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小説評論もどき 2010上半期 (15編)


私の読書記録です。2010年1月-6月分、上の方ほど新しいものです。 「帯」は腰帯のコピー。評価は ★★★★★ が最高。

June, 2010
World War Z 著: マックス・ブルックス (Max Brooks) / 訳: 浜野アキオ
文藝春秋 2010年(原典2006), 2000円, ISBN978-4-16-329140-6 人間vs死者。今世紀最大・最強のパニック・エンタテインメント。
全世界が戦場となり、人類滅亡の一歩手前まで至った「世界Z大戦」と呼ばれる混乱の終結から10年。 国連調査委員会のメンバーとして世界中を飛び回り、戦乱を生き抜いた多数の人々のインタビューを採録した著者が、 公式報告書には落とし込めなかった人間的要素である彼らの肉声を整理し、あの時代の生きた記録をまとめたという体裁の本書。
それは中国辺境で発生した奇病が発端だった。感染した患者は高熱を発し死亡したのちに、 知性はなく動作も緩慢ながら脳を破壊しない限り動きを止めることなく生者を喰らうゾンビとして甦る。 爆発的な感染拡大は世界をパニックに陥れ、全てが崩壊していく中、 明日へ命と希望を繋ぐための壮絶な戦いが繰り広げられていく。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★★★
今年はゾンビが熱いなぁ。ゾンビ・ホラーなんてのは文学的にはキワモノの極みであって、 この2つ下にある『高慢と偏見とゾンビ』はそのキワモノぶりが楽しい快作だったわけだが、 本作はキワモノの範疇をはるかに超えていて、何かの文学賞を獲っても不思議ではない。 描いているのは、まさにロメロ監督の映画「ゾンビ」の世界なのだが、 その事態が全世界に与えるインパクトを、各国の歴史・文化的背景も踏まえてローカルにまたグローバルに、 極めてリアルでディテール豊かな筆致で描いた個人の視点から積み重ねていくことで、 現実かのごとき「時代」を創り上げることに成功しているのだ。 世界の各地で、軍人や医師や政治家や詐欺師や市井の人々が語るそれぞれの戦い・選択・ドラマの圧倒的な迫力に引き込まれる。 映画化されるそうだが、この圧倒的な世界を処理できるかね?
イカした言葉  偉大な時代が偉大な人間を生むかどうかはわからないが、偉大な人間を殺すのは確かだ。(p238)
憑依異形コレクション 監修: 井上雅彦
光文社文庫 2010年, 914円, ISBN978-4-334-74784-8 最も怖いものはなにか… その答えがこの中にある。
異形コレクション第45弾。様々なモノに取り憑かれる18編。
統合人格評★★★ / SF人格評★★ / ホラー人格評 ★★★
憑依とは、前近代的な社会でのみ発生するものではなく、 様々なオブセッションが渦巻く現代社会でも有効な現象で、そこで暮らす我々にとって最もリアルな恐怖のモチーフと言える。 ある意味、これ以上ないストレートなテーマだけに、なかなか怖い話が揃った。 時速300kmで高速を飛ばすスポーツカーの怪「スキール」が怖くないけど印象的。
May, 2010
高慢と偏見とゾンビ (原題: Pride and Prejudice and Zombies) 著: ジェイン・オースティン & セス・グレアム・スミス (Jane Austen and Seth Grehame Smith) / 訳: 安原和見
二見文庫 2010年(原典2009), 952円, ISBN978-4-576-10007-4 あの名作が新しく生まれ変わった―― 血しぶきたっぷりに!
18世紀イギリスの田舎町ロングボーンのベネット家には、年頃の5人姉妹がいる。 近所の屋敷に独身の資産家ビングリーが引っ越して来るというので、娘を名家に嫁がせることが生き甲斐の母親は舞い上がる。 やがて開かれた舞踏会で、優しい長女のジェインとビングリーはお互いを見初め合うのだが、 聡明な次女エリザベスは、ビングリーの友人ダーシーが高慢な発言で自分たちを軽んじるのを聞いて憤慨する。 後に、町に駐屯する色男、青年士官のウィカムがダーシーの悪行を仄めかすのを聞いて、 ダーシーへの嫌悪を高めるエリザベスだが、彼の態度やウィカムとの過去には裏があって、実はダーシーは立派な人間なのだ。 最初は嫌いあうエリザベスとダーシーは、ベネット家姉妹の恋愛・結婚にまつわる幾つかの大騒動の中、 次第にお互いに対する気持ちを変えていくのだが...
というのが、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』。これに、当時の英国は屍体が甦り生者の脳を喰らう奇病が蔓延し、 ゾンビが人を度々襲っているという背景と、ベネット家の娘達はいずれも中国での厳しい修行で少林拳を極め、 あらゆる武器の扱いに通じた武道の達人になっているという訳の分からない設定を加えたのが本作。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
いや、愉快愉快。こういう珍品があるから読書はやめられない。 何を思ってコレにソレを合わせたかね、というインパクト抜群のバカ発想に脱帽。思いついても書かないよね。 実に原典の8割方の文章を残し、メインのストーリーは変えずに、血なまぐさいアクションを重ねるのだが (ニンジャも出てくるしね)、最初からこんな話だったかのような出来映えで、しかも爆笑。
イカした言葉 「娘たち! 死の五芒星だ!」(p19)
うなぎ鬼 著: 高田侑
角川ホラー文庫 2010年, 623円, ISBN978-4-04-394358-6 えぐく恐ろしく厭らしくも芳醇なホラー — 貴志裕介
ヤバい筋からの借金に追い詰められていた倉見は、グレーな商売を幅広く手がける千脇に拾われ、 彼の元で取り立て屋として働いている。臆病な性格とは裏腹な圧倒的・威圧的な巨躯を買われてのことだ。 ある日、千脇は倉見に、東京近郊の黒牟という、うらぶれた町の養鰻場まで荷物を運ぶことを指示する。 簡単な仕事ではあるが、約60Kgの包みの中身は決して知りたがるなという。 黒牟を覆う異様な雰囲気もあいまって、倉見は恐ろしい想像をしてしまう。 その仕事に一緒に関わった、同じく千脇の配下で売春の斡旋を取り仕切る富田から、 この町と鰻にまつわる忌まわしい話を聞かされた倉見だが、彼に降りかかった出来事は、彼を黒牟により深く関わらせていく。
統合人格評 ★★ / SF人格評 - / ホラー人格評 ★★
これがホラー文庫のレーベルで出るのはどうなのよ。 ここで描かれる恐怖は — 確かに人がむごく死ぬ事件は起こるのだが — ホラー小説の恐怖ではない。 結局はありもしない噂に対する不安と、怖いのは人の心の裏側だよね、程度の話で、ホラーの領域に行きそうで行きそうで、 煽って煽って、でも最後まで肩透かしされてしまう感じ。 裏かそれに近い仕事であっても、それに係わる至極真っ当な商道徳・職業倫理の話なのだ。何か釈然としないなぁ。
イカした言葉 「嘘っていうのはなあ、育つんだよ」(p137)
メタルギア ソリッド ガンズ オブ パトリオット 著: 伊藤計劃
角川文庫 2010年, 743円, ISBN978-4-04-394344-9 スネーク、最後の物語
軍事活動が民間企業にアウトソーシングされ、前線の兵士の活動は生理面・心理面まで 高度に管理される近未来。それでも人の命など無意味に刈り取られていく戦場にソリッド・スネークはいた。 不可能な潜入ミッションの数々を単身で完遂してきた彼の今回のターゲットは、 かつて倒したはずのもう一人のスネーク、リキッド。 世界を密かに統括するシステムを乗っ取り、世界全体を内戦状態にすることを狙うリキッドと、 彼の野望を食い止めようとするソリッドは、現代史を規定してきた伝説の戦士のクローンとして生まれた兄弟で、 それぞれの宿命を背負い戦い続けてきたのだ。 クローンであることから急速に老化が進み肉体的には70歳代となり、さらに、 以前のミッションで体内に埋め込まれたウイルスが暴走する危険にさらされ、既に戦える身体ではないソリッドだが、 図らずしも自分が作ってきた呪縛を後世に残さないため、全てを自分で終わらせるために世界中の戦場を巡りリキッドを追う。
統合人格評 ★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★
PS3のゲームのノベライズだが、想像するほどヌルいものではない。 ベースがシリアスでユニークな世界観で名高いゲームであり、手がけたのは夭折した天才、伊藤計劃だということもあって、 生と死と世界に対する思い詰めたようなメッセージ性の強い作品になっている。 しかし、それでもこのシリーズのゲームをプレイしてきていない僕には、 回想されるイベントや錯綜する登場人物達の関係について行きづらいし、 なぜだか三人称と一人称があまり整理されていない状態で混在されていて、読みづらいんだよね。 結局はファン向けの物語になってしまっていると思う。 まあ、ノベライズなんだから、と言ってしまうのは逆に失礼で、伊藤計劃ならもっと素晴らしい作品に出来たはずだ。
イカした言葉  人間は消滅しない。ぼくらは、それを語る者のなかに流れ続ける川のようなものだ(p380)
April, 2010
煙滅 (原題: La Disparition) 著: ジョルジュ・ペレック (Georges Perec) / 訳: 塩塚秀一郎
水声社 2010年(原典1969), 3200円, ISBN978-4-89176-750-1 現在の我々を癒やし、そして更新させる 菊地成孔
世界から消え失せ、消えてしまったこと自体が喪失した何かの幻影に取りつかれ 悩まされていたアッパー・ボンが失踪した。 残された大量・意味不詳の文書を手がかりに、彼の知り合い達はその真相を追う。 しかし、彼らも次々と命を落とし、または消息を絶っていく。次第に明らかになるその深層には、 トルコの名家の系譜に係わる数奇な因縁があった。
フランス語最頻出の文字「e」を含む単語を全編にわたり一切使用せず、しかし、 その不在を様々なトリックで強調し際だたせる稀代の文学実験である原著が遂に日本語訳。 翻訳にあたり「い」段の文字・読みを全て廃し、様々な仕掛けそのものも再構成し仕立て直した驚異の挑戦。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★ / ホラー人格評 ★★
まずは通読。それから巻末に置かれた作家と翻訳家の思惑・タネを把握のうえ、本編をまた通読。 彼らの苦闘をたたえるため、本欄も和訳で採られたルールを以て書くこととするが(上の欄は、その反面、多めを狙う)、 これだけの短文でも相当悩まされた。 試せば分かるが、驚くほどの言葉・単語が使えず、思うほかの枷となる。 この本は、無謀な原則に拘束されながらも、それを逆手にとることで、言語の限度を試すだけでなく、 その可能の枠を増加させるパワフルな離れ業なのだ。 だが、本邦なら『朝のガスパール』『アホの壁』などの作家の空前絶後の 『残像~』がある。 簡単な優劣付けはならぬものの、こちらの方が勝る点も結構あるね。
イカした言葉 「こうやって、すべてが反転するのだ。不足から飽和へ、束縛から奔放へ。」(p218)
March, 2010
ゼロ年代SF傑作選 編: SFマガジン編集部
ハヤカワ文庫JA 2010年, 700円, ISBN978-4-15-030986-2 いい10年だったなう。
ライトノベルやゲームの分野で活躍してきた新世代の才能による、SFへの逆輸入、 リアル・フィクションの傑作8篇。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
同じハヤカワ文庫からは『80年代SF傑作選』 『90年代SF傑作選』が出ているが、 これらとはまったく連続しない。日本のこの10年におけるある種の空気を表す「ゼロ年代」を代表する収録作は、 遥か昔にSFが「拡散と浸透」してしまったことが実を結んだ成果の一つだ。 とはいえ、ロートルのSF読みである僕は「ゼロ年代」やら「セカイ系」を意識してこず、 そして、もちろん「ゼロ年代」の作品群も90%はカスなわけで、 こうして精選された本書によって改めてそのムーブメントと豊壌を認識したしだい。 それにしても収録作はいずれも「世界」とのつながりを極めてナイーブに思弁し試行する。 それが「ゼロ年代」だし、もっと気楽に行こうよと言いたくなるのは20世紀のオッサンの感覚なんだろうね。
Self-Reference ENGINE 著: 円城塔
ハヤカワ文庫JA 2010年, 680円, ISBN978-4-15-030985-5 これはSF? 純文学? それともまったく別のなにか?
「Self-Reference ENGINE」の項参照。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★★★ / ホラー人格評 -
「Self-Reference ENGINE」の項参照。 引き続きの旧作再読、ではなく、文庫化に際し2篇追加みたいなことをされたのでやむなく購入。 とはいってももともとデタラメな話なので、デタラメなパーツが2つ増えても、デタラメの度合は変わらない。 困ったものだ。
February, 2010
死都伝説 (原題: CABAL) 著: クライヴ・バーカー (Clive Barker) / 訳: 宮脇孝雄
集英社文庫 1989年(原典1988), 510円, ISBN4-08-760166-8
長く精神を病んできたブーンは、彼が無意識のうちに犯した残虐な連続殺人を催眠下で告白したと 主治医のデッカーに告げられる。絶望したブーンは庇護を持ちかけるデッカーの元を逃げだし、 現実に適応出来ない者達の間で密やかな噂としてささやかれる、全てが許される町ミディアンを探す。 やがて辺境のゴーストタウンに隣接する広大な墓地の地下に広がる地下都市ミディアンにたどり着いたブーンは、 追いついたデッカーに射殺されてしまう。デッカーこそがおぞましい衝動を仮面に隠した殺人鬼で、 ブーンに罪を被せようとしていたのだ。 しかし、ミディアンの住人、夜の種族に傷つけられ変異したブーンは、生きる屍体として復活する。 そして、デッカーに扇動された近隣住人達によりミディアン襲撃が近づくなか、 ブーンは、ミディアンの創始者である洗礼者バフォメットに新しい運命を与えられる。
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★★★
さて、まだ続く旧作再読。作者による監督で「ミディアン」として映画化もされた本作は、 デッカー役をクローネンバーグ監督が演じたことも含めてその筋では評価が高い。 「カバル」3部作のスタートとして位置づけられながら未だ続編の書かれぬ物語だが、 それ故に広がりのあるラストとなっているとも言えるので、続編が出れば嬉しいけど、このままでも十分。 異形の力を振るう化け物達はむしろ高貴な存在で、神に祝福された傲慢で愚かな人間達に迫害され 日陰に追いやられるという構図は、今でこそありふれているけどね。
イカした言葉  テーブルには、タロット占いのカードのように写真が並んだ。ただし、カードの絵柄は全て《死》だった。(p18)
MOUSE 著: 牧野修
ハヤカワ文庫JA 1996年, 560円, ISBN978-4-15-030541-2
東京湾のゴミ埋立地を造成して出来たニュータウン。完成後ほどなくして地盤沈下と地震で 廃墟と化したその街に、いつしか行き場を無くした子ども達が集まるようになり、 やがて、18歳以上の大人は立ち入ることの出来なくなったその島は、ネバーランドと呼ばれるようになった。 マウスと自称するその住人達=子ども達は、スタイルこそ違えど全員が常時多種大量のドラッグを摂取しており、 その結果、主観と客観は境界を喪失し、幻覚を共有することで現実が再編成される呪術的な世界を築きあげている。 そこで繰り広げられるのは、正体不明の殺人者と対決する魔術医と人形となった少女の話、 息子を捜しに潜入した天才調香士と他人に自分の精神を刷り込む印刷屋の話、強固な幻覚を遠くに飛ばす者達の話、 外からネバーランドを目指す娘とネバーランドで生まれた少年と彼らを追うある勢力の話、 その勢力が街を終わらせる話、の5編。
統合人格評 ★★★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★★★
これも旧作の再読。久しぶりに読んだけど、やっぱりスゴイよね、これ。 ビザールでゴシックでフェティッシュでサイケデリックでパンク。 舞台となる島がゴミを土台とする廃墟であるようにジャンクの結晶であるのだが、 作者が魔術的な言葉で紡ぎあげるジャンクは奇跡的な美しさで、日本SFの最高傑作の一つだと思うのだ。 ゴシックメタルのバンドに本作を題材にしたコンセプトアルバムを作って欲しいものだ。
イカした言葉 「走るマラルメ」(p16 「マウス・トラップ」)
ファイト・クラブ (原題: Fight Club) 著: チャック・パラニューク (Chuck Palahniuk) / 訳: 池田真紀子
ハヤカワ文庫 1999年(原典1996), 620円, ISBN978-4-15-040927-7
平板なのにストレスだけはたまる会社員生活に不眠症をわずらう「ぼく」は、ある日、 無意味で悪質な悪戯にふけるタイラーと出会った。ある事件をきっかけに洒落た自宅を失い、 タイラーと同居することになった「ぼく」は、彼に巻き込まれファイト・クラブをともに起ち上げることになった。 週末の数時間だけ存在し、メンバー同士が1対1で素手で殴り合うファイト・クラブは、 日常に埋もれる名も無き男たちを魅了し、規模を急速に拡大する。 そこでカリスマとして祭り上げられたタイラーは、彼らをさらに過激なアナーキズム活動へと導いていく。 次第に暴走する状況に恐怖し、タイラーに依存しながらも彼からの決別を試みる「ぼく」だが...
統合人格評 ★★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 ★★★
めぼしい新刊のないときは本棚から旧作。ブラッド・ピットとエドワード・ノートン主演、 デヴィッド・フィンチャー監督の映画のぶっ飛び具合にシビれて原作を手に取ってみたら、 オリジナルの方がさらにぶっ飛んでいた。そのイカれたカッコよさに、以来ずっと、 チャック・パラニュークの作品を読み続ける起点となったのが本作。 現代人(というか男性限定かな)が精神の奥底に隠した蛮性を引きずり出し、指向性を与えて爆発させるタイラーだが、 改めて読むと、最後の最後で腰が引けている感じもないではないな。
イカした言葉 「おまえたちは唯一無二の優美な雪片などではない」(p177)
NOVA1 責任編集: 大森望
河出文庫 2009年, 950円, ISBN978-4-309-40994-8 最高の新作SFが誕生する。
日本SF短編の書き下ろしアンソロジーのスタートとなる第1巻。伊藤計劃の絶筆を含む、11編。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★★ / ホラー人格評 ★★
編者が言うように、書き下ろしのSF短編アンソロジーは珍しい。 テーマ無しで(実は共通のテーマは「現実改変」?)イキの良い物を集め、 本格SF発表の場を広げるという志の高い試みで、これだけの書き手を集めることも含め、これができるのは、 日本SF界の名プロデューサーたる大森望氏のみ。今後のシリーズ定着を期待したい。
January, 2010
後藤さんのこと 著: 円城塔
早川書房 想像力の文学 2010年, 1700円, ISBN978-4-15-209100-0
「SFマガジン」や「早稲田文学」など、SFから文学、思想系の雑誌等に掲載された、 相変わらずの前衛的な(ヘンテコな?)短編6編と、帯に更に変な掌編1編
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 -
なんか頭良さそうなのを良いことに、文学界のトリックスターとして 好き放題やりたい放題に暴れ回る円城塔の短編集。ふざけるにもほどがある作品ばかりだが、 「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire」を世に出させてしまった編集者は、 この作者のことだから何か数学的な仕掛けとかがあるに違いないと誤解したとしか思えない。 他の話も硬軟取り混ぜた極限の意味不明さだが、それでいてやっぱり何だか面白いのが不思議。
烏有此譚 著: 円城塔
講談社 2009年, 1143円, ISBN978-4-06-215933-3 目眩がするような観念の戯れ、そして世界観――。不条理文学のさらに先を行く、純文学
数年おきに転居を繰り返す語り手が、灰に埋もれつつある友人と会話をする物語と、 灰の中の穴である「僕」のモノローグ。 雑誌「群像」に掲載された短編に、さらに本編に比す注を付記した、正体と意味を喪失した得体の知れないテキスト。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★ / ホラー人格評 -
穴と充填に関する、トポロジカルだったり哲学的だったりする論考を核に構築されているようだが、 そのインプットに、何をどうすればこんなアウトプットが出てくるのやら。 あいかわらずの意味不明の、小説に分類してよいものか迷う文字列。 たとえて言えば、円周率は数列としてはランダムだが、ところどころに局所的には意味ありげな並びがあって、 その構造に似ているみたいな。超越数ならぬ超越文学、無理数ならぬ無理文学。
イカした言葉 「肯定形で言うならそうだな、秋口に似ている。これは」(p62)
バッド・モンキーズ (原題: Bad Monkeys) 著: マット・ラフ (Matt Ruff) / 訳: 横山啓明
文藝春秋 2009年(原典2007), 1143円, ISBN978-4-16-328620-4
殺人で逮捕されたジェイン・シャーロット。自分は悪人を始末する秘密組織の一員だと主張する彼女は、 精神科医の元に送られる。そこで彼女が語り始めたのは、不良少女だった14歳のときに組織に見いだされ、 爆弾魔や連続殺人犯を鮮やかなオレンジ色の銃で暗殺する任務を遂行するようになった半生。 雑誌やテレビ番組に隠した暗号やつながっていない電話でメッセージを伝え、至る所に設置した「目」で全てを監視し、 斧を持ったピエロが所属する、というその組織は明らかに統合失調症的な妄想の産物なのだが、 そうと断定するにはジェインの話は奇妙に現実とリンクしている。 セッションを続けるうちに、彼女の話は荒唐無稽の度を深めていく。
統合人格評 ★★★ / SF人格評 ★★★ / ホラー人格評 ★★★
「このミス」2010年版で第4位、週刊文春ミステリーベスト10で第10位だそうだ。 異様な妄想と現実が境界を喪失していくさまをポップな文体で描く物語は、まずは面白いと言おう。 様々な都市伝説やアメコミの原色世界を取り込んだような、混沌を深める主人公の告白を追ううちに、 彼女の罪と哀しい人生が透けて見えるというのが読後感。 あの反転するラストだって、結局はその枠を外れるわけではないよね。
イカした言葉 「苦境に陥った責任を負わせられたくないとき、人は『おれが世界を作ったわけじゃない。 この世界に住んでいるだけだ』 なんて開き直ったことを口にするけど、それに対する切り返しの言葉だよ」(p90)