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小説評論もどき 2009下半期 (16編)


私の読書記録です。2009年7月-12月分で、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

December, 2009
喜劇綺劇異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2009年, 914円, ISBN978-4-334-74698-8 19人のお笑い巧者が、勝負ネタを携えて集結!
異形コレクション第44弾。ユーモアと笑いをテーマの19篇。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★
「笑い」をモチーフとする、ホラー系アンソロジーとはまた盲点をついたセレクト。 当然、ブラック、シュール、グロテスクな笑いが多いのだが。 実のところ、過去の異形コレクションではホストたる編者、井上雅彦氏の作品はあまり面白いとは感じなかったのだが、 今回のサンバのネタにはやられた。
ファントマは哭く 著: 林譲治
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2009年, 1700円, ISBN4-15-209078-2 いま太陽系には、四種類の知性体がいる。
『ウロボロスの波動』『ストリンガーの沈黙』に続く、AADDシリーズ3作目の長編。 前作で太陽系に到来し辺境の小惑星に定住した異星種族ストリンガーとのコミュニケーションは少しずつ進んではいるが、 主観と客観の区別がなく、時間という概念すら持たない全く異質の知性との相互理解は困難を極めている。 また、ファースト・コンタクトの過程でストリンガー母集団から分裂した「セクト」の存在も人類を困惑させている。 そんな折、ストリンガーが襲撃される事件が連続する。AADDの各所で観察される謎の重力異常との 関連が推測されるその何物かまたは現象はファントマと名付けられるがその正体は不明のままだ。 一方、先の戦争で敗退した地球で反AADDを掲げる勢力が、軌道エレベータを舞台としたテロを陽動に宇宙へ飛び出し、 行方をくらましてしまう。彼らは現状を打開するため計画を遂行しようとしているようだ。 AADDの危機管理スタッフや一癖ある研究者達は、これらの問題に立ち向かうのだが、 やがて、緊迫する状況の中で太陽系の存続にすらかかわる宇宙的危機が見えてくる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 -
今回は、派手な見せ場こそないものの、ようやく設定が馴染んできた感じ。 最新宇宙論に基づく巨大な危機と、それに立ち向かう人々や、 世界の認識が人類と隔絶する異星種族の造形と、その隔絶を超えた共感構築までの道のりなど、 理論と科学でこれらを描くハードSFの本領が楽しめる。
イカした言葉  宇宙は豊壌であり、貧困であり、生命に満ちあふれ、生命の存在を許さない。(p278)
ダイナー 著: 平山夢明
ポプラ社 2009年, 1500円, ISBN978-4-591-11201-4 「絶対値の残酷」と、その先にある「祈り」―― 猛々しさと美しさが競い立つ、これぞエンターテインメントの最高峰
将来に希望を見いだせない人生に嫌気が差し、つい手を出した闇サイトの仕事に失敗したカナコは、 ヤクザに捕まり殺される直前で、ある地下の食堂に売り飛ばされる。 そこは、客のすべてが殺し屋である秘密の会員制食堂で、店長は、かつては殺し屋の天才的料理人。 一般社会とは隔絶した空間に閉じこめられ、それぞれの地獄を抱えるモンスター達に囲まれ、 いつ誰に殺されるかもわからない使い捨てのウエイトレスとしてこき使われることになったカナコだが、 意外にも、最低限のところで命を拾い続けることになる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★★
ショッキングな拷問シーンでスタートする、平山節の暴力と狂気の物語であるが、 この作者の作品にこの言葉を使うとは思いもよらなかった「爽やか」な物語でもある。 これまでの作品の鬼畜感、イヤ感は控えめ。 客の殺し屋達は狂気に染まった怪物ではあるものの、それぞれ、そうなるに至る過酷な人生を送ってきたことが明かされ、 また舞台となる食堂は、彼らにとって唯一の憩いの場であるのだ。 そして、何よりも、発端は自分の愚かさとはいえ、不条理な境遇に落とされながらも自らこれを切り開いていくことに 目覚める主人公の成長物語でもあるからだ。 これなら、漫画化して週刊誌に連載できるな。描き手は東條仁で是非。
イカした言葉  「ここでおまえが勝手に考えて出せる正しい答えは存在しない」(p38)
レポメン (原題: The Repossession Mambo) 著: エリック・ガルシア (Eric Garcia) / 訳: 土屋晃
新潮文庫 2009年(原典2009), 781円, ISBN978-4-10-217331-2 払えなければ抉られる
高性能の人工臓器が流通するようになり、以前なら臓器移植に頼らざるをえなかった病人だけでなく、 健康だが身体機能を向上させたい人達までが、広くこれを利用するようになった時代。 しかし、高価な人工臓器のローンを払えなくなる者も多く、このため、ときに行方をくらます延滞者を追い詰め 強制的に臓器を回収する取り立て屋〈レポメン〉が誕生した。 腕利きのレポメンとして鳴らした“おれ”は、ある事情から、逆にかつての同僚達に追われる身分となり、 火事で廃墟となったホテルに身を潜めている。 古びたタイプライターに向かい、これまでの人生 — アフリカ戦役で戦車兵として活躍しながら無意味な死と向かう日々、 失敗した5度の結婚生活、そして、レポメンとして多数の命を奪う刺激的で充実した日々 — を思いつくままに記していた “おれ”だが、彼と同じくホテルにいる誰かを契機に運命が動く。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 -
現代まで生き延びた恐竜たちが人間社会に紛れ込んでいて... という 恐竜探偵ルビオ シリーズや、ニコラス・ケイジ主演で映画化された 『マッチスティック・メン』など よじれた設定で現代的ウイットに富んだ作品を得意とする作者の、これまた変な世界設定の物語。 いわゆるSFではなく、奇妙な味の、と呼ばれるジャンルのエンターテインメント。 ジュード・ロウ主演で映画化されるとのことで、多分観に行くね。
イカした言葉  その日、おれは学んだ。真の孤独とは他人を失うことじゃない。他人をあっという間に失うことだと。(p178)
November, 2009
帰り舟 深川川獺界隈 著: 山田正紀
朝日文庫 2009年, 600円, ISBN978-4-02-264515-9 孝行息子が賭場にはまった。借金の担保は何と母親。
父親との折り合いが悪く、18で実家を飛び出して以来、諸国をさすらい賭場を渡り歩いてきた 伊佐次が5年ぶりに江戸深川に舞い戻ってきた。久しぶりに再会した幼なじみで弟分だった源助は、 賭場に入り浸りであるのに、なぜか孝行息子として奉行所から表彰されていた。 どうやら彼らの故郷である川獺の土地の利権を巡り裏表の勢力の思惑が交錯し、賭場の胴元、 稲荷の徳三が源助の家を奪う画策をしているようだ。伊佐次も実は川獺に関するある企みを抱えているのだが、 自分のミッションを賭け、源助を救うため、鉄火場に乗り込み大勝負を仕掛ける。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★
下の『イリュミナシオン』と同じ作者が同時期に書いたとは思えない、 テレビの時代劇2時間枠にそのままはまるような、江戸時代を舞台にした世話物。 博打をモチーフのピカレスク・ロマンという趣向も何となく最近流行りの感じだし。 文学的アクロバットを仕掛けるかと思えば、こういうのもさらりとこなすのがこの作者の凄いところ。 続編へつながる終わり方なのだが、さて、出ますかね。
イカした言葉  「わっちは男望みでね。お前のような苦みばしったやつを、みっちり一晩かわいがってやりてえ。」(p128)
イリュミナシオン 君よ、非情の河を下れ 著: 山田正紀
早川書房 2009年, 1900円, ISBN978-4-15-209069-0 人類の理解を超越した侵略者との戦いをランボーの詩に乗せて華麗に奏でる幻想ハードSF!
アフリカの国家サマリスに駐在している国連領事・伊綾剛に、国連事務総長から突然、 不可解な指令が与えられた。『結晶城』から『非情の河』を下り『イリュミナシオン』で 詩人アルチュール・ランボーを探索し捕獲せよ、というのだ。 果てしなく続く内戦で荒廃したサマリスは、人類の理解を超えた『反復者』が来訪しこれに干渉し、 また、彼らの到来と前後して出現した『結晶城』を焦点に因果と虚実がよじれ混乱している。 『結晶城』に向かう「酩酊船」を起動する為のクルーとして、伊綾の他、聖人パウロ、阿修羅、 女流作家エミリー・ブロンテ、詩人ヴェルレーヌが招集される。 「ブルー・ノーウェア」に感染し、時空を遍在する彼らと、宇宙の根本原理・万物理論への 鍵を握るランボーを求めて『反復者』側が送る「性愛船」とそのクルーとの奇怪な戦いが繰り広げられる中、 「酩酊船」クルーはおのおのがここへやって来るに至る物語を語る。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
ダン・シモンズの「ハイペリオン」の型をそのまま拝借し、ランボーの詩と彼の波乱の人生を苗床に 想像力の限界を超えて展開される幻想の物語。 想像できないものを想像したい、とかつて宣言し(本作でアルチュール・ランボーに語らせている!)、 物語を生み出しつづけていく作者は、特に近年の作品で、小説のリミッターを外し、 一作ごとにより遠くへ踏み越えているのだが、その一つの到達点といえる。
引用してみよう。 互いにたがいを認識するための、— おそらく「イリュミナシオン・タイムスペース」の断片から 構築された一種の存在論的な鏡像のようなもの — 暗黒洞のデキヴァランス半径=非情の河に 立ちあがったホログラフ・システムのようなものなんじゃないかしら。(p277)
全く意味不明だが、何か強烈な印象を与える一文である。物語の構造を破壊しながら詩的論理のみを駆動力に疾走する。 本書はもはや小説ではなく、一編の詩、なのだ。
イカした言葉 「人間にとってまずは自分こそが誰よりも他人なのではないだろうか。」(p51)
October, 2009
あなたのための物語 著: 長谷敏司
ハヤカワSFシリーズJコレクション 2009年, 1600円, ISBN978-4-15-209062-1 イーガン、チャンを経由し伊藤計劃に肉薄するSF史上、最も無機的で最も感傷的な“死”の情景
人工神経技術で世界をリードするニューロロジカル社の創業者の一人にして 研究開発部門を率いるサマンサ・ウォーカー。彼女が現在取り組んでいるのは、 あらゆる脳内の神経活動を記述し、感情、経験などの一切を記録・編集可能とする言語ITPの開発だった。 ほぼ完成に近づいたITPだけで記述された仮想人格《Wanna Be》を構築し、 小説を書かせることで創造性に関する実験に取りかかるとともに、自らITPの有用性を アピールするために脳内にそれを実装するための手術を受ける。 ところが、手術の過程で、サマンサは余命半年、治療不能な死病に冒されていることが判明する。 一旦は職を辞する彼女だが、運命を拒否するように強引に会社に居座り一人で研究に没頭する。 新しい開発チームではもはや使用されない《Wanna Be》だけをそばに。 日々壊れ続ける身体を呪い死を恐怖しながら、ITPの課題、つまりは人であることの根源を探る彼女に、 《Wanna Be》は物語を語り続ける。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★
イーガン等の先鋭的なSF作品では、人格のダウンロードや コピーなどはもはや当然の様に用いられて、現時点の社会倫理との断絶が作品の効果を生んでいるのだが、 本当にそこで描かれる社会に到達するなら、その断絶を乗り越える途方もない苦闘がなされているはずなのだ。 本作は、その苦闘を切り出す重量級の野心作だ。 主人公のサマンサは、間近の死に直面しても、宗教にも他人に頼るだけの入院にも逃げられない。 自らが人間の聖性をはぎ取り、人間が単なるテキストであることを証明する技術の作成者であればなおさらだ。 ひたすら「死」について思索し続け、人生なるものの意味と無意味をSFでしかなし得ない視点から突き詰めようとする本作は、 ガンと戦いながら、人であることについての先鋭的な思索を展開する作品を世に放ち、 先日亡くなった伊藤計劃氏への弔歌と言えるのだろう。 この物語に「愛」を見いだすのは容易だが、それが甚だしい誤読なのは作中で語られるとおりだ。
イカした言葉 「けれど、科学は現象を試して予測するだけ。意味を語っているとしたら、 それは科学じゃなくて科学者の個人的見解よ」(p189)
ザ・ストレイン (原題: The Strain) 著: ギレルモ・デル・トロ & チャック・ホーガン (Guillermo Del Toro & Chuck Hogan) / 訳: 大森望
早川書房 2009年(原典2009), 1905円, ISBN978-4-15-209066-9 史上最凶の悪疫がすべてを壊す!
ドイツからニューヨークJFK空港に到着したジャンボジェット旅客機が着陸直後、 誰も降りてこないままに完全に動きを止めた。誘導路上で沈黙を続ける機体に突入したレスキュー隊が発見したのは、 外傷も苦悶のあともなく着席したまま死亡している200名の乗客乗員だった。 正体不明のバイオハザードの可能性にCDCの特別チームが出動するが、チームの疫学者グッドウェザー達は、腐敗しない死体や、 目の前から姿を消した謎の積荷に困惑する。事件をこの時点で正しく理解しているのはただ2人。 この旅客機を通じてあるモノのアメリカ来訪を手引きした大富豪と、ウィーン大学教授を辞した後 ニューヨークで質店を営みながら年月をかけてこの事態を予期し準備を続けてきた老人セトラキアンだ。 グッドウェザーの元を訪れたセトラキアンは、、想像を絶する事件の真相を告げ、科学の範疇を超えた戦いを彼に迫る。 やがて、死体は異様な変成を始め、その影響・脅威は密かに、しかし猛烈な勢いで拡散し、街を侵していく。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★
グロテスクでロマンチックなファンタジーの第一人者である映画監督デル・トロが放つスリラー。 本の表紙や紹介にはあえて触れられていないが、その趣味の人であればすぐに感づくアレがメインの題材。 一応、この欄でもその単語を出すことは避けておくが、その正体とメカニズムを時に科学的に、 時に心霊的に設定していく節操のなさは、むしろ作者達のサービス精神として評価したい。 圧倒的な視覚的表現と怒濤の展開は、小説と言うよりはむしろ読む映画という方がふさわしい。 さらに劇的な展開がまっているであろう、第2部、第3部にも期待大。このテーマの金字塔的作品になれるかも。
イカした言葉 「嘲るつもりはない。信じたいものだけを信じ、それ以外のすべてを無視できることはすばらしい。」(p301)
ドーン 著: 平野啓一郎
講談社 2009年, 1800円, ISBN978-4-06-215510-6 愛はやり直せる
人類初の有人火星探査ミッションを成功させたメンバーの一人、佐野明日人は、世界的名声を捨て NASAを去ろうとしていた。2年半にわたるミッション中に起き極秘に処理されたある事件のせいだ。 また、妻との関係も壊れかけている。 そのころ、アメリカでは保守主義を掲げる現政権共和党と、現政権の行きすぎた覇権主義の 見直しを訴えるリベラルの民主党が大統領選挙を争っている。 その大きな争点は、民族・宗教紛争で泥沼と化した東アフリカへの軍事介入継続の是非なのだが、 東アフリカで密かに投入された汚い兵器がアメリカ国内で使われているという情報が、 劣勢の選挙戦を覆す材料を探す民主党選挙スタッフの元に入る。 そして、匿名の不特定多数が共同執筆する小説サイトに、秘密のはずの火星探査船内の事件 — クルーの一人である共和党副大統領候補の娘も深く関わる事件 — が取り込まれた小説が現れ人気を博するようになる。 真贋の定まらぬままに広まるこれらの情報は、大統領選を思わぬ方向に動かし、また、明日人に一つの決断を促す。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★
日本文学界を代表する新鋭が送るSFの型を借りた主流文学作品。 世界中の監視カメラの情報を統合し、誰でも自由に参照できるようにしたインターネット上のサービス (Googleストリートビューが進化したようなもの)と、これに付随する顔認証機能により、 誰がいつどこにいたのかが検索可能になった近未来社会、 人が複数の対人関係の中で使い分ける顔を「分人」という概念で捉え個人を分割して認識する思想などのツールを通じて、 現在進行中の社会変化の行き先を描くという、現代SFのメソッドなのだが、作者の主眼はそれではない。 それを舞台にしつつも、人が正しく行動するとはどういうことか、人間関係の断絶と赦し、という個人単位の焦点であって、 例えばW・ギブスンが同じ道具立てで書けば全くスケールの異なる物語になるだろう。 SF読みとしては、見知った風景のつもりが、見えない角度にある壁にぶつかって身動きしづらい、ちと奇妙な読感。
イカした言葉 「しかし“目標”というのは、常に“目的”よりも先になければなりません。」(p37)
September, 2009
ゾティーク幻妖怪異譚 (原題: Tales of Zothique) 著: クラーク・アシュトン・スミス (Clark Ashton Smith) / 訳: 大瀧啓祐
創元推理文庫 2009年(原典1932-1953), 1200円, ISBN978-4-488-54102-6 魔術が支配する終末世界
ラヴクラフトとも親交の深かった幻想怪奇小説の名手スミスの描いた、 太陽も輝きを失いつつある遠未来の地球最後の大陸ゾティークを舞台とした物語群。 文明は忘れ果てられ、魔術が支配し魔物が跋扈する世界で、 屍の帝国を築く降霊術師たちや、魔神に運命を狂わされる人々などを描く、全17編を収録。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
夢想的・幻想的で、屍体、墓地、廃墟、魔術などを嗜好する物語世界だが、 退廃とか耽美とかいうよりは、むしろ「シンドバットの冒険」や「アリババと40人の盗賊」といった 昔読んだあのエキゾチックな「お話」の数々を彷彿とさせる。 その意味で期待を裏切る面白さだったかな。小説にリアリティを求める人にはお勧めしませんがね。
新編 真ク・リトル・リトル神話体系7 著: R・キャンベル 他
国書刊行会 2009年, 1500円, ISBN978-4-336-04969-8 やがて周囲は静寂に沈み、わたしは星々の彼方の宇宙にたったひとり取り残された。「アルソフォカスの書」
国書刊行刊版クトゥールー神話シリーズの 最後となる第7回配本。 第6巻と同じく、R・キャンベル編の “New Tales of the Cthulhu Mythos” の収録作。 T・E・Dクラインの「角笛を持つ影」など5編。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
旧作の再編なのに、予定通りに刊行されないことにイライラさせられた本シリーズも遂に完結。 クトゥールー神話を世に広めた役割は認めるものの、正直に言わせてもらうならば、格下のフォロワーの仕事との比較で、 この神話体系における始祖ラブクラフトの偉大さを再確認した、というのが感想だ。 本書に関して言えば、妙にブンガク的な切り口の作品が多くてイマイチ。
怪物團異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2009年, 952円, ISBN978-4-334-74638-4 怖ろしくも愛おしいモンスターたちの凶宴!
異形コレクション第43弾。怪物たちのショータイム20篇。
統合人格評★★★ / SF人格評★ / ホラー人格評 ★★★
今回のテーマは、ズバリ怪物。怪物のような人、なんて比喩ではなく、 本当に人外のバケモノを描く作品が多いのだが、なぜか鬼畜指数の異様に高い作品がそろっていて、 最近のシリーズ中、もっともホラーの(しかもエゲツない系の)度合いが強い。 友成純一、牧野修、平山夢明、飴村行の新旧鬼畜作家の競演もなかなかだが、今回の随一は、京都の町並みを異界へと変換し、 そこに棲む怪物を描く入江敦彦「麗人宴」だろう。この怖さは相当です。
August, 2009
一九八四年[新訳版] (原題: Nineteen Eighty-Four) 著: ジョージ・オーウェル (George Orwell) / 訳: 高橋和久
ハヤカワepi文庫 2009年(原典1949), 860円, ISBN978-4-15-120053-3
1984年頃。旧英国連邦を領土とするオセアニアは、ビッグ・ブラザーを頂点とする党が 強力な監視体制と言語の再構成を通じて国民生活のすべてのみならず思考までもを統制する全体主義国家である。 党の主張、ビッグ・ブラザーの発言にあわせて過去の出版物を改竄し歴史を書き換える部署に勤務する末端党員スミスは、 密かにこのような社会に疑問を持ち、実現不能な反乱を夢想している。 あるとき、若い女性のジュリアと出会い関係を持った(それ自体が極めて危険な行為なのだが)スミスは次第に自由への想いを募らせる。 行き着く先は〈思考警察〉による摘発と拷問の果ての死であることを自覚しつつも、 その存在を囁かれる反政府組織への合流を試みるのだが...
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
僕の読書傾向からいって、当然読んでいてしかるべき一冊だったが、新訳の登場をもってようやくクリア。 60年前の小説だが、これだけの名作となるとその力は衰えない。この物語から直ぐに連想される国も幾つか存命中だしね。 後半、思考警察の手によってスミスがペチャンコにされてしまう描写の不条理ぶりに テリー・ギリアムの映画『未来世紀ブラジル』を思い出した。 そして、トマス・ピンチョンの解説がすばらしい。そうか、あのラストの付録は、この世界の希望を仄めかすものだったのか。
イカした言葉  その“方法”は分かる。その“理由”が分からない。(p123)
ペルディード・ストリート・ステーション (原題: Perdido Street Station) 著: チャイナ・ミエヴィル (China Miéville) / 訳: 日暮雅通
早川書房プラチナ・ファンタジイ 2009年(原典2000), 2800円, ISBN978-4-15-209043-0 英国SF界最後の大物、降臨! SF/ファンタジイ・ジャンルの新たな可能性を示すエンターテインメント巨篇
魔術と科学が混在し、昆虫人、サボテン人など奇態な種族も暮らす世界《バス=ラグ》で、 一大勢力を誇る都市国家ニュー・クロブゾン。フリーの科学者アイザックを鳥人属ガルーダのヤガレクが訪ねてきた。 犯した罪のため翼を奪われ故郷を追放された彼は、再び空を飛べる身体を求めてこの猥雑な大都会までさすらってきたのだ。 ライフワークとの関連を見いだしたアイザックは、その依頼を受け、研究材料として様々な空飛ぶモノをかき集めるのだが、 その中に謎のイモムシがいた。 それは知的生命の夢を侵し精神を喰らう最凶の捕食者スレイク・モスの幼虫で、盗み出された国家機密であったのだが、 そんなこととは知らないアイザックは幼虫を育て羽化させてしまう。 解き放たれたモスは都市を蹂躙し、正体の見えぬ脅威に住民はパニックとなる。 この事態を引き起こした首謀者として政府に追われ、また、モスから新麻薬を抽出していた 裏社会勢力からも追われることになったアイザックとその仲間は、地下にもぐりながらも、 ゴミ置き場からひそかに勢力を伸ばす機械知性や、世界を編む糸を織る異次元の蜘蛛ウィーバーの協力を得て、 自らの手でモスを滅ぼそうと試みる。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
『キング・ラット』の印象が鮮烈だったミエヴィルの大作ダークファンタジー。 産業革命時代から現代にいたるロンドンをモデルとしたと思しき、汚くもエネルギーに満ちた大都会を舞台にした、 グロテスクで力強い異世界造形はさすが。 物語上の要請では明らかに必要のなさそうな脇のディテールをひたすら書き込むバランスの悪さも持ち味。 でも、内容の割にはちょっと厚すぎ。
イカした言葉 「わたしの街は、すきまに存在する。」(p425)
July, 2009
年刊日本SF傑作選 超弦領域 編: 大森望・日下三蔵
創元SF文庫 2009年, 1100円, ISBN978-4-488-73402-2 2008年の日本SFの精華15編
2007年版の『虚構機関』に続き 2008年の日本SF短編の傑作15編をセレクト。ド本格あり、漫画あり、短歌(!)あり、の必要以上に過剰なバラエティ。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★
ここに選ばれた作品を「精華」と言うのはちょっと気が引ける。何しろSFという言葉から どれだけ離れることが出来るのかを試すような作品が目白押し。 しかし、堀晃「笑う闇」、小川一水「青い星までとんで行け」、円城塔「ムーンシャイン」、 伊藤計劃「From Nothing, With Love.」はいずれもオールタイムベスト級の傑作で境界侵犯者たる他作とも合わせて、 妙に完成度の高いSFアンソロジーになってるね。 ともかく、これが商業誌掲載最後の作品となった伊藤計劃氏のあまりにも早い死を悼む。
ユダヤ警官同盟(上・下) (原題: The Yiddish Policemen’s Union) 著: マイケル・シェイボン (Michael Chabon) / 訳: 黒原敏行
新潮文庫 2009年(原典2007), 590円/629円, ISBN978-4-10-203611-2/978-4-10-203612-9 とてつもないミステリ、上陸
イスラエル建国が失敗に終わった別の現代。 アラスカのユダヤ人居留地、シトカ特別区の安ホテルで一人の麻薬中毒者が殺害された。 同じホテルに住んでいた刑事ランツマンは捜査を始めるが、数ヶ月後に迫るシトカの米国返還を前に、警察上層部は事件の収束、 つまりは早々な迷宮入り決定を指示する。 しかし、現場に残されたチェス盤など、事件の裏に何か引っかかるものを感じたランツマンはこれを無視して捜査を続行する。 新たな離散を目の前に浮き立つシトカで、自身の行き先も定まらぬランツマンの暴走気味の捜査は、 事件と、犯罪組織でもあるユダヤ教の一派や、救世主と期待された青年の人生との関係を明らかにしていく。 そして、満身創痍のランツマンは、さらにその背景に隠れた歴史的陰謀にたどりつく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 -
ミステリながら、なんとヒューゴー、ネビュラ、ローカスの3大SF賞を受賞。 何の変哲もないように見える事件を捜査する優秀だがヤサぐれた刑事の前に正体不明の妨害が立ちはだかるが、 遂には社会の影に潜む巨大な秘密をあぶり出す、という鉄板のプロットだが、 もちろん本作を特徴づけるのは、歴史の異なる、しかしあり得たかもしれない現代で流浪を続けるユダヤ人社会の喪失感である。 しかし、これが日本人である僕にはピンとこない。改変歴史という伝統的SF手法とはいえ、 主要SF賞を総ナメにするほどのことかと。 面白くないとは言わないし、登場人物のすべてが抱えるそれぞれの喪失感を描く文学性もわからないではないが。 どうも、欧米社会にはユダヤ人の問題が相当大きなトラウマなのだろう、ということが透けて見える。
イカした言葉  「今まで生きてきた中で、“罪のない”という言葉があてはまる人は一人しか知らない」 「じゃ、私より一人多いわね」(下巻p280)