ばかり。 ついには長年暮らした家を貴重なレコードコレクションともども放火され行き場を失ったジュールズを見かねたモーリーンは、 かつてジュールズの相棒でその後仲違いした服装倒錯者の吸血鬼ドゥードゥルバグをカリフォルニアから呼び寄せる。 チベットの導師の下で修行した経験もある彼(彼女?)に、吸血鬼の秘密の能力開発指導をうける一方、 モーリーンとマリスXとの関わりもわかってくる。 マリスXのプレッシャーは次第に強くなり、親しい友人も次々に殺されていく。 すっかり自信を喪失したジュールズだが、自分が友人達に如何に愛されてきたかを、 そして、これまで吸血鬼として重ねてきた行為の罪深さを自覚し、マリスXの本拠地へ返り討ち覚悟の反撃に向かう。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
さて、吸血鬼モノ2連発だけど、こちらは中々に面白い。 ジョージ・アレック・エフェンジャーの創作ワークショップ出身の作者の、これが処女長編だそうで、 細部まで丁寧に趣向を凝らした好感度の高い作品。 コウモリに変身した後の吸血鬼の体重がどこへ行くかなんて、吸血鬼の生態にちなむ謎を引き出し伏線として活用するなど、 アイデアの処理が光る。過去の栄光にすがり、ダメな自分に落ち込む主人公の姿は情けなくも、なんとも心惹かれる。 ニューオリンズの夜闇の猥雑さを体現したこの小説には、退廃の香りは無いけれど、 これは市井に生きる吸血鬼の新しいスタイルだと言えるだろう。 どん底から立ち上がるジュールズの姿に、そして彼をダメなところも込みで愛し支える友人達(人間も吸血鬼も)の姿に泣ける。
イカした言葉  「ジュールズ、あなたはわたしやマリスXとちがって、質量に恵まれている。」(p349)
September, 2004
ネフィリム 超吸血幻想譚 著: 小林泰三
角川書店 2004年, 1600円, ISBN4-04-873554-3 血を吸うことを自らに禁じた吸血鬼
いつともしれぬ時代、どこともしれぬ街。 伝説の吸血鬼ヨブは人間の少女ミカを匿い、彼女との約束で吸血行為を封印している。 そんな折、ヨブとならぶ最強の吸血鬼の一人カーミラが惨殺される。 人間・吸血鬼を餌食とする謎の存在、追跡者(ストーカー)Jの仕業だった。 一方、吸血鬼の脅威にハイテク武装と組織的軍事力で立ち向かう人類の秘密組織「コンソーシアム」に属し、 最強の吸血鬼ハンターとして知られるランドルフは、カーミラに妻と娘の命を奪われた復讐に燃えていた。 そして、かつての因縁から対立するヨブとJがついに遭遇した時、本来の力を出せないヨブは軽くあしらわれ、 ミカをさらわれてしまう。その場に居合わせたランドルフはミカ救出の為にJの居城に向かったが、 Jを倒すべく集結した他の吸血鬼達をたやすく殲滅し取り込んで、Jはさらに強大な身体を作り上げていた。 その間に、ヨブはコンソーシアムから忌まわしい秘密兵器を手に入れ、これを装着してJとの対決へと向かう。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
吸血鬼という言葉から連想される闇の薫香はここにはない。 情緒もヘッタクレもないグロテスクな暴力・戦闘シーンと、 吸血鬼の能力や秘密兵器の性能を長々と説明するセリフだけで構成されている。 ストーリーは行き当たりばったりに見えるし、腑に落ちないエピソードも多く、有り体に言うなら物語として破綻している。 でも、作者は何か隠している気もするのだね。何しろ「ウ○○○マン」から『ΑΩ』を変造する小林泰三だから。 しかし、何かあるとしても、そのままでは物語が成立しないような暗号だらけにしてしまうのはどうなんだろう。 何と言っても、ミカとその双子の姉妹ルーシー(物語には登場しない!!)の正体が一切明かされない (天使長ミカエルと堕天使ルシフェルから取られた名前であることは想像がつくが)。 物語の始めの方でミカを追っていた人類・吸血鬼混成の組織の正体・目的も不明だし、ミカの血の力や、 ミカとJに何らかの関係があることは暗示されるもののそれっきり。 ヨブがミカの言葉で簡単に吸血行為を止めてしまうのも意味不明。 それから、登場人物の名前でミナ・ハーカーは『吸血鬼ドラキュラ』からで分かるとして、 ドロシー・ゲイルって何故に『オズの魔法使い』なの?  秘密の鍵があれば何か浮かび上がるのかもしれないけど、あー、なんとも座り心地が悪い読後感。
イカした言葉  「やっぱり、この武器は糞だ」(p250)
象られた力 著: 飛浩隆
光文社文庫 2004年, 740円, ISBN4-15-030768-7 洗練と幻惑の言葉によって象られた4つの伝説
10年間を超える沈黙の間もSFファンの間ではその名が記憶され続けていた伝説の作家、飛浩隆。 彼の名を伝説たらしめた、80年代に発表された4編を大幅に改稿した中編集。 収録作は「デュオ」「呪界のほとり」「夜と泥の」「象られた力」
統合人格評★★★ / SF人格評★★★★ / ホラー人格評 ★★
飛浩隆の紡ぐ言葉は端正だ。そして語られる世界もまた、美しい。 ここに編まれたのはどれも実は言語に関わる物語だが、その媒体はテレパスが人を支配する音楽であったり、 失われた種族が残した遺伝子であったり、世界を壊しうる「ちから」と「かたち」を操るシンボル図形群であったり、 宇宙そのものを形作る何かであったり、と五感の全てを駆使し超越する言語なのだ。 しかし、これらの言語を記述するには、活字で表現する言語では帯域が狭すぎる、という問題も内包してしまう。 それでも、多重のフィルタを通したこれらのイマジネーションは、読者の忘却を拒否する力強さに満ちている。
秘密結社の手帖 著: 澁澤龍彥
文春文庫 2004年(初出1966年), 571円, ISBN4-16-714007-1 歴史の陰に、秘密結社あり
薔薇十字団、フリーメーソン、KKK、マフィア、各種革命思想... 歴史の裏面を彩る各種の秘密結社の理論と行動と変遷を、膨大な知識をもって語ったエッセイ。 実に40年前の作の2度目の文庫化。
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★
小説ではないので、普通はこのHPでは取り上げないのだけれど、 僕の精神の棲息域に大いに入り込んでいるエッセイなので。
ああ、それにしても「秘密結社」。何と蠱惑的な響き。 現実世界ではあまり関わり合いたくない人達だが、彼らを突き動かす異様な熱狂は、 実際に世界の歴史および文化を大きく動かし、沢山の物語をも産み出してきた原動力の一つなのだ。 著者の喝破するとおり、秘密結社の成立は子どもじみた精神の産物ではあるが、それが故に僕らの好奇心を引いてやまない。 個々の組織の紹介が、時にあっさりしすぎなのが不満だけど、この紙数では仕方がない。
形見函と王妃の時計 (原題: The Grand Complication) 著: アレン・カーズワイル (Allen Kurzweil) / 訳:大島豊
東京創元社 2004年(原典2001), 3800円, ISBN4-488-01640-5 稀覯書、図書館、読解不能の速記法、さらには階級闘争!?
ニューヨークの図書館に司書として勤める〈ぼく〉の前に、典雅な老人ジェスンが現れたのが始まりだった。 稀覯本・器械仕掛けのコレクターの富豪であるジェスンは、〈ぼく〉を屋敷に招待すると、コレクションの一つである形見函と、 これにまつわる18世紀のある発明家の物語を示し、形見函の空の仕切りにかつて収められていた何かの探索を依頼した。 頑迷な管理者が目を光らせる図書館内からこっそり持ち出した書物から、 目的のモノがマリー・アントワネットの為に作られた複雑な機構をもつ懐中時計であることを知った〈ぼく〉は、 ジェスンの要請/指導に乗り、図書館を離れて怪しげな人物が跋扈する世間へと探索の手を広げていく。 しかしその過程で、ジェスンに欺瞞的に利用されていることに気がついた〈ぼく〉は一転、妻や同僚の助けを借り、 彼に対する意趣返しに取りかかるのだ。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 -
前作『驚異の発明家の形見函』で 語られた形見函の、空白の仕切りを中心として物語は回る。 メインプロットよりもむしろ、絢爛豪華な細部の描写が素晴らしく、一つの国にも似た図書館世界、 アンティーク時計やマリーアントワネット関連アイテムコレクターの奇矯な姿が詰め込まれたこの本自体が、 様々な事物を収めた形見函のようである。 そして読者は、この「函」にもまた空白の仕切りがあることに気づく。肝心の時計の不在だけでなく、あらゆる所に あるべきものが欠如した空白が注意深く配置されていて、ちょっと不思議な印象を受けるのだ。 さらに一筋縄ではいかないのは、前作が書かれた経緯、本書そのものの成立に関する仕掛けが幾重にも 張り巡らされているということで、物語の技巧を楽しめる作品となっている。 そして装丁がまた美しい。前作とあわせて書棚に並べておきたい一冊。
イカした言葉  「わたしのモットーは常に、我蒐める、故に我有り、なのですよ」(p161)
August, 2004
蒐集家 (コレクター)異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2004年, 914円, ISBN4-334-73739-0 中島らもさんの作品は事故三日前に書かれ、遺作となってしまいました。謹んでご冥福をお祈りいたします。(編集部)
出版社を変え、7年の時を掛けて積み上げられた、記念すべき通算30巻目。 テーマは、これ以外考えられない「コレクター」。今回から一般公募の試みも開始。
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★★
30巻目!。多数の創作者を惹きつけ、素晴らしい物語を蒐集し続けた編者の井上氏の偉業を称えたい。 今回は、何故かフリーキーな鬼畜系の話が多い。やっぱり、「コレクター」という言葉には、 変態的なニュアンスがあるみたい。
そして、忘れてはならないのは、収録された「DECO-CHIN」が、中島らも氏の遺作となってしまったこと。 その異才を見せつける、鋭く尖りモラルの壁を穿つ怪作で、『異形コレクション』で発表された氏の諸作の中でも抜群の出来。 『ガダラの豚』など、SF・ホラー方面でも素晴らしい業績を残された中島氏の死は、 いかにも氏らしいものではあったけれど、惜しまれる。ご冥福をお祈りします。
小説探偵(ノベル・アイ)GEDO 著: 桐生祐狩
ハヤカワSFシリーズ Jコレクション 2004年, 1800円, ISBN4-15-208581-9 卑しい街を行く、孤高の読書家
場末の零細広告店を営む三神げど、彼は小説に描かれた虚構の世界に潜入する 特異な能力を使って物語世界と現実世界との狭間で起こる事件を解決する「小説探偵」でもある。 ある程度緻密に構築された小説は自律的な世界としての性質を獲得し、時には小説世界のキャラクターが命を持ち、 現実世界へと滲み出てくることがあるのだ。 あるミステリ小説で殺害された子供を救出(殺害シーンが明示されていない場合はこういうことができる)したことを契機に、 げど は現実の都会の真ん中に居ながら法の枠外に暮らすコミューンの住人ネンコ、 怪しげな実業家の泉らと奇妙な関係を持つことなる。 耽美小説、翻訳ミステリ、ピカレスクロマン、時代劇小説、ホラー、ファンタジーに関わる事件は、 何故か次第に現実世界との相互干渉を強めていく。 そして、げど は、封印されていた自分の過去と正体に否応なく直面することになる。
統合人格評★★★ / SF人格評★★★ / ホラー人格評 ★★★
長く小説を読んできた僕にとって、小説そのものを題材にしたメタ小説はそれだけで評価が高かったりする。 僕らにとっては、良くできた(文学的なソレを意味しない)小説の中に本当の世界があり、 登場人物が生きているのは当然のことなのだ。 さて、この小説で描かれているのは、そんな小説世界だけではなく、 むしろ、普通の人々の視界のわずか外側に広がる弱肉強食の異界がメインの舞台。 現実のキレイ事を排した非情で、しかし限りなく自由な世界の中で、尊厳をもって不幸を生きる弱者に対し、 主人公の げど の視点と両手だけは優しい。 悪趣味ともいえる露悪的な描写なので、ある種のサブカルチャーに親しんだ人以外には、 意外とショッキングな小説かもしれない。
イカした言葉  「恒久平和を皿に乗せて差し出されたら、それを受け取ろうという人間は、 実はそうそういないのさ」(p275)
重力への挑戦 (原題: Mission of Gravity) 著: ハル・クレメント (Hal Clement) / 訳: 井上勇
創元SF文庫 2004年 (原典1954, 初版1965), 720円, ISBN4-488-61501-5
巨大惑星メスクリン、とてつもない質量と惑星の形がレンズ状に潰れるほどの超高速の自転により、 重力が極地地帯で地球の700倍、赤道地帯では3倍という想像を絶する世界。 その調査に訪れた地球人は、貴重な機器と調査結果を乗せたロケットを極地地方で見失ってしまう。 人間では到達不能な環境での回収作業の為に、地球人はメスクリン人とのコンタクトを試みる。 超重力環境下で暮らすムカデのような姿をした彼らは地球の大航海時代に似た文明水準にあった。 赤道地方を探検中の商人・探検家のバーレナン一行は、地球人の申し入れを受け、 自分たちにとっても未知の領域を踏破する冒険を開始する。 わずかな落下が死に直結し、飛んだり、物を投げることなど考えられなかった彼らは、地球人のサポートを受け、 荒れ狂う海原・大絶壁を乗り越えてロケットを目指す。 しかし、地球人はバーレナンがこの冒険を引き受けた真の理由をまだ知らない。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 -
なぜか未読だったSFの古典を復刊を機会にようやく読むことができた。 フォワードの『竜の卵』、ニーブンの『インテグラル・ツリー』、バクスターの『フラックス』などの諸作の源流は、 古くささはあるもののやはり名作といっていいでしょう。 明らかに異質な世界にも関わらず、地球人と同じ知性・感情を持つ異星人は不自然だ、 とかいったピントはずれな批判があったのは有名な話。 ハードSFとはいえ、極限的な物理学的環境から生み出される異世界の描写がポイントである以上、 視点であるメスクリン人の精神構造が全く異質では読者に伝わらないのだから、この割り切りは有効だよね。 それより苦労するのは、作中の単位が全てヤード・ポンド法であることで、解りづらいこと・イメージしづらいことこの上ない。 こんな地球上の瑣事で引っかかるのも皮肉な話なのだけれどね。
イカした言葉  「"投げる"というのは、どういう意味かね」(p19)
July, 2004
蹴りたい田中 著: 田中啓文
ハヤカワ文庫 2004年, 700円, ISBN4-15-030762-8 第130回(平成15年度下半期) 茶川賞受賞作
41歳の瑞々しい感性が描く青春群像
2004年、茶川賞を受賞した直後に謎の失踪を遂げた伝説の作家、 田中啓文の生涯を巡る単行本未収録作8編に、山田正紀、浅倉久志らゆかりの深い 小説家・翻訳者・編集者が彼との思い出を寄稿した遺稿集 — という体裁のバカ短編集。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
えーと。某芥川賞受賞作とは、全く関係ありません。 全編くだらないダジャレをこれでもかと詰め込んだ、馬鹿馬鹿しい作品ばかり。 しかし、意外と(失礼)きちんとしたSFテイストが核にあったりするので侮れない。 しかも再三言及される、田中氏が小さい頃から影響を受けてきた小説や映像、 ショックの受け方というのが僕とほとんど同じだし。 僕も「いい年をして云々」と言われる年になりながら、現実から少し遊離した精神生活を送っているので、 堂々とバカをやっている先輩の存在はちょっと嬉しいのだ。
イカした言葉  りさちゃんにも (献辞)
百器徒然袋-風 著: 京極夏彦
講談社ノベルス 2004年, 1300円, ISBN4-06-182379-5 薔薇十字探偵が撃砕する3つの怪事件!
京極堂シリーズの中でも異彩を放つ、奇人中の奇人、探偵・榎木津礼二郎が活躍する百器徒然袋第2巻。 裕福で旧華族で眉目秀麗で、でも一般人には全く理解不能な隔絶した思考様式で、調査も捜査も尾行も推理もしない、 謎は解かないし、人の話なぞ聞いたりしない。 することといったら暴れるだけなのに、事件は粉砕してしまう(解決ではない)。 そんな探偵に過去の因縁から恨みをもつある大物(で、どうしようもない俗物)が 彼を陥れようと様々な罠を仕掛けようとするのだが、 ことごとく撃破(多分榎木津にはその認識はない)されてしまう顛末を描いた「五徳猫」「雲外鏡」「面霊気」の3話を収録。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★
狂躁的 — である。
探偵の非常識な言動に周囲が振り回され、中禅時が珍しく楽しそうに悪だくみをする京極堂外伝であるこのシリーズは、 楽しい。面白い。笑える。 榎木津は何しろ神様(しかも破壊神)だから、下手に近づいたり、 ましてや潰そうなどとすればたちまち巻き込まれて振り回されておしまいなのだ。
イカした言葉 「解んないのよ。でも安心して美津子さん。解らなくても解決だけはするみたいだから。解んないけど」(「五徳猫」p35)
パターン・レコグニション (原題: Pattern Recognition) 著: ウィリアム・ギブスン (William Gibson) / 訳: 浅倉久志
角川書店 2004年 (原典2003), 2200円, ISBN4-04-791468-1 テロリズムの時代にギブスンが投じた待望の新機軸!!
テロでWTCビルが倒壊した翌年の2002年。広告業界における一種の フリーランス予言者として活動しているケイスは、ある仕事の依頼主ビゲンドから “フッテージ”の作者探しを要請される。 ネットの中に不定期に現れる作者不詳の映像の断片“フッテージ”は、 ストーリーも発表の目的も不明ながら、完璧な完成度を誇り、多くの人を引きつけ、 作者の正体や意図に関する議論が世界中で沸騰していた。 ケイスはそんなファンサイトの一つで盛んに投稿を繰り返していた一人だが、 “フッテージ”にマーケッティングの潜在力を感じとったビゲンドが彼女の能力に目をつけたのだ。 “フッテージ”を市場経済の場へ引きずり出すことに疑問を感じながらも依頼を受けたケイスは、 やがて、“フッテージ”に隠された電子透かしの存在を知り、その数字を得るべく東京へ向かう。 ところが、彼女の周囲になにやら不穏な動きが見え隠れしてくる。何者かが彼女の探索を妨害しようとしているようなのだ。 何が起こっているか理解できないままに捜査を続ける彼女は、ついに接触に成功した作者との対面のために、 モスクワへと向かい、試練をくぐり抜け、この時代が生み出した真実へと近づいていく。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 -
ついにギブスンが現代小説を書いた。というより、時代がギブスンに追いついた、とでも言おうか。 テクノロジーとグローバリズムにより、旧来とは全く異なるモノに作り替えられた世界を舞台とした聖杯探しの旅は、 旅人も道程も目的地も、奇妙に現実感を欠きながら、しかし強烈にリアルな21世紀の情景でもある。 何しろ舞台は、広告戦略の場でありネット社会であり電子暗号を扱う企業であり、 グローバルエコノミーを隙間なく埋め尽くしながらも実業から遠く遊離した領域なのだ。 あまりにも異質すぎて、僕らの暮らす「現在」とは陸続きとは思えない。 一方で、アメリカ人のケイスが異邦人として訪れるロンドン、東京、モスクワは、旅人の目を通して見た異境ながら、 9.11テロを象徴とする新たな世界の対立構造を背景ノイズとした、リアルな21世紀の「現在」なのだ。
ギブスンはやっぱりカッコいい。これはSFではないがギブスンがこれまで書いてきた 作品群と軌を一にしたサイバーパンク(まだ言うか)の新たな姿だと思う。
イカした言葉 「わたしは物事を金銭ずくでは計算しない。その卓説性で計算する」(p68)
復活の儀式 (上・下) (原題: The Ceremonies) 著: T・E・D・クライン (T. E. D. Klein) / 訳: 大瀧啓裕
創元推理文庫 2004年 (原典1984), 各1000円, ISBN4-488-55901-8/4-488-55902-6 英国幻想文学大賞受賞 / 伝説のホラー巨編登場
NYの学校講師ジェラミィはゴシックロマンスの研究に没頭するために、 郊外の田舎町ギリアドで夏期休暇を過ごすことに決めた。 そして、ギリアドに向かう直前に図書館で助手として働く敬虔な娘キャロルと出会い、お互いに惹かれ合うものを感じる。 しかし、ジェラミィのギリアド行きも、キャロルとの出会いも、実は好々爺然とした見かけの下に邪悪な貌を隠した 「老いた者」ロージィの手引きによるものだった。数千年前に地球に飛来し、傷ついた身をギリアド近くの森に隠す おぞましい存在に支配され、百年の時を生きる老いた者は、この特別な夏に行う復活の儀式の生け贄として二人を選んだのだ。 ロージィの厚意を疑わないキャロルは彼に導かれるままに古代の舞踊や歌を覚え、知らないうちに儀式を重ねていく。 一方、キリスト教原理主義的な禁欲の生活を送る人々が暮らすギリアドの町では小さな怪異が忍びより積み重なり始める。 家畜が狂い、作物が害虫に侵されるなか、住人はよそ者であるジェラミィに疑惑の目を向ける。 そして7月末、ジェラミィを訪ねてキャロルとロージィがギリアドにやって来る。ついに儀式は完成に向かう。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★★
作りに作り込んだ、巨編の名にふさわしい完成度の大作。 マッケンやラブクラフトの作品世界を取り込んで緻密に構成された物語は、宇宙規模の恐怖を背後に隠しながら、 実に日常的な描写の積み重ねから始まる。 そんな現実が、様々な暗喩や象徴を先触れに、カビが次第に壁面を覆うようにじわじわと怪異に蝕まれていく様や、 文明に背を向けた、アーミッシュを連想させるキリスト教的共同体の生活が、実は土着宗教やインディアンの文化的背景を 色濃く残していることが次第に明らかになっていくところなど、読み応え十分。 怪異の中心に座する存在の“実力”がボヤかされたまま(世界を滅ぼす程度の力はあるらしい) なのはチョイと不満だし地味といえば地味だけど、高く評価されるべき作品。 大瀧さんの訳は少し変(テレヴィとかペンサルヴェイニャって、確かにそういう発音かもしれないけど...)。
イカした言葉 「わしが探してたのは、あなたのようですよ」(上巻p117)